【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

68話:的中

「……ふぅ」

 チクタクと秒針が進む音が部屋に響く。
 手元にある作戦書と時計の間で、何度も視線を行き来させる私に、ポットを持ったエミーが笑みを漏らした。

「ご心配なのですか?」

「えぇ。……何もできないのがもどかしいわ」

「お嬢様がこちらでお待ちくださるだけで、若様もセルカ様も、きっとお力を十二分に発揮できるというものでございます」

「そう、だといいわね」

 彼女が注いでくれた紅茶の爽やかな香りを嗅いで、気持ちを落ち着けた。

 時計の長針は少し前に頂点に達し、サーストン殿下とララティーナが落ち合う時間は既に過ぎている。
 もちろん、接触をしてすぐに捕らえるわけでもないだろうし、私達に連絡が来るのは彼女を無力化してからだから、時間がかかることは承知の上だ。それでも、この会議室に私とエミーだけで待機をしているという状況に、なんとも言えない焦りが募っていくのが止まらない。

「……ヘレナは大丈夫かしら」

「彼女自身多少の護身の心得がございますし、陰からフォンビッツ伯爵がお守りになっていらっしゃいますから」

「そうね」

 まだラインハルト様の従者として正式に戻ったわけではないダラン様は、正式な場でラインハルト様の側に控えることが許されていない。言い換えれば、側にいる義務もないということだ。

 陛下を出迎えるためにユークライ殿下とラインハルト様、そしてお二人の護衛騎士が離席しなくてはならない状況で、自由に動けるダラン様が、念の為にララティーナを案内するヘレナの護衛役に名乗り出てくれている。
 ダラン様は、魔力量が少なく闇魔法への耐性が低いから直接ララティーナと対峙しない方がいいだろう、という判断だ。

 戦闘要員でない私は、ここでラインハルト様達が帰って来るまで、連絡係として待機している。
 この役割が重要であることは十分わかっている。しかし、なんだかずっと胸騒ぎがして、部屋で大人しく待っているだけではいけない気がした。

「……誰かしら」

 この不吉な予感の理由を探そうと、計画書を頭から読み直していた時だった。

 規則的な足音が近付いてくる。
 ドア越しではっきり音が聞こえるのも、今までは意識していなかったが、占星術師としての副産物的な能力らしい。
 これで私が魔法師や騎士だったら戦場でとても役に立ったのだろうけれども、貴族令嬢の私では、誰かが来た時にいち早く気付くというようないまいちな使い方になってしまう。

 それに、と私は傍らのエミーと目を合わせる。

 今まで、ガイラルの民━━━戦闘民族としての力を抑え込んでいた彼女は、母上の実家で訓練を受け、その能力を今は十全に活用している。
 筋力や柔軟性、俊敏性だけでなく五感も鋭くなっている彼女は、私と同等の感覚の鋭さを持っているのだ。ほぼどのような状況でも彼女と協力を共にしている私には、無用な能力になってしまう。

 エミーも私と同時にこの部屋へ向かってくる何者かに気付いたようで、ドアの前に静かに立つ。
 しばらく待つと、静まった部屋にコンコンとノックの音が響く。

「アマリリス、いるか?」

「ラインハルト様、どうぞお入り下さい」

 一瞬警戒したが、どうやら杞憂だったようだ。
 聞き慣れた声に私が返事をし、エミーが扉を開く。

 入ってきたのは、午前中とは違い正装のラインハルト様、同じく正装の護衛騎士アレックス、暗い色で全身を統一しているダラン様と、王城の侍女の制服を着たヘレナだった。

「ここに来る途中、帰ってくる二人と会ったんだ」

「そうだったのですね。ヘレナ、お疲れ様。ダラン様、護衛ありがとうございました」

 普段とは違った給仕服を身に纏ったヘレナは一礼し、ダラン様はにこやかに笑う。
 二人の様子から、ひとまずララティーナを案内するまでは上手くいったのだと胸を撫で下ろした。

 ラインハルト様が、精緻な刺繍の施された上等なジャケットを脱ぐと、引き出しの中に入っていた計画書を取り出す。
 その際に、ダラン様がジャケットを受け取り壁にかけると、そのまま羽ペンを主人の手元まで運んだ。一切淀みも迷いもなく行われた一連の動作に、この二人が主従として重ねた年月を感じる。

「ダラン。対象が外苑に到着したのは何時何分だ?」

「五時十三分。遅れた理由に関しては、ヘレナが聞いてくれています」

「道が混んでいたから遅れてしまったのだと言っておりました」

「何か不審な素振りはあったか?」

「特にはございませんでした」

「わかった。ありがとう、ヘレナ。休んでくれ」

 計画書にさらさらと書き付けながらそう言ったラインハルト様は、私の方に視線を向ける。

「僕達がいない間、何か問題はあったか?」

「ありませんでしたわ」

「そうか。それにしては、不安そうな顔だが」

 ラインハルト様にそう言われて、私は思わず苦笑してしまう。
 隠しているつもりだったが、バレてしまうとは。

「根拠はないのですが……なんだか胸騒ぎがして」

「根拠はない、か……」

 椅子に腰を下ろしたラインハルト様は、壁にかけられた時計に視線を向けた。
 五時十二分。そろそろ連絡があってもおかしくない時間だが、連絡用の魔法具は未だに静まっている。

「……あ」

 ちょうど私が見つめていた時、魔法具がピカリと光った。
 サーストン殿下が持っている指輪と対応していて、彼がララティーナと直接接触したら連絡を送るように打ち合わせている。

「接触したか」

「えぇ、そのようですね」

「兄さん達が戻ってくるまでもう少しかかる。一応、兄さんなしでも対応できるように準備をしよう」

「わかりました」

 予定通りでこそないが、今の状況を想定していなかったわけではない。

 今回の調査隊以外にも陛下からいくつか仕事を請け負っているユークライ殿下が、帰ってきた陛下に対して報告をするのに時間がかかるかもしれないということは、折り込み済みだ。
 ラインハルト様も時間までに戻ってこれない恐れもあったから、こうして彼だけでも戻って来てくれたのがとても心強い。

「アレックス、拘束用の魔法具の用意を」

「はい!」

「エミー、王城への協力依頼の書状を用意してくれるかしら」

「かしこまりました」

 私達が借りているのは、外苑に近い館の会議室。
 そこそこの広さを誇る部屋の中には、魔法具や事前に用意してある各所への協力依頼書などを入れている、特殊な鍵のかかった箱がいくつか置いてある。

 合鍵を持っているのは、ラインハルト様とユークライ殿下、そして私だけ。
 ラインハルト様から鍵を受け取ったダラン様が、箱の中からシンプルなデザインの手枷を取り出す。よく見ると複雑な紋様が描かれているそれは、魔法の発動を阻止できる代物らしい。

 私は、エミーから書状を受け取る。
 セルカと兄上がララティーナを行動不能にしてから、この魔法の使用を制限する魔法具で彼女を拘束し、ユークライ殿下主催の夜会襲撃の容疑者としてララティーナを捕縛するというのが今回の手筈だ。

 彼女を捕縛する際、公的な手続きとして、王城に詰めている衛兵にもその旨を届け出る。そのための書類を作成を担当しているのが、私だった。
 数ヶ月前まで学生の身だったとはいえ、生まれた時から公爵家の人間。一通りの書類作成は学んでいるし、どのような手続きを踏まねばならないかも知っている。

 ラインハルト様とユークライ殿下の署名はあらかじめ貰っているから、後は適切なタイミングでこれを提出するだけ。
 いくら王族か指揮をとっているとはいえ、貴族の直系の身柄を拘束するには少々面倒な手続きがかかる。しかし、これで

「……こちらの準備はできましたし、後は二人が上手くやることを祈るだけですわね」

「何かあれば、すぐにエストレイから連絡が来る。現時点で何もないということは、問題がないか……もしくは」

 珍しく言い淀むラインハルト様に、思わず首を傾げる。
 彼は時計を見ながら、視線を険しくした。

「……連絡を取れないような事態になっているか」

「えっ」

「あくまで可能性の一つだ。ただサーストンと話が弾んでいるだけの可能性も十分にある。だが、君が胸騒ぎを覚えているというのが引っかかる」

「……」

 この間もずっと、なんとも言えない焦りを感じていたのだが、改めてラインハルト様に言われるとドクンと心臓が鳴った。

 計画に抜かりはないはずだ。
 闇属性魔法を操るララティーナと直接会話をするサーストン殿下は、この日のために自身を精神鑑賞から守るための訓練を積んでいるし、ラインハルト様とセルカが製作した魔法具を身に付けている。
 兄上とセルカも、ずっと綿密な打ち合わせをしていたし、あの二人が貴族令嬢に負ける様子が想像できない。
 それに、少しでも異常があれば近くで連絡役として待機しているエストレイが、私達に魔法具で知らせてくれるはず。まさか、彼女含めて四人が一気に無力化されるなんてことは、到底考えられなかった。

 しかし、二人が接触してから約五分。
 どうしてか、心の中のざわざわとした感触は消えるばかりか、どんどん強くなっていた。

 ふと、立ち上がって窓の近くまで寄る。
 カーテンも閉め切られて外の様子は伺えない。警備上、外から中の様子がわからない方が良いというのはわかっていたが、自然と手がカーテンに伸びていた。
 分厚い布を退けると、夕陽に染まった庭園が見える。

 外苑が見えるが一定の距離を保ったこの部屋からは、二人の様子はよくわからない。
 しかし、何かに導かれるように窓を開け、外の空気に肌が触れた瞬間、脳裏に映像が浮かび上がってくる。

「……っ!?」

 兄上とサーストン殿下が、燃えている体を庇うようにしながら倒れている。
 その信じれられない状況に、その映像をより詳しく見ようとするが、すぐに掻き消えてしまった。

「どうした、アマリリス?」

「……兄上と、サーストン殿下が…っ」

 考えがまとまらないまま、窓からよろけるようにして離れる。
 足がもつれて転びそうになった私を、ラインハルト殿下が受け止めてくれた。

「アマリリス、落ち着け。何が見えた?」

「兄上とサーストン殿下が、燃えていて…っ」

「……ダラン、今すぐ向かう準備を」

 ラインハルト様が、手近の椅子を引いて私を座らせてくれる。
 しかしはっきり見えたとはいえ、一瞬で掻き消えた脳内の映像だけで、予定にない行動をさせてしまうことに申し訳なさを感じ、思わず彼の袖を掴んだ時だった。

 バンと大きな音を立てて扉が開かれる。
 襲撃者かと部屋中の緊張感が一気に高まったが、入ってきた人物の薄紫色の髪に全員が武器に伸ばしかけていた手を止めた。

「エストレイ、何があった?」

 ラインハルト様の問いかけに、珍しく額から汗を流し肩で息をする彼女が、聞いたことのない大声で返答した。

「緊急事態です!ララティーナ・ゼンリルがサーストン第三王子殿下とヴィンセント・クリスト様に呪術による攻撃を加え、セルカが彼女を追っています!通信用の魔法具が無力化されていて、だから今こうやって……」

「……エミー、ヘレナ。アマリリスの警護をし、ここで待機。アレックス、兄さんに連絡を。ダランは僕について来い」

「私も行きます!」

 反射的にそう叫んだ。

 私の脳裏に、二人が苦しみながら倒れている姿がこびりついている。
 ついさっき見たのが、予知なのか、それともただの千里眼なのかはわからない。しかし、悪い予感があったにも関わらずこの事態を防げなかった自分が、今もこのまま部屋に残るということが、どうにも耐えられなかった。
 その場に行ったとて、何もできないかもしれない。でも、ここで動かないといけない。そんな気がした。

「……わかった。手を」

「はい」

「アレックス、ヘレナ。二人は念の為ここに残り、兄さんに連絡を。ダラン、エミー、エストレイ。三人は付いてきてくれ。着地は僕が補助する」

 迷いなく指示を出したラインハルト様に手を引かれるままに、窓の近くまで行く。
 まさかと思うが、恐怖よりも早く現場に駆けつけたいという気持ちがまさった。

「アマリリス、上がって」

 部屋を選ぶ際、そういえば窓の大きさも考慮していたなと思い出す。
 窓枠に足をかけると、「失礼」という声と共に横抱きにされた。

「ダラン、言い訳を考えておいてくれるか?」

「僕よりアマリリス嬢の方が上手そうでは?」

「確かに。アマリリス、考えておいてくれ」

 ラインハルト様の胸に耳が当たっているからか、彼の声がやけにクリアに響く感じがして、少し気恥ずかしくなる。
 が、風が吹いてここまで届いてきたかすかな焦げ臭さに、その甘酸っぱい気持ちが消え去った。

「ラインハルト様…っ」

「あぁ。行くぞ」

 短くそう言ったラインハルト様の足が、勢い良く窓枠を蹴る。

 びゅうっと空気を切る音を聞きながら、ギュッと目を閉じた私は、間に合ってくれと、そう祈るしかなかった。

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