【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
57話:久しぶりの再会
「…………サーストン、様が……」
私に謝罪を、と溢れてきた言葉は、私の口の中で誰にも届かずに消えていく。
思考が全くまとまらない。
彼の名前だけが浮かんできて、胸がどうしようもなく苦しくなって、そこから一歩も動けない。
肺がぎゅっと収縮し、気管が詰まる。全身氷漬けにされたように、指先一つも自分の意志ではどうにもならず、頭も錆びついて回らない。
サーストン様。
この国の第三王子。
王太子候補の一人。
私の婚約者だった人。
私の、好きだった人。
彼の、快晴の空を映し取ったような瞳を、未だにはっきり覚えている。
その瞳に私を映して微笑んでくれたことも、名前を呼んでくれたことも、手を握ってくれたことも。
一度脳裏に浮かぶと離れてくれないそれらの情景と同時に浮かび上がってくる、甘酸っぱい想いと、それをすぐに覆い尽くす苦さ。
何度目を逸らされて、睨まれて、溜め息をつかれたことか。
その度に、いつかまた私に笑いかけてくれると、根拠もなく信じた。
そんな私の縋るような願いも、結局は打ち砕かれた。
最後に会ったあの卒業パーティーの日、その瞳が私を憎むように激しく燃えてきたことを、どうにも忘れることができていない。
「……リリス、アマリリス」
「あっ」
隣に立っているセルカが私の肩を揺すってくれたお陰で我に返る。
いつの間にかフードを外していたらしい彼女が、心配そうに私を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「えぇ……」
「大丈夫じゃないだろ。顔色悪いぞ」
セルカと反対側から声をかけられて声の方を向くと、兄上が眉間に皺を寄せていた。いつの間にか私のすぐ隣に来ていた兄上は、心配と不機嫌さを隠そうともしない。
兄上は私と目が合って数秒見つめたかと思うと、くるっと顔の向きを変える。
「……ラインハルト様」
「わかってる。さっきも話した通り、僕はアマリリスの意志を尊重する」
兄上に名前を呼ばれたラインハルト様は、そう静かに告げた。
彼はゆっくり私の方まで歩いてくる。
それがなんだか、何かの宣告が近付いてくるようで、私は思わず俯いてしまった。
「……アマリリス」
顔を上げられない私に、ラインハルト様は普段と変わらない落ち着いた声の調子で話しかける。
「もし君が一人で不安を感じるなら、僕が側で支える」
「っ…!」
その言葉に、気付けば彼の顔を見ていた。
かつて私が、ダラン様を治療することを躊躇していたラインハルト様に言った言葉だ。偶然かとも思ったが、目が合うと私を安心させるように少し悪戯っぽく微笑んだ姿に、そうではないとわかる。
「無理にとは言わない。ただ、僕の目から見たサーストンは、君を傷付けようとはしていない」
「……」
「俺はやっぱり反対だ。今変わったかどうかは問題じゃない。あの王子様が俺の大事な妹を傷付けて、その傷がまだ癒えていない事実は動かしようがない。ずっとこのままでいるわけにもいかないのはわかるが、まだ今じゃない」
「兄としてのあなたの考えももちろん尊重する。だが、決断するのはアマリリスだ」
ラインハルト様の真っ直ぐな目から、視線を外すことができない。
しかし、彼の橙色の穏やかな光を見ていると、ぐちゃぐちゃになっていた思考が徐々に整頓されてくる。
第三王子を前にした時、自分がどうなるのかわからない。
今まで出来るだけ、直接彼のことは考えないようにしてきた。社交界に出るにあたって、彼とのことを聞かれるだろうからとその対応こそ考えていたが、自分が彼のことをどう思っているかを考えるのは避けていた。
「……アマリリス、大丈夫?」
黙り込んでいる私に、声を潜めて尋ねてくれたのはセルカ。彼女のことで悩んでいたから第三王子とのことを考える余裕がなかった、というのも嘘ではない。
前世の記憶を思い出したと同時に彼が登場する乙女ゲームのこともはっきりと記憶に蘇ってきたけれど、やっぱりそれを直視するのも怖かった。
けれど、いつまでも引き伸ばすわけにはいかない。
ちゃんと向き合って、乗り越えないと。
目を逸らし続けていても解決しない。私とセルカの問題のように、時間はかかるかもしれないけれど、始めないと解決しようもない。
「……ありがとう。兄上、セルカ」
傍らの二人に声をかける。
一度深く息を吸って、前に踏み出した。
コツンと靴の踵が、静かな玄関ホールの中に響く。
「ラインハルト様」
「あぁ。なんだ」
「……第三王子殿下に、お会いしますわ」
「わかった」
私の言葉に首肯したラインハルト様が、ダラン様を振り返る。
ダラン様は一礼すると、「ヴィンセント殿」と声をかけた。
「ではお連れしても?」
「まぁ、俺にリリィを止める権利はないからな」
「……え、ちょっと待って。いるの?」
思わず兄上の腕を掴むと、「おう」と軽く返事をされる。
会うとは決意したものの、まさか今すぐだとは思っていなかった私に、「いやぁ」と兄上が頭を掻いた。
「今日朝、王城に着いたらサーストンが待ってて、そこから俺とユークライとラインハルト様と四人で面談みたいな感じで。まぁ色々紆余曲折あったけど、屋敷の門を通ることは結局許すかってなって、そんでラインハルト様と一緒にサーストン来てて今馬車の中で待機中っていう」
「ちょっと待って。呼び捨てはさすがにやめて、兄上」
「え、アマリリス、そこ?」
「ごめんなさいセルカ、混乱してて。待って、どういうこと?」
「お腹空いてきましたね、ラインハルト。ヴィンセント殿、食事の用意お願いしますね」
「レーミルも食べるだろうから、五人分頼む」
「リズヴェルトも来てるの!?」
「あー、まぁなんか話の流れで…?」
せっかく考えをまとめられたと思ったのに、余計に混乱するようなことを言われて、私はつい声を上げてしまう。
「いやぁ、母上がいなくて良かったよ。いたら王族とか重要人を突然連れて来るなって怒られるとこだった」
「それはそうだけど……いえ、そうじゃなくて」
目の前にポンポンと出てくる予想外の出来事に、また思考が進まなくなる。そのお陰で、今一番会いたくて会いたくない人とこれから顔を合わせることになることから、少し意識が逸れた。
「……だめだわ」
気を抜くと、せっかく決意をしたのにまた逃げ腰になってしまいそうで、私は両手でパチンと頬を叩く。
思ったよりも大きな音と遅れてやってくるヒリヒリとした痛みに、迷いが消えていった。
「リリィ!?」
「……一回、二人っきりで話をさせて欲しいの。良いわよね、兄上?」
「お、おう」
私の突然の行動にまだ目を白黒させている兄上から離れて、ラインハルト様の前まで歩いていく。
彼の近くまで行くと、開かれた玄関の扉から、外の階段の下に停まっている馬車とそこの前に立つダラン様の姿が見えた。
「……最初だけで構わないので、側にいてくださいますか」
「あぁ。もちろんだ」
一瞬の逡巡もなく、いつもと同じように返事をしてくれる彼の存在が、どれだけ心強いか。
私は息をゆっくり深く吐いて、スカートと袖の裾を確認する。
身だしなみを整えるこの動作に、まだ婚約者だった頃のことを思い出して、なんとも言えない苦さが込み上がってきた。
「よろしいですか、アマリリス嬢?」
「……えぇ。お願いします、ダラン様」
私の返答を待ってから、ダラン様が馬車のドアに手を掛ける。
ガチャリと、遠いはずのドアノブの音がやけに間近に思えて、緊張で息が震えた。
「……っ」
扉が開いて、滑るように一人の青年が出てくる。
馬車から出てきた彼の髪は、陽の光が当たるとキラキラと輝いた。
前に見た時から長くなったように見える髪は、手入れされていなさそうな様子を見るに、ずっと切っていないのだろう。
カツカツと靴の音が少しずつ近付いてきて、私は目を逸らしたくなる気持ちを抑えてしっかり前を向く。
「……大丈夫か?」
「えぇ。大丈夫です」
逃げたくなってしまうのは、また傷つけられるのではないかと恐れているからだ。
あの時のように、冷たい言葉を投げつけられるのではないか。魔法が暴走して、危険に晒されるのではないか。
そんな負の想像は、でもきっと実現しない。
必ずラインハルト様や、兄上やセルカ、ダラン様が、助けてくれるから。
そして私は、そんな私を助けてくれる人達のことを、ちゃんと知っているから。
「…………アマリリス」
カツンと鳴った靴の音と共に、階段を上がり切った彼と目が合った。
「……サーストン、様」
「一旦場所を移そう。アマリリス、応接室まで案内してくれるか?そこまで僕も一緒に行く」
「……えぇ。ご案内しますわ」
「私もご同伴に預かっても?」
そう言って第三王子の後ろから姿を現したのは、リズヴェルトだった。
明らかな作り笑いを浮かべた彼を、ラインハルト様が制する。
「二人だけで話したいそうだ」
「しかし、私は報告者としての役割をいただいておりますので」
「二人の私的な会話にまで同席する必要はないと思うが」
「クリスト嬢は重要人物でいらっしゃいます。その方とサーストン殿下が、あの日の出来事についてお話しなさるのであれば……」
「父さんには、俺が無理矢理二人で話そうとしたと伝えろ」
ドン、と第三王子がリズヴェルトの胸を叩く。
叩かれたリズヴェルトはよろけると、呆れたように溜め息をついた。
「俺はそれで構いませんが、あなたへの評価は下がりますよ?」
「俺の評価なんて、もうとっくに地の底だ。……これ以上傷つけることなんて、できるかよ」
「……まぁ、俺もクリスト嬢にはお世話になっていますし、そのお話に乗らせていただきますよ」
そう言って、リズヴェルトはニコリと笑った。
「ただ、後ほどどのような話をしたかの概要だけはお聞きしますよ」
「あぁ。俺に聞け」
その二人の会話が、魔法学校時代のものとそっくりで、私は懐かしさに襲われる。
懐かしさと同時に、言葉にできない胸の痛みが生まれた。
「……応接室だろ?」
「え、えぇ」
「ラインハルト兄さんも来るんだろ。行くぞ」
そう言った第三王子は、私達を追い抜いて、勝手知ったる足取りで進んでいく。
当たり前だ。この屋敷には何度も来て、あの応接室にも何度も通されているのだから。
もう既に婚約者ではないはずなのに、すれ違った時に見えた彼のくたびれたシャツや乱雑に伸ばされた髪、目の下の濃い隈に心配ばかり生まれてくる自分は、一体彼のことをどう思っているのか。
それを今から見つけに行くのだと、そう自分を鼓舞しながら、私は迷いない歩みで進んでいく第三王子についていった。
私に謝罪を、と溢れてきた言葉は、私の口の中で誰にも届かずに消えていく。
思考が全くまとまらない。
彼の名前だけが浮かんできて、胸がどうしようもなく苦しくなって、そこから一歩も動けない。
肺がぎゅっと収縮し、気管が詰まる。全身氷漬けにされたように、指先一つも自分の意志ではどうにもならず、頭も錆びついて回らない。
サーストン様。
この国の第三王子。
王太子候補の一人。
私の婚約者だった人。
私の、好きだった人。
彼の、快晴の空を映し取ったような瞳を、未だにはっきり覚えている。
その瞳に私を映して微笑んでくれたことも、名前を呼んでくれたことも、手を握ってくれたことも。
一度脳裏に浮かぶと離れてくれないそれらの情景と同時に浮かび上がってくる、甘酸っぱい想いと、それをすぐに覆い尽くす苦さ。
何度目を逸らされて、睨まれて、溜め息をつかれたことか。
その度に、いつかまた私に笑いかけてくれると、根拠もなく信じた。
そんな私の縋るような願いも、結局は打ち砕かれた。
最後に会ったあの卒業パーティーの日、その瞳が私を憎むように激しく燃えてきたことを、どうにも忘れることができていない。
「……リリス、アマリリス」
「あっ」
隣に立っているセルカが私の肩を揺すってくれたお陰で我に返る。
いつの間にかフードを外していたらしい彼女が、心配そうに私を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「えぇ……」
「大丈夫じゃないだろ。顔色悪いぞ」
セルカと反対側から声をかけられて声の方を向くと、兄上が眉間に皺を寄せていた。いつの間にか私のすぐ隣に来ていた兄上は、心配と不機嫌さを隠そうともしない。
兄上は私と目が合って数秒見つめたかと思うと、くるっと顔の向きを変える。
「……ラインハルト様」
「わかってる。さっきも話した通り、僕はアマリリスの意志を尊重する」
兄上に名前を呼ばれたラインハルト様は、そう静かに告げた。
彼はゆっくり私の方まで歩いてくる。
それがなんだか、何かの宣告が近付いてくるようで、私は思わず俯いてしまった。
「……アマリリス」
顔を上げられない私に、ラインハルト様は普段と変わらない落ち着いた声の調子で話しかける。
「もし君が一人で不安を感じるなら、僕が側で支える」
「っ…!」
その言葉に、気付けば彼の顔を見ていた。
かつて私が、ダラン様を治療することを躊躇していたラインハルト様に言った言葉だ。偶然かとも思ったが、目が合うと私を安心させるように少し悪戯っぽく微笑んだ姿に、そうではないとわかる。
「無理にとは言わない。ただ、僕の目から見たサーストンは、君を傷付けようとはしていない」
「……」
「俺はやっぱり反対だ。今変わったかどうかは問題じゃない。あの王子様が俺の大事な妹を傷付けて、その傷がまだ癒えていない事実は動かしようがない。ずっとこのままでいるわけにもいかないのはわかるが、まだ今じゃない」
「兄としてのあなたの考えももちろん尊重する。だが、決断するのはアマリリスだ」
ラインハルト様の真っ直ぐな目から、視線を外すことができない。
しかし、彼の橙色の穏やかな光を見ていると、ぐちゃぐちゃになっていた思考が徐々に整頓されてくる。
第三王子を前にした時、自分がどうなるのかわからない。
今まで出来るだけ、直接彼のことは考えないようにしてきた。社交界に出るにあたって、彼とのことを聞かれるだろうからとその対応こそ考えていたが、自分が彼のことをどう思っているかを考えるのは避けていた。
「……アマリリス、大丈夫?」
黙り込んでいる私に、声を潜めて尋ねてくれたのはセルカ。彼女のことで悩んでいたから第三王子とのことを考える余裕がなかった、というのも嘘ではない。
前世の記憶を思い出したと同時に彼が登場する乙女ゲームのこともはっきりと記憶に蘇ってきたけれど、やっぱりそれを直視するのも怖かった。
けれど、いつまでも引き伸ばすわけにはいかない。
ちゃんと向き合って、乗り越えないと。
目を逸らし続けていても解決しない。私とセルカの問題のように、時間はかかるかもしれないけれど、始めないと解決しようもない。
「……ありがとう。兄上、セルカ」
傍らの二人に声をかける。
一度深く息を吸って、前に踏み出した。
コツンと靴の踵が、静かな玄関ホールの中に響く。
「ラインハルト様」
「あぁ。なんだ」
「……第三王子殿下に、お会いしますわ」
「わかった」
私の言葉に首肯したラインハルト様が、ダラン様を振り返る。
ダラン様は一礼すると、「ヴィンセント殿」と声をかけた。
「ではお連れしても?」
「まぁ、俺にリリィを止める権利はないからな」
「……え、ちょっと待って。いるの?」
思わず兄上の腕を掴むと、「おう」と軽く返事をされる。
会うとは決意したものの、まさか今すぐだとは思っていなかった私に、「いやぁ」と兄上が頭を掻いた。
「今日朝、王城に着いたらサーストンが待ってて、そこから俺とユークライとラインハルト様と四人で面談みたいな感じで。まぁ色々紆余曲折あったけど、屋敷の門を通ることは結局許すかってなって、そんでラインハルト様と一緒にサーストン来てて今馬車の中で待機中っていう」
「ちょっと待って。呼び捨てはさすがにやめて、兄上」
「え、アマリリス、そこ?」
「ごめんなさいセルカ、混乱してて。待って、どういうこと?」
「お腹空いてきましたね、ラインハルト。ヴィンセント殿、食事の用意お願いしますね」
「レーミルも食べるだろうから、五人分頼む」
「リズヴェルトも来てるの!?」
「あー、まぁなんか話の流れで…?」
せっかく考えをまとめられたと思ったのに、余計に混乱するようなことを言われて、私はつい声を上げてしまう。
「いやぁ、母上がいなくて良かったよ。いたら王族とか重要人を突然連れて来るなって怒られるとこだった」
「それはそうだけど……いえ、そうじゃなくて」
目の前にポンポンと出てくる予想外の出来事に、また思考が進まなくなる。そのお陰で、今一番会いたくて会いたくない人とこれから顔を合わせることになることから、少し意識が逸れた。
「……だめだわ」
気を抜くと、せっかく決意をしたのにまた逃げ腰になってしまいそうで、私は両手でパチンと頬を叩く。
思ったよりも大きな音と遅れてやってくるヒリヒリとした痛みに、迷いが消えていった。
「リリィ!?」
「……一回、二人っきりで話をさせて欲しいの。良いわよね、兄上?」
「お、おう」
私の突然の行動にまだ目を白黒させている兄上から離れて、ラインハルト様の前まで歩いていく。
彼の近くまで行くと、開かれた玄関の扉から、外の階段の下に停まっている馬車とそこの前に立つダラン様の姿が見えた。
「……最初だけで構わないので、側にいてくださいますか」
「あぁ。もちろんだ」
一瞬の逡巡もなく、いつもと同じように返事をしてくれる彼の存在が、どれだけ心強いか。
私は息をゆっくり深く吐いて、スカートと袖の裾を確認する。
身だしなみを整えるこの動作に、まだ婚約者だった頃のことを思い出して、なんとも言えない苦さが込み上がってきた。
「よろしいですか、アマリリス嬢?」
「……えぇ。お願いします、ダラン様」
私の返答を待ってから、ダラン様が馬車のドアに手を掛ける。
ガチャリと、遠いはずのドアノブの音がやけに間近に思えて、緊張で息が震えた。
「……っ」
扉が開いて、滑るように一人の青年が出てくる。
馬車から出てきた彼の髪は、陽の光が当たるとキラキラと輝いた。
前に見た時から長くなったように見える髪は、手入れされていなさそうな様子を見るに、ずっと切っていないのだろう。
カツカツと靴の音が少しずつ近付いてきて、私は目を逸らしたくなる気持ちを抑えてしっかり前を向く。
「……大丈夫か?」
「えぇ。大丈夫です」
逃げたくなってしまうのは、また傷つけられるのではないかと恐れているからだ。
あの時のように、冷たい言葉を投げつけられるのではないか。魔法が暴走して、危険に晒されるのではないか。
そんな負の想像は、でもきっと実現しない。
必ずラインハルト様や、兄上やセルカ、ダラン様が、助けてくれるから。
そして私は、そんな私を助けてくれる人達のことを、ちゃんと知っているから。
「…………アマリリス」
カツンと鳴った靴の音と共に、階段を上がり切った彼と目が合った。
「……サーストン、様」
「一旦場所を移そう。アマリリス、応接室まで案内してくれるか?そこまで僕も一緒に行く」
「……えぇ。ご案内しますわ」
「私もご同伴に預かっても?」
そう言って第三王子の後ろから姿を現したのは、リズヴェルトだった。
明らかな作り笑いを浮かべた彼を、ラインハルト様が制する。
「二人だけで話したいそうだ」
「しかし、私は報告者としての役割をいただいておりますので」
「二人の私的な会話にまで同席する必要はないと思うが」
「クリスト嬢は重要人物でいらっしゃいます。その方とサーストン殿下が、あの日の出来事についてお話しなさるのであれば……」
「父さんには、俺が無理矢理二人で話そうとしたと伝えろ」
ドン、と第三王子がリズヴェルトの胸を叩く。
叩かれたリズヴェルトはよろけると、呆れたように溜め息をついた。
「俺はそれで構いませんが、あなたへの評価は下がりますよ?」
「俺の評価なんて、もうとっくに地の底だ。……これ以上傷つけることなんて、できるかよ」
「……まぁ、俺もクリスト嬢にはお世話になっていますし、そのお話に乗らせていただきますよ」
そう言って、リズヴェルトはニコリと笑った。
「ただ、後ほどどのような話をしたかの概要だけはお聞きしますよ」
「あぁ。俺に聞け」
その二人の会話が、魔法学校時代のものとそっくりで、私は懐かしさに襲われる。
懐かしさと同時に、言葉にできない胸の痛みが生まれた。
「……応接室だろ?」
「え、えぇ」
「ラインハルト兄さんも来るんだろ。行くぞ」
そう言った第三王子は、私達を追い抜いて、勝手知ったる足取りで進んでいく。
当たり前だ。この屋敷には何度も来て、あの応接室にも何度も通されているのだから。
もう既に婚約者ではないはずなのに、すれ違った時に見えた彼のくたびれたシャツや乱雑に伸ばされた髪、目の下の濃い隈に心配ばかり生まれてくる自分は、一体彼のことをどう思っているのか。
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