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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

55話:贈り物

「……すまない、遅くなった」

「いや、むしろこんな日に呼びつけてしまってすまないね。とりあえず座ってくれ」

 すっかり日も暮れた夜。
 ダランのみを連れて、第一王子ユークライの私室にやってきたラインハルトは、部屋の中に兄弟以外誰もいないのを見て振り返る。

「ダラン、先に戻っておいてくれ。僕を待たないで今日はもう休んでいい」

「承知しました。では」

 一礼したダランからバスケットを受け取ったラインハルトは、机の上にそれを置く。
 中を覗き込もうとするユークライを見て、ラインハルトは部屋の中を見渡した。

「兄さん。ポットか水差しを貸してくれ」

「持ってくるよ」

「ありがとう。……サーストン、苦手なものはあるか?」

 そう名前を呼ばれて、それまで入室してきた兄の方に興味を示そうともせず腕を組み俯いていたサーストンが、視線だけを上げる。
 彼は、バスケットから取り出された瓶を見て眉を顰めた。

「……それは?」

「檸檬の蜂蜜漬けだ。お湯で割って飲むと美味しい」

「……じゃあ、もらう」

「ラインハルト、これでいい?」

「あぁ、大丈夫だ。サーストン、コップを出してくれ」

「え、あ、あぁ」

 声をかけられて慌てて立ち上がったサーストンに、ユークライが軽く笑みを漏らして、棚のところを示した。

 ユークライが書類を用意している間に、サーストンからカップを受け取ったラインハルトは、三人分の飲み物を用意し、クッキーを皿の上に出す。

「……随分と手慣れてるんだな」

「基本的に一人だからな」

 ラインハルトのその発言に、サーストンはグッと何かを堪えるように唇を噛んだ。

 その様子に気付きながらも、ユークライは一度咳払いをし、話を始める。

「今日二人を呼んだのは、あることを相談したかったからだ。ただ、そのことについて話す前に、今の状況を一緒に整理したい」

 ユークライは、下の弟の方をチラリと一瞥する。

「……今、俺とラインハルトは、俺の夜会の襲撃犯を追っている。そのことは知っているよね?」

「俺が容疑者として疑われている、ということもな」

「……コホン。そのことなんだが」

 ユークライは、言葉に迷うようにゆっくりと話を続ける。

「まず、狙われているのは王家とクリスト家だ」

「は!?」

「先日、父上が狙われた。母上達やクリスト家の面々も、命を狙われるような事態になっている」

「どうして俺に伝えてくれなかった?」

「父上の判断だ。……ともかく、いくらなんでもお前が犯人とは考えにくい状況になってきていたんだ」

「……なってきて、いた?」

 言葉尻を繰り返すサーストンが、ユークライを睨むように視線を向ける。
 ユークライは苦々しい表情をしながらも、その鋭い視線を受け止めた。

「……ゼンリル子爵家に、怪しい金の動きがある。しかし、特段贅沢をしているわけでも、何かに投資をしているわけでもない。そして、先日から繰り返されている襲撃事件には、簡単には手に入らない毒物や爆発物などが使われている」

「……」

「サーストン、最近ララティーナ・ゼンリルとの接触はあったか?」

 兄からの問いかけに、サーストンは深く長い溜め息をつく。

 はぁぁ、と肺の空気を全て吐き出した彼は、懐からいくつかの封筒を取り出した。

「これは?」

「ララとは……ララティーナとは、魔法学校の卒業式後からは、一度も会っていない。手紙だけは一度来た」

 サーストンが、薄桃色の可愛らしい封筒を手に取り、中に入っていた便箋を取り出す。
 ふわりと甘い花の香りがしたそれに、ラインハルトが眉をピクリと動かした。

「魔法学校での思い出と、後は『落ち着いてたらまた会いましょう』とだけ書いてあった。ありきたりなものだと思っていた」

「今すぐそれを捨てろ、サーストン」

「え?」

 ラインハルトの強い言葉に、ユークライが驚いた表情を浮かべる。
 しかし、それを言われた本人であるサーストンは、落ち着いた様子で、再び溜め息をついた。

「さすがだ。俺は、最近やっと気付いたというのに」

「どういうことだ?」

「怪しい魔力が込められている。……闇属性、精神に干渉する何かだ。ララティーナ・ゼンリルは、普段からこれと同じ香水をつけていたのではないか?」

「その通りだ」

 闇属性は、人の認識や精神に干渉する。その使い手が極端に少ないこともあり、人々から恐れられている属性でもあるが、実際はその使い手の少なさゆえに魔法自体の研究や体系化が進んでいない。

「五感への刺激と闇属性の併用……一般にはあまり知られていないが、効果の底上げによく使われる手法だ。それを、ララティーナ・ゼンリルは使っていた」

「なるほど……彼女は、闇属性の使い手、ということか」

「それもかなり優れた、だ。彼女からの贈り物は、全てに魔力が込められていた。置き物を壊して片付けて、その時に初めて気付いた」

 自嘲気味に笑ったサーストンは、手にしていたララティーナからの封筒を置くと、他のものを兄達に示す。

「これは、俺の友人からの手紙だ。俺が謹慎を言い渡されている間に、ララの様子について報告してもらっていた。……手紙の内容は、全部ララについて好意的だったが、冷静に読んでみると、おかしいものばかりだった」

「おかしい、というと?」

「『身元を隠して俺の家のパーティーに来てくれた』とか、『こっそり深夜に会いに来てくれていた』とか。俺は、洗脳されていた間は、それをいじらしいと感じてしまっていた」

「ララティーナが、社交界に?」

「反体制派の家のものにばかり、な」

「なっ!?」

 声を上げて立ち上がったユークライとは対照的に、ラインハルトは無言でカップに口をつける。

「反体制派の家だと!?」

「当然わかってるだろ?俺達兄弟のそれぞれの支持基盤。ユークライ兄さんは、古株の伝統ある貴族が中心、それに対して俺は、弱小貴族や新興貴族だったり商人。ララが俺に近付いてきたのも、多分そういうことだったんだろうと思ってたが……」

 サーストンは、カップから蜂蜜漬けの檸檬を取り出すと、口の中に入れた。
 彼は一瞬酸っぱさに目を細め、そして背もたれに寄りかかる。

「……王家に取り入ることではなく、王家を殺すことが目的だったのか」

「それは……」

「まだ確定したわけではない。ただ、可能性は非常に高い。お前も狙われている危険があるから気を付けろ、サーストン」

 ラインハルトの言葉に、サーストンは首を傾げる。

「……どうして、俺にそんな優しいんだ?」

「お前が僕の弟で、アマリリスの婚約者だったからだ」

「……なんでそこで、アマリリスの名前が」

 驚きに目を見開くサーストンに、ラインハルトはこともなげに告げる。

「正直なところ、僕は弟である君のことをよく知らない。しかし、アマリリスのことは知っているし、アマリリスが君のことをよく知っていたということも知っている。彼女は心優しい女性だ。彼女が信頼できる相手であった君を、僕は信頼したい」

 その言葉に、サーストンはすぐに返事をしなかった。

 背もたれに体を預けたまま、ただ真っ直ぐに兄であるラインハルトを見つめていた彼は、やがて体を起こすと弱々しく微笑んだ。

「……俺は、王の器じゃない」

 小さくサーストンが呟く。

 二人の兄は口を閉じたまま、静かに彼の続きを待った。

「……俺は、自分の意志とは関係なく、王の子として生まれた。生まれながらに誰からも傅かれ、耳障りの良い言葉を並べられて、何一つ不自由なく育てられてきた。俺の思い通りにならないものはないと、そう思っていた。でも……」

 サーストンが、ぐっと拳を握る。

「俺は、兄さん達に勝てなかった。ユークライ兄さんの駆け引きの上手さにも、ラインハルト兄さんの魔法の腕にも、俺は及ばなかった。そんな俺は、周りの大人達に随分と失望された。……そして、アマリリスが婚約者になってから、俺には嘲笑が向けられるようになった。女である婚約者のあいつにも、俺は勝てることがほとんどなかった」

 強く握られた拳が、膝の上に振り下ろされた。

「本当に悔しかった…!俺とアマリリスが一緒にいる時、顔を合わせた貴族達は、俺ではなくアマリリスを誉めた。それが暗に俺を馬鹿にしているようで、耐えられなかった」

 サーストンの声は、かすかに震えていた。

「俺は、自分を認めてくれない貴族連中が嫌いで、自分が認められていないのは、貴族連中がお高くとまっているからだと思っていた。そんな俺に近付いてきたのは、今の体制に不満を持つやつらばっかりで……そこでは不満を口にすればするほど共感してもらえて、そうやって言葉にすれば、余計に俺の中でどろどろした感情が増えていった」

「……そう、だったのか」

「そんな顔するなよ、ユークライ兄さん。余計に惨めになる」

 自分を心配するようにまなじりを下げるユークライに、サーストンが首を振る。
 彼は温かいカップに口をつけると、ふぅと息を吐いた。

「……今は、自分の愚かさが痛いほどわかる。俺がするべきは、アマリリスを妬むことじゃなく、あいつに並べるように自己研鑽をすることだった。でも、俺は……!」

 ガチャリ、と乱暴にカップが置かれる。

「今のままでいいと言ってくれたララに惹かれて、後先考えずに行動し、取り返しのつかないことをしてしまった…っ!」

「取り返しのつかないこと?」

「……王城の、巡回が少ない時間帯を、ララに伝えたんだ」

「なっ!?」

「いつ、どうして伝えてしまったんだ?」

 ラインハルトがいつも通りの平坦な声で尋ねる。

「……俺に会いに行きたいと、そう言われて。卒業パーティーの少し前の、授業がもうほとんどない時期に、学校で会えないからと。でも俺は婚約者がいる身で、未婚の貴族令嬢を招くなんてできないから、こっそり忍び込むために……」

「お前、自分のしでかしたことをわかっているのか!?」

「わかってるよ!わかってても、言えるかよこんなこと!!」

 ユークライの追及に、ダン、とサーストンが机を叩いた。

「謹慎を言い渡されて、使用人も減って、従者もいなくなって、友人もどんどん連絡が取れなくなって、ただでさえ俺の周りから人がいなくなっているのに、俺が重要な情報を漏らしたなんて言えるかよ!!」

「お前がもっと早くそれを伝えてくれていたら、警備を見直せていたかもしれないんだぞ!?」

「ただの女の子が王城に襲撃を仕掛けるなんて予想できるかよ!!……兄さんには、わかんねぇよ。あんたは人気者だからな……。わかるか?誰にも見向きもされない怖さや、人から嘲笑を向けられる惨めさが!!」

「お前のその下らない見栄のせいで……んぐっ!?」

 大声を出していた二人の口に、突如クッキーが押し込まれる。

 魔法でクッキーを浮かせて運び、兄弟を物理的に黙らせたラインハルトは、目を白黒させる二人を横目にララティーナの手紙の封筒を手にした。

「この封筒にかけられている魔法は、感情を増幅させる効果があるようだ。一応調べたいから、僕が一度預かっても構わないか?」

「ん、こほっ…………あぁ。大丈夫だ」

 クッキーを飲み込むために、カップに口をつけて無理矢理流し込んだサーストンが返事をしたのを確認して、ラインハルトは封筒に手を軽く手をかざし魔力の膜で覆う。

「すまない。もっと早くに効果に気付いていれば良かった。魔法の効果は遮断したから、しばらくすれば落ち着くはずだ。……兄さん、大丈夫か?」

「あぁ、うん。……ありがとう、ラインハルト。どうしてお前は平気なんだ?」

 ユークライの問いかけに、ラインハルトは二人の空いたコップに再び蜂蜜とお湯を注ぎながら答える。

「僕は人よりも魔力量がかなり多いから、こういった人に干渉する魔法が効きにくい。それに幼い頃から、二人よりも厳しい感情の制御の訓練を受けてきた」

 彼は、自分自身もクッキーを手に取って口にし、檸檬も続けて放り込む。

「これも、感情の制御の一環だ」

「何かを食べることが、ってこと?」

「あぁ。温かいものを飲んで甘いものを食べれば落ち着くのは、誰でも同じだ。二人も、魔法の効果が切れるまで、力を抜いて甘いものを楽しんでいてくれ」

 あぁ、と二人が首肯したのにラインハルトも頷き返す。
 彼はこっそり兄弟の様子を観察し、感情の昂り以外に影響がないことを確認してから、薄桃色の封筒に視線を向ける。

「サーストン。これはいつ届いたものだ?」

「えっと……大体、二ヶ月ほど前だったはずだ」

「かなり期間が経っているのに、こんなに強い効果が……かなり優れた術師なのか」

「ララの魔法の授業の成績は結構良かったはずだ」

「……兄さん」

 カップを、温もりを感じるように手で包んでいたユークライが、ラインハルトの呼びかけに「うん」と返事をする。

「ララティーナ・ゼンリルの魔法学校での成績の照会を。指導教員への聞き取りも頼む」

「わかった。一応、魔法に関係がなさそうなものも含めて情報を集めさせるよ」

「助かる。僕はこの封筒を調べるが……サーストン。もし他にも彼女から贈られたものがあれば貸して欲しい」

「もちろん、全面的に協力する。……俺はもう、絶対に、誰かを傷つけたり、傷つけることに加担なんてしたくない」

 俯いて無意識の内に拳を握りしめていたサーストンに、ラインハルトがクッキーを差し出す。

「この味には飽きたか?」

 あ、とサーストンが声と同時に苦笑を漏らし、手を緩く開いた。

「いや……すまん。美味しいんだが、あんまり甘いものが得意じゃなくて」

「そうか」

 少し残念そうに言ったラインハルトに、サーストンはふっと笑う。

 しばらく何かを考えるように視線を落としていた彼は、コップに入っていた甘酸っぱいジュースを一気に飲み干すと、立ち上がってラインハルトに向き直った。

「……ラインハルト兄さん」

「なんだ?」

「……あなたが、アマリリスと親しいと聞いた」

 その言葉に、ラインハルトは頷く。

「俺は……言い訳するようだが、色々と、正常な判断ができてなかった。そのせいで、父上や母上達、兄さん達やティアーラを危険に晒し、そして……アマリリスを、深く傷付けた」

 後悔に震える声を聞きながら、ラインハルトは静かに弟を見守る。

「っ、もちろん、王城にかけた迷惑も、ちゃんと精算する。ララに話してしまったことはリストを作ってまとめてあるし、俺なりにララの不審な行動をまとめたりもした。でも、まず俺がするべきは……」

 サーストンは、言葉を一度そこで切った。

「…………俺が、裏切ってしまったアマリリスへの謝罪、だと、思うんだ。だから、兄さんに、間を取り持って欲しい。頼む」

「……一つだけ、伝えておかなければならない」

 頭を下げたサーストンを、真っ直ぐな目で見つめるラインハルトは、普段と変わらない淡々とした声で答える。

「アマリリスは僕の友人で恩人だ。僕は、お前のことを弟として大事に思うが、この件に関しては彼女の意向を優先させる」

「それは……つまり」

「アマリリスがお前に会うと言うのであれば、僕はその場を整えることを約束する」

「……っ、ありがとう。感謝する、ラインハルト兄さん…!」

 一度顔を上げて感謝の言葉を口にし、再び深く頭を下げた弟を見るラインハルトの双眸の奥は、かすかに揺れていた。

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