【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

63話:姉妹の再会

「あのー、ひょっとしたら、私、エミーさんの妹、知ってるかも、なんて……」

「……え?」

 突然のセルカの発言に、一瞬思考が止まる。
 それはエミーも同様だったようで、数秒ほど固まっていた彼女は不意に私の手を離すと、いつの間にかセルカの目の前で肩を震わせていた。

「……妹を、ご存知なのですか?」

「はい。……アマリリスも、知ってると思う」

 その言葉に、記憶の中に沈んでいたある人物が浮かび上がってくる。

 最初にエミーの髪を見た時の既視感は、これだったのか。

「エストレイ…?」

 癖っ毛の薄紫色の髪を持ったあの少女のことを思い出す。

 先日の会議の折りの手合わせで、騎士であるアレックスと対等な試合を見せてくれた彼女が、闘いに秀でたガイラルの一族と言われても頷ける。
 人をあまり寄せ付けないどこか無機質な冷たさを持っていたからすぐには結び付けられなかったが、容姿だけ考えるとエミーと似ているかもしれない。

「そう。エミーさんの妹だよね?」

「……私の、妹と、同じ名です」

 自分の妹だと断言しなかった彼女は、期待と不安が入り混じった声でセルカに問いかける。

「今、どこに」

「ドロッセル様の屋敷に」

「王妹殿下の?」

「はい。……そうだ。ちょうどいいし、今日はあっちに行かない?」

 セルカはそう言って窓の外をチラリと確認する。

「大規模な魔法の実験場があるから、アマリリスの訓練にもいいと思う。いくつか取りに行きたいものもあるし」

「いいわね。突然お尋ねしても大丈夫かしら?」

「大丈夫だよ。調査隊のことも、ぼかしてだけど伝えてるみたいだし……事情を伝えたら、きっと理解してくれる」

「そうね。……セルカ、厨房に行って手土産を貰って来てくれる?ドロッセル殿下のお屋敷に適当な果実酒を持って行くと伝えたら、適当なものを見繕ってくれるだろうから。それと、軽食も念の為に」

「了解。ついでに出かける支度してくるね」

 セルカが部屋を出て行き、パタリと扉が閉められる。
 二人きりになった室内で、複雑な感情を押し殺すように唇を噛んでいたエミーは、一度無言で私に深々と礼をすると、顔を上げた時にはいつもの穏やかな表情だった。



 てきぱきと、普段と変わらない手際の良さで朝の支度をしてくれたエミーは、その髪色以外は本当に変わらないように見えた。
 出かけるために着替えを終わらせ、念の為お忍び用の地味なローブを被り、準備を終わらせたセルカと玄関前で落ち合い、それぞれが馬に跨る。

 馬で駆けること約一時間。
 ほとんど先を見通せない曲がりくねった森の中の道を抜けると、赤茶色の屋敷が見えた。

 前に一度来た時は、兄上やユークライ殿下と一緒だったことを思い出しながらスピードを落とし、前を進むセルカに続く。
 屋敷に近付いて行くと、前回は聞こえなかった女性と子供の笑い声に混じって甘い匂いが漂ってきた。

「おやつの時間かぁ」

 そう言ったセルカは、ひらりと軽やかに馬から飛び降りる。
 黒いローブを羽織っている彼女は、フードを取るとこちらに視線を向けていた相手に軽く手を振った。

「……セルカ?」

 駆け寄ってきた少女に、私は不意にドクンと心臓が鳴った。

 まだ十三、四くらいの顔立ちも体格も平凡なその少女の顔には、鼻から頬全体を通り耳くらいまでにかけての大きな傷が残っていた。
 どこにでもいるような彼女に不似合いな傷のわけも、その瞳を見た瞬間にわかってしまう。

「久しぶり、ただいま。お客さん連れてきたんだけど、食堂とか今使える?」

「いや、食堂はお客さんが来てるからやめといた方がいいと思うよ。セルカの部屋そのままんまだし、そっちの方がいいんじゃない?」

「あー確かに。ドロッセル様は?」

「お客さんのとこいるけど……後ろの人、誰?お貴族様?」

 セルカとの会話の途中、私とエミーの方を見て警戒心をあらわにする彼女に対し、私は馬から降りてフードを取る。
 その瞬間、彼女が私を見て驚くのがわかった。それに対して、できるだけ威圧感を与えないように、ゆっくり穏やかに微笑む。

「ごめんなさい。私はセルカの友人で、アマリリスというの。私の……私の大切な人の妹がここにいるかもしれないと聞いてここに」

 私の後ろで、同じように馬から降りてフードを外していたエミーが一礼すると、少女は「あっ」と声を上げた。

「ひょっとして、エストレイのお姉さん?」

「かもしれないから確かめに来たの。エストレイが今どこにいるかわかる?」

「昼は食堂にいたけど……多分地下だと思う」

「了解。ありがとね」

「……あ、少し待って」

 セルカに、うん、と頷いたその少女が、私をチラリと盗み見てから立ち去ろうとするところを呼び止めると、彼女は何かを咎められたかのようにビクッと肩を震わせる。
 誤解させてしまったのだろうと思いながら、私はエミーにバスケットを取ってくるように頼んだ。

 チョコレートを練り込んだクッキーが溢れそうなほど入っているそれを、少女に手渡す。

「良ければ皆さんで食べて」

「え……いいん、ですか?」

「えぇ」

 ドロッセル殿下への手土産のお酒に合うおつまみとは別に、私達が小腹が空いた時に食べようと思い料理人に用意してもらっていたお菓子は、きっと子供達も好きな味だろう。
 遠くから、こちらには近付こうとはせずに様子を伺っている人達の中には、小さな子供もいた。

「ナッツが入っているから、苦手な人は注意して」

「は、はい。ありがとうございます」

 そう言って、私と目を合わさずにペコリと頭を下げた彼女は、今度こそ足早に去っていく。

 屋敷の正門から少し離れたところで、大きな布を広げた上に座っているのは、髪がすっかり白くなった年配の女性から、よちよちと歩く幼子までの幅広い年代。髪の色も、顔立ちも全く異なる彼女達に共通しているのは、黒い服を身に纏っているということ。

 前回訪れた時に鉢合わせなかったのは、前触れを出していたからなんだろうなと思いながら、私はできるだけ彼女達の方を見ないようにしながら、セルカに連れられて厩舎に向かう。

「……ねぇ、セルカ」

「ん?」

「さっきの子……」

「あー」

 どう尋ねれば良いのかわからずに言葉に詰まってしまった私の言わんとしていることを汲み取ってくれたのだろう。
 馬の頭を優しく撫でながら、「あの子はね」と話し出す。

「目の色のせいで親から捨てられちゃって」

 あぁやっぱり、と心の中でそう呟いた。

 黒の瞳。
 差別を無くそうという試み自体は存在するが、未だに偏見は根強く存在する。特に、口減らしのために子供を放逐するようなことが価値観として残る農村などでは、黒持ちだからと捨てられることは珍しくもない。

「その後貴族に拾われたけどそこのお嬢様に気に入らないって言われて階段から突き落とされて顔に傷負ったんだって。その時結構出血して、使用人が医者を呼んだ時にドロッセル様の耳に入って引き取られてきたの。だから貴族の……特に若い女の人が苦手みたいで」

「そうだったのね……」

 どうやって相槌を打ったものかと言葉に迷う私に、セルカが「でもね」と笑いかけてくれる。

「ここでの生活、楽しんでるみたいだよ。来たばっかりの時はすごく細かったのに今は普通だし……あ、あとチョコ好きだから、多分あのクッキー半分くらいあの子が食べちゃうかも」

「ふふっ、それは良かった。……本当なのね」

「ん、何が?」

「社交界でのドロッセル殿下についての噂があって……どこにも居場所がなくなってしまった女性に手を差し伸べている、っていう」

「あぁ、ほんとだよ」

 馬を繋いで、自分の部屋へ先導してくれるセルカは、私の言葉に間髪入れずに頷く。

「夫が死んじゃって一族の中で居場所がなくなった未亡人とか、親に捨てられた子とか、虐待されてた子とか……大体は、しばらくすると出て行くんだけどね」

「そうなの…?」

「うん。心の傷を癒してから、仕事とか引き取ってくれる家族とか見つけて自立する人が八割くらいかな」

 セルカにはバレないように、私は心の中だけで胸を撫で下ろす。

 ドロッセル殿下が、様々な境遇の女性を引き取っている噂には、様々な尾鰭がついていた。
 社交界に馴染めないから自分を肯定してくれる取り巻きを自分の屋敷に用意して囲っているのだとか、実は女性を好んでいて侍らせて楽しんでいるのだとか、ひどいものだと、劣悪な環境に引き取った女性達を売り飛ばしているとも。

 所詮噂だとは頭では理解していたが、こうしてこういった話がきちんと嘘だとわかり安心してしまう。

「……ちなみに、どうしてみんな黒い服なの?」

「ん?あー、ははっ、それはね……」

 私の問いかけに笑いを漏らしたセルカは、話しかけたところでピタリと口を閉じる。
 どうしたのかと尋ねようとした時、コツコツとヒールの音が聞こえてきて、私は反射的にカーテシーをした。

「よく来てくれたわね、アマリリス。侍女の君も」

 顔を上げるように合図されて背筋を伸ばすと、後ろに書類の束を抱えた少女を連れたドロッセル殿下と目が合う。
 左右非対称な三つ編みを垂らした彼女は、ちょうど私達が登ろうとした階段から降りてくるところだった。

「突然の来訪をお許しください、ドロッセル殿下。殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」

「あぁ、構わないわよ。セルカの友人なら、君も私の家族のようなものだもの」

「もったいないお言葉でございます。……こちら、わずかばかりですが」

 エミーに渡してもらった果実酒のラベルを見せると、ドロッセル殿下は「おぉ」と目を輝かせる。

「わざわざありがとう。もし良かったら、後でこの酒と共に語り合いたいものね。……今は少し取り込んでいて、また後で話しましょう」

 どこか急ぐ様子を見せるドロッセル殿下は、コツコツと踵を鳴らしながらレースがふんだんにあしらわれた黒いドレスのスカートを翻すと、セルカに「あれは半分君のせいよ」とだけ言い残し去って行った。

 ドロッセル殿下がいなくなるところまで見送ったところで、セルカが再び笑いを漏らす。

「あははっ。えっと、それでみんな黒着てる理由なんだけど、今から六、七年前とかにある事件があって」

「事件?」

「ほんとにくだらないんだけど……いつも洗濯をしてくれてた人が腰を悪くしちゃって、私と他の何人かでやってたの。でも時間かかるから簡略化したいねーって話してたら、ドロッセル様が魔法でやればいいんじゃないかって言って、だからこう……私が、洗濯物を全部ひとまとめにして、魔法で洗濯機みたいなことをしたの」

 確かにセルカの魔法の腕なら、水を生み出し、洗剤を混ぜた水と洗濯物をひとまとめにして回転させることくらい簡単だろう。
 今のところとても順調に思えるが、事件というからにはきっと何かあったはずだと、楽しそうな声色のセルカの話に耳を傾ける。

「でもそしたら回転が強すぎて、しかも全部まとめてやっちゃったものだから、黒い服の染料が他の服に移っちゃって」

「あら。それは大変ね」

「慌てて黒い服以外を何度も洗ったんだけど全然黒いのが落ちなくて、で実は洗濯をやってくれてたのがドロッセル様の乳母だったみんなのお母さんみたいな人で……バレたら怒られると思って、みんなで頑張って知恵を絞った結果、全部黒く染め直せばいいんだって発想になって」

「……え?そうなるの?」

「なんかなっちゃったんだよね。元々、ここ未亡人の人とか多くて、黒しか着ない人もいたから、ちょうどいいしみんなで揃えようって」

 そこで言葉を切ったセルカは、ふっと吹き出す。

「結局バレてドロッセル様含めてみんなで一緒に怒られたんだけど、怒り終わった後に、『全員同じ色しか着ないなら同じ布から服を作れるから便利』って言い出して、結局この案にノリノリになってたんだよね」

「ふふっ……仲良しなのね」

「本当に、大きな家族みたいな感じだよ」

 セルカが穏やかな声でそう言った時、ちょうど彼女の部屋に着く。

 前回来た時と同じ、壁一面には本や道具がぎっしりと詰まっている部屋は、入ると少し埃っぽく、セルカがカーテンを開くと光を反射してキラキラと光った。
 そのまま窓を開いた彼女は、長椅子とドレッサーの前の椅子を私達に勧めると、「じゃあ」とエミーに声をかける。

「呼んできても大丈夫ですか?」

「……よろしくお願いします」

 どこか緊張した面持ちのエミーに、「了解!」と明るく返したセルカが部屋を出て行く。

 扉がパタンと閉じると、部屋の中には静寂が降りた。
 開けっぱなしの窓から、木の葉の音とかすかな笑い声が届いてくる。

「……エミー」

 私が名前を呼ぶと、パッと顔を上げた。

「確認するのを忘れていたのだけれど、どちらの名前で呼んだ方がいいかしら?」

「……どうぞ、今まで通りエミーと。お嬢様にはそう呼ばれるのが染み付いておりますので」

「わかったわ」

 私は長椅子から立ち上がり、背筋をピンと伸ばして浅く椅子に腰掛けるエミーの肩に手を置く。

「彼女が来たら、私とセルカは外した方がいいかしら?」

「……いえ、しかし」

「久しぶりの再会に水を差すような無粋な主ではいたくないの」

「……お気遣い、感謝いたします」

 私は、膝を曲げて椅子に座るエミーと視線を合わせる。

「不安?」

「……えぇ。もし、人違いだったら、あの子に忘れられていたら、憎まれていたらと……悪い想像ばかりしてしまい」

「大丈夫。きっと、良い結果になるわ。そんな予感がするの」

 慰めでも気休めでもなく、その瞬間私は確かに、エミーが優しく笑っている様子が目に浮かんだ。
 だからそれを伝えたくて、私はゆっくり彼女の肩に腕を回した。

「深呼吸してみて。……もし本当に不安なら、側にいるわ」

「……申し訳、ございません。ありがとうございます」

 何回か深く息を吐き、エミーの声に芯の強さが戻ってくる。

「一人で、話してみます」

「えぇ」

 トントン、と扉がノックされて、私はエミーから離れた。

 ガチャリとドアノブが回る音が、やけにはっきりと部屋の中に響く。
 扉が開かれて、女性にしては短く切り揃えられた薄紫色の髪を持つ少女が、静かに入ってくる。

 彼女を見た瞬間、エミーが立ち上がった。
 その桃色の双眸は大きく見開かれ、ふらふらと引き寄せられるように、少女の元へ歩みを進めた。

「……」

 何かを告げようと、はくはくと動く口は何も音をなさず、私がセルカが開けたままにしてくれていた扉をくぐる瞬間だった。

「……お母さんそっくりね」

 長年一緒にいた彼女の、今までに聞いたことがない慈しみに溢れたその声に、やはり不安は杞憂だったのだとそう確認した。

コメント

  • クロとトラにゃんこ

    一気に読みました〜。続きが気になります。楽しみにしています。(*^^*)

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