追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【第一話】記憶喪失③

「あっ、でも、君のことは知らないけど、もしかしたら名前くらいは分かるかもしれないよ」

「え?」


少女はそう言って、一旦立ち上がってベッドのすぐ側の足下に手を伸ばした。

すぐにガチャッと音が鳴って、少女が何かを掴んだことだけが分かる。

男はそこに何かあるなど知らなかったが、どうやらベッドの側すぎて、男が見回した時には角度的に見えなかったらしい。

少女は手に取ったそれを、男の前に突き出す。

途端、


「……ッ!!!!」


男は少女の手に握られたそれを見ると、思わず頭に手を当てたくなるような衝動に駆り立てられた。

頭痛と吐き気が込み上がってくる。

体に力が入らないせいで実際に手を当てることはなかったものの、一気に気分が悪くなってきた。

しかし、

そんな弱った姿を見ず知らずの人間には見せられない。

男は気丈に振る舞い、それに改めて目を向ける。


(……刀?)


少女が手に持ったのは正しくそう、刀だった。

いわゆる日本刀と呼ばれる物だろう。

ずいぶんと長大な刀身で、鞘や柄には立派な装飾がなされている。

相場は分からないが、おそらくは高級品のように思えた。

だが、

そんな良い刀を見て、男が一番最初に頭に思い浮かばせた単語は、『不吉』だった。

高級な刀を不吉と見る伝承など男は知らないが、その刀はまるで死神の鎌のような印象を受ける。

何がどうとは言えないが、何か近寄りがたい……。

まるで腹を空かした猛獣を前にしているかのような、そんなイメージが男の胸中を占めた。


「コレ、君の腰に掛かっていた刀なんだけど、この刀にね、確か名前が彫ってあったのよ。『灯竜丸』……だったかな?もしかしてソレじゃない?君の名前」


少女は相変わらずのあっけらかんとした様子でそう話した。

どうやら、少女はその刀に対して特に何か感じるものはなかったらしい。

男は息が荒くなりそうになるのを堪えながら、精一杯平静を装って返答を返す。


「いや……刀に彫ってあったんなら、それは刀の名前だろう。刀に自分の名前を彫る奴はいないさ」

「……そっか。まぁ、名前くらいそのうち思い出すでしょ。それより、今ご飯でも作って持ってくるよ。まだ何も食べてないでしょ?」


少女はそう言って、刀を速やかに元の場所に戻した。

もしかしたら、男の様子に気付いて気を遣ってくれたのかもしれない。

刀が再び見えなくなったおかげで、男の体調も少しはマシになった。

男は頷くと、少女はニコッと微笑む。

そして、

そのままドアを開けてこの部屋を出ていった。

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