【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

65話:地下室での検査

 ドロッセル殿下の屋敷の地下室。
 魔法に関する実験のために作られた空間らしく、様々な用途に対応した設備が用意されている。

 魔法学校という"魔法"を名に冠する学校に通っていたとは言っても、基礎的な知識と技術しか身に付けていない私にとって、このような専門的な実験・訓練用の装置は、見慣れないものばかりだ。

 だから、有無を言わしてもらえずにその目の前に立たされた私は、期待するように目を輝かせるラインハルト様とセルカの二人に、申し訳なさを感じながら振り返るしかなかった。

「あの……これは、どう使えば?」

「あ、そっかごめん!普通の人はわかんないよね」

 私の問いかけに、セルカが側に駆け寄ってきてくれる。

「まずその水晶に手を当てて」

 彼女の言う通り、人の頭ほどの大きさのある水晶に手を当てる。
 ひんやりとした感触のそれは、内部に何重にも複雑な魔法陣が描かれていて、それに絡みつくような黒い支柱は、時々内側から青や緑、赤など色とりどりに光っていた。

「ここに一気に最大出力で魔力を流すと、その人の魔力の量とか質、あと適性とかがわかるっていうシンプルな装置だよ」

「適性検査のための水晶を改良したものってこと?」

 ウィンドール王国で、ほとんどの子供が幼い内に自身の適性のある属性を知るために、各地の領主の館などに用意されている水晶を思い出しながらそう尋ねる。

「そう!あれより色々調べられるから、とりあえずやってみて」

「わかったわ」

 一度目を閉じて深呼吸をした。

 さっきの、石の巨人を倒すために全力で魔力を放った瞬間を思い出す。
 自分の中の魔力の流れを感じ、それが手のひらへと集まり、一つの大きな流れとなる感じ。

「……っ」

 魔力が水晶へと流れていくのと同時に、体の奥が沸騰するような感覚に襲われる。
 私の意志とは関係なくどんどん魔力が溢れ出し、視界がチカチカと点滅し始める。

「くっ……」

 止めなくてはいけないと、誰かに助けを求めたいと頭は思っているのに、体が全く動かない。

 私の奥底に眠っていた魔力が、暴れ出そうとする。
 前にもこんなことがあったと思い出した時、ユカリがかけてくれた言葉を思い出した。

『魔力を安心させたら、大丈夫です』

「……っは、はぁ、はっ」

 押さえ付けるのではなく、宥めるように。
 自分の中の魔力を落ち着けると、いつの間にか止めていた息ができるようになる。

 暴走しなくて良かったと安心した瞬間、気が抜けて体が崩れ落ちそうになった。

「……危ない」

 ふらついて倒れ込みそうになった私を抱きかかえてくれた温かさに振り返ると、ラインハルト様が心配そうに私を見つめていた。

「すまない。もう少し早く声をかけた方が良かったな」

「ほんとごめん。様子がおかしいとは思ったんだけど、数値が変動している最中だったから中断する判断ができなくて……」

 そう申し訳なさそうに言うセルカが、謝りながらも水晶を見ながら手元に数字を書き留めていく。

「念の為、君の状態を確認させて貰ってもいいか?」

「もちろんです。……あ、申し訳ございません。何度も」

「別に構わない」

 ラインハルト様に、またもたれかかってしまっていることに気付いて、慌てて彼から離れる。
 少し距離をとったところから私の様子を見た彼は、小さく頷くと「失礼」と私の手を取った。

 ひんやりした大きな手が私の手を包み、わずかに彼の魔力が流れてくるのを感じる。

「……これは、やはり」

「ラインハルト、気付いた?」

 おでこをぶつけそうになるほどに水晶に顔を近付けていたセルカが、パッと顔を上げた。

「記録は取り終わったのか?」

「うん。あ、魔力残量は?」

「十分安全域だ」

 ラインハルト様は私の手を握ったまま、近くにある椅子に視線を向けると、魔法で近くまで持ってきて、私をそこに座らせてくれる。
 椅子と一緒にに魔法で浮かんで飛んできたコップに、水が注がれた。

「無理をさせてすまない。今から数値を解析して、より詳しい検査が必要な項目があればまた声をかける。それまでは休んでいてくれて構わない」

「かしこまりました」

 肉体的にはまだ大丈夫なのだが、精神的にも魔力的にも疲れてしまっていたのか、冷たい水に口をつけると少し落ち着く。

「サーストン。放っておいてしまってすまない」

 私が一息ついている横で、ラインハルト様がサーストン殿下に声をかける。
 私達から一歩引いたところで壁にもたれかかって腕を組んでいた彼は、私にチラリと視線を向けた後に、手をひらひらと振った。

「気にしないでくれ。俺がやることが何もないなら、素振りでもしようかと思うんだが」

「あ、じゃあせっかくなら、あれ使ってみませんか?」

 腰に差していた剣の柄に手をかけていたサーストン殿下に声をかけたのは、セルカだった。
 まさか、と思って彼女が指差している先を向くと、そこには半壊した石の巨人がある。

「……あれ、もう壊れているように見えるんだが」

「ふふふ、実はあの子には秘密があるんですよ」

 テンションが上がっているのか、あまり面識のない第三王子相手にも楽しそうに話すセルカは、崩れてもはやただの石が積み上がっただけに見えるそれに手を向けた。

「再起動!」

 通常、魔法の発動に掛け声などは必要はないのだが、ノリノリでそう声を上げる。

 すると、地面に乱雑に転がっていた石がカタカタと動き出し、浮かび上がっていったかと思うと、崩れていた部分を補うように新しく岩の塊が生み出されていった。
 瞬く間に私が倒す前と同じ体躯となった石の巨人に、セルカが指を鳴らす。

「戦闘モードに入ったから、核が破壊されるまで戦い続けるので、いい訓練になると思いますよ」

「戦闘も……なんだって?いやそれよりも、戦い続けるって、まさか、再生するってことか?」

「はい。元々、アマリリスの護衛用に作ろうと思ったんですけど、見ての通り大きくなりすぎちゃって。アマリリスが普段いるのって王城とかタウンハウスで、こんな大きなやつだと建物壊すし小回り利かないしで不便だから、訓練用に有効活用していただけたら開発者冥利につくので!」

 早口にそう捲し立てたセルカは、サーストン殿下をピッと指差す。

「今、あなたを標的にしました。あ、ここら辺にいられるとアマリリスとかにも当たっちゃうかもなので離れて下さいね。あくまで護衛用だからそこまで攻撃力は高くないのですが、耐久力が高くて訓練に最適だと思うのでぜひ!どうしても停止したくなったら私に声かけてください止めるので。じゃあラインハルト、早速なんだけど……」

 言いたいことだけ言うと机に腰を下ろし、ラインハルト様と共にメモした数値を覗き込むセルカに思わず苦笑を漏らしてしまった。

「おい、お前……あぁ、もう!」

 セルカに言われた通り、私達から離れたところで剣を抜いたサーストン殿下は、不機嫌さと戸惑いが混ざったような表情で石の巨人の出方を伺う。
 彼が剣を抜いたのに反応したのか、巨人が体を震わせて、鈍い動きでドシドシと足を動かし始めた。

 その巨人が長い腕を振るうのを、サーストン殿下は魔法障壁で受け止めようとするが、パリンと高い音が鳴り、障壁が破壊される。

「なっ……おい、おいそこのお前!これ明らかに強いだろ!」

 サーストン殿下の叫びにセルカは一瞬顔を上げたが、すぐに俯くと彼に見えないように小さく舌を出した。
 どうして私の周りには、こうも王族相手に肝を冷やすような態度を取る人ばかりなのだろうと溜め息をつくと、後ろから声をかけられる。

「全く、セルカも子供ですよね」

「ひゃっ、だ、ダラン様!?」

「突然お声掛けしてしまって申し訳ありません。ごきげんよう、アマリリス嬢」

 にこりと笑ったダラン様は、持ってきていた椅子を並べ、私の横に腰を下ろした。
 主のもとへ行かなくてもいいのかと問いかけようとして一瞬視線を外すが、熱心に議論を交わしている研究者二人の様子に、確かにあそこには入っていけないだろうと納得する。

「セルカはサーストン殿下に対して未だに腹を立てているようで、だから少しでも意地悪をしたいのでしょう」

「そうなのですね……」

「えぇ。ヴィンセント殿でさえも納得して下さったのですが……まぁ、あの場にいなかったので仕方ないかもしれませんね」

「あの場、とは?」

 ダラン様の言葉に、ふと自分の中で解決していなかった疑問を思い出す。

 自分で言うのもあれだけれど、兄上の兄妹愛はかなり強く、サーストン殿下に対してともすれば私の何倍も腹を立てていた。
 そんな兄上が、殿下が屋敷に来て私に謝罪するという状況を、渋ってはいたものの許したことが、正直信じられなかった。

 しかし、調査隊のこと、特にサーストン殿下のララティーナへの接触という喫緊の取り組むべき作戦があり、王城から深夜に帰って来て早朝に立ってしまう兄上となかなか会えず、今日まで来てしまったのだ。
 きっと何かきっかけがあったのだろうと、ダラン様が続けるのを待つと、予想していなかった一言が飛び出す。

「実は、ヴィンセント殿が思い切りサーストン殿下を殴り飛ばしまして」

「……はい?」

「我々が直接クリスト家のタウンハウスに伺った日の午前中に、サーストン殿下からの要望もあり、ご兄弟にヴィンセント殿を加えた四名で話し合いが行われていたのですが、その最中に」

「……少し、待ってくださいませんか」

 頭痛がしてくる。
 嘘だと信じたいが、ダラン様がこんな嘘を言う理由もないし、何よりあの兄ならそれくらいしかねないということを、妹である私が一番よく知っていた。

 手に持っていたコップの水を一口飲み、深く息を吐く。

「……その場にいらっしゃったのは?」

「ユークライ殿下、ラインハルト、サーストン殿下、ヴィンセント殿、スロフォリオ殿、それにリズヴェルト殿と僕です。人払いをしていたので、侍女や衛兵はいませんでしたよ。何より、当人が当然のことだと受け入れていらっしゃったので」

「兄上……」

 身内が王族に暴力を振るったという状況に、つい大きく溜め息をついて項垂れてしまう私にダラン様が謝罪をする。

「あぁ、すみません。きちんとお話ししますね。ヴィンセント殿は最初、サーストン殿下を殴ろうとした時に自制なさったんです」

「兄上が自制を?」

 これは後で褒めなくてはと思いながらそう問い返すと、ダラン様はしっかりと頷く。

「しかし、サーストン殿下ご本人が『けじめをつけたいから殴ってくれ』とおっしゃって、結局一発」

「そんなことが……」

「ちなみに今日殿下がボロボロなのは、先ほどドロッセル様が『女性に公衆の面前で髪を切るよう迫るなんて信じられない』とおっしゃって強めにしごいていらっしゃったからですね」

 階段の途中で会ったこの屋敷の主人を思い出す。
 世代が上なのもあってあまりドロッセル殿下個人の強さについては聞かないが、王族の一人だと考えると、あそこまでサーストン殿下がやられてしまっていたのも頷ける話だ。

 そんな彼はどんな様子かと思うと、剣を振るいながら魔法を交えて戦っているようで、先ほどから剣戟と石の巨人が地面を踏み締める重い音が響いている。

「ドロッセル様のしごきの後、間髪入れずにラインハルトと闇魔法への抵抗の訓練を始めて、僕は当日サーストン殿下が装備する魔法具を取りに行っていたんですが……まさか戻ったら、こうしてアマリリス嬢に会えるなんて」

 にこりと橙色の瞳を細めながら笑いかけるダラン様が、私の方を見つめたまま、サーストン殿下が剣を振るった際に飛んできた小石をパシっと掴む。
 その人間離れした技に、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

「先日の手合わせの際も思いましたが、身体能力がとても高くていらっしゃるんですね」

「ラインハルトがいうには、僕は魔力が外に出せない代わりに内部で高密度に循環されているから、基礎的な身体能力が底上げされているそうですよ。それに、必死に鍛えたので」

 そういえば、今は家督を継いでいるものの、ダラン様は次男だったことを思い出す。
 貴族の家の次男や三男は、領地に残って長男の領地経営を手伝うか、身を立てるために魔法師や騎士、城での文官を目指すのが一般的だ。

「騎士を目指していらっしゃったのですか?」

「あぁいや。僕は元々、文官志望だったんですよ。幼い頃は、魔法が使えない出来損ないだと言われていたので」

 出来損ない、という言葉を、その辛辣さと裏腹に穏やかな声で口にしたダラン様は、懐かしむような口振りだった。

「しかしラインハルトの従者となって……ある出来事を境に、ラインハルトの側付きが皆辞めてしまって、護衛もいなくなってしまったんです。だから、僕が強くならなくては、と。とは言っても、一度も主人に勝てたことがない護衛なんですけどね」

 そう言って笑うダラン様に、私も微笑み返す。

「強さ関係なく、ダラン様が守ろうとしてくれていることこそが、きっと心強かったと思いますよ」

「ありがとうございます、アマリリス嬢。そうだと嬉しいですね」

 優しい声でそう口にするダラン様は、瞳の色が似ていることも相まって、まるで実の弟について語る兄のようだった。

 周りに味方がいない中で、このように自分を想ってくれる従者がいたことがどれだけ心強かっただろうとふとラインハルト様の方を見ると、たまたまこちらを見ていた彼と目が合う。

 驚いたように何度か瞬きをした彼は、ふっと口元を緩めた。

「アマリリス、ダラン。どんな話をしていたんだ」

「あなたの話ですよ、ラインハルト。言われていた魔法具をお持ちしましたが……出番は後になりそうですね」

「あぁ。セルカ、一度あの護身用の人形を止めてくれ」

「はーい」

 どうやら議論がひと段落したらしく、二人は同時に席を立つ。

 セルカは一度グーッと背伸びをしてから、緩慢な動きで石の巨人に指を向けた。

「稼働停止ーっと」

 ちょうど、サーストン殿下を挟み撃ちにしようとしていた長い岩の腕が不自然に止まり、ボロボロと崩れ、細かな砂となり消えていく。
 剣を構えていたサーストン殿下は、敵が消え去ったことで剣を鞘へ仕舞うと、ずんずんとこちらへ早足に駆け寄ってきて、セルカに詰め寄った。

「おいお前!なんなんだあれは!」

「ただの護身用の魔法具ですが……」

「どこがただの護身用だ!生半可な攻撃では通らないし、どこを切っても壊してもすぐに再生するし、キリがなかったぞ!というかどうしてアマリリスはすぐにあれを倒せたんだ!」

「そう、それなんですよ!実はさっきの測定で色々わかったことがありまして!」

 私の名前が出た途端、サーストン殿下から顔を背けていたセルカが、むしろ自分から彼に顔を近付ける。
 彼女の熱意に押されるようにサーストン殿下がわずかに後ずさった。ほんの数秒前とは真逆の状況だ。

「セルカ、何がわかったの?」

 注意をこちらに逸らさないと、と思って名前を呼ぶと、セルカが目を爛々と輝かせながら私の方を向く。

「アマリリス。よぉく聞いてね」

 ゆっくりと私の方に近付いてくるセルカに、隣のダラン様が苦笑を漏らしたのを聞いて、少し早まったかもと後悔する。
 ジリジリと距離を詰めてくるセルカから反射的に距離を取ろうとして一歩後ずさるが、彼女は地面を蹴るとパッと一瞬で目の前まで来た。

「アマリリスには、占星術師の才能がある…!」

 冗談かとも思えるその言葉に、ラインハルト様が無言で頷いたのも見て、それが紛れもない真実なのだとわかった私の耳に届いたのは、驚きで落としてしまったコップが地面にぶつかって割れた音だった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品