【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

66話:地下室での実験

「アマリリスには、占星術師の才能がある…!」

 セルカに告げられたその言葉に、私は驚きと戸惑いで手の力が抜けるのを感じた。
 手にしていたコップが地面に落ちてパリンと割れる音が、やけに強く聞こえる。

「あ……」

「アマリリス」

 コップを壊してしまって申し訳なく思った瞬間に名前を呼ばれ、背筋を伸ばしながらラインハルト様の方を向く。
 しかし予想に反して、彼は手を一振りして私の足元のガラスの破片を集めると、いつもより幾分か明るい声で私に問いかけた。

「今の音、はっきりと聞こえたか?」

「今の音って……コップが割れた音のことですか?」

「あぁ。君の中の才能が開花したのが、魔力量が一気に増えたのと同時期と僕達は予想しているんだが、その前後で自分の感覚の鋭敏さに差を感じたことはあるか?」

「……言われてみれば、鋭くなったかもしれません。特に緊張している時とか」

「やはりか。……すまない、もう一度手を借りても?」

「えぇ、どうぞ」

 座ったままの私の目の前で膝をついたラインハルト様が、そっと私の手を握る。
 ひんやりとした骨張った手の感覚に慣れてきている自分に、検査のためだとはわかっていてもなんだか気恥ずかしくなり顔を上げると、こちらを見ているサーストン殿下と目が合った。

「……」

 汗を拭きながらこちらを見ていた彼の青い双眸から、つい目を逸らしてしまう。

 なんともいえない気まずさを感じながら、そういえばこの二人の兄弟は髪と瞳の色が全く違うなと思う。
 ラインハルト様は、黒い髪に橙色の瞳。対するサーストン殿下は、金の髪に青の瞳。
 顔立ちもほとんどそれぞれの母親に似ているが、唯一似ているのは目の形くらいだろうか。どちらも、どこか怜悧でいながら存在感のある瞳をしている。

「……アマリリス」

 そうやって、記憶の中の彼の顔を思い出していたからだろうか。
 こうやって手を繋いでいる状況で、小さく低めた声で名前を呼ばれたことに、なんだかドキリとしてしまう。

「君には一体、何があった?」

 しかし、そんな心臓の高鳴りは、私の中で変化があったことを確認するような彼の問いかけに、秘密を知られることへの恐れへと変わる。

「……何が、とは」

「初めて会った時から明らかに魔力量が増えていて、しかも変質している。もちろん、魔力は変化するもので、訓練によって扱える魔力の量が増えることはよくあることだ。しかし、ただの貴族令嬢が突然占星術の適性を示すなんてことは、前例がない」

 扱う術者の能力こそ工夫次第で伸ばせるが、魔法の適性は先天的。
 これはウィンドール王国だけでなく近隣諸国で広く知られている常識で、だからこそそれを覆すような私の状況の誤魔化し方が、思いつかなかった。
 下手なことを言っても、魔法への造詣が深いラインハルト様相手だと藪蛇にしかならない。

「隠さなくてはいけないようなことなのか?」

 潜めた声で投げかけられたその質問に、顔の表情一つ動かさなかったのは、幼い頃からの淑女教育の賜物だろう。

 どう答えるべきかと、頭の中で様々な考えが駆け巡った。

 前世のことは、いずれどこかのタイミングで話したいと、そう思っている。
 セルカとの縁も、前世の記憶の中にある乙女ゲームとこの世界の類似性も、相談したいことがある。

 しかし、今この場で話すことが、正しいのだろうか。

「……すまない」

 返答に迷っている私に、ラインハルト様が穏やかにそう声をかけてくれる。

「話したくないのなら大丈夫だ。ただ、もし君の身に何か異常が起きているのだとしたら、魔法の研究者として役に立てるかもしれないと思ったんだ」

 彼は私の手を、そっと握った。

「もし話せる時になったら話して欲しい。今は一旦、さっきの測定結果からわかったことを伝えてもいいか?」

「えぇ。……申し訳ございません」

「いや。一番優先されるべきは、君の気持ちだ」

 ラインハルト様が私の手を離し、ダラン様が差し出した椅子に腰を下ろす。
 セルカも自分の椅子を引いてきて、私の横に腰掛けた。

 ダラン様とサーストン殿下も近くにやってきてそれぞれが座ったところで、ラインハルト様が話し始める。

「検査の結果を伝える。さっき直接魔力の確認もしたが、君には火属性と風属性、そして占星術への適性がある」

「……占星術」

「兄さん、本当なのか?占星術ってポルトレト家に特有な魔法じゃないのか?」

 そうラインハルト様に尋ねたのは、サーストン殿下だった。

 私もその疑問に頷く。これは、セルカに占星術師の才能があると言われてすぐに、私自身も気になったことだ。

 占星術は、五大公爵家の一つ、星を見る一族であるポルトレト公爵家とのその一門が代々受け継ぐ秘術だ。
 大気に満ちる魔力の流れから過去、現在、未来のことを見抜くと言われており、最も優れた占星術の腕を持つポルトレト家当主の占いは、政策の参考にもされている。
 現当主のピューヴァ・シュウ・ポルトレト公爵の今年の占いの結果も先日発表され、今年の天候や災害についての予測がなされたらしい。

 そういえば、ポルトレト公爵と個人的な繋がりがある弟のシルヴァンから、『探し人は見つかる』という言葉を伝言されたことを思い出す。
 ひょっとしたら、とこっそりセルカの方を盗み見る。前世の姉である彼女が、探し人ということなのだろうか。

 私の視線に、占星術に関して聞かれていると解釈したのか、セルカが説明を始める。

「まずそもそも魔法の区分についてはご存知ですか?」

「あぁ。魔法はあらゆる魔力的な事象の総称で、属性魔法や精霊術、呪術は魔法の一種。占星術も魔法の種類の一つだろ?」

「はい」

 サーストン殿下相手だからか、かしこまった言葉遣いのセルカが続ける。

「占星術はあらゆる魔法の中でもかなり高度な術です。私も専門外なのでざっくりした概要しか知らないのですが……まぁ簡単に言うと、大気中の魔力から様々な情報を集積して分析することで、過去に何が起きたかや未来に何が起きそうかを予測する魔法です。後は、だいぶ離れた場所の情報を集めることができる術師の存在がいたことも報告されています」

「それで?」

「占星術への適性は、主に二つの要素から成ります。一つは魔力感知力の高さ、そしてもう一つが魔力情報の処理能力の高さです」

 セルカが指を二本立てる。

「まず魔力感知力。アマリリスは、これが一般人のみならず魔法師の平均を大きく上回っていて、おそらく占星術師と同水準だと考えられます。魔力情報の処理能力の高さについてもかなりの数値を叩き出しています」

「その処理能力って初めて聞いたのだけれど、どんなもの?」

 私が尋ねると、セルカが待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせる。

「この魔力情報の処理能力っていうのはラインハルトが発見した比較的新しい概念なんだけど、人が魔法を発動する時……あ、厳密に定義するなら魔法事象の具現化が起きる前の過程での話なんだけど、この時って顕在意識と潜在意識の二つの意識層で魔力を処理すると考えられてて……」

「ごめんなさいセルカ。もう少し、易しい説明をお願いしてもいいかしら?」

 早口で楽しそうに語り始めるセルカを慌てて止めた。
 ラインハルト様が発見した、というパワワードが聞こえてきた気もするが、そこを追及すると余計に話がややこしくなりそうだから一旦流しておく。

「あーごめん。つい熱が入っちゃって。……えっと、うーんと……」

「たとえば、僕達はこの手で物を掴む時に、わざわざどの筋肉にどの程度力を入れてどの関節を曲げるかを意識しない」

 セルカの説明を引き継いだラインハルト様が、胸ポケットからペンを取り出し、手の中でクルクルと回す。

「こういう力の微調整も、意識しながらやる人は少ないだろう。それと同様に、魔法を使う際も、多くの場合は感覚で魔力を調整する」

 手の中で回っていたペンが、回転を止めないままふわりと浮き上がった。

「しかしこの感覚は、肉体的なものよりはるかに個人差がある。この無意識下での魔力の操作を、魔力情報の処理能力と呼んでいるんだ」

 空中のペンがぴたりと止まり、誰の手にも触れないまま再びラインハルト様のシャツの胸ポケットに入る。

「では、今まで私が魔法を上手く扱えなかったということは、この処理能力が低かったということですか…?」

「いや、おそらく直接的な因果はない。君が魔法を上手く発動できなかったのは、体内での魔力の流れが滞っていたからだ。ただ、魔力情報の処理能力が高かったことが魔力の流れに悪影響を及ぼしていた可能性は十分にある」

「で、最近の訓練を通して魔力がきちんと流れるようになったから、感知力と処理能力が十分に発揮されるようになって、占星術師としての才能が開花しかけてるわけです」

 そこまで話したセルカが立ち上がり、少し前までサーストン殿下が石の巨人と戦っていた場所に手のひらを向ける。
 すると、小さな石が飛んできて、彼女がパシリとそれを掴んだ。

「占星術師は属性魔法が苦手な傾向があります。多分、普通の人より魔力への感度が高すぎるから、外界に影響を与える際に必要のない情報まで取り込んで、範囲を上手く設定できないんだと思います。でも、アマリリスはそれを力技で克服した」

「え……力技?」

「圧倒的な集中力と想像力。魔法の基礎かつ一番のコツ」

 セルカが悪戯っぽく笑い、指で摘んだ石を私達の方に見せる。深い紺色で小指の爪ほどの大きさしかないそれの表面には、金色で複雑な模様が描かれていた。

「この魔法具には自動的に再生する機能を付けてる。だから、アマリリスの魔法の火力を検証するのにちょうどいいかなって思ってたの。想定外に一発で吹き飛ばされちゃって、まぁだからこそ占星術師の才能があるんじゃないかって気付いたんだけど」

 石の魔法具を懐に仕舞ったセルカは、代わりにメモを手にする。

「ちょっと脱線しちゃったね。とりあえず、ああいう風に属性魔法を使った時に威力がすっごい高くなるのとか、一回でかなり集中力を使っちゃうのは占星術師としての体質みたいなものだから、あんまり気にしなくていいよっていうのが伝えたかったんだ。あとなんだろ」

「魔力の流れはだいぶ改善されたようだが、まだ経過観察は必要だ。セルカが側にいるなら大丈夫だと思うが、一応君自身も気を付けておいてくれ」

「わかりました」

「……おい」

 そう低い声を出したのはサーストン殿下だった。
 腕と足を組んだ彼は、眉間に皺を寄せている。

「アマリリスに占星術師としての才能があるのはわかった。それが魔法学校時代に判明しなかったわけもな。でも結局、ポルトレトの一族しか受け継いでいない秘術をアマリリスが使える理由はなんなんだ?」

「不明だ」

「予想くらいはあるんじゃないのか?」

「僕は学者だ。いくつか考えられる可能性はあるが、あまり根拠のない憶測を口にしたくはない。それに、彼女の私事にも関わることだ」

「……わかった」

 私を一瞬チラリと見たサーストン殿は、大きく息を吐いた。

「出どころはいい。でもこれからどうするんだ?占星術師の才能を持った者がポルトレトの外から出ただけでなく、それがクリストの人間だと知られれば大騒ぎどころじゃ済まないだろ」

 その言葉に私は頷く。

 ウィンドール王国における五大公爵家は、強大な力を持ち、互いに独立してそれぞれの在り方で国を支えている。
 これらの家が、王家のもとで適度な距離をとり、牽制し合い、拮抗し合っているからこそ、この小国は成り立っているのだ。

 しかし、もしクリストの直系である私が、ポルトレトの専売特許である占星術が使えると判明すれば、二つの家の力関係は崩れ、国全体に混乱をもたらしかねない。
 であれば、取るべき選択肢は一つだろう。

「隠すべき、ですわね?」

「あぁ。そもそも君が魔法を使わなくてはならないような状況になることが滅多にないだろうし、周りに知られてしまう可能性はほぼないだろうが」

「アマリリスが占星術使えるようになったら面白そうだなーとは思うけど。残念ながら、占星術の詳しい手順とかは門外不出だからねぇ」

 セルカは本当に悔しそうにそう口にした。

 私も正直、占星術には興味がある。
 冬は雪で閉ざされてしまうクリスト領では、雪が降り始めたり雪が溶け始める時期によって、領全体の動きが左右される。もしこれを正確に予測できるのであれば、より効率的に色々な計画を立てることができるだろう。

 機会があれば学んでみたいとは思うが、余計な火種を増やさないためにも、諦めるしかない。

「……試してみるか?」

「「え…?」」

 唐突にラインハルト様から投げかけられた問いかけに、私とセルカが同時に疑問の声を漏らす。
 私達二人に見つめられた彼は、手元の紙に魔法陣を描きつけた。

「セルカの言う通り、占星術は秘術で正確な技法などは外部には知られていない。しかし、いくつかの基礎的な術は公開されているんだ」

 普段目にするものよりも数倍複雑な陣を、サラサラと迷いなく描いた彼は、椅子から立ち上がり私の目の前に立つ。
 魔法陣が描かれた紙を手渡され、受け取ると手を重ねられた。

「君の魔力量は十分に多い。しかし、既に何割かの魔力を使っていることとまだ制御が不十分なことを鑑みると、魔力不足になる可能性がある。そうなった場合、僕から魔力を送るから安心して試してみてくれ」

「わかりました」

「これは、術者の半径一キロ前後の区域の一日後までの天候を予測するものだ。すまないが、僕もどのように占星術が発動するかはわからない。もし危険を感じたら、すぐに知らせて欲しい」

 私はラインハルト様の顔を見て頷いてから、手元の魔法陣に視線を落とす。

 まさか試せるとは、とわくわくする気持ちに呼応するように、体の奥の魔力が沸き立ち迫り上がってくる。
 しかし、こんな風に昂った感情で魔法を使って上手くいった試しがない。気分を落ち着けようと、何度か深く息を吐いてから、ゆっくりと魔法陣に魔力を流した。

 インクで描かれた模様に沿って魔力を流すと、幾何学模様の光がふわりと浮かび上がる。
 その瞬間、ドッと体内から魔力が抜かれて、視界がちらついた。

「……っ」

「大丈夫!?」

「大丈夫か?」

 椅子に座ったまま崩れ落ちそうになる私を横から支えてくれたセルカと、私の手を包む力をわずかに強くしたラインハルト様に、平気だと伝えようとした時だった。

 視界の端にあった白い光が膨れ上がり、一気に全てを染め上げる。
 そしてそこに浮かんできたのは、暖かい陽の光に包まれる屋敷とそれを取り囲む森。青い空に浮かぶ雲が、早送りのようにすぐに流れ去り、夕焼けが見えたかと思うと、暗い空を分厚い雲が覆い始め、木々が風で大きく体をしならせる。
 風と共に降り始めた雨が止んだ時には朝日が上り、太陽の光が濡れた葉をキラキラと輝かせている。

 そこまで見えたと思うと、再び白い光が視界を埋め尽くし、パッと消えた。

「……はぁっ、はっ」

 一気に魔力がなくなったせいか、それとも集中していたせいか、息が整わない。
 私の手から紙が滑り落ち、私自身も崩れ落ちそうになるのを、目の前にいたラインハルト様が受け止めた。

 焦点が定まらずに何回か瞬きをしてから顔を上げると、私を心配そうに覗き込む橙色の双眸と目が合う。

「意識はあるか?自分の名前は?」

「……アマリリス、クリスト。少しふらつきますが、大丈夫、ですわ」

「そうか。良かった」

 ラインハルト様はそう言って、私の肩を支える手に力を込めると、柔らかく暖かな光が私を包む。
 これは、と彼の顔を見ると、無言のまま頷かれた。

 緊張していた体がほぐれ、息がしやすくなり、脱力感もなくなる。
 ラインハルト様の回復魔法は、どうやら私の肉体だけでなく魔力も回復させてくれたようだった。

「ありがとうございます」

「いや。無理をさせたのは僕だ」

「やりたかったのは私もですから」

 どこか罪悪感を覚えているような表情を見せるラインハルト様の手にそっと触れると、彼はゆっくりと私の肩から手を下ろした。
 それでも私から視線を外そうとしない彼にどう声をかけたものかと考えていると、横からセルカが飛び付いてくる。

「アマリリス、大丈夫!?すっごい魔力だったけど」

「えぇ。その……そんなに心配をかけるほどのものだったの?」

「そうだよ!?例えるなら……もしあの魔力が全部風属性魔法に変換されていたとしたら、この屋敷を丸ごと吹っ飛ばすくらい!魔法師でもないアマリリスがこんな大規模な魔法いきなり使って、しかも意識が朦朧としてたみたいだから、見てるこっちはヒヤヒヤしたんだよ」

「心配かけてごめんなさいね」

 確かに、今までに感じたことがないくらいの魔力を一度に使った感覚はある。
 しかし、屋敷を吹き飛ばすほどと言われると、魔法の実技の授業が苦手だった身としては、なんだか現実味がなかった。

 あの頃の自分に今の状況を見せてもきっと信じてもらえないんだろうなと思いながら、私のことを気遣わしげに見てくれる人達を安心させるために「でも」と言葉を続ける。

「占星術は成功したと思うわ。夜には雨が降るけれど、朝には止むみたい」

「えっ、ほんと!?初めてで成功したの!?」

 そう叫んで興奮気味に私の肩を前後に揺らしたセルカが、「じゃあ次は」と言うのをラインハルト様が止める。

 今日はこれ以上魔法を使わせることはできないと言われ、サーストン殿下の訓練を見守ることになり、しばらくすると目元を赤くしたエミーとエストレイもやってきて、セルカやダラン様、アレックスも加わって戦闘訓練を始める。
 自分達の命を狙った黒幕を捕らえるためだとわかっていても、大事な人達が真剣に、時折笑い声も上げながら共に過ごしているのを見て、この時間がずっと続けばいいのにと、そう少しだけ思った。

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