追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【第三話】アベルト・バーレン⑥

「コレに……見覚えはないかな?」


アベルトはそう言って、机の下から一つの刀を手に取り、机に置いた。

いつの間に机の下にそんな物を置いていたのかまるで分からなかった。

だが、

その置かれた刀を見て、そんな小事は恭司の頭の中からあっという間に吹き飛んでしまった。

全身を漆黒に包んだその刀。

派手な装飾を施された見事な鞘に、真っ黒な刀身が中にしまい込まれている。

そして、

目の前にしただけで襲いくる圧倒的存在感。

見る者に不吉を思わせる邪悪なオーラ。

ただそこにあるというだけで、押し寄せる巨大にして強大にして膨大な死の波濤。

恭司は喉の奥から込み上げる吐き気をこらえながら、ゴクリと生唾を呑み込む。

見覚えならあった。

ありすぎていた。

何故、アベルトがこの刀をここに持ってきているのか。


「……その顔を見るに、どうやら覚えがあるのは間違いないようだね。まぁ、それはそうだろう。なんせこの刀は、君の部屋にあったのだから」


恭司は頭の中が真っ白になっていくのを感じとった。

まだアベルトからこの刀の関連性は聞いていない。

しかし、

言われなくても気づくほどには既に恭司も受け入れ始めていた。

この刀はきっと、そういうことなのだ。

悪い物なのだ。

『悪』なのだ。

恭司は緊張に震え出しそうな体を押さえ、頷く。

もう、抗うことは無駄なように感じた。


「……何やら体調が悪そうだが、申し訳ないことにそれに構っている暇はなくてね。話を先に進ませてもらうよ」


恭司は再び頷いた。

もう何が何だか分からなくなっていた。

きっとそういうことなのだ。

きっとそういうことに決まっているのだ。

もうここまで来たら間違いないのだ。

まだ記憶の中で思い出せることなど何もない。

記憶喪失であることに変わりはない。

でも、いや、だからこそ、

他者から知らされる自分の正体が、まさか過去にそれほどの災厄をもたらした人物だったなど、どう受け止めればいいというのか。


「この刀は、当時の三谷恭司が使用していた刀だ。名は『灯竜丸』。かつて3つあった国のうちの一つ、『メルセデス』が所有していた魔法刀だ。その人間の持つ才能や能力を最大限まで引き出すことができる。かつて三谷恭司は、この刀を使って鬼と化し、世界中を死で包み込んだ。その被害者の総数は、百や千では到底きかない。今の世の中にも、三谷恭司の行った所業で辛い想いをしている人が山ほどいる」

「…………」


一息に説明されても頭の中には何も入ってこなかった。

心の中には漠然とした不安が渦巻いている。

記憶のあった時の自分が信じられない。

何故そんなことをしたんだ?

何故ここまで話されて一つも思い出せないんだ?

そもそもその三谷恭司は本当に自分なのか?

これからどうするべきだ?

贖罪をするべきなのか?

でもやった覚えもないのに贖罪なんておかしくないか?

これからどうなるんだ?

自分に辛い想いをさせられた人間たちに嬲り殺されるのか?

アベルトはどうするつもりだ?

俺はーー

今からどうするべきなんだ?

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