追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー
【第一話】記憶喪失⑤
「これから……どうしようかね、ホントに」
一人になった部屋の中で、男はそう言ってゴロンとベッドに寝転がる。
会話一つでずいぶんエネルギーを消費したらしい。
脱力感が大いに体を蝕んでいる。
それに、今の状況を鑑みて、問題点の多さに辟易する気持ちもあった。
これだけ多いと、逆にどうでもよくなってくる。
特に記憶喪失だ。
一番問題のはずなのに、一番どうでもよく感じていた。
何故だかは分からないが、そんなに悲観した気持ちにはどうしてもなれない。
自分の名前も生まれた場所も知り合いも何もかも思い出せなくなっているというのに、どこか他人事のように感じてしまう。
もしかしたら、記憶の中に思い出したくないことでもあるのかもしれない。
この危機感の無さは、まるで心が無意識のうちに思い出すことを拒否しているかのようだ。
自分のことなのに、自分で何も分からない。
「……何なんだろうな、ホントに」
つい、言葉が出る。
そして、
その過程の中で、男はこの世界のことすらも何も知らないことに気付いた。
自分の思い出だけじゃない。
首脳の名前や文化遺産、制度や仕組みなど、思い出さなくても誰でも知っているような、いわゆる常識と呼ばれる知識すら存在していなかった。
掻い摘むと、この世界そのものに関する記憶が全くと言って良いほど存在しない。
ほぼ白紙に近い状態だ。
残っているのは言葉の概念くらい。
他にも、有名な事柄や歴史、作法なんかも綺麗さっぱり何も頭に残っていない。
記憶喪失とはもしかしたら元々そういうものなのかもしれないが、そこに対してはやけに気持ちの悪い感じがした。
「ねぇ、そういえばさ。君の名前、どうしようか」
と、その時、
ドアの向こう側から声だけが聞こえてきた。
誰かなんて考えなくても分かるが、あの少女の声だ。
トレイと皿を片付け終えたのだろう。
少女はドアを開けると、部屋に入ってくる。
「言われてもな……さっきも言ったが思い出せない」
「私もさっき聞いたけど、とりあえずの名称って欲しいじゃない?いつまでも『君』じゃ呼びにくいよ」
「と……言われてもなぁ……」
男はそう言って腕を組んだ。
分からないものは、分からない。
知りたいのはむしろ男の方なのだ。
「何にも思いつかないの?ほら、何かキーワードとか。その服とかには何か書いてないの?」
そう言われて、男はハッとなった。
確かに、この服自体は盲点だった。
襟の内側。
パッと広げると、そこには文字が書いてあった。
刺繍で描かれた漢字。
それを、男と少女の二人で覗き込む。
「見たことない字だね……。他の国の言葉かな……?」
少女の感想はそれだった。
どうやら、この『漢字』自体、この国にはそれほど広まっていないらしい。
だが、
男には不思議と分かった。
この『漢字』が何なのか、読み方が。
男はそれを、ポツリと口から出してみる。
「『三谷』……」
「読めるの!?」
少女の声が最後に響いた。
自分でも何故読めたのかは分からない。
特に意識することもなく、自然と読めた。
これが『知っている』ということなのだろう。
よく分からないが、久しぶりの感触に、男は頬をゆるめた。
一人になった部屋の中で、男はそう言ってゴロンとベッドに寝転がる。
会話一つでずいぶんエネルギーを消費したらしい。
脱力感が大いに体を蝕んでいる。
それに、今の状況を鑑みて、問題点の多さに辟易する気持ちもあった。
これだけ多いと、逆にどうでもよくなってくる。
特に記憶喪失だ。
一番問題のはずなのに、一番どうでもよく感じていた。
何故だかは分からないが、そんなに悲観した気持ちにはどうしてもなれない。
自分の名前も生まれた場所も知り合いも何もかも思い出せなくなっているというのに、どこか他人事のように感じてしまう。
もしかしたら、記憶の中に思い出したくないことでもあるのかもしれない。
この危機感の無さは、まるで心が無意識のうちに思い出すことを拒否しているかのようだ。
自分のことなのに、自分で何も分からない。
「……何なんだろうな、ホントに」
つい、言葉が出る。
そして、
その過程の中で、男はこの世界のことすらも何も知らないことに気付いた。
自分の思い出だけじゃない。
首脳の名前や文化遺産、制度や仕組みなど、思い出さなくても誰でも知っているような、いわゆる常識と呼ばれる知識すら存在していなかった。
掻い摘むと、この世界そのものに関する記憶が全くと言って良いほど存在しない。
ほぼ白紙に近い状態だ。
残っているのは言葉の概念くらい。
他にも、有名な事柄や歴史、作法なんかも綺麗さっぱり何も頭に残っていない。
記憶喪失とはもしかしたら元々そういうものなのかもしれないが、そこに対してはやけに気持ちの悪い感じがした。
「ねぇ、そういえばさ。君の名前、どうしようか」
と、その時、
ドアの向こう側から声だけが聞こえてきた。
誰かなんて考えなくても分かるが、あの少女の声だ。
トレイと皿を片付け終えたのだろう。
少女はドアを開けると、部屋に入ってくる。
「言われてもな……さっきも言ったが思い出せない」
「私もさっき聞いたけど、とりあえずの名称って欲しいじゃない?いつまでも『君』じゃ呼びにくいよ」
「と……言われてもなぁ……」
男はそう言って腕を組んだ。
分からないものは、分からない。
知りたいのはむしろ男の方なのだ。
「何にも思いつかないの?ほら、何かキーワードとか。その服とかには何か書いてないの?」
そう言われて、男はハッとなった。
確かに、この服自体は盲点だった。
襟の内側。
パッと広げると、そこには文字が書いてあった。
刺繍で描かれた漢字。
それを、男と少女の二人で覗き込む。
「見たことない字だね……。他の国の言葉かな……?」
少女の感想はそれだった。
どうやら、この『漢字』自体、この国にはそれほど広まっていないらしい。
だが、
男には不思議と分かった。
この『漢字』が何なのか、読み方が。
男はそれを、ポツリと口から出してみる。
「『三谷』……」
「読めるの!?」
少女の声が最後に響いた。
自分でも何故読めたのかは分からない。
特に意識することもなく、自然と読めた。
これが『知っている』ということなのだろう。
よく分からないが、久しぶりの感触に、男は頬をゆるめた。
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