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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

53話:三人の兄弟

「……失礼いたします」

「あぁ、スロフォリオ。どうかした?」

「ヴィンセント殿からお預かりした書類と、先日依頼されていた調査結果が出ましたので、お持ちいたしました」

「ありがとう。ヴィンセントから…?」

 手渡された二つの封筒の内片方を開けると、紐で閉じられた冊子が出てくる。
 それを手にとって表紙を見たユークライは、一瞬驚きで目を見開き、そして笑いを漏らした。

「すごいな。これが、"クリストの月の姫"か」

「……まさか、昨日依頼した?」

「そう。能力の高さは聞いてはいたけど、ここまでとはね」

 ページを捲り素早くざっと目を通すユークライは、ある一文を見ると、浮かべていた笑みを消した。
 突然の主の険しい表情に、スロフォリオは尋ねる。

「どうかされましたか」

「いや…………なるほど。そういう、ことか」

 ユークライは一度冊子を置くと、壁にかけられている時計にチラリと視線を向ける。

「今晩は、家族での食事だったよな?」

「左様です。ラインハルト殿下のお誕生日パーティーが五時頃に終了し、晩餐会が七時頃から予定されています」

「となると、自由になるのは早くて九時以降か……」

 もう一度、アマリリスがまとめた資料を手に取り、同じページを開いたユークライは、赤いインクで印をつけると、スロフォリオに声をかけた。

「ラインハルトとサーストンに伝言だ。今夜十時、俺の自室に来いと」

「ご用件はなんとお伝えすれば?」

「……火急の相談だと、それだけ伝えて。あと、スロフォリオもこれに目を通しておいて」

「はい。……各領地の収支と、その分析……あ」

 表紙を読み上げ、先ほどまでユークライが見ていたページを開いたスロフォリオは、印が付けられた箇所を見て声を上げる。

「これはゼンリル子爵家の……この数値は、一体…!?」

 スロフォリオが驚いたのは、彼自身も目を通したことのあるゼンリル子爵家の分野別の収支の横に記されていた、明らかに大きな数字だった。

「横領……いや、裏取引…?しかし、どうしてこんな数字が……」

「ひとつ前のページを見てみて」

「…………これは」

 そこに書かれていた、整然と並べられた無数の数字に、スロフォリオは一瞬頭が眩みそうになる。
 しかし、横の注釈の文字を追った彼は、嘆息を漏らした。

「取引のある他の領地との収支の比較で、ここまで推測できるものなのですね」

「常人には無理だよ。見てみたらわかると思うけれど単に近隣の領地とかだけじゃなく、贔屓にしている国内外の商人だったり、主催した夜会とかの推定設営費も含まれてる」

「一体、こんな膨大な数値を、どうやって…?」

「さぁ……ただ一つはっきりしているのは、黒持ちでありながら王族の婚約者としての地位を守り続けた彼女は、家柄だけの人物ではないというのが事実だった、ということだね」

 椅子の背もたれに横たわり、腕を組んだユークライは深く息を吐いた。

「欲しかったな。どうにかできないかな、スロフォリオ」

「無理でしょう。クリスト家の皆さんの守りは、かなり鉄壁ですよ」

「……ラインハルトは、どうするんだろうね」

「ラインハルト殿下ですか?今のところは、仲の良いご友人のようにお見受けしますが」

「婚約者のいないラインハルトが親しく過ごしているだけで、周りからは有る事無い事言われるだろうから……まぁ、どのような選択をしても、俺はそれを歓迎するよ」

 ユークライは、半分だけ血の繋がった弟の顔を思い浮かべながら、不敵な笑みを浮かべる。

「王太子の座を譲るつもりは、さらさらないけどね」

 主のその言葉に、スロフォリオは無言のまま深く一礼した。










「改めまして、お誕生日誠におめでとうございます、ラインハルト殿下。ケーシー公爵家一同、今後の益々のご活躍とご健勝をお祈りしております」

「ご丁寧にありがとうございます、伯父上殿。ケーシー公爵家に、風のご加護が在らんことを」

「殿下も、風のご加護が在らんことを」

 がっしりとした大男は、自分と同じ橙色の瞳を持つ甥と固く握手を交わすと、会場を去っていく。

 それを見送ったラインハルトの横に、静かにダランが並んだ。

「お疲れ様です、ラインハルト。これで最後のお客様ですね」

「あぁ。お前もご苦労だった。アレックスも」

「お気遣い痛み入ります、ラインハルト様!」

 煌びやかに着飾った貴族達で満たされていた会場も、すっかり人がいなくなり、広々としたホールはがらんとしている。
 並んだ三人の周りでは、使用人達が食事や飲み物を片付けていて、時折ラインハルトは彼らに声をかけていた。

 片付けもひと段落したところで、ラインハルトが懐から時計を取り出す。

「ダラン、これからの予定の確認を」

「この後、ご家族との晩餐会が七時頃から。少し休めますよ」

「そうか。では、ダランとアレックスは、今日いただいた贈り物を僕の部屋まで運んで、それが終わったら休んでおいてくれ」

「ラインハルトは?」

「ここの撤去の指示を出す。先に贈り物を運び出さないことには撤収もできないから、頼んだ」

 先に二人を帰らせようとするラインハルトに、ダランが「いえ」と意を唱える。

「アレックス一人でも大丈夫でしょう。僕は残ってお手伝いを」

「お前は数日前からずっと夜遅くまで準備をしてくれていただろう?少し仮眠でも取っておいてくれ」

「それはあなたもでしょう?僕は晩餐会の時間に休めますが、ラインハルトはずっと休めませんよ」

「これくらい大丈夫だ。……今のお前は、僕の従者ではない。僕に無理をして尽くす必要はないんだ」

 周りに聞こえないよう小さな低められた声でそう言ったラインハルトは、近くを歩いていた使用人に声をかけると、ダランとアレックスが先に帰るから馬車を用意するようにと言い付ける。
 そのまま、ホール全体の点検に向かうラインハルトの背を見て、ダランが小さくこぼした。

「……頑固なお方だ」

「お二人は仲がよろしいんですね!」

「まぁ、長い付き合いだからね」

 ふっと表情を緩めたダランに、アレックスは質問を重ねる。

「どうして従者を辞めたんですか?」

「事故で、両親と兄を同時に亡くしてね。元々兄が家督を継ぐ予定だったのだけれど、他に家を継げる人が僕以外にいなくて」

「……そう、だったんですね」

 表情を暗くするアレックスの背中を、ダランが軽く叩く。

「気を遣わせてごめん。もう気にしていないよ」

「でも……」

「実を言うと、あんまり実家との仲は良くなかったんだ」

 そう言って苦笑いをするダランは、「行こうか」とアレックスを促し、ラインハルトに軽く礼をしてから控え室の方へ向かった。
 すっかり人のいなくなった廊下を歩きながら、ダランは話を続ける。

「僕は生まれつき、魔法がほとんど使えなかったんだ。でも、フォンビッツは魔法に秀でた一族だったから、家族内での居心地が悪くてね。それを気の毒に思ってくれた叔父さんが、伝手で僕をラインハルトの従者にねじ込んでくれたんだ」

「ね、ねじ込む……」

「ラインハルトって髪の色のこともあったし、なかなか従者が決まらなかったらしいんだ。だから、僕がとりあえずお試しでなって、それで上手くいったから正式にって感じかな」

「へぇ、そうだったんですね」

「……君は、ラインハルトのことどう思ってる?」

 ちょうど、たくさんの贈り物が一時的に保管されている控え室に着いたところで、ダランが真剣な声でそう尋ねる。
 しかしアレックスは、特に気負った様子もなく「うーん」と唸りながら、近くの箱に手を伸ばし台車に載せた。

「正直護衛騎士としては、自分より護衛対象が強いのは複雑ですね。俺いなくてもいいんじゃないかって思っちゃいます」

「あぁ、そんなことはないと思うけどね。多分、気に入られてるよ」

「ほんとですか?あんまり表情変わらないから、時々不安になるんですよね。結局俺を指名した理由もよくわかんないし」

「それは……うん、多分本人から聞いた方がいいかな」

「えー、気になるんですけど!」

 ラインハルトが自分の護衛騎士を選ぶ時に同席していたダランは、アレックスに対して笑みだけ返すと、荷物を整理し始める。

「でも良かった。君とは上手くやっていけそうだ」

「俺も嬉しいです!あ、でも特設調査隊のためだけに来てるんでしたっけ?」

「それが、色々上手く行ったから、ラインハルトの従者に戻れそうなんだ」

「お!!」

 アレックスが、顔をパッと輝かせてダランの方を勢いよく振り向く。
 その瞬間、彼が抱えていた箱の上に載せていた包みがぐらりと落ちそうになるが、アレックスはそれを見ずに片手で受け止めた。

「こら。気を付けて」

「ごめんなさい!じゃなくて、従者に戻れるって!?」

「後継者が見つかってね。まだラインハルトには言ってないから、後で驚かせようと思って」

「絶対喜んでくれますね!」

 ニコニコと笑いながらそう言うアレックスに、ダランも自然と笑顔を浮かべる。

「うん。喜んでくれるといいな」

「いつ言うんですか?」

「晩餐会が終わってから言うつもりだよ。……とりあえず、これを全部運び出そうか」

「はいっ!」

 今まで、社交界にも出ず誕生日も大半を一人で過ごしていた主が、大きな広間を埋め尽くすほどの人に囲まれ、台車にも載せ切れないほどの贈り物をもらい、素直で信頼できる護衛騎士もいて、そしてそんな主の隣に再び戻れることの喜びを、ダランは静かに噛み締めていた。










「……はぁ」

 カーテンを閉め切った、薄暗い室内。
 物が乱雑に放置されいる中で、一人の青年がソファに横たわっている。

 時計の針がカチコチ進む音だけが響く中で、突如扉がノックされた。

「……誰だ」

「第一王子付き、スロフォリオ・ツヴァニエでございます。我が主より言伝を預かっております」

「……入れ」

 一瞬、このように散らかった部屋に自分と競っている相手の腹心を入れることを躊躇したものの、すぐにそう返事をし、緩慢に体を起こす。
 返事を待って入ってきたスロフォリオは、部屋の中を見渡しはしたが何も触れずに一礼をした。

「失礼いたします、サーストン殿下」

「……何の用件だ」

「我が主より、火急の相談がございます。本日の晩餐会後、十時に我が主の自室に来られますようにと」

「…………わかった」

 俯いたままぐしゃりと髪を掴んだサーストンは、視線だけで前髪の間からスロフォリオに視線を向けた。

 彼と目が合ったスロフォリオは、表情にこそ出さなかったが、内心たじろぐ。
 前にスロフォリオが見た時のサーストンは、その双眸に強い自信の光を宿し、常に不敵な笑みを浮かべていた。しかし今の彼は、疲れ切った表情を隠そうともせず、その目は暗く淀んでいる。

「……ちょうど、俺からも兄さん達に相談したいことがあると、そう伝えておいてくれ」

「は、承知いたしました」

「……用が済んだなら下がってくれ」

「は。では、失礼いたします」

 スロフォリオが去り、再び静かになった部屋の中で、サーストンは大きく溜め息をついてから立ち上がった。
 散らかった机の上にあるいくつかの封筒を手に取り、目当てのものを見つけると、中身を取り出して暗い中で目を細める。

 何度も繰り返し読んだその内容に再び目を通したサーストンは、乾いた笑いを漏らした。

「……俺は、なんて馬鹿なことをしたんだろうな」

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