追憶の刃ーーかつて時空を飛ばされた殺人鬼は、記憶を失くし、200年後の世界で学生として生きるーー

ノベルバユーザー520245

【プロローグ】②

「……何?」


少女は訝しさに表情を歪めながら、心臓を手で押さえつけた。

バクバクと凄まじい速さで振動するその鼓動は、これが只事でないことを体が感じ取っていることを示している。

少女は、心臓部にやっていた目をもう一度空へ向けた。

星は相変わらず綺麗だったが、先ほどまでのように美しさは感じられなくなっていた。

音も明らかなほど大きくなっている。

星空の美しさはこの一瞬であっという間に不吉なものへと変わり、少女はゴクリと生唾を飲み込む。

すると、

その瞬間のことだ。

星空の下に広々と展開されている山々の奥の方に、いきなり赤いものが落ちてきた。

まるで隕石のようだった。

空から赤い弾丸のようにいきなりやって来たソレは、宙を凄まじい速さで進み、山の向こう側へと消えていく。

そして、

数秒後、派手な衝突音が聞こえた。

少女は目を白黒させながら、さっきとは別の意味で夢ではないかと自らを疑う。

しかし、

頬をつねっても目は覚めることはなく、あり得ないと感じながらも、半信半疑でこれは現実だと認識せざるを得なかった。

少女はしばらくその光景を唖然と見つめていたが、ふとした瞬間、足を動かす。

何があったか確認したい。

そう思った。

少女は屋根から飛び降り、その音のした方向へ駆ける。

場所はそこから山を2つ越えたくらい。

遠かったが、少女の足なら約一時間ほどで着いた。

その付近はずいぶん焼けこげていて、その中心にいくにつれて酷くなっている。

奥……中心部までいくと、焼けて灰と化した木々を押しのけ、一つの広場のようなものが見えた。

少女は意を決してそこに足を踏み入れる。

見てみると、そこには一人の男の姿があった。


「な、何この人……」


男は地面に背中から減り込む形で仰向けに倒れていた。

周りの木々も数本倒れている。

おそらくさっきの隕石のような勢いで犠牲になったのだろう。

男の周辺は地面がクレーターのように広く陥没し、木々だけでなく葉や枝、果ては虫などの生物まで全てが満ぐるりに吹き飛ばされている。

少女は思わず息を呑んだ。

現場を見てはいないものの、そこで発揮されたのであろう破壊力は見るも明らか過ぎていた。

一体どれだけの力で叩きつけられれば、ここまでの被害になるのかーー。

そして、

肝心のその男自体も、ひどく満身創痍だった。

体中に傷を作り、血だらけで意識を失っている。

最初はその破壊力によるものかとも思ったが、その割には傷口に斬られたようなものまで見受けられ、一概にそうとは言えなさそうだ。

衝突時によるものか、全身に酷い火傷が広がり、左肩には大きな穴が空いている。

出血の量ももはや池を作りかねないほど多い。

おそらく、この男はこうなる以前からこの状態に近かったのだろう。

一つ一つの傷の種類や深刻さもさながら、負傷している箇所があまりにも多すぎる。

また、

男の服は少女の見たことのないものだった。

街を歩いていても、こんな服を着ている人は見たことがない。

生地は薄く、涼しげには見えても防寒には決して向かないでろうことは容易に想像がつく。

濃い青を基調としたデザインだが、そこには血が所々に広く染み渡り、ドス黒いイメージを感じさせられた。

さらに、

その腰には長大な刀が一つ。

派手な装飾で、どことなく禍々しさを感じる代物だ。

歳は若そうだが、間違いなく堅気ではないだろう。

少女の表情に宿る訝しさもその深さを増す。

危険な香りは、とても濃く少女の鼻をついた。


「……こういうときってどうすればいいか分かんないけど、とりあえず救急車?でも、この辺、車の通れる道なんて無いし……その間この人生きてられるかな?ってか、今の段階でもこれ生きてる?ヤバい。超面倒だよ。やっぱり見なかったことにして……」


無難な対策がつい口から零れ落ちる。

だが、その時、

男の体がピクリと動いた。


「あっ、生きてた」


男はゆっくり体を起き上がらせると、辺りをキョロキョロと見回す。

さらには自分の体を触っては見を繰り返し、最後に少女の顔に目を向けた。

一瞬、男と少女が見つめ合う形となる。

静かに風が吹き、小さく緊張が走った。

少女は何が起こるかと身構え、男は唖然とした表情だ。

少女は再び生唾を呑み込む。

すると、

その瞬間、

男はたった一言だけ呟いた。


「俺って……誰だっけ?」

「え?」


……それが、男と少女の最初の出会いだった。

物語はここから始まる。

この男が後に世界中を恐怖で震撼させるほどの大事件を引き起こすことなど、

この時点ではまだ、

誰も知るよしがなかった。

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