【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

70話:追跡

「迷惑をかけてすまなかった」

 私を抱き締めていた腕を解き、何事もなかったかのように平然と立ち上がったラインハルト様は、私だけでなく兄上やダラン様にも聞こえる声量でそう言った。
 そして、立ち上がる際に拾っていた黒曜石のピアスを拾うと、再び耳につける。

「このピアスは、魔法の処理能力を拡張するための魔法具だ。使い過ぎると、さっきのように自力でこの魔法具の効果を終了させることができなくなり、魔力を限界まで使い果たしてしまうところだった」

「なっ……どうしてそんな危険なものを?」

「サーストンとヴィンセントを助けるためだ」

 迷いなくはっきりとそう言い切ったラインハルト様は、ぐるりと外苑を見渡す。
 私も遅れて立ち上がり、同じようにあたりを見渡した。

 さっきまでは怪我をしている二人に気を取られて気付かなかったが、植木や茂みがところどころ焼け焦げたり薙ぎ倒されたりし、地面は何箇所も抉れている。
 明らかに大規模な戦闘があったことを感じさせるその状態に、ふと姿の見えない彼女のことが頭によぎり、心臓がドクンと鳴った。

「エストレイ」

 ラインハルト様の怜悧な声が、少し離れたベンチのところでサーストン殿下の側に待機していた少女を呼ぶ。
 彼女は地面を軽く蹴ると、一瞬で距離を詰めて、ラインハルト様の前に膝をついた。

「端的に答えてくれ。セルカはどこにいる?」

「セルカは対象を追っています。この外苑を転移魔法で去り、その後の足取りは不明です」

「そうか。何か言い残したか?」

「私に対して、すぐに御身をお呼びするように、と」

「他には?」

「逃げて行った対象を追いかける直前でしたので、それ以上は」

 ラインハルト様の問いかけに的確に返答をするエストレイの声は、悔しさに震えていた。
 彼女の表情を見るに、何もできなかったことへの歯痒さを感じているのだろう。私も似たような感情を抱いているから、痛いほどに気持ちわかった。

 一人でララティーナを追っているセルカがどんな状況なのか、頭の中で悪い想像がどんどん膨らんでいく。

「わかった。一度会議室に戻って、詳しい状況を聞く」

 エストレイから話を聞き終えたラインハルト様は、彼女に立ち上がるように伝えてから、こちらの方に向き直り、私の目を真っ直ぐに見つめた。
 彼は私の心を見透かしているかのように、「安心しろ」と言った。

「セルカを信じてやれ。彼女は優れた魔法使いだ」

 私もそれはよく知っている。短い時間だったけれど、彼女は私の魔法の先生で、兄の相棒で、何度もその魔法の腕前を側で見てきた。
 しかし、目の前の惨状とさっきまで呪いに倒れていた二人の姿に、はい、と答えようとした声は、どうしても掠れてしまった。



 会議室に戻った時、そこにはアレックスとヘレナだけでなく、ユークライ殿下もいた。
 護衛騎士の二人を伴っている彼は、私達が帰ってくると驚きに目を丸くする。

「今、ヘンリックをそっちに送ろうか迷っていたんだ。……ヴィンセント、お前、自分で歩いて大丈夫なのか?」

「ラインハルト様のお陰でな」

 兄上はそう言いながら、どかりと椅子に座り込んだ。

 意識を失ったままのサーストン殿下を背負っていたダラン様は、長椅子に彼を横たえる。
 それを見たユークライ殿下は一瞬表情を曇らせたが、規則的に上下する胸を見て安心したようだ。

 彼は弟にブランケットをかけると、少し控えめな声量で私達に問いかける。

「城の者から何か言われてないか?」

「ん、あぁ。外苑の方に駆け付けてきた衛兵には、サーストンの護身用の魔法具が暴発したって伝えてある。現場検証のために誰も立ち入らせるなって言ってあるが、それでいいんだよな?」

 ヘレナから手渡されたコップの水をグッと飲み干してから、兄上がユークライ殿下に答えた。

「あぁ。城への説明は追々考えるとして、今は一体どういう状況だ?」

「なんつーか……セルカが一人でララティーナ・ゼンリルを追ってる。俺らでは追いかけることができない、お手上げ状態って感じだな」

「どういうことだ!?」

 声を荒げたユークライ殿下は、ハッと後ろを振り返る。
 サーストン殿下の目が閉じられたままなのを確認すると、ユークライ殿下はツカツカと兄上への距離を詰めた。

「一人で行かせたのか?呪いを扱う相手に?」

「セルカの判断だ。きっとなんか策があるんだろ」

「きっと?きっとってなんだよ」

「俺だってわかんねぇよ。ただ、あいつは一人で行くって言って、俺達はそれを信じた。それに、呪いをかけられてた俺やサーストン殿下は使い物にならなかっただろうし、エストレイはそんな俺らを守らなきゃならなかった」

「今追いかけることはできるだろ」

「だから…!」

「それは無理だ、兄さん」

 ヒートアップする二人の会話を止めたのは、ラインハルト様の冷静な声だった。
 壁にもたれかかりながら腕を組んでいる彼は、部屋中の視線が集まったことにも全く動じずに言葉を続ける。

「セルカはおそらく、ララティーナ・ゼンリルの描いた転移魔法陣を視認して、全く同じものを描いた」

「は?」

「多少の座標のズレはあるだろうが、セルカの腕前なら誤差三メートルほどに転移できる。彼女はそれくらいの魔法使いだ」

 ユークライ殿下が驚いて目を見開いているのも頷ける。

 そもそも魔法陣を描くということ自体かなり高度な技術なのに、ほんの一瞬で消えてしまう他者の描いた魔法陣を、初めて見てその場で同じものを描くなんて、到底考えられない。
 だからこそ、彼女がそれを成したと力強く告げるラインハルト様の言葉に、少しだけではあるが胸騒ぎが減る。

「……セルカが優れた魔法使いなのはわかった。一人で追いかけた理由も。じゃあ、どうして俺達は追いかけられないんだ?」

「魔法陣が消えてからかなり時間が経ってしまっていて、僕では読み取ることができなかった。二人が行った方角もわからないから、セルカから連絡が来ないと動くことができない」

「……わかった。じゃあ、一旦情報共有をしよう。ヴィンセント、お前がわかっている範囲での状況の説明を端的に頼む」

「あぁ。冷静に聞いてくれよ」

 ラインハルト様のお陰で落ち着いた二人が、互いに嫌味を織り交ぜながら言葉を交わす。
 ピリついていた空気は消え、程よい緊張感だけが残っている。

「まず、予定より十分くらい遅れてララティーナ・ゼンリルはやって来た。その理由は、ヘレナ聞いたか?」

「道が混んでいたから、と」

 兄上に尋ねられて、ヘレナがそう答えると、兄上は納得したように頷く。

「まぁそうだろうな。で、待ち合わせにやって来たゼンリルは最初は普通にサーストンと会話してたが、どうやら闇魔法の効果がなくなってることに気付いたらしい。で、王族を狙っている疑惑の話を出した瞬間、いきなり攻撃してきたから、俺とセルカは出て行って応戦。そん中で、呪いを混ぜた攻撃をされて、俺とサーストンが戦闘不能になっちまった。セルカとエストレイが頑張ってくれてたんだが、俺らを庇いながらで思うように動けなかったんだろうな。隙を見て転移魔法を使われて、セルカが追いかけたって感じだ」

「なるほどな……」

 一気に話した兄上は、はぁと深く溜め息をつく。

「いくら呪術を使えるからって、妹と同い年の貴族令嬢に遅れとるなんてなぁ」

「そのことに関しては、僕とセルカで色々と仮説を立てている」

「仮説ってどんな?」

 兄上の問いかけに、ラインハルト様が指を立てながら答える。

「彼女は魔法学校の生徒だった。魔法学校では属性の適性検査などもあり、一応呪術の適性もあったらわかるはずだ。それにも関わらずそういった記録がないということは、まず一番に考えられるのは影武者を立てていること。あるいは、魔法具を使っている可能性や━━━」








「魔法の才能、完全に制御できてるって感じか……っ!」

 ラインハルトとの会話を思い出しながら、体を捻り雷の槍を放つ。

 近くの木が抉れて焼け焦げる音がするから我ながらなかなかの威力なはずだが、私が追っている相手は軽く手を振って生み出した魔法障壁で難なく防いでみせた。

「あら、褒めてくれてるの?」

「好きなだけ褒めてあげるから、一回止まってくれないかな」

「嫌よ。あなたが私の仲間になってくれるなら、話は別だけど……っ」

「ごめんそれは無理!」

 頭を下げて、彼女が放った真っ赤に燃えている礫を避ける。
 後ろの木に当たると、その部分から全体が黒ずみながらボロボロと崩れていった。

「やば……」

 呪術を使う相手とはやり合ったことがないが、今のところ彼女は呪いの混じった攻撃を何十回も連発しているから、彼女の魔力切れは期待できそうにない。
 普通の魔法使い相手だったら、あえて大技を出させてガス欠を狙う、なんてこともできたのだが。

「……ねぇ一回話さない?」

「あなたが私にどう協力してくれるかなら話すわ」

 大声で会話をし、周囲の木々や花を破壊しながら、高速で森を駆け抜けていく。

 魔法師になれるくらいの魔力量があると昔ラインハルトに言われたが、おそらくララティーナ・ゼンリルも私と同等ほどの魔力量があるに違いない。
 しかも、自分で言うのもなんだが、ほぼ魔法師レベルの私と対等に渡り合っているなんて、実は本業は魔法師でしたと言われても頷ける。

 こんな派手に立ち回っているから人が来てもおかしくないと思うのだが、どうやら彼女が転移したのは人気のないどこかの深い森の中らしく、誰も近寄ってこない。
 ひょっとしたら、ただ単に危ない状況に首を突っ込みたくないだけかもしれないけれど。

 彼女の攻撃を躱し、躱しきれないものを魔法障壁で受け止めながら、懐の中に潜ませておいた魔法具をいくつか手に握る。
 ラインハルトやヴィンセントさんからもアドバイスを貰った、自慢の一品の数々。

 一つを指に挟み、私の数メートル先を走るララティーナ・ゼンリルの目の前に土の壁を生み出した。
 既に何度もこの足止めは試したことがあり、その度に魔法で壊されてそのまま進まれてしまっている。

「また?」

 これだけじゃないよ、と心の中だけで返しながら、彼女が魔法を発動させるのを確認する。

 水の刃が、行手を塞ぐ壁に向かって放たれた瞬間、手に隠し持っていた人形を投げた。

 ミタルグモという魔物の吐いた、頑丈で魔力をよく通す糸を使って作った魔法具。
 私が魔力を流すと、人型の人形が一気に膨張し、対象に抱き付き拘束する。さらに、魔力を調整することで、硬くなることも粘性を持たせることもできる優れものだ。もちろん、耐久力もかなりのもの。

 いくら優秀な魔法使いでも、同時に二つの魔法を独立して発動するなんてかなりの難易度だ。
 しかもダメ押しで、別方向から雷の矢を降らせ撹乱させる。

 しばらく観察して、彼女がかなり魔法を乱発すること、それでも同時に多くて二つくらいの魔法しか使えていないことは確認済みだ。
 土の壁が破壊され、雷の矢が魔法障壁で防がれる。しかし、おそらく彼女の視界にもまだ入っていないであろう人形の魔法具は、彼女の背中にもう触れるところで。

「はぁっ…!」

 魔力を込めて、一気に真っ白な人形を巨大化させた。
 大きく腕を広げてすぐに彼女に抱きつかせ硬化すると、人形は銀色に鈍く輝く。今のこいつは、鋼よりも何倍も硬い。

「よし、これで…!」

 高速で走りながら追いかけっこをしていた私は、その勢いのまま、ララティーナ・ゼンリルを閉じ込めた人形の横を通り越しそうになり。

「……っ、がっ…!」

 突如、左肩を熱が抉る。

 途端に身体がバランスを失い、地面に打ち付けられた。
 反射的に反対の腕をついたから良かったものの、地面についた右手のところに石筍が勢い良く飛び出し、手のひらを貫く。

「ぐっ、あぁっ……」

 何が起きたかもわからないまま、離れなきゃ、と自由な方の手で石を殴り壊し、立ち上がろうとする。

 燃えているかのように熱く痛む肩を庇いながらよろよろと膝をついて身体を起こすが、脇腹を蹴られて仰向けに転がった。

「うぐっ……」

 痛みで視界が滲む。
 状況もわからないまま、自分を包むように魔法障壁を生み出すが、パリンと割れる音がすぐに響いた。

「ごめんね、セルカ。私は選ばれた者なの」

 やばいやばいと、焦る声が頭の中にこだまする。

 まとまらない意識の中で、パチパチと自分自身を守るように、電撃を身体に纏った。
 痛みのせいで複雑な魔法が発動できずにこんな初歩的な身の守り方しかできないなんて、小さい頃のことを思い出してしまう。

「最後にもう一回聞くわ。ねえセルカ、私の仲間にならない?」

 朦朧とする意識の中、ひどく魅惑的に聞こえたその声に、私は苦痛に歪みそうになる口元を、どうにか気力で引き上げた。

「残念、でした。うっ……闇魔法は、対策、済みだし、そもそも私は、あんたが大っ嫌いだから……っ」

 血がどくどくと流れている右の拳を握り締めて、指につけているいくつもの指輪の一つに魔力を込める。
 ラインハルトから貰ったこの魔法具は、すぐに赤くなり高温のレーザーを発するが、ララティーナ・ゼンリルが軽く眉を顰めるだけで、彼女の手前で止められてしまう。

「ぐあっ…!」

 右手を蹴られて、魔法具への魔力の供給が途絶える。

 痛いなんて言葉では足りない。左肩と右手が熱く燃えているようで、きっと全身傷だらけなのに、とにかくその二つが痛すぎて、何もわからなくなりそうだ。

「はぁ。仕方ないか」

 ララティーナ・ゼンリルが、両手を掲げて祈るように組むと、そこに氷の剣が生み出される。
 木漏れ日をぎらりと反射する切っ先が、自分の胸を指しているとわかったのは、彼女が大きく剣を振りかぶった時だった。

「……やだな」

 言葉が口からこぼれ、頭の奥のスイッチがパチンと切れたような音がした。

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