【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
64話:地下室にいたのは
エミーとエストレイを残して部屋を出た私に、「じゃあ」とセルカが声を掛ける。
「予定通り訓練しよっか!」
「本当にするのね……」
「そりゃあもちろん。普段できない攻撃魔法の練習とかも、こっちならできるよ」
閉じた扉をチラリと確認するがすぐに歩き始めてしまった彼女を追うように、私はドロッセル殿下の屋敷の廊下を少し早歩きで進む。
セルカは何も言わずに一階まで行き、さらに少し奥まったところの扉を開いた。
部外者から隠されているようなそこにも迷いなく進んで行く姿に、やはり彼女はこの屋敷における重要人物なんだなと感じる。ラインハルト様の研究に協力しているとは言っていたけれど、かなり中核に関わっているのだろう。
地下へと続く階段に足をかけたセルカが、ふと途中で振り向く。
「……ねぇ、アマリリス」
「どうかした?」
「……いや、あの二人……エミーさんと、エストレイのことで」
ふぅ、と深く息を吐いたセルカが、私の方を向いた。
力強い光をたたえた彼女の鶯色の双眸が、真っ直ぐに私を射抜く。
「アマリリスは、私に会えて良かった……って、そう信じていいんだよね?」
「えぇ。当然よ」
当たり前の問いかけにそう強く頷き返すと、セルカは依然として私を見つめながら言葉を続ける。
「辛いことを思い出したのに?」
「前を進むために必要なことだったと思っているわ。……ひょっとして、エストレイのことを?」
「うん……」
私の問いかけにで視線を落としたセルカは、どこか自嘲気味に笑いを漏らす。
「余計な心配だっていうのはわかってるんだけど……忘れてた過去を思い出させるのって姉のエゴなのかなとかーとか、結局は傷つける行為だったのかなーとか結構色々考えちゃってたから」
「そんなことないわよ。まさか今もそう思ってないわよね?」
「そりゃもちろん!アマリリスの決意を私はちゃんと受け止めてるし、一緒に頑張りたいって思ってるよ。でも……あの二人は年齢差もあるし、それに下のお姉さんが……」
「……エミーに、もう一人妹が?」
「うん。……私がこの屋敷に来た時には、もう亡くなってたんだけど」
「そう、なのね……」
突然告げられた真実に、思わず言葉に詰まる。
てっきり幸せに満ちた再会になるのかと思っていたのだが、エミーにとっては悲しい事実を知ることになるタイミングでもあったのかもしれない。
「エストレイを連れて逃げる時に負った怪我が悪化したらしくて……ドロッセル様も未だに引きずってるみたいで、だからさっき急いでる状況でもわざわざエミーさんに声をかけたんだと思う」
パッと顔を上げたセルカは、誤魔化すように私に笑いかける。
「ごめんね、急にこんな話しちゃって。このことをアマリリスに伝えておいた方が、エミーさんの支えになると思って」
「セルカは優しいわね」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
セルカがわたわたと焦って手を振った。
私はそんな彼女の隣に並び、不思議と自分の中にある確信を話す。
「きっと大丈夫よ。二人とも、最後にはちゃんと笑えるわ」
「……そうだね」
そう言って頷いたセルカは、「じゃあ」と明るい声を出した。
「どうぞこちらに。お足元にお気をつけください。アマリリスお嬢様」
「ふふっ、ありがとう。だいぶ深いところにあるのね」
「すごいでしょ?ちゃんと換気とかもできるし安全性もバッチリだから安心してね。さぁさぁこちらが、ドロッセル様のお屋敷が誇る地下訓練場……で、す…?」
軽快な足取りで階段を一気に降りて行き、勢いよく扉を開けて入って行ったセルカが、急に勢いを失う。
一体どうしたのだろうと彼女に続いて扉をくぐると、すぐその理由がわかった。
「……アマリリス。それにセルカも。何かあったか?」
そう私達に声をかけたのは、ラインハルト様だった。
片手に剣を握り、シャツのボタンを首元まで開き袖を捲っている彼は、汗を拭いながら私達の方に歩いてくる。
「ちょっと屋敷に用があったからついでにここで訓練していこうかなーって思ったんだけど……ラインハルト達は?」
「似たようなものだ」
「どうしよ……私達やっぱり別の日に来た方がいい?」
「いや、せっかくだし一緒に訓練してもいいだろう。アマリリスの魔法の上達具合も確認したい」
「きっとびっくりするよ。めちゃくちゃ頑張ってるんだから」
私のことを話されていても、どうにも相槌を打てない。
ラインハルト様の後ろにいた人物から、目を離すことができなかったからだ。
「……アマリリス」
「……ご無沙汰しております、サーストン殿下」
彼に名前を呼ばれて、体が反射的にカーテシーをする。
私の元婚約者、サーストン・ウィンドール第三王子。
ラインハルト様と一緒だということを鑑みるとここにいること自体は大して疑問にも思わないが、私を驚かせたのはその風貌だった。
まるで今の今まで竜巻に襲われていたかのように、服は乱れてどこかしこにも土埃がつきぐちゃぐちゃで、前に見た時から変わらずに長い髪は好き勝手な方向を向いている。よく見ればところどころ服の布は破け、細かいかすり傷も多いようだ。
「……訓練を?」
「あぁ。……叔母上とラインハルト兄さんに、ちょっとな」
「え、ドロッセル様とラインハルトに挑むなんて無謀ですよ」
「……それを十分前の自分に言ってやりたかった」
はぁ、と溜め息をつくサーストン殿下が、ここまで一方的にやられたところは見たことがない。
魔法の腕は学年でもトップクラス、剣術や武術にも覚えがある彼は、実戦形式の授業でも良い成績を残していた。
クラスが異なっていたため直接見る機会はあまりなかったが、騎士や魔法師志望の生徒相手にも互角に渡り合っていたという評判はよく耳にしたものだ。
「……ねぇアマリリス」
私の側にピトッとくっついたセルカが小声で耳打ちをする。
「あの人いても大丈夫?移動しようか?」
「大丈夫。ありがとう、気を遣ってくれて」
想像していなかった光景に驚きこそしたが、サーストン殿下の存在にはそれほど動揺していない自分がいた。
面と向かって、直接過去のことに終止符を打てたからだろう。かつてのように愛おしさを感じることもなければ苦しさを感じることもない。
サーストン殿下がボロボロな理由もわかり、彼に対して平静なまま返答できてる自分に安心したのか、落ち着いてみるとこの地下室の広さに驚かされる。
前世の記憶にある体育館のような広さほどあるだろうか。
地面は剥き出しの土ではあるが綺麗にならされていて、壁は白い石材で覆われている。奥には同心円状の的やカカシもあり、まさに"訓練場"といった場所だ。
私達が入ってきた扉の側には棚が並んでいて、そこには様々な武器や魔法具らしきものが並んでいる。
給水機のようなものも置いてあり、かなり充実した設備のようだ。
「ね、すごいって言ったでしょ?」
得意げなセルカに私は頷き返す。
「えぇ。本当にすごいわね」
「ここは、元々貯蔵庫として使われていた地下室を拡張して、叔母上が作った場所だ。僕やセルカも設計に関わっている」
「ラインハルト様。お邪魔しております」
「あぁ」
私の挨拶に一言だけ返した彼が、どこかそわそわしながら口を閉じる。まるで何か続きの言葉を待っているように見えて、私は心の中であっと思いながら笑顔を浮かべた。
「セルカから聞きました。安全性も考えられている場所だと。それを設計なさったなんて、すごいですわ」
「あぁ、ありがとう」
少し口角を上げてそう返事をしたラインハルト様の様子に、自分の勘が当たっていたことがわかり、ほっとすると同時に嬉しくなる。
「ラインハルト様に感謝しながら、使わせていただきますわ」
「だったら私にも感謝してよね」
「はいはい。セルカもすごいわ」
「ねぇ今雑だったよ?」
そう軽口を叩く私達から少し離れたところに立っていたサーストン殿下が、「アマリリス」と私の名前を呼ぶ。
三人とも彼の方を向くと、一瞬気まずそうにたじろいだが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……お前も、戦うのか?」
その問いかけに、私は頷いた。
「一人だけ安全な場所にいて守られるなんてできませんから。……とは言っても、直接戦闘に関われるほどではないので、最低限自衛ができればという程度ですが」
「アマリリスは才能がある。すぐにその水準には達するだろう」
「私もそう思う。魔力量だけだったら、そこら辺の魔法師と変わんないもん」
「そうなのか…?」
目を見開くサーストン殿下に、兄であるラインハルト様が首肯する。
「潜在能力だけなら、すぐにでも魔法師団に入団できるほどだ。今の力量では不可能かもしれないが」
「……アマリリスは、魔法が苦手だとばかり……」
「魔力の流れを上手く掴めていなかったから、魔法として形にすることがなかなかできななかったのだろう。魔法学校では、教師がそういったところも教えてくれるとばかり思っていたのだがな」
「いや、そのはずだが」
怪訝な顔をしながらもそうはっきりと言い切るサーストン殿下に、私は思わず苦笑を漏らしてしまう。
ララティーナの魔法の影響もあったそうだし、今となってはどうも思わないけれど、やはりこの方は私にそこまで興味がなかったのだなと思うとなんだかやるせなくなる。
「私は黒持ちですから。私の魔法の実演を担当してくださっていた先生は、南部の出身でしたので、落第にされなかっただけましですわ」
「……そう、だったのか」
あの先生が差別主義的で私がその標的にされているというのは、そこそこよく知られていた話だった。
本来ならそのような教師は席を追われるのだが、黒持ちへの偏見がまだまだ根強いことや、彼の魔法学校上層部との繋がりもあって、結局卒業まで彼に担当された科目は全てギリギリ合格の点数しかもらえなかった。
私と個人的にも仲良くしてくださったヴィー副校長などはこの状況を憂いていてくれたが、彼女個人ではどうしようもない問題だったから仕方がない。
「今は、とても優秀な先生二人に見てくださっているので、何も気にしておりませんよ」
「いつかそのいやーな先生に、成長したアマリリスを見せてやりたいね」
「それも楽しそうね」
セルカと一緒だったら、あそこにまた遊びに行くのも悪くないかもしれない。
今魔法学校に通っている弟のレオナールからも、行事を見に来て欲しいとよく言われるし、今度行ってみようかなと頭の中で計画を立てている横で、セルカが意気込んだ声を出す。
「よーし!それじゃあ、早速やりますか!」
「えぇ。……やるって、何を?」
「やっぱり実戦でしょ」
そう言ってニヤリと笑ったセルカは、ローブのポケットから小さな石を取り出すと地面に転がし、その石に向かって杖を向けた。
彼女が魔力を込めると、私達から離れたところにある石を中心に、地面に複雑な幾何学模様が描かれていく。
「あ、ラインハルト。そっちは大丈夫だった?」
「ちょうど休憩にしようと思っていたところだ」
「良かった。じゃあ、結構大きめに作っちゃうね」
魔法陣が光り出し、ガリガリと岩が削れるような音がする。
一体何が起こるのかと思わず首にかけた羽根のネックレスを握ると、セルカが魔法陣を描いたところにどんどんと岩が迫り上がってきた。
鈍い灰色の岩は上に積み上がっていき、大きな塊ができたかと思うと、突如動き出す。
「……せ、セルカ?」
「護身用にいいかなーと思ったんだけど、屋敷の中とか森の中だと大きすぎて使えないから没になったやつなんだよね。だから遠慮なく壊しちゃっていいよ!」
「え、壊すって……私が?」
その岩はずんぐりとした人型をとっていて、仁王立ちで不気味に止まっている。
「アマリリスって確か火属性と風属性に適性あったよね?」
「え、えぇ。そうだけど」
「じゃあ、方向さえ間違えなければ思いっきり魔力を出すだけで大丈夫!」
「そんな、いきなりできるわけないじゃない」
「うーんじゃあ……この杖を向けてみて」
セルカが棚から取り出した杖を渡してくれる。
魔法学校の授業でも杖を使ったことはあるが、私はどうにもその感覚を掴むことができなかった。
魔法を使う際、杖というのは体内の魔力を外に流すための道標となるらしいのだが、そもそも魔力の流れ自体を上手く感じることができなかった私には、無用の長物でしかなかったのだ。
杖を両手で握り石の巨人に向けてみる。
「……っ」
そして、勢い良く風の球が飛び出していく様子をイメージして魔力を込めるが、何も起きない。
三対の目が自分に向いていることもわかっていて、早く魔法を発動させなければとは思うが、杖に魔力を込めることがどうにも難しかった。
「……アマリリス」
不意に耳の近くで名前を呼ばれて、思わず肩が上下する。
横を向くと、思ったよりも近くにラインハルト様の顔があった。
彼の普段と変わらない透き通った橙色の瞳に、心の中の焦りが溶けていく。
「前を向いて、しっかり標的を見るんだ」
言われた通り、ラインハルト様から視線を外し、相変わらず動かない石の巨人に目を向ける。
私の身長の二倍はゆうにあるようなその巨体は、胴体に短かな足が二本、だらんと下ろされた腕が二本、頭部は胴体に直接付いているようで、目はないのに不思議とこちらを見ているような感じがした。
「次に、自分の中の魔力の流れを意識する。それをゆっくり杖に流すんだ。いつも通り、練習であの箱に魔力を流したように、一定の量を注ぐ」
いつも通りに、と自分に言い聞かせながら、体の中を循環する魔力を杖へと向ける。
ゆっくりだが杖に魔力が流れていくのを感じて、嬉しさに集中が途切れそうになると、ラインハルト様が小さく「集中して」と呟いた。
「杖は君の体の一部だ。流れに取り込めたら、次は具体的に発動したい魔法を想像する。君は、どうやってあの石の塊を倒す?」
「……風の球を、ぶつけて」
「風の球の個数は?大きさは?どれくらいの速さで向かっていく?」
「……一つ、大きな風の球を、矢のような速さで」
「自分の魔力が纏まって、圧縮されて、風の球となるところを想像して。そしてそれが、放たれた矢のように進む様子を」
「私の、魔力が……」
その瞬間、自分の中で溜まっていた魔力が一気に溢れ、放出されたのを感じた。
ゴオオッ、と暴風のような音がして、体が後ろに吹き飛ばされそうになった瞬間、ラインハルト様に受け止められる。
それと同時に、私が放った人の身長ほどもあるような風の塊がほんの一瞬で石の巨人に命中した。
四方八方に吹く暴風を一つに圧縮したその球は、触れたところを抉るようにして岩を削る。
胴体の中心からは少し外れたところにぶつかって風が消えると、ややあってバランスを失った石の巨人がズシンと音を立てて倒れた。
「上手くいったな」
後ろから優しい声でそう労われて、私は慌ててラインハルト様にかけていた体重を自分の足に乗せ、振り返って頭を下げる。
「申し訳ございません。手伝っていただき、ありがとうございます」
「気にするな。努力の成果だな」
そう言ってわずかに微笑んでくれたラインハルト様に、もう一度感謝の言葉を告げようとすると、横からセルカが飛び付いてくる。
ぎゅーっと私を抱き締めてくるセルカに、私も腕を回した。
「すごいじゃん!やっぱり才能あるよ!」
「そんなことないと思うけれど……ありがとう、セルカ。ずっと練習に付き合ってくれてたものね」
「いや本当に。魔力の扱いどんどん上手くなってくから魔法の練習もできると思ったんだけど、想像以上だよ!」
私以上に興奮した様子のセルカに、思わず笑ってしまう。
「あんまり褒められると調子に乗りそうだわ。……あ」
「ん、どした?」
すぐに私から離れたセルカが、私の視線の先に気付いて同じように声を漏らす。
「あ……杖が」
「どう、しましょう……」
ついさっき、私が一度使っただけの杖にはヒビが入り、今にも折れそうになってしまっていた。
壊さないようにそっとセルカに渡すと、彼女は自分の顔に近付けて確認する。
「……魔力を流す部分が、しっかり壊れてるね」
「使い方が良くなかったのかしら……」
「いや、単純にその杖がアマリリスの魔力に耐えられなかっただけだろう」
そう告げたラインハルト様は、表情こそ変わっていなかったが、普段の無感情さからは想像できないくらい瞳を輝かせていた。
「こんな短期間でここまで成長するとは……アマリリス、時間はあるか?色々試して見たいことがある」
「私も!時間あるよね、アマリリス?」
前のめりにそう尋ねてくる二人の勢いに気圧されて、思わずサーストン殿下に助けを求めようとするが、どうしてか諦めたような遠い目をする彼は、小さく首を横に振るだけだった。
「予定通り訓練しよっか!」
「本当にするのね……」
「そりゃあもちろん。普段できない攻撃魔法の練習とかも、こっちならできるよ」
閉じた扉をチラリと確認するがすぐに歩き始めてしまった彼女を追うように、私はドロッセル殿下の屋敷の廊下を少し早歩きで進む。
セルカは何も言わずに一階まで行き、さらに少し奥まったところの扉を開いた。
部外者から隠されているようなそこにも迷いなく進んで行く姿に、やはり彼女はこの屋敷における重要人物なんだなと感じる。ラインハルト様の研究に協力しているとは言っていたけれど、かなり中核に関わっているのだろう。
地下へと続く階段に足をかけたセルカが、ふと途中で振り向く。
「……ねぇ、アマリリス」
「どうかした?」
「……いや、あの二人……エミーさんと、エストレイのことで」
ふぅ、と深く息を吐いたセルカが、私の方を向いた。
力強い光をたたえた彼女の鶯色の双眸が、真っ直ぐに私を射抜く。
「アマリリスは、私に会えて良かった……って、そう信じていいんだよね?」
「えぇ。当然よ」
当たり前の問いかけにそう強く頷き返すと、セルカは依然として私を見つめながら言葉を続ける。
「辛いことを思い出したのに?」
「前を進むために必要なことだったと思っているわ。……ひょっとして、エストレイのことを?」
「うん……」
私の問いかけにで視線を落としたセルカは、どこか自嘲気味に笑いを漏らす。
「余計な心配だっていうのはわかってるんだけど……忘れてた過去を思い出させるのって姉のエゴなのかなとかーとか、結局は傷つける行為だったのかなーとか結構色々考えちゃってたから」
「そんなことないわよ。まさか今もそう思ってないわよね?」
「そりゃもちろん!アマリリスの決意を私はちゃんと受け止めてるし、一緒に頑張りたいって思ってるよ。でも……あの二人は年齢差もあるし、それに下のお姉さんが……」
「……エミーに、もう一人妹が?」
「うん。……私がこの屋敷に来た時には、もう亡くなってたんだけど」
「そう、なのね……」
突然告げられた真実に、思わず言葉に詰まる。
てっきり幸せに満ちた再会になるのかと思っていたのだが、エミーにとっては悲しい事実を知ることになるタイミングでもあったのかもしれない。
「エストレイを連れて逃げる時に負った怪我が悪化したらしくて……ドロッセル様も未だに引きずってるみたいで、だからさっき急いでる状況でもわざわざエミーさんに声をかけたんだと思う」
パッと顔を上げたセルカは、誤魔化すように私に笑いかける。
「ごめんね、急にこんな話しちゃって。このことをアマリリスに伝えておいた方が、エミーさんの支えになると思って」
「セルカは優しいわね」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
セルカがわたわたと焦って手を振った。
私はそんな彼女の隣に並び、不思議と自分の中にある確信を話す。
「きっと大丈夫よ。二人とも、最後にはちゃんと笑えるわ」
「……そうだね」
そう言って頷いたセルカは、「じゃあ」と明るい声を出した。
「どうぞこちらに。お足元にお気をつけください。アマリリスお嬢様」
「ふふっ、ありがとう。だいぶ深いところにあるのね」
「すごいでしょ?ちゃんと換気とかもできるし安全性もバッチリだから安心してね。さぁさぁこちらが、ドロッセル様のお屋敷が誇る地下訓練場……で、す…?」
軽快な足取りで階段を一気に降りて行き、勢いよく扉を開けて入って行ったセルカが、急に勢いを失う。
一体どうしたのだろうと彼女に続いて扉をくぐると、すぐその理由がわかった。
「……アマリリス。それにセルカも。何かあったか?」
そう私達に声をかけたのは、ラインハルト様だった。
片手に剣を握り、シャツのボタンを首元まで開き袖を捲っている彼は、汗を拭いながら私達の方に歩いてくる。
「ちょっと屋敷に用があったからついでにここで訓練していこうかなーって思ったんだけど……ラインハルト達は?」
「似たようなものだ」
「どうしよ……私達やっぱり別の日に来た方がいい?」
「いや、せっかくだし一緒に訓練してもいいだろう。アマリリスの魔法の上達具合も確認したい」
「きっとびっくりするよ。めちゃくちゃ頑張ってるんだから」
私のことを話されていても、どうにも相槌を打てない。
ラインハルト様の後ろにいた人物から、目を離すことができなかったからだ。
「……アマリリス」
「……ご無沙汰しております、サーストン殿下」
彼に名前を呼ばれて、体が反射的にカーテシーをする。
私の元婚約者、サーストン・ウィンドール第三王子。
ラインハルト様と一緒だということを鑑みるとここにいること自体は大して疑問にも思わないが、私を驚かせたのはその風貌だった。
まるで今の今まで竜巻に襲われていたかのように、服は乱れてどこかしこにも土埃がつきぐちゃぐちゃで、前に見た時から変わらずに長い髪は好き勝手な方向を向いている。よく見ればところどころ服の布は破け、細かいかすり傷も多いようだ。
「……訓練を?」
「あぁ。……叔母上とラインハルト兄さんに、ちょっとな」
「え、ドロッセル様とラインハルトに挑むなんて無謀ですよ」
「……それを十分前の自分に言ってやりたかった」
はぁ、と溜め息をつくサーストン殿下が、ここまで一方的にやられたところは見たことがない。
魔法の腕は学年でもトップクラス、剣術や武術にも覚えがある彼は、実戦形式の授業でも良い成績を残していた。
クラスが異なっていたため直接見る機会はあまりなかったが、騎士や魔法師志望の生徒相手にも互角に渡り合っていたという評判はよく耳にしたものだ。
「……ねぇアマリリス」
私の側にピトッとくっついたセルカが小声で耳打ちをする。
「あの人いても大丈夫?移動しようか?」
「大丈夫。ありがとう、気を遣ってくれて」
想像していなかった光景に驚きこそしたが、サーストン殿下の存在にはそれほど動揺していない自分がいた。
面と向かって、直接過去のことに終止符を打てたからだろう。かつてのように愛おしさを感じることもなければ苦しさを感じることもない。
サーストン殿下がボロボロな理由もわかり、彼に対して平静なまま返答できてる自分に安心したのか、落ち着いてみるとこの地下室の広さに驚かされる。
前世の記憶にある体育館のような広さほどあるだろうか。
地面は剥き出しの土ではあるが綺麗にならされていて、壁は白い石材で覆われている。奥には同心円状の的やカカシもあり、まさに"訓練場"といった場所だ。
私達が入ってきた扉の側には棚が並んでいて、そこには様々な武器や魔法具らしきものが並んでいる。
給水機のようなものも置いてあり、かなり充実した設備のようだ。
「ね、すごいって言ったでしょ?」
得意げなセルカに私は頷き返す。
「えぇ。本当にすごいわね」
「ここは、元々貯蔵庫として使われていた地下室を拡張して、叔母上が作った場所だ。僕やセルカも設計に関わっている」
「ラインハルト様。お邪魔しております」
「あぁ」
私の挨拶に一言だけ返した彼が、どこかそわそわしながら口を閉じる。まるで何か続きの言葉を待っているように見えて、私は心の中であっと思いながら笑顔を浮かべた。
「セルカから聞きました。安全性も考えられている場所だと。それを設計なさったなんて、すごいですわ」
「あぁ、ありがとう」
少し口角を上げてそう返事をしたラインハルト様の様子に、自分の勘が当たっていたことがわかり、ほっとすると同時に嬉しくなる。
「ラインハルト様に感謝しながら、使わせていただきますわ」
「だったら私にも感謝してよね」
「はいはい。セルカもすごいわ」
「ねぇ今雑だったよ?」
そう軽口を叩く私達から少し離れたところに立っていたサーストン殿下が、「アマリリス」と私の名前を呼ぶ。
三人とも彼の方を向くと、一瞬気まずそうにたじろいだが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……お前も、戦うのか?」
その問いかけに、私は頷いた。
「一人だけ安全な場所にいて守られるなんてできませんから。……とは言っても、直接戦闘に関われるほどではないので、最低限自衛ができればという程度ですが」
「アマリリスは才能がある。すぐにその水準には達するだろう」
「私もそう思う。魔力量だけだったら、そこら辺の魔法師と変わんないもん」
「そうなのか…?」
目を見開くサーストン殿下に、兄であるラインハルト様が首肯する。
「潜在能力だけなら、すぐにでも魔法師団に入団できるほどだ。今の力量では不可能かもしれないが」
「……アマリリスは、魔法が苦手だとばかり……」
「魔力の流れを上手く掴めていなかったから、魔法として形にすることがなかなかできななかったのだろう。魔法学校では、教師がそういったところも教えてくれるとばかり思っていたのだがな」
「いや、そのはずだが」
怪訝な顔をしながらもそうはっきりと言い切るサーストン殿下に、私は思わず苦笑を漏らしてしまう。
ララティーナの魔法の影響もあったそうだし、今となってはどうも思わないけれど、やはりこの方は私にそこまで興味がなかったのだなと思うとなんだかやるせなくなる。
「私は黒持ちですから。私の魔法の実演を担当してくださっていた先生は、南部の出身でしたので、落第にされなかっただけましですわ」
「……そう、だったのか」
あの先生が差別主義的で私がその標的にされているというのは、そこそこよく知られていた話だった。
本来ならそのような教師は席を追われるのだが、黒持ちへの偏見がまだまだ根強いことや、彼の魔法学校上層部との繋がりもあって、結局卒業まで彼に担当された科目は全てギリギリ合格の点数しかもらえなかった。
私と個人的にも仲良くしてくださったヴィー副校長などはこの状況を憂いていてくれたが、彼女個人ではどうしようもない問題だったから仕方がない。
「今は、とても優秀な先生二人に見てくださっているので、何も気にしておりませんよ」
「いつかそのいやーな先生に、成長したアマリリスを見せてやりたいね」
「それも楽しそうね」
セルカと一緒だったら、あそこにまた遊びに行くのも悪くないかもしれない。
今魔法学校に通っている弟のレオナールからも、行事を見に来て欲しいとよく言われるし、今度行ってみようかなと頭の中で計画を立てている横で、セルカが意気込んだ声を出す。
「よーし!それじゃあ、早速やりますか!」
「えぇ。……やるって、何を?」
「やっぱり実戦でしょ」
そう言ってニヤリと笑ったセルカは、ローブのポケットから小さな石を取り出すと地面に転がし、その石に向かって杖を向けた。
彼女が魔力を込めると、私達から離れたところにある石を中心に、地面に複雑な幾何学模様が描かれていく。
「あ、ラインハルト。そっちは大丈夫だった?」
「ちょうど休憩にしようと思っていたところだ」
「良かった。じゃあ、結構大きめに作っちゃうね」
魔法陣が光り出し、ガリガリと岩が削れるような音がする。
一体何が起こるのかと思わず首にかけた羽根のネックレスを握ると、セルカが魔法陣を描いたところにどんどんと岩が迫り上がってきた。
鈍い灰色の岩は上に積み上がっていき、大きな塊ができたかと思うと、突如動き出す。
「……せ、セルカ?」
「護身用にいいかなーと思ったんだけど、屋敷の中とか森の中だと大きすぎて使えないから没になったやつなんだよね。だから遠慮なく壊しちゃっていいよ!」
「え、壊すって……私が?」
その岩はずんぐりとした人型をとっていて、仁王立ちで不気味に止まっている。
「アマリリスって確か火属性と風属性に適性あったよね?」
「え、えぇ。そうだけど」
「じゃあ、方向さえ間違えなければ思いっきり魔力を出すだけで大丈夫!」
「そんな、いきなりできるわけないじゃない」
「うーんじゃあ……この杖を向けてみて」
セルカが棚から取り出した杖を渡してくれる。
魔法学校の授業でも杖を使ったことはあるが、私はどうにもその感覚を掴むことができなかった。
魔法を使う際、杖というのは体内の魔力を外に流すための道標となるらしいのだが、そもそも魔力の流れ自体を上手く感じることができなかった私には、無用の長物でしかなかったのだ。
杖を両手で握り石の巨人に向けてみる。
「……っ」
そして、勢い良く風の球が飛び出していく様子をイメージして魔力を込めるが、何も起きない。
三対の目が自分に向いていることもわかっていて、早く魔法を発動させなければとは思うが、杖に魔力を込めることがどうにも難しかった。
「……アマリリス」
不意に耳の近くで名前を呼ばれて、思わず肩が上下する。
横を向くと、思ったよりも近くにラインハルト様の顔があった。
彼の普段と変わらない透き通った橙色の瞳に、心の中の焦りが溶けていく。
「前を向いて、しっかり標的を見るんだ」
言われた通り、ラインハルト様から視線を外し、相変わらず動かない石の巨人に目を向ける。
私の身長の二倍はゆうにあるようなその巨体は、胴体に短かな足が二本、だらんと下ろされた腕が二本、頭部は胴体に直接付いているようで、目はないのに不思議とこちらを見ているような感じがした。
「次に、自分の中の魔力の流れを意識する。それをゆっくり杖に流すんだ。いつも通り、練習であの箱に魔力を流したように、一定の量を注ぐ」
いつも通りに、と自分に言い聞かせながら、体の中を循環する魔力を杖へと向ける。
ゆっくりだが杖に魔力が流れていくのを感じて、嬉しさに集中が途切れそうになると、ラインハルト様が小さく「集中して」と呟いた。
「杖は君の体の一部だ。流れに取り込めたら、次は具体的に発動したい魔法を想像する。君は、どうやってあの石の塊を倒す?」
「……風の球を、ぶつけて」
「風の球の個数は?大きさは?どれくらいの速さで向かっていく?」
「……一つ、大きな風の球を、矢のような速さで」
「自分の魔力が纏まって、圧縮されて、風の球となるところを想像して。そしてそれが、放たれた矢のように進む様子を」
「私の、魔力が……」
その瞬間、自分の中で溜まっていた魔力が一気に溢れ、放出されたのを感じた。
ゴオオッ、と暴風のような音がして、体が後ろに吹き飛ばされそうになった瞬間、ラインハルト様に受け止められる。
それと同時に、私が放った人の身長ほどもあるような風の塊がほんの一瞬で石の巨人に命中した。
四方八方に吹く暴風を一つに圧縮したその球は、触れたところを抉るようにして岩を削る。
胴体の中心からは少し外れたところにぶつかって風が消えると、ややあってバランスを失った石の巨人がズシンと音を立てて倒れた。
「上手くいったな」
後ろから優しい声でそう労われて、私は慌ててラインハルト様にかけていた体重を自分の足に乗せ、振り返って頭を下げる。
「申し訳ございません。手伝っていただき、ありがとうございます」
「気にするな。努力の成果だな」
そう言ってわずかに微笑んでくれたラインハルト様に、もう一度感謝の言葉を告げようとすると、横からセルカが飛び付いてくる。
ぎゅーっと私を抱き締めてくるセルカに、私も腕を回した。
「すごいじゃん!やっぱり才能あるよ!」
「そんなことないと思うけれど……ありがとう、セルカ。ずっと練習に付き合ってくれてたものね」
「いや本当に。魔力の扱いどんどん上手くなってくから魔法の練習もできると思ったんだけど、想像以上だよ!」
私以上に興奮した様子のセルカに、思わず笑ってしまう。
「あんまり褒められると調子に乗りそうだわ。……あ」
「ん、どした?」
すぐに私から離れたセルカが、私の視線の先に気付いて同じように声を漏らす。
「あ……杖が」
「どう、しましょう……」
ついさっき、私が一度使っただけの杖にはヒビが入り、今にも折れそうになってしまっていた。
壊さないようにそっとセルカに渡すと、彼女は自分の顔に近付けて確認する。
「……魔力を流す部分が、しっかり壊れてるね」
「使い方が良くなかったのかしら……」
「いや、単純にその杖がアマリリスの魔力に耐えられなかっただけだろう」
そう告げたラインハルト様は、表情こそ変わっていなかったが、普段の無感情さからは想像できないくらい瞳を輝かせていた。
「こんな短期間でここまで成長するとは……アマリリス、時間はあるか?色々試して見たいことがある」
「私も!時間あるよね、アマリリス?」
前のめりにそう尋ねてくる二人の勢いに気圧されて、思わずサーストン殿下に助けを求めようとするが、どうしてか諦めたような遠い目をする彼は、小さく首を横に振るだけだった。

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