追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【第十五話】殺戮⑨

「も、もう嫌だァ!!」
「死にたくない死にたくない!!」
「学生相手じゃなかったのか!!」
「もうダメだァ!!うわああああ!!」
「やめてくれっ!!やめてくれぇ!!」
「俺たちが悪かったッ!!もう退く!!退くからッ!!」


そこからの連鎖はあっという間だった。

森のあちこちから響き渡る絶叫・絶叫・絶叫。

地獄のような阿鼻叫喚の数々。

終わらない止まらない。

どこからでも聞こえてくる。

まるで死者の国に迷い込んだかのようだ。

逃げることしか出来ない魂を、ただひたすらに貪り喰らう死神。

絶望と後悔が血と肉に塗れて地面を濡らし、断末魔の叫びが止めどなく耳を突き破る。

だが唐突に、

それはパタリパタリと止んでいく。

前触れなど無く、

一瞬ですぐさま突発的に、

巨大な悲鳴は無音の静寂へと強制転換される。

何が起こったのかは語るまでもないだろう。

逃げようにも決して逃げられない。

クレイアの諜報部隊が、

暗殺を生業とするプロ集団が、

ただ1人の学生を相手に逃げることすらままならないのだ。

圧倒的経験の差。

絶望的実力の差。

いくら大人であろうと、

いくらクレイアで実践を積んでいようと、

大陸中全ての国が大戦争を止めどなく繰り広げ続けていたかつての狂乱の時代を生き抜いた恭司に、

こんな平和な時代の、1犯罪組織構成員如きが勝てるはずなどなかったのだ。

さらに、

彼らの納める刀技は『三谷』の“レプリカ”。

記憶を失っているとはいえ、その一族の本家本流始祖の血を引き継ぎ、歴代最高レベルまで技を昇華させた最強の死神に、中途半端な三谷の技など逆効果だ。

自力の差はもはや歴然。

クレイアの尖兵たちは、恭司の手によって瞬く間に全滅への道を辿っていった。


「く、くそぉ!!こうなったら!!」


森の中から1つ響く声。

一人、森の中から丘に出てきた男がいた。

そいつは丘を走り、ユウカの方へ向かってくる。

ユウカを人質にするつもりなのだろう。

その足はユウカに向けて一直線だった。

ユウカよりも巧みに瞬動を使い、正しく一瞬で距離を詰めるべく、重心を少し落とす。

しかし、


「うッ!?」


男の足はそこで止まった。

短く放たれた呻き声。

走り出して早々、男は後ろから首を一突きにされ、そのまま前のめりに叩き伏せられてしまったのだ。

グシャリと音が鳴ったのも束の間。

今は何事もなかったかのように、シンーーと静まり返っている。

見ると、

木の枝が男の首を串刺しにして地面に突き刺さり、首の上の部分を恭司が持っている光景が目に入った。

走り出した男の背後から、木の枝を持った恭司が奇襲をかけたのだろう。

男は明らかに、絶命していた。


「ふぅ、危なかったな。てか、学生相手に一体何人送り込んでんだ、こいつら。常識知らずもいい所だぞ」


首を串刺しにした木の枝から手を離すと、恭司は相変わらずの表情で「やれやれ」とばかりに呟いた。

こんな状況でも、こんなことをした後でも、

その態度に変化は一切感じられない。

姿を隠していたクレイアの諜報部隊を数秒で皆殺しにしてきた恭司の様子は、今までと本当に何も変わらなかった。

記憶はないはずなのに、

技も1つしか思い出してないはずなのに、

これだけの殺人行為をさも当然のごとくやってのけたのだ。

本当の常識知らずが誰かは一目瞭然だ。

ユウカは生唾をグッと呑み込む。

前にアベルトから言われていた言葉を、今更ながらに思い出した。


『彼はかつての時代の覇者だ。我々の常識など一切通用しない。彼は殺人なんて法律違反でも何でもない……いや、そもそも法律自体が存在しない時代から来たのだ。何を言った所で、何をした所で、彼の内部から染み込んだ“習慣”はどうにもならないだろう。

ーーユウカ。お前はそこを、他の誰よりも理解しなくてはならない。
私を除けば、お前は彼の唯一の理解者なんだ。
決して逃げてはならない。最後まで、『最期の時まで』、絶対に逃げ出すことは許されない。
それが、彼を拾い、“利用する”と決めた“我々”の、使命だ」


あの時はまだ、そこまでの覚悟は無かった。

ただ単に、“自分と同じような”人間が来て嬉しいとしか思えていなかった。

しかし、

今は違う。

三谷恭司は自分たちとは明らかに違う存在であることを、ユウカはこの日、初めて確かに認識した。

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