【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

61話:罠

「……それで、リズヴェルトはどうしてここに?」

 私は、少し離れたところに座っている、一歳歳上の元同級生に視線を向けた。

「お邪魔しております、クリスト嬢」

 そう言って、明らかに愛想笑いとわかる笑顔を顔に貼り付けたのは、レーミル・リズヴェルト。
 現宰相の息子であり、多忙な陛下や宰相閣下に代わって王太子候補の様子を見ている彼は、当然のようにこの場に居合わせている。しかも、ちゃっかり食事もしっかりしていたようだ。

「こちらの鴨肉、非常に美味でした」

「お口にあったのでしたら何よりですわ」

「さすが公爵家の料理人。一つ一つの料理について感想をお伝えしたいところですが……それよりも、目の前の光景について触れざるを得ませんね」

 そう言って、リズヴェルトはニッコリと口角を上げる。

「良い報告ができそうです」

 誰に、とはぼかしているが、おおよそ見当がつく。

 果たしてどこまでが陛下の計算の内なのか。
 見えない掌の上で踊らされているような、言葉にし難い不快感を感じずにはいられないが、それを微笑みで上塗りする。

「それは喜ばしいことですわね。よろしければ、こちらも召し上がって」

「ありがたいお言葉ですが……少々済ませねばならぬ用事がございますので、私は先に失礼いたします」

 そう言って、リズヴェルトは席を立つ。

「お送りします」

「いえ、こちらで結構です」

 兄上にそう返した彼は、三人の王子と順に視線を合わせた後に、私の方を見つめて微笑む。

「一臣下として、皆様のご活躍をお祈りしております」

「あぁ。気を付けて帰って」

 そうユークライ殿下が声をかけると、リズヴェルトは恭しく一礼して部屋を出ていった。

 そのタイミングで、兄上が使用人に声をかけて、食事が片付けられていく。
 綺麗になった机の上に、ダラン様が書類を並べていった。

「ヘレナ以外は普段の業務に戻ってくれ」

 兄上に声をかけられた使用人達が全員退出すると、部屋の中に残ったのは、私達兄妹と王族の三人、セルカ、ダラン様、アレックス、そしてヘレナだけになる。

「ヘレナ、カーテンを」

「畏まりました」

 兄上に声をかけられてカーテンを閉めていくヘレナをセルカが手伝う。

「ヴィンセント、ここでやるのか?」

「移動するの面倒だろ?」

「まぁそうだね。ラインハルト、防音頼めるか?」

「あぁ」

 ラインハルト様が、懐から紙を取り出して魔法陣を描き付ける。
 彼が手をかざすと陣が光って浮かび上がり、遠くから聞こえていた梢が擦れ合う音が消えた。

 元々部外者は立ち入れない我が家なのにここまで厳重にするということは、特設調査隊に関する中でも、よほど機密性の高いことを話すのだろう。

「……こちらで会議を?」

「念の為にな。王城だと、誰が聞き耳立ててるかわかんねぇから」

「警備体制を見直している最中でね。あまり衛兵に負担をかけるわけにはいかないんだ」

 兄上の言葉を補足したユークライ殿下は、目の前の書類をトントンと指で叩く。

「今から、ある極秘の任務について説明する。もう既に、俺とラインハルト、サーストンの間では共有しているけれど、慎重に、綿密に計画を練る必要があるから、君達にも意見を仰ぎたい。まずは一旦読んでみてくれ」

 ユークライ殿下にそう言われて、目の前の表紙を捲り中を確認する。
 大量の文字だけでなく、緻密な時間表と地図、建物の図面や人員の配置などが描かれていて、しっかり内容を吟味するには時間がかかりそうだ。

 ざわつく心中を抑えながら、速読でひとまず全体に目を通そうとするが、私が最後まで読む前に兄上が口を開く。

「おい、これ色々気になることがあるんだが……本気か?」

「俺は本気だ」

 そう力強く言い切ったのは、サーストン殿下だった。

「自分の蒔いた種は自分でどうにかする。……俺が、ララティーナ・ゼンリルを引き摺り出す」

 計画書に記されていたのは、サーストン殿下が囮となってララティーナ・ゼンリルを呼び出し、そこで彼女を捕縛するというものだった。

 あの卒業パーティー以降、謹慎を言い渡され手紙なども監視されていたサーストン殿下は、友人を通してバレないようにララティーナとのやりとりを続けていたらしい。
 資料として添付されていた二人のやりとりの中には、ララティーナが王城に行って彼に会いたいと言っているものもあった。今回は、どうやらそれを利用し、ララティーナを捕縛して事態の全容を把握することを目的としているようだ。

「……場所は、王城の外苑。決行は夜」

「民に不必要な被害を出すわけにはいかないからね。あそこは比較的警備が緩い。衛兵の目を掻い潜って入ってくるように、サーストンから提案をさせる。おそらく、ララティーナ・ゼンリルとしても、人目につかない場所での密会は好都合なはずだ」

「僕達が予測している彼女の行動が、七ページ目にある」

 ラインハルト様の言葉にページを戻す。

「最も可能性が高いのが、サーストンに再度闇魔法をかけ、自身の制御下に置くこと。他にも拉致して人質にしたり、直接危害を加える可能性もあるが……」

「狙われているのが俺だけじゃなく王族とクリスト家全体なら、おそらく俺をすぐにどうこうすることはないはずだ」

「俺もそう思う。ただ、ここで大きな騒ぎを起こし、混乱に乗じて俺達の命を狙うという線も捨てきれないが……ひとまず、密会の約束に対する反応を見たいと考えている。ヴィンセント、アマリリス嬢、セルカ。どう思う?」

 うーんと兄上が横で唸るのを聞きながら、私は手早く最後まで確認し、気になった箇所に戻る。

「……いくつか確認したいことがあります。よろしいですか?」

「何かな」

「まず一つ目に、彼女がこの申し出に応じるかどうかです。何か、彼女が来るという確証が?」

「現状、彼女の目的と考えられている王家とクリスト家の殺害は、一度も成功していない。先日の陛下の暗殺も、セルカによって阻まれた。王家の警備体制が強まる一方と考えた時に、サーストンからの一対一での密会を提案されれば、おそらく向こうは乗ってくる。もし乗ってこないのならまた別の手を打つつもりだけれど、相手の警戒心を下げるために、手紙を出すのと実際に会う日取りは出来るだけ近くしたい。だから先んじて計画を立てておきたいんだ」

「承知しました」

 私が予想していた通りの答えだ。
 どこか満足げなユークライ殿下の表情に、私は自分の求められている役割を確信する。

 この計画を発案したのは、ユークライ殿下とラインハルト様、そしてサーストン殿下。
 王子として十二分な教育を与えられてきた彼らだが、決してそれは完璧さを保証してくれない。三人全員が納得した計画であっても、ひょっとしたら彼ら自身では気付けない、何かしらの重大な見落としがあるかもしれない。
 それを発見するために、私や兄上、セルカを計画立案の最初から加えなかったのだろう。もちろん、単純に私達が一緒に住んでいないということもあるかもしれないが。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、私は他の引っかかった箇所について指摘する。

「次に、サーストン殿下の安全についてです。現状、具体的な力量は不明ですが、ララティーナは相当な魔法の腕前を有していると考えられます。サーストン殿下も魔法に秀でているとはいえ、実戦経験は皆無。密会に護衛を伴えば、警戒させる可能性が高いのでは?」

「そこは、計画書にも書いている通り、ヴィンセントとセルカに任せたいと思っている」

 ユークライ殿下に名前を挙げられ、まず反応したのは兄上だった。

「確かに、俺は王城の構造に詳しいし、万が一ララティーナ・ゼンリルが手勢を連れていたとしても対処できる。ただ、出来るだけ内密に済ませようっていうなら、あんま向いてないと思うぜ。その場合、セルカに負担がかかることになる」

「……まぁ、きちんと準備した上で行けるなら、闇魔法にも対応できると思います」

 配備図を見ながら、セルカがそう発言する。

「目標は捕縛なんですよね?」

「あぁ。ただ、もし彼女が配下を連れていたとしたら、そこに関しては生死を問わない」

「……わかりました。実際にどんな場所か見ないとはっきりとは言えませんが、多分相手にバレないように守ることは可能です。あとは、どれくらいされたら私達が介入すればいいのかを決めれば」

「そうだね。そこは慎重に打ち合わせをしよう。他には何か?」

「これが、彼女一人を捕まえるだけになる可能性は?」

 正直、これが一番の懸念点だ。

 ララティーナ・ゼンリルの背後には、確実に何か大きな存在がいる。
 その何かがわからないから彼女を捕らえ、話を聞き出すというのも理解はできる。しかし、トカゲの尻尾切りのようになってしまうような気がするのだ。

「……そのことは、俺達も考えた。ただ、一つ明らかになったことがあるんだ」

「それは一体?」

「君のお陰だ、アマリリス嬢」

 ユークライ殿下の言葉に一瞬戸惑うが、すぐに頭の中で点と点が繋がり、パッと思いだす。

「まさか、本当に…!?」

「あぁ。王城に保管されている帳簿とも示し合わせたが、間違いなかった。ゼンリル家は、ブレデル家との間に不正な資金のやりとりがあった」

「やっぱり……」

 奇妙な数字の変動を見て疑ったが、本当にそうだったとは。

 王城に保管されている帳簿は、各領主が直々に提出するもので、提出後の改竄は不可能。
 不正な金の流れが事実だったということだ。

 ひとまず自分の予想が当たっていたことに安堵している私の肩を、セルカがつつく。

「ごめんアマリリス、ブレデル家のこと、聞いてもいい?」

「あぁ、そうよね。せっかくですし、全員で共通認識を持つために、簡単にお話ししましょう」

 私は脳内にあの出来事について見聞きした文章を思い起こしながら話し出した。

「現在は取り潰しが決まっているブレデル家は伯爵家で、王国の南西に位置する自然豊かな土地に領地を持っていました。領地内には山や川があり、それによって豊富な食料が手に入ると同時に、土砂災害や水害に悩まされている土地でもありました。そのため、王都に優先的に食品を輸出することを条件に、国からの補助金を受け取っていました。しかし、七年前にその補助金を領主が不正に懐に入れていたことが発覚し、検挙。そこからさらに、違法に私兵を雇っていたり、禁止されている品を扱っていたことが発覚したりして、取り潰しが決まりました」

「そのブレデル家が、どうして今回の件に?」

「ララティーナの父マイルズの母が、ブレデル伯爵家の出身。おそらくそこで元々繋がりがあって……ゼンリル家が経済的に上手く行っていない状況を鑑みるに、きっと立場が弱いんでしょうね」

「そっか。ブレデル家は、不正がバレる前はお金に割と余裕があって、自分と繋がりがある家を上手く取り込もうとしてた……」

「しかし不正が発覚し、ブレデル家は取り潰しに。ただいくつか不明なこともあって……」

「こっから先は俺に任せろ」

 そう言って口を開いたのは、兄上だった。

 普段魔法師として働いていて、あまり貴族の情勢に詳しくない兄上に一瞬任せていいのかと心配になるが、珍しく真剣な横顔に不安はすぐ消えていった。

「……まず、ブレデル家がしてたのは単純な資金の横領だけじゃない。奴らは裏で、人身売買をしていた」

「なっ!?」

 知らなかった事実に思わず声が漏れる。

 人身売買は、ウィンドール王国では固く禁じられている。
 全ての民は、風のように誰にも縛られずに人生を謳歌できるというのが、我が国の基本的な考え方だ。

「まだこのことは公表していない。今、対外情勢が不安定で、しかも王太子選の真っ最中だから、国内を混乱させるべきじゃないって判断だ。あと、関わってた連中を炙り出してたからでもある」

「……そのことが、どうやって繋がるの?」

「リリィも知っての通り、クリスト家うちは人身売買とか奴隷とか、そういう人を不当に区別するもんが無茶苦茶嫌いで、そういう奴らを潰すっていうのを独自でやってる。だから、ブレデル家がそういう取引をしているって情報を掴んで、すぐに調査に乗り出したらしい。で、調査をしていく中で、人身売買とかするための元手として、国からの補助金が使われてることがわかり、内密に王家と王国法院と連携を取ることにした」

 王国法院は、国の司法の最高機関。
 そういえば、今王国法院を務めているのが父上の従兄弟にあたるディルク・クリストで、前に風呼びの宴でブレデル家にきな臭い何かがあると言っていた。

「そこでさらに調査を進めてって、最終的に検挙。表向きには国がやったことになってるが、実際関わった連中はうちが噛んでるって知ってる」

「だから、恨まれてる…?」

「そう。んで、当主のライオット・ブレデルは捕まってんだけど、実際に色々仕切ってたと考えられている弟のスニクス・ブレデルが未だに逃亡中……ってのが、俺がここ最近色々苦労して聞き出した内容なんだけど、ユークライはどこまで知ってんの?」

「実質的な指導者が捕まっていないというのはなんとなく知っていたけれど、それが弟とまでは知らなかったよ」

「おっしゃ俺の勝ちー」

「勝負したつもりないんだけど」

「……ねぇ、なんで二人の間に情報格差があるの?」

 兄上がそう言っておどけている横で、セルカが私にヒソヒソと質問する。
 私は彼女の方を向くと、口元を隠しながら私も小さな声で答えた。

「容疑者の中でまだ捕まってない人がいます、なんてなかなか部外者に言えないものよ。それが、将来自分の進退を決めるかもしれない王太子候補相手なら尚更」

「え、でも、私達って陛下から命令受けて調べてるんだよね?」

「表向きは、ユークライ殿下の夜会の襲撃犯を探している組織だから」

「あ、そっか……ブレデル家について調べてることが、説明できないのか」

「そういうこと」

 私が前を向くと、どうやら待っていてくれていたらしいユークライ殿下が口を開く。

「ということで、さっきアマリリス嬢とヴィンセントが説明してくれた通り、ブレデル家は王家とクリスト家に恨みがある。そして、その首謀者と目されている男がゼンリル家に身を潜めている可能性は十分にあり、ララティーナ・ゼンリルが彼の命令を受けて行動しているとも考えられる。……とは言っても、これはまだ想像に過ぎない。強制的にゼンリル子爵領に乗り込めない以上、俺達の突破口はララティーナ・ゼンリルだ」

「俺はおそらく、まだ闇魔法の影響下にあると彼女は考えているはずだ。油断している彼女から出来るだけ情報を聞き出したい」

「だったら、無理に捕まえなくても、尾行して誰と接触するか考えてもいいんじゃないですか?」

 セルカがそう口にする。

「泳がせる、ということか」

「そう。そうしたら、後ろにいる人を見つけられると思うんですが」

「俺達もそれは検討した。ただ、今彼女が拠点としている場所が不明で、一度逃してしまったら、次にいつ接触できるかわからないんだ」

「また呼び出せばいいんじゃ?」

「無駄な賭けをしたくないんだ。……彼女が、サーストンに闇魔法をかけていたという事実だけで、彼女を捕まえる口実にはなる。そうしてから情報を引き出した方が確実だ」

「そうですけど……まぁ、わかりました。必ず捕まえますよ」

 これに関しては、意見が分かれるところだろう。
 どちらの意見も理解できるが、個人的には人員が足りていない今の状況で、尾行して見張をする、というのはかなり難しいことに思える。

 ユークライ殿下の説明に対し少し不満げな様子を見せるセルカを後でフォローしないと、と思いながら、私はやっと反撃に出られることに、闘争心とやる気が湧いてくるような気がした。

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