【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

67話:決行当日

「……おはよう、みんな。昨晩はよく休めた?」

 ララティーナ・ゼンリル捕縛の作戦当日。
 朝食を済ませ、アマリリスやヴィンセントさん達と一緒に王城へ向かった私を出迎えてくれたのは、ユークライ殿下だった。

 彼の姿が目に入り、胸に手を当てそうになるところを、並んで歩いていたアマリリスに小突かれて慌ててスカートの裾を掴む。
 普段王城に来る時は男装をしているが、今日はアマリリスの護衛として来ているから、顔を隠さずに緩いローブを着ていた。

「俺はもうぐっすりと。主役はどうなんだ?」

「……主役って、俺か?」

 ヴィンセントさんの言葉に対し片眉を上げたのは、会議室の壁にもたれかかっているサーストン殿下だった。
 そうそう、と気安く返事をしたヴィンセントさんに、アマリリスがわかりやすく溜め息をつく。

 私からすれば、次期公爵であるヴィンセントさんなら多少は王族に対して気安くてもいいんじゃないかと思ってしまうが、どうやらそうも簡単にはいかないらしい。
 貴族社会は大変そうだと思うと同時に、自分にはきっと無理だと、そう感じる。

「一応眠れはした。頭ははっきりしてる」

「それは良かった。眠いようなら、頭の上に雪でも降らせてやるところだったからな」

「兄上!」

 ラインハルトと会話をしていたアマリリスが、兄の軽口に気付いて声を上げるが、当の本人はどこ吹く風だ。

 相変わらずだなと思いながら、それぞれが席に着き始めているのを見て、私も手近な椅子を引く。
 全員が座ったところで、ユークライ殿下が「さて」と口を開いた。

「朝早くに集まってくれてありがとう。これから最後の作戦の確認をしたい。まずは、外苑付近の衛兵の巡回については?」

「そちらにつきましては、本日の陛下がご帰還する際の警備の増強のための再編成を利用し、午後四時から六時までの巡回を手薄にしております」

 ユークライ殿下の護衛騎士であるヘンリックさんがそう報告する。

 私は、壁にかけられている時計を確認した。
 今は朝の九時。隣国にいる陛下が王城に戻ってくるのが、大体十二時頃で、ユークライ殿下達はその前後数時間、陛下を迎えるためにこの会議室を離れる。
 謹慎中のサーストン殿下はまだしも、ユークライ殿下とラインハルトは、帰国した使節団の歓待をしなくてはならない可能性がある。

 サーストン殿下がララティーナ・ゼンリルと約束しているのが夕方の五時。まだ八時間ほどもあるのにこんな朝早くから会議をしているのは、全員が確実に揃えるのが今だからというのもあるし、陛下が城に戻ってくるよりも早めに私達が城に入っていたかったからだ。

「わかった。次、サーストン、何か彼女から連絡は?」

「今日の約束に対して来れると返してきてからは特にない。ちゃんと今日現れるはずだ」

「彼女を外苑まで案内する手筈は?」

「今朝ヘレナと、王城の通用口から外苑までの道筋を確認いたしました。王城の侍女の制服もありますので、疑われずに案内できるかと」

 アマリリスがそう言うと、彼女の後ろに立っているヘレナさんが一礼する。

 秘密裏に行われている今回の作戦では、衛兵や侍女に直接依頼をすることは難しいらしく、全部私達でやらないといけない。
 その点、本職の侍女であるヘレナさんがいてくれたのはラッキーだ。

「サーストンの部屋の掃除を任されていて、偶然案内役を命じられたということにしてくれ。それ以外は何を聞かれてもはぐらかすように」

「かしこまりました」

「じゃあ、具体的な作戦の確認に移ろう━━━」








 太陽が沈もうとし、王城の外苑の整備された木々と芝生が、赤い光に照らされる。

 外苑の奥、周囲からは背の高い茂みで隠されているところに、ひっそりとベンチがある。
 そこに衛兵の制服を着た青年が、何度も辺りをソワソワと確認しながら、一人で座っていた。

「……ああして見ると、やっぱり美形なのかも」

「まぁ、母親があのイリスティア様だからなぁ」

「あの方は美人とかじゃなくてもう芸術品の域だよね」

「ほんとだよ。初めて見た時、絵画から出てきたのかと思ったくらいだ」

 そこから少し離れた低木の茂み。
 鮮やかな花をつけているその後ろに隠れるように、私とヴィンセントさんは並んで座っていた。

 いつ動いても大丈夫なように、足に負担がかからないよう、二人揃って地面にあぐらをかいて座っている。こんなところ、アマリリスに見られたら作戦のためとは言っても、苦い顔をされてしまいそうだ。

 ヴィンセントさんが懐から時計を取り出し、時間を確認する。

「もう五時十分。……まさか勘付かれたか?」

「単純に道が混んでるからだと思いたいけど」

「だな」

 外遊から帰ってきた陛下と使節団の一向をまず出迎えたのは、王都に住む大勢の民衆だったらしい。なんでも今は国外の情勢が不安定らしく、その対処をしている陛下への支持は上がりまくりで、陛下達の馬車は予定よりもだいぶ長い時間をかけて城まで進んできたそうだ。

 それもあり、結局ユークライ殿下とラインハルトは予定していた時間までに会議室に戻ってくることはなく、アマリリスとエミーさんに見送られて、私とヴィンセントさん、そしてエストレイは、この外苑に身を潜めた。
 私達二人とは違い、入り口の方に一人で待機しているエストレイが退屈して集中力を切らしていないといいけど一瞬思ったが、実の姉であるエミーさんからの激励を受けて頬を紅潮させていたし、そんなことはないだろうとすぐに思い直す。

 むしろ、全く緊張した様子を見せずにいつも通りなヴィンセントさんの方が、集中を切らしてしまいそうだ。

「……お前、なんか失礼なこと考えてないか?」

「いや別に」

 ヴィンセントさんから視線を逸らした時だった。

 エストレイとの連絡用の魔法石が、ピカリと一度光る。
 その瞬間、二人ともぴたりと口を閉じて、姿勢を低くした。

 陛下の帰国にあわせて閉鎖されているはずのこの外苑。
 そこに、地味な茶色のローブを着て、フードを深く被った小柄な人物が歩いてくる。

「……ララ」

 サーストン殿下が立ち上がり名前を呼ぶと、彼女が少し躊躇するようにしてから、やがてゆっくりとフードを外した。
 ふわりとした柔らかいピンク色の髪が、風に吹かれて広がる。そのせいで彼女の表情は見えなかったが、可憐な声は聞こえてくる。

「サーストン様……痩せ、ました?」

 まずその第一声が、私達の存在を指摘するようなものではなかったことにホッとする。

「しばらく部屋から出れなかったから、筋肉は落ちたかもしれないな」

「謹慎だったんですよね。今大丈夫なんですか?」

「手紙でも言った通り、今日は父上が帰ってくるから城全体がバタついてるんだ。だからまぁ……あんまり長い時間じゃなければ大丈夫だな」

「良かったです。全然お会いできなくて寂しかったので」

 二人がベンチに並んで座る。
 バレないように盗み見ると、打ち合わせ通り、私達側の方にララティーナ・ゼンリルを座らせてくれていた。

 本当は、魔法をかける素振りがあるかを確認したいから正面側に隠れていたかったのだが、見つかってしまうリスクを鑑みて斜め後ろ辺りを隠れ場所に選んでいる。
 一応、サーストン殿下はラインハルトと闇魔法を防ぐ練習をしてくれていたし、致命的な攻撃は防げるような魔法具も持ってもらっているから間に合うとは思うが、何かあったらすぐに出ていかないといけない。

 二人の会話に耳を澄ませながら、用意してきた魔法具の場所を確認するために、自分のローブの内側に手を伸ばす。

「……あの日以来、ですね」

「そうだな。元気にしていたか?」

「……実は、あれから色んな人に、ひどいことを言われて」

 横のヴィンセントさんが顔を顰めたのが見なくてもわかった。

「婚約破棄をしたのは俺だ。お前に対して何か言うのは筋違いだろ」

「皆さんが言うには、私は婚約者がいる男性に近付いたふしだらな常識のない女だって……私はただ、普通に恋愛をしただけなのに」

 ヴィンセントさんがグッと拳を握り締めているのに気付いて、私は音を立てないように彼の肩を叩いた。

「あぁ、俺もだ。……婚約は、あくまで家同士の契約。当人の気持ちを無視するような風習が今も残っている貴族社会を、俺が変えていきたいと思ってるんだが……」

「何か、あったんですか?」

「……実は、俺が廃嫡されるかもしれないという話があるんだ」

 これは、ララティーナ・ゼンリルを欺くための嘘。
 ヴィンセントさんは、本当でもいいのになんて言ってアマリリスに怒られていた。

 今回の会話の流れの予定はこうだ。
 廃嫡される可能性を伝えれば、きっとその理由を聞いてくる。そこで、王家の命を狙っている反逆者と繋がっている疑いがあると伝えて、その反応を見て、彼女に揺さぶりをかける。
 本来は、廃嫡の話を出す前に世間話をしながら最近の動向を探ってもらう予定だったのだが、緊張しているのかサーストン殿下はすぐに本題に入ってしまった。

 一度話してしまったら仕方ない。
 ここから上手く聞き出してくれたらと思った私の耳に入ってきたのは、困惑するような声だった。

「ララ…?」

「……」

「どうした?」

 返事をしない彼女の顔を、サーストン殿下が覗き込む。
 その様子を少し首を伸ばして見ていたら、サーストン殿下が押し返されて、反射的にローブの中の魔法具に手を伸ばした。

「……はぁ」

 大きく溜め息をついたララティーナ・ゼンリルが、ベンチから立ち上がる。
 サーストン殿下も立ち上がり、彼女の腕をパシっと掴んだ。

「ララ?」

「謹慎を申し付けられて、さらには廃嫡って……しかも魔法も解けてるみたいだし」

 闇魔法を解いたことがバレていた。
 指摘したタイミング的に、すぐに確証を得たわけではなさそうなことがなんだか引っかかるが、ひょっとしたらまずいかもしれない。

 ヴィンセントさんと視線を合わせて、いつでも出れるように準備をする。

「手を離してくれませんか?」

「……ララ。俺はお前を守りたい」

 サーストン殿下が、少し躊躇した後に、彼女を後ろから抱き締める。

 逃走を防いでくれたと喜びたい気持ちと、彼を巻き込まずに攻撃する難しさ、アマリリスの元婚約者が目の前で他の女性をハグしている状況へのなんとも言えない怒りもあり、複雑な感じだ。

「お前には、王族を狙っているという疑いがかかっている。俺はそんなことないとわかっているが、そう簡単に疑いを晴らせるわけではないんだ。お前を守るために作戦を……っ!?」

 サーストン殿下の言葉は、突如燃え上がった炎によって中断された。

 その瞬間に、私とヴィンセントさんが同時に飛び出す。

「俺がサーストンを!」

「わかってる!」

 魔法学校の資料だと、ララティーナ・ゼンリルに適性がある属性魔法は水属性、無属性、そして光属性。
 貴重な光属性の使い手として有名だったらしい彼女が、ここまで自在に火属性を操っているということはと、頭の中でいくつかの可能性を思い浮かべながら、地面を蹴った。

「動くな!」

 拘束用の術を仕込んでいる魔法具を投げ付ける。
 しかし、魔法が発動する前に、魔法具が水の刃で両断され、さらには私に対しても無数の刃を飛ばしてきた。

「くっ……」

 魔法障壁で自分の身は守れたものの、距離を取られてしまう。

 腕の良い魔法使いだとは思っていたが、想像以上だ。
 無傷で捕らえることはできないだろうから、無力化のために多少の怪我は負わせないと。

「誰、あなた?」

「……あんたこそ誰よ」

 ある可能性を頭に浮かべながら投げかけた質問に、彼女は少し首を傾げた。

「私のこと知っているんじゃないの?ララティーナ・ゼンリルよ」

「……私はセルカ」

「ふーん。……セルカ。お金なら払うから、私の方に来ない?」

「はぁ?」

 杖を取り出し、いつ攻撃されても対応できるように油断なく構えていると、想像もしていなかった言葉を投げかけられる。

「あなたみたいに優秀な人が、王家に良いように使われているなんて可哀想よ。私と一緒に、王家を倒さない?」

「……」

 その言葉には返事をせずに、私は一つの可能性を頭から消す。

 光属性と闇属性。どちらも使い手が希少で、その両方に適性があることなんて、かなり相当な確率だ。
 そのため、彼女の正体について色々と事前に予測を立てていた。その中でも、影武者という可能性を考えていたが、なんとなく違う気がする。

「無視しないでくれる?」

「ごめんごめん、ララティーナ。……ちょっと、私と一緒に来てくれない?」

「嫌よ。それと、馴れ馴れしく名前を呼ばないで欲しいんだけど、セルカ」

 彼女が手を振ると、私の足元から氷の剣が伸びてくる。
 後ろに飛び退くのではなく、上に跳び上がることでそれを避け、そのまま彼女の頭上に雷の槍を落とした。

「……っ」

 地面に足を着けると同時に、氷の剣が再び私の方に迫ってきた。

 戦闘の訓練を受けたことのある魔法使いは、数を絞った得意魔法の強度と発動速度を速めると聞いたことがあるが、どうやら彼女もそのタイプのように見える。

 とは言っても、私も一応、その"戦闘の訓練を受けたことのある魔法使い"の一人だ。
 足に強化魔法をかけて足元の氷を全て蹴り壊しながら、再び雷の槍を放つ。

「手伝うぞ、セルカ!」

 サーストン殿下を後ろに庇いながら、ヴィンセントさんが杖を構えた。
 生み出された巨大な水の塊が、その質量のままにララティーナ・ゼンリルを押し潰そうとする。

 雷の槍が到達すると同時に一気に水が放出される。
 大量の水から身を守ろうと広く魔法障壁を作ってしまうと、一点突破の槍に貫かれる。逆もまた然りの、容易には防げない、何度も練習をした連携。

 無力化まではいかないが、これである程度力を削ぐことはできるだろうと、そう思った瞬間だった。

 ブワッと熱風が広がり、反射的に目を閉じそうになるのを堪えて魔法障壁を生み出と、真っ白に視界を染め上げる蒸気の奥から、複数の赤黒い炎が飛んでくる。

 炎を受け止めた障壁にはヒビが入り、突破される前に氷で固めると、やっと勢いを失って地面に落ちた。
 透明な氷の中、よく見るとそこにあったのは黒く蠢くもやに包まれた矢尻だ。

「……ヴィンセントさん!」

 まさか、と思って名前を呼んだが、返事がない。
 落ち着けと何度も自分に言い聞かせ、反撃の手は緩めずに、少しだけ体の向きを変えた。

 ララティーナ・ゼンリルのいた位置からは視線を外さずに、視界の端で二人の姿を捉える。
 ヴィンセントさんとサーストン殿下が、炎に包まれながら膝をついていた。

「……っ!!」

 護身用の魔法具を渡しているから命の危険はないはずだが、今すぐにでも駆け寄って確認したい。
 しかし、間髪入れずに放たれる火球に対処するためには、振り返ることすらできない。

「……やっぱり、あなた私の仲間にならない?」

 風が吹き、煙が晴れる。

 そこから傷一つない姿を現した彼女の若草色の目は、どんよりと妖しく光っていた。

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