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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

54話:王家の晩餐会

「誕生日おめでとう、ラインハルト。陛下から手紙をお預かりしている。後で帰ってから読むといい」

「おめでとう、ラインハルト。今日のパーティーは、とても盛況だったと聞いたわ。わたくしも行けたら良かったのだけれど」

「ありがとうございます、レシア母上、イリスティア母上」

 王城の奥、認められた人物しか足を踏み入れることを許されない宮殿の一角で、その晩餐会は開かれていた。
 壁には、ウィンドール王国の建国の象徴である六部族の会合の場面が描かれた絵画が飾られ、窓や鏡の縁には、風を模した装飾が施されている。国外の賓客をもてなす際にも使われるこの部屋には、今はある家族だけが座っていた。

 色とりどりの豪華な食事が並べられた長机の一番上座は空席で、その左右に座るのは、王妃であるレシアとイリスティアの二人。
 ともに机を囲んでいるのは、現国王の妹にあたるドロッセル、そして三人の王子と一人の王女だった。

「では、私からも祝いの言葉を。誕生日おめでとう、ラインハルト。こんな少ない人数での食事会になってしまって残念だろうけれど、私で我慢してくれたら嬉しいわ」

「仕方ないだろう、ドロッセル。こんな状況だ。君のところの護衛は足りているのか?」

 先日の国王襲撃のことを仄めかすレシアの言葉に、手の中でグラスを揺らしながらドロッセルがにっこりと笑い返す。

「お気遣い感謝するわ、レシア姉さん。私の屋敷は、王城よりも堅牢だと自負しているわよ。何せ、そもそも訪れる人数が圧倒的に少ないからね」

「王城も、立ち入りを制限した方が良いかもしれませんわね。王太子選のこともあって全体が浮き足立っておりますし、特に侍女は」

「あぁ、確かにな。……君達、下がってくれ」

 レシアが手を振ると、大きな部屋の端に控えていた使用人達が、一礼をして順に部屋を出て行く。
 最後の者が深く腰を折って出て行きパタンと扉が閉じると、レシアは鋭い視線を息子達に向けた。

「今、お前達三人のいずれにも婚約者がいない。城に出入りする女性の中には、お前達を狙っている者も少なくない。もちろんそれは、社交界でもそうだ。王族として、規律のある行動を期待するが、同時にいつまでも引き延ばしにできる問題ではないことも忘れないでくれ」

「要するに、わたくし達は心配なのよ。素敵な女性とあなた達が出会えるかどうか」

「ははっ、もう彼らは全員成人しているというのに、姉様方は随分と心配性でいらっしゃる」

「いくつになっても、この子達は可愛い息子だもの」

 そう言って嫋やかにに微笑んだイリスティアが、グラスを手にとってレシアに視線で合図をする。
 レシアは軽く頷くと、シャンパンの注がれたグラスを持ち上げた。

「小言の前に、ひとまず乾杯をしよう。ラインハルトの誕生に、乾杯」

「「「乾杯」」」

 全員が飲み物に口を付けたところで、ラインハルトが軽く会釈をする。

「ありがとうございます」

「本当なら、このようなめでたい場で固い話はしたくないのだが……なにぶん、なかなかこうやって集まることもできないからな。あぁ、ティアーラ。私達に遠慮せず食べなさい」

「っ、あ、はい……」

 目の前の皿と母親達の方を交互にちらちらと見つめていたティアーラは、レシアにそう声をかけられて、背筋を伸ばす。
 その様子を見て、ドロッセルがくすくすと笑った。

「末の妹は肩身が狭いわよね、ティアーラ」

「え、あ……はい……」

「君が萎縮したようなところは見たことがないがな」

「はははっ、そうだったかしら。まぁ私の話はよいのでは?」

「そうね。……ユークライ、ラインハルト、サーストン。あなた達は、どうするつもりなのかしら?」

 イリスティアは、三人と順番に視線を合わせながら問いかける。
 それぞれ、微笑みながら、無表情のまま、どこか憮然とした表情でその視線を受け止めた兄弟の中で、一番最初に返事をしたのはユークライだった。

「俺は今まで通りです。婚約者はまだ絞りません。上手く立ち回りますよ」

「王太子選の間、ずっとか?」

「……そう、ですね。それはまだわかりませんが、ずっと引き延ばし続けるわけにもいきませんから」

「わかった。ラインハルトは?」

「婚約者を決めるつもりはまだありません。僕は自分自身で信頼を勝ち取りたい。そのために、今はひとまず目の前の仕事に真摯に取り組むだけです」

「なるほどな。サーストンは?」

 レシアがそう問いかけた時、サーストンはちょうどナイフとフォークを手に、ステーキを切っていたところだった。

 母親で、しかも自分より身分の高い相手に話しかけられたとあれば、食事を中断するのが当たり前だが、サーストンは口に肉を運び、無言で咀嚼する。
 部屋に沈黙が落ちるものの、彼は気にする様子もなく肉を噛んで飲み込むと、わざと食器を音を立てて置くと、レシアの方を睨みつけた。

「俺が今置かれている状況をわかった上で聞いているなら、随分と意地が悪い」

「サーストン、身の程を弁えなさい」

 反抗的な態度に対し、イリスティアが微笑みは崩さないまま、凄みのある声で圧をかける。
 しかしサーストンは、真っ直ぐにレシアを見据えたままだ。

「ご存知の通り、俺は謂れのない疑いで謹慎を言い付けられています。その状態で、どう婚約者を探せと?」

「逆境でこそ人の本質は見えるものだ」

「なるほど。では、俺を担いでいた貴族にも、従者にも見捨てられているのが、俺の本質だとおっしゃりたいんですね」

「……はぁ。私達は、内省のために謹慎を命じたのだがな」

「自分の行いは、嫌というほど省みましたよ。……俺は、どうしようもないほどの愚図だって、他でもない俺がわかってんだよ!」

「サーストン」

 静かにその名前を呼んだのは、ラインハルトだった。
 本来であれば、血の繋がっている母親とはいえ自分より身分の高い王妃との会話に割り込むことは御法度だが、晩餐会の主役である彼の言葉に、レシアもサーストンも口をつぐむ。

 ラインハルトは立ち上がって、弟の空いたグラスに自ら果実水を注ぎ、大皿に入った料理を視線で示した。

「冷める前に食べよう」

「……何がしたい」

「言った通りだ。せっかく料理人達が用意してくれたんだ。冷めてしまう前に食べるのが、彼らへの感謝になるだろう」

「……」

 黙り込んだサーストンにチラリと視線を向けたラインハルトは、母親達の方に向き直り頭を下げる。

「お話の途中に申し訳ありません、レシア母上。しかし、サーストンなら心配はないかと」

「なぜそう言い切れる?」

「前と顔付きが変わりました」

 そう告げたラインハルトの言葉に、サーストンを除く全員が怪訝な表情を浮かべる。

 サーストンの目の下には濃い隈があり、今は自分の手元に向けられている目つきは険しいものだ。
 数ヶ月前、魔法学校の卒業式までの自信家の姿は影もない。何かを憎むように敵意を振り撒くような態度は、謹慎を言い渡された時から変わらないように見えた。

「……どこが変わったと感じたのかしら?」

 困惑する家族を代表し、イリスティアがそう尋ねると、ラインハルトは小さく首を傾げる。

「表情が明らかに変わっています」

「表情?」

「はい。……サーストンは、しっかり自分を見つめ直しています」

「あなたとサーストンは親しかったかしら?」

「いえ」

 間髪入れずに否定をしたラインハルトに、ドロッセルが小さく吹き出す。
 そんな彼の様子に誰も口を開かなくなったのを、話がひと段落したと解釈したのか、ラインハルトは手を動かし食事を再開した。

「……食べないのですか?」

「あぁ、いや。そうだな。冷める前に食べよう」

 レシアのその言葉に、全員が料理に手をつけ始めた。



 それから、王城の料理人が腕を振るった料理に舌鼓を打ちながら、ポツポツとたわいもない会話を続けていたが、時計が九時を回りそうになる頃に、デザートを食べていたドロッセルがスプーンを置いた。

「そろそろ良い時間だし、私は失礼させていただこうかしら」

「そうだな。屋敷に戻るのか?」

「えぇ。みんなが待っているから」

 そう言って微笑むドロッセルに、レシアとイリスティアも笑い返す。

「何かあったらいつでもおいでなさいね」

「私達は常に君の味方だ」

「ありがとう、姉さん方。……ラインハルト。改めて、今日は誕生日おめでとう。良い一年になることを祈っているわ」

「ありがとうございます。お気を付けて」

 ラインハルトが立ち上がり、扉までドロッセルを見送る。
 部屋の中に呼び戻されていた使用人がドアを開いたところで、ドロッセルが振り返った。

 甥を見つめた彼女は、ふわりと微笑む。

「大きくなったわね」

「屋敷を借りるようになってから、五年ですか」

「そうね。……随分良い男に育ったじゃないか」

「叔母上のご指導のお陰です」

「はははっ、嬉しいことを言うわね」

 彼女は楽しそうに笑うと、背伸びをしてラインハルトの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
 ラインハルトはわずかに目を見開くが、すぐに膝を曲げた。

 数秒間そうしていたドロッセルは、最後にポンと頭を軽く叩くと、ヒールを鳴らしながら廊下を歩いていく。
 ヒラヒラと手を振った彼女にラインハルトは一礼すると、自分の席に戻ろうとする。

 しかしそこで、イリスティアが立ち上がった。

「わたくしもそろそろ失礼するわ。残りわずかだけれど、誕生日を楽しんで、ラインハルト」

「ありがとうございます、イリスティア母上」

 イリスティアはラインハルトの前で一瞬止まる。
 そして、クスッと笑うとラインハルトの頭に手を伸ばし、一度頭を撫でた。

「頑張りなさい」

「はい。精進します」

 去って行くイリスティアに頭を下げたラインハルトが再び顔を上げると、レシアが彼の隣に立っていた。
 実の母親である彼女は、息子の肩に手を乗せる。

「……ラインハルト」

「はい」

「お前は、私を憎んではいないか?」

 周りに聞こえないような、潜められた声での問いかけに、ラインハルトはすぐに首を振った。

「憎む理由がありません」

「……私は、決して良い母親ではなかった。お前が孤独な時に、無力だった」

「あの時間は、今の僕に必要なものでした」

「そう、か……」

 肩から手を離したレシアは、ラインハルトに向き直る。

「誕生日おめでとう。長生きしてくれ」

「母上も、お体に気を付けて」

 息子の言葉に、自分と同じ橙色の瞳をじっと見つめたレシアは、しばらくして微笑みだけ返す。
 互いに多くを語る性格ではない二人は、それ以上言葉を交わすこともなく、レシアは部屋を立ち去った。

 そうして残された四人の兄弟の中で、ティアーラが席を立ち主役のラインハルトにカーテシーをする。

「本日はおめでとうございます、ラインハルト兄様。良い一年をお過ごしください」

「夜遅くまでありがとう、ティアーラ」

「いえ!……では、先に失礼します」

 ラインハルトと他の兄二人にぺこりと頭を下げたティアーラがいなくなると、ユークライが手にしていたグラスを置き、弟達に目配せをする。

 ラインハルトが場を収めた時から一言も発することがなかったサーストンは、ユークライからの視線に息を吐いて頷いた。

「わかってる。……誕生日おめでとう、ラインハルト兄さん」

「ありがとう、サーストン」

 少し乱暴に立ち上がった彼は、壁際の使用人と顔を合わせようともせずに、足早に部屋を後にする。

 そんな彼の目は、何かを責めるように、強い光を宿していた。

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