追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【第十一話】王族狩り:序章 ②

「えーい!!腹ただしい、腹ただしい、腹ただしい!!」


『三大国』が一つ『ミッドカオス』。

世界一領土が広く、世界一人口の多いこの国で、今日もまた『シェル・ローズ』は声を張り上げた。

その声質は澄み渡り、遠くまで軽々と行き渡る。

その容姿は実に端麗で、男物の防具さえ付けていなければ女と間違えてもおかしくない。

そんな彼は、この大国ミッドカオスの皇太子であり、さらには戦地へ出て兵士たちを束ねる将軍でもあった。


「この大国ミッドカオスが何てザマだ!!あり得ないだろう!!」


シェルの口から再び怒号が飛ぶ。

容姿端麗で武芸に優れ、指揮能力や政治にも明るく、皇太子かつ将軍という身分ーー。

戦場に赴けば敵国から畏怖の対象で見られ、軍議に出れば羨望の目を向けられ、街へ出れば民衆から喝采を浴びるーー。

大国のカリスマーー。

そんなシェルがこれほどまでに苛立って、当たり散らして、それを隠そうともしないでいるのは非常に珍しいことだった。

いや、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。

国全体から厚い信頼を寄せられている彼は、基本的に人の見ている所ではマイナスな感情を表に出さないようにしていた。

ポーカーフェイスとも違う、その場その場で適切な表情を、シェルは自然と演技できるのだ。

だからこそ、

シェルは民衆にとっての英雄を維持することが出来ていたし、『シェルの言うことは常に正しい』という風土を作り出すことが出来ていた。

だが、

そんな普段のシェルの姿は、今は見る影もない。

余裕が無いのか、あるいは敢えて表に出しているのか。

傍目でその判断はつかなかったが、その怒りの理由が只事でないことは、誰の目にも明らか過ぎていた。


「し、シェル様……。そろそろ落ち着きください。兵士たちも怯えております」


シェルの側仕えの老人が恐る恐る提言する。

しかし、

シェルはその言葉に逆上し、さらなる猛攻を浴びせかけた。


「これが落ち着けるわけないだろう!!あいつらが現れてから、もう既に1年も経っているんだぞ!!」


強い口調で張り上げられる声。

シェルの怒りに、老人はただ萎縮することしか出来なかった。

返す言葉も無い。

これ以上の怒りは買わないようにと、ただ黙っていることしかできなかった。

シェルはそんな老人の様子にも我慢ならないのか、自室にある執務机を思いっきり蹴り飛ばす。

大きな鉄製の机が浮かび上がり、派手な音を立てて床に落下した。

その音はドアを突き抜けて響き渡り、城内のあちこちの人間の耳に入ったことだろう。

しかし、

そんな状況下にもかかわらず、兵士たちがシェルの様子を見に来ることはなかった。

シェルの部屋の前には常に誰か2人は待機しているはずだが、彼らも部屋の中を確認したりはしない。

ただ沈黙し、あの机が自分たちに取って代わらないことを心より祈るばかりだ。


シェルはそんな自分にも嫌気がさしたのか、ハァァァァと長いため息を吐いて、自室内の椅子にドカッと座り込む。

まだ苛つきは残っているものの、さすがにこれだけ騒いだおかげで落ち着いてきたのだ。

それに、『時間』も近付いてきている。

怒りはまだおさまらないが、そろそろクールダウンを始めないといけない。

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