追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【第三話】アベルト・バーレン①

「ハッハッハッ!!しかし、この私を見てあれだけ敵意を飛ばしてきた男は久しぶりだ!!君が例の記憶喪失君かね」


男……ユウカの父親が、快活な声でガハハと笑う。

あの一幕があった後、3人はリハビリを切り上げて家の中に入っていた。

とりあえず3人ともそれぞれで用意を済ませ、今はリビングに全員集まって夕食をとっている。

ちなみに今日の夕食のメニューはスパゲッティ。

いつものようにレトルトでもなければ、インスタントでもカップでもない。

久しぶりの再会だからと、ほんの少しだけ頑張ったのだ。

まぁ、作ったのは父親だが。


「……初めまして。『三谷恭司』と申します」


恭司は席に座ったまま、短く挨拶と名前だけを済ませた。

ユウカにはすぐに気楽に話せるようになった恭司も、その父親が相手となると勝手が変わるらしい。

自分がお世話になりっぱなしで何のお返しも出来ていないこともその理由にはあった。


「そう固くならなくてもいい。私は『アベルト・バーレン』。ユウカの父親だ。いつも娘が世話になっているね」

「いえ……お世話になっているのはむしろこちらの方ですから。娘さんには、私がここに来て以来ずっと看病やリハビリに付き合っていただいて……。本当に計り知れない恩がございます」

「いやいや、倒れている人間を助けるのは人として当然のことだ。まぁ……その人間がまさか記憶喪失だとは思ってもみなかったがね」


ユウカの父親、アベルト・バーレンは、そう言って再びガハハと笑った。

ユウカは少し恥ずかしそうにしている。

恭司の言葉による照れか、人前に父親を出している気恥ずかしさによるものかは分からない。

多分両方だ。


「しかし、三谷君……か。ずいぶん……珍しい名前だね。ちなみに、その名は自分で思い出したのかな?」


父親は、アベルトは表情を普段通りのものに変え、そう尋ねた。

恭司は頷く。


「えぇ。着ていた服に名前の一部が描いてありましたので、そこに付随する形で思い出しました」

「ほぉ、服に……。少し、その服を見せてもらってもいいかな?」

「……?別に、かまいませんが……」


恭司は着ていた服を脱ぎ、アベルトに手渡した。

アベルトは襟の内側に描かれた文字をしばらく神妙な顔つきで見つめ、すぐに返す。


「ありがとう。良い服だね。変わった形だが、元から着ていたものなのかい?」

「えぇ、そうですが………………何か……?」

「いや……少し……気になることがあってね」

「気になること?」

「ふむ……。まぁ、気のせいだろう。それより、我が家での暮らしはどうかね?寛いでくれてるかな?」


アベルトはそう言って、今までの話を急転換させた。

恭司は内心で訝しさを感じたが、そうとは悟られぬようすぐに切り換える。


「えぇ。娘さんは普段からよくしてくれますし、食事も毎日美味しくいただいております。本当に至れり尽くせりで……体がここまで回復したのもあなた方家族のおかげです」

「ハッハッハッ!!それは良かった!!まぁ、体の回復については、さっき君とユウカが試合をしているのを見てよく分かったがね。そういえば、その試合で君はユウカの技を使っていたね。アレは、ユウカがやったものを真似たのかな?」

「いえ。あの技については、私はどうやら記憶を無くす前から知っていたようです。真似た……というよりは、思い出したという方が適切な感覚を感じました」

「ふ、ふむ……。そうか……」


アベルトは、そこで短く黙ってしまった。

会話が途切れそうなタイミングではなかったし、恭司の内心の訝しさが再び顔を持ち上げる。

アベルトは、何か考えている、いや悩んでいるのだろう。

おそらくは、この目の前にいる、『三谷恭司』という男について。


「あの……」

「お父さん?」


恭司とユウカが、同時に声をかける。

訝しさは、どうやら恭司だけでなくユウカも感じていたらしい。


「あ、あぁいや、すまない。何でもないよ」


アベルトはそう言って、またハッハッハッと笑った。

だが、

その笑い声にはさっきまでよりも若干陰がさしているようにも見える。

それまでは普通に話していただけに、不可解に思う気持ちは強まるばかりだ。

恭司とユウカは、思わず互いの顔を見合わせる。


「さっ、今は夕食を食べよう。私は料理に自信があるわけではないが、その割にはとりあえず沢山作ってしまったんだ!!口に合うかどうかは分からないが、たんと食べてくれ!!」


アベルトはそう言って、自分で作ったスパゲッティを口に含んだ。

恭司もユウカもアベルトの様子におかしさを感じたが、今は触れない方が良さそうだ。

二人は黙ってスパゲッティに口を付ける。

それから、食事が終わるまでの間、3人の間で会話らしい会話は一つもなかった。



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