【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
52話:ダンス
「迷惑でなければ、一曲僕と踊ってくれないか?」
「喜んで、ラインハルト様」
迷いなく手を取ると、ラインハルト様の表情が緩む。
かなり彼の表情がわかるようになったなと思いながら、私はセルカとヘレナに顔を向けた。
「セルカ、どうする?ヘレナは外で待っているわよね」
「えぇ。わたくしは外でお待ちしております」
「私は……どうしよ」
「じゃあ、僕と踊る?」
ダラン様にそう言われて、セルカが苦々しい顔をする。
「ダンスかぁ……」
私としては、セルカを一人会場に残すよりかは、信頼できるダラン様とダンスをしてくれている方が安心できる。
ダンスの間は、周りから話しかけられる心配もないし、むしろ安全とも言えるかもしれない。
「いいんじゃないかしら。セルカが知っている曲よ」
「うーんでも……」
「苦手意識は早めに払拭した方が良い。ダランのダンスは上手いから安心しろ」
そうラインハルト様が声をかけると、セルカは一度息を吐いてから頷いた。
「わかった。よろしくね、ダラン」
「こちらこそよろしく」
二人も互いに手を取り、四人で会場の真ん中の方へ歩き出す。
ちょうど前の曲が終盤に差し掛かるところで、人々の視線は今踊っているペア達に向かっていた。しかし何人かは私達の方に気付き、ヒソヒソと言葉を交わす。
私はそこで、周りにも聞こえるくらいの声の大きさでラインハルト様に話しかけた。
「ラインハルト様。昨晩はよくお休みになられましたか?」
「僕は十分に睡眠は取れた。君の方こそ休めたか?」
「えぇ。区切りの良いところまで資料の精査が終わりましたので、達成感もあったのかぐっすりと」
「そうか、良かった。君のことは、兄さんも僕も頼りにしている」
完璧だ、と心の中でガッツポーズをする。
特設調査隊で私が果たしている役割をそれとなく仄めかしながら、調査隊のツートップであるラインハルト様とユークライ殿下から信頼してもらっているというのを、ラインハルト様自身の口から言ってもらえた。
周囲の人々に、私が今どのような立場なのかが、きっと伝わっただろう。
これで無意味だったり攻撃的な憶測が減ってくれればいいけれど、と思いながら傍らのラインハルト様の方を何気なく見上げると、バチッと目が合った。
「ん?」
「いえ。……ダンスをご一緒させていただくのが、楽しみで」
「あぁ。前回は、途中で終わってしまったからな」
前にユークライ殿下の夜会で踊った時は、それこそ今私達が突き止めて捕らえようとしている襲撃者のせいで、ダンスを最後まで踊り切ることができなかった。
そういった意味では、これはやり直しと言えるかもしれない。
「「今回は……」」
最後まで楽しく踊れたら良いですね、と言おうとすると、二人の声が同時に被った。
顔を見合わせて、どちらともなく笑みを漏らす。
「……そろそろだな」
「そうですわね」
楽団の演奏が一度終わり、前に踊っていた組が互いに一礼をする。
周囲からは控えめな拍手が起きたが、もう既に興味が今日の主役であるラインハルト様に移っているのは明らかだ。隣に立っている私にも、刺さるほどに視線が集まる。
「……そういえば、次の曲踊れるか?」
「もちろんですわ」
受付のところで今日演奏される曲は全て確認しているし、会場に入ったタイミングで今どの曲目なのかもしっかり把握していた。
幼い頃からの教育のお陰で、国内外のダンスは合計で百曲以上、人並みには踊ることができる。ラインハルト様のお相手をして、恥をかかせてしまうようなことは絶対にない。
しかし油断は駄目だと自分をもう一度戒めながら、ラインハルト様に引かれてダンス用の空いたスペースに足を踏み入れた。
カツン、とヒールを高らかに鳴らすと、気分が少し高揚する。
「……よろしく頼む」
「よろしくお願いいたしますわ」
前奏が始まったのをを聞いてから互いに一礼し、ラインハルト様の肩に手を置き、彼の腕が私の腰に回される。
軽やかな音楽が始まりステップを踏むと、ふわりと爽やかな香りがした。
「アマリリスは」
二人で共にくるくると回っていると、ラインハルト様が口を開く。
「誕生日はいつだ?」
「十月ですから、もう少し先ですわね」
「そうか。その時になったら、ぜひ祝わせてくれ」
「まぁ。ありがとうございます」
その時まで、果たして友人でいられるのだろうか。
私は唐突に過ぎった嫌な想像を振り払うように、一度ラインハルト様から離れてくるりとターンする。
「……そういえば、ユークライ殿下はいらっしゃったのですか?」
私がそう問いかけると、「あぁ」と肯定が返ってくる。
「最初の方に、ティアーラと来てくれていた。君が来る前に帰ってしまったが」
「そうでしたのね。ユークライ殿下はきっとまた今度お会いできるとは思うのですが、ティアーラ様はなかなか機会がないので、少し残念ですわ」
「仲が良いのか?」
「えぇ。よく、ドレスやアクセサリーの話を」
「そうか」
婚約があったため、私はよく王城に赴いて、同性の王妃様方やティアーラ様とはよくお茶をしていた。
人見知りをしてしまうティアーラ様とは、偶然私がユカリの作ったドレスを着て登城した際、興味を持ってもらってそこから仲良くなった。
王族ではあるものの、人との関わりよりもドレスを好むティアーラ様は、自分に取り入ろうとする者達が接触してくる社交界が、あまり得意ではないと言っていた。
だからこそ、取り入ろうとしてこないアマリリスと一緒にいるのが好きなのだと、そう言ってくれた時は、心の底から嬉しかった。
そんな彼女は、王位継承権こそ持っているが、今回の王太子選定には参加していない。
これで心労が減れば良いのだけれど、第二王女である彼女がどの王子の味方に付くのかは、社交界の注目の的。だから、きっと気疲れしてすぐ帰ってしまったのだろう。
「ティアーラは、服飾に興味があるんだな」
「えぇ。特に服に興味がおありですわ」
「そうなのか。知らなかったな、自分の妹のことなのに」
どこかその言葉は、自虐気味にも聞こえた。
「あまり交流がなかったのですか?」
「そう、だな……僕はずっと、人を避けていたから」
ポツリと告げられたその言葉に、私はどう相槌を打てばいいかわからなくなってしまう。
「……すまない。こんな暗い言葉を言うべきではなかった」
「いえ、お気になさらないでください。……私で良ければ、いつでも話を聞きますわ」
私がそう言って笑いかけると、ラインハルト様もわずかに口元を緩めてくれる。
「ありがとう。そういえば、君の方は解決したみたいだな」
「私の?」
「セルカと何かあったのだろう?」
ラインハルト様がその名前を出した瞬間、偶然セルカとダラン様のペアとすれ違う。
一瞬しか見えなかったが、楽しそうに笑っていたから、どうやら上手く踊れているようだ。
「……そう、ですわね」
さすがに今ここで、前世のことについて話すわけにはいかない。
いずれきちんと説明しないとと思いながら、ひとまずもう私達の間のわだかまりが消えたことだけは伝えなくてはならないだろう。
「少し揉め事があったのですが、話し合って解決しましたわ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「喧嘩か。良いな」
え、と想像もしていなかった言葉に思わず目を丸くした私に、ラインハルト様が「あぁ」と説明をしてくれる。
「物語の中で、互いに全幅の信頼を寄せ合う相棒は大抵一度は大喧嘩をする。史実を見ても、喧嘩を乗り越えた先に真の信頼があったと言い残している偉人は多い」
「……確かに、そうかもしれませんが」
「僕は今までずっと一人なことが多くて、唯一側にいてくれたダランは温厚だから、喧嘩というものをしたことがないんだ。兄弟喧嘩も」
「兄妹喧嘩は面倒ですわ。何度兄上のお気に入りの靴を隠したことか」
「君自身で靴を隠すのか?」
「えぇ。庭の木の上や、居間の机の陰、兄上のベッドの天蓋の上に隠したこともありますわ」
「それはなかなか見つけにくいだろうな」
「ですから、兄上は仕返しに私の髪飾りを隠すのです。お互い、相手に謝らせるために持ち物を隠すのですが、最終的には探し回るのに疲れ切って喧嘩の内容を忘れてしまっていることもよくあって」
「可愛らしいな」
ふっ、とラインハルト様が笑みを溢す。
トクン、と心臓が跳ねる。
ダンス中の至近距離で、密着している相手にこんな風に微笑まれたら、誰でもきっとこうなってしまうだろう。しかも相手が、かなりの美形ともなれば。
私はこの焦りを気取られないように、社交用の笑みを顔に貼り付ける。
「恐縮ですわ。屋敷の者達には、かなり迷惑をかけてしまいましたが」
「ヴィンセント殿なら、魔法を使って高いところでも簡単に取りに行ってしまいそうだが」
「実際そうでしたわ。しかしそれは同時に、私の持ち物を魔法を使わないと辿り着けないようなところに持っていけるということでしたので……」
「あぁ、なるほどな」
「一度、私が兄上の大事にしていた手紙を間違えて捨ててしまって、本気で怒った兄上が私のネックレスを屋根の上に持っていってしまった時は、だいぶ大変でしたわ」
当時兄上は魔法学校に通っていたから、隠した後に登校してしまっていて、屋敷にいなかった。そのため、屋根の端に引っかかって陽の光を反射しているネックレスを見つけられたは良いものの、兄上に謝って取りに行ってもらうということができなかった。
私は魔法で飛び上がるなんて器用な芸当ができないので結局エミーに取ってもらったが、あの時は怒らせてしまったことを本当に後悔したのも今でも覚えている。
「あ、そういえば」
魔法というワードで、私は昨晩のことを思い出した。
「昨日の夜、お貸しいただいた練習用の魔法具を使ってみましたわ」
「そうか。どうだった?」
「少し慣れたような気はしましたが……五回中一回しか、一分安定して光らせ続けられませんでしたわ」
昨晩、資料をまとめ終わった後、寝る前に魔法の練習として、ラインハルト様から借りていた魔法具を一分間光らせ続けることをしていた。
一人でやっていることもあって不安だったのか、なかなか集中が持たず、魔力を上手く流し続けることができなかった。
「最初はそのようなものだ。少しずつやっていけばいい」
「わざわざありがとうございます」
「こちらこそ、僕の提案に乗ってくれてありがとう」
ちょうどそこで、曲がクライマックスに入り、ステップが速くなっていく。
二人の距離が離れ、近付き、再び離れる。
話しながらでも楽しかったし十分踊れてはいたが、せっかくだし最後はしっかり踊ろうと、自分のつま先から指先に神経を研ぎ澄ました。
今流れている曲は、"風の誘い"。ウィンドール王国ではとても人気が高く、貴族であれば全員踊れると言っても過言ではないほどポピュラーな曲だ。
昔からよく踊られている曲だから、もちろん基本の振り付けはあるが、アレンジも存在する。
今日はこの一曲踊ればもう帰るつもりだから、多少はしゃいでも良いだろう。
「ラインハルト様」
「ん?」
「受け止めてくださいませ」
本来の振り付けでは男性の手を握った女性が軽く腕を広げるところで、私はクルクルと片足を軸に回転し、再び回転しながら元の位置に戻る。
ここで戻った時にパートナーがしっかり支えてくれないと失敗するリスクがあるのだが、ラインハルト様は危うげなく受け止めてくれた。
「そんなに動いて大丈夫なのか?」
「せっかくのラインハルト様のお祝いですもの。普通に踊るだけでは足りませんわ」
ニコッと笑い、私は残りの振り付けを思い出す。
後は何個かシンプルなステップがあって、最後にターンをして終わりだ。
ただのステップではつまらないと、ターンを入れたり体を反らせたりとするが、ラインハルト様は全てきちんと対応してくれた。
段々息が上がっていくのに伴って、心拍数も上がってくる。
息が乱れそうになっても、優雅に微笑んで。
淑女は常に余裕があるように見せなければならないというのは、母上の教えだ。
アレンジを入れても、元の振り付けは疎かにしない。
腕の伸ばし方や角度、視線の先まで意識しながら、耳ではしっかり演奏を聴く。
きちんと小節を数えて、最後のターンに入った。
視界がクルクルと回るが、その中でラインハルト様に視線を固定する。
これはあくまで綺麗に踊るためだからと心の中で言い訳をしながら、ラインハルト様の橙色の双眸を見つめた。
後三回、二回、と数え、最後の音に合わせて、ラインハルト様の手に自分の手を重ねる。
「……っ、は」
わぁっ、と歓声と拍手が上がる。
どうやら随分と注目を集めていたようで、かなりの数の人がダンスをしていた私達をみていたようだ。
「申し訳ありません、急に」
「いや。随分軽やかに舞うんだな。綺麗だった」
私はその言葉に曖昧に微笑んで返事をせず、静かにゆっくりとカーテシーをした。
自分のスカートを見つめながら、息を整える。
この胸の高鳴りも、顔の火照りも、全部ダンスをして体を動かしたせいだと、自分に何度も言い聞かせながら。
「喜んで、ラインハルト様」
迷いなく手を取ると、ラインハルト様の表情が緩む。
かなり彼の表情がわかるようになったなと思いながら、私はセルカとヘレナに顔を向けた。
「セルカ、どうする?ヘレナは外で待っているわよね」
「えぇ。わたくしは外でお待ちしております」
「私は……どうしよ」
「じゃあ、僕と踊る?」
ダラン様にそう言われて、セルカが苦々しい顔をする。
「ダンスかぁ……」
私としては、セルカを一人会場に残すよりかは、信頼できるダラン様とダンスをしてくれている方が安心できる。
ダンスの間は、周りから話しかけられる心配もないし、むしろ安全とも言えるかもしれない。
「いいんじゃないかしら。セルカが知っている曲よ」
「うーんでも……」
「苦手意識は早めに払拭した方が良い。ダランのダンスは上手いから安心しろ」
そうラインハルト様が声をかけると、セルカは一度息を吐いてから頷いた。
「わかった。よろしくね、ダラン」
「こちらこそよろしく」
二人も互いに手を取り、四人で会場の真ん中の方へ歩き出す。
ちょうど前の曲が終盤に差し掛かるところで、人々の視線は今踊っているペア達に向かっていた。しかし何人かは私達の方に気付き、ヒソヒソと言葉を交わす。
私はそこで、周りにも聞こえるくらいの声の大きさでラインハルト様に話しかけた。
「ラインハルト様。昨晩はよくお休みになられましたか?」
「僕は十分に睡眠は取れた。君の方こそ休めたか?」
「えぇ。区切りの良いところまで資料の精査が終わりましたので、達成感もあったのかぐっすりと」
「そうか、良かった。君のことは、兄さんも僕も頼りにしている」
完璧だ、と心の中でガッツポーズをする。
特設調査隊で私が果たしている役割をそれとなく仄めかしながら、調査隊のツートップであるラインハルト様とユークライ殿下から信頼してもらっているというのを、ラインハルト様自身の口から言ってもらえた。
周囲の人々に、私が今どのような立場なのかが、きっと伝わっただろう。
これで無意味だったり攻撃的な憶測が減ってくれればいいけれど、と思いながら傍らのラインハルト様の方を何気なく見上げると、バチッと目が合った。
「ん?」
「いえ。……ダンスをご一緒させていただくのが、楽しみで」
「あぁ。前回は、途中で終わってしまったからな」
前にユークライ殿下の夜会で踊った時は、それこそ今私達が突き止めて捕らえようとしている襲撃者のせいで、ダンスを最後まで踊り切ることができなかった。
そういった意味では、これはやり直しと言えるかもしれない。
「「今回は……」」
最後まで楽しく踊れたら良いですね、と言おうとすると、二人の声が同時に被った。
顔を見合わせて、どちらともなく笑みを漏らす。
「……そろそろだな」
「そうですわね」
楽団の演奏が一度終わり、前に踊っていた組が互いに一礼をする。
周囲からは控えめな拍手が起きたが、もう既に興味が今日の主役であるラインハルト様に移っているのは明らかだ。隣に立っている私にも、刺さるほどに視線が集まる。
「……そういえば、次の曲踊れるか?」
「もちろんですわ」
受付のところで今日演奏される曲は全て確認しているし、会場に入ったタイミングで今どの曲目なのかもしっかり把握していた。
幼い頃からの教育のお陰で、国内外のダンスは合計で百曲以上、人並みには踊ることができる。ラインハルト様のお相手をして、恥をかかせてしまうようなことは絶対にない。
しかし油断は駄目だと自分をもう一度戒めながら、ラインハルト様に引かれてダンス用の空いたスペースに足を踏み入れた。
カツン、とヒールを高らかに鳴らすと、気分が少し高揚する。
「……よろしく頼む」
「よろしくお願いいたしますわ」
前奏が始まったのをを聞いてから互いに一礼し、ラインハルト様の肩に手を置き、彼の腕が私の腰に回される。
軽やかな音楽が始まりステップを踏むと、ふわりと爽やかな香りがした。
「アマリリスは」
二人で共にくるくると回っていると、ラインハルト様が口を開く。
「誕生日はいつだ?」
「十月ですから、もう少し先ですわね」
「そうか。その時になったら、ぜひ祝わせてくれ」
「まぁ。ありがとうございます」
その時まで、果たして友人でいられるのだろうか。
私は唐突に過ぎった嫌な想像を振り払うように、一度ラインハルト様から離れてくるりとターンする。
「……そういえば、ユークライ殿下はいらっしゃったのですか?」
私がそう問いかけると、「あぁ」と肯定が返ってくる。
「最初の方に、ティアーラと来てくれていた。君が来る前に帰ってしまったが」
「そうでしたのね。ユークライ殿下はきっとまた今度お会いできるとは思うのですが、ティアーラ様はなかなか機会がないので、少し残念ですわ」
「仲が良いのか?」
「えぇ。よく、ドレスやアクセサリーの話を」
「そうか」
婚約があったため、私はよく王城に赴いて、同性の王妃様方やティアーラ様とはよくお茶をしていた。
人見知りをしてしまうティアーラ様とは、偶然私がユカリの作ったドレスを着て登城した際、興味を持ってもらってそこから仲良くなった。
王族ではあるものの、人との関わりよりもドレスを好むティアーラ様は、自分に取り入ろうとする者達が接触してくる社交界が、あまり得意ではないと言っていた。
だからこそ、取り入ろうとしてこないアマリリスと一緒にいるのが好きなのだと、そう言ってくれた時は、心の底から嬉しかった。
そんな彼女は、王位継承権こそ持っているが、今回の王太子選定には参加していない。
これで心労が減れば良いのだけれど、第二王女である彼女がどの王子の味方に付くのかは、社交界の注目の的。だから、きっと気疲れしてすぐ帰ってしまったのだろう。
「ティアーラは、服飾に興味があるんだな」
「えぇ。特に服に興味がおありですわ」
「そうなのか。知らなかったな、自分の妹のことなのに」
どこかその言葉は、自虐気味にも聞こえた。
「あまり交流がなかったのですか?」
「そう、だな……僕はずっと、人を避けていたから」
ポツリと告げられたその言葉に、私はどう相槌を打てばいいかわからなくなってしまう。
「……すまない。こんな暗い言葉を言うべきではなかった」
「いえ、お気になさらないでください。……私で良ければ、いつでも話を聞きますわ」
私がそう言って笑いかけると、ラインハルト様もわずかに口元を緩めてくれる。
「ありがとう。そういえば、君の方は解決したみたいだな」
「私の?」
「セルカと何かあったのだろう?」
ラインハルト様がその名前を出した瞬間、偶然セルカとダラン様のペアとすれ違う。
一瞬しか見えなかったが、楽しそうに笑っていたから、どうやら上手く踊れているようだ。
「……そう、ですわね」
さすがに今ここで、前世のことについて話すわけにはいかない。
いずれきちんと説明しないとと思いながら、ひとまずもう私達の間のわだかまりが消えたことだけは伝えなくてはならないだろう。
「少し揉め事があったのですが、話し合って解決しましたわ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「喧嘩か。良いな」
え、と想像もしていなかった言葉に思わず目を丸くした私に、ラインハルト様が「あぁ」と説明をしてくれる。
「物語の中で、互いに全幅の信頼を寄せ合う相棒は大抵一度は大喧嘩をする。史実を見ても、喧嘩を乗り越えた先に真の信頼があったと言い残している偉人は多い」
「……確かに、そうかもしれませんが」
「僕は今までずっと一人なことが多くて、唯一側にいてくれたダランは温厚だから、喧嘩というものをしたことがないんだ。兄弟喧嘩も」
「兄妹喧嘩は面倒ですわ。何度兄上のお気に入りの靴を隠したことか」
「君自身で靴を隠すのか?」
「えぇ。庭の木の上や、居間の机の陰、兄上のベッドの天蓋の上に隠したこともありますわ」
「それはなかなか見つけにくいだろうな」
「ですから、兄上は仕返しに私の髪飾りを隠すのです。お互い、相手に謝らせるために持ち物を隠すのですが、最終的には探し回るのに疲れ切って喧嘩の内容を忘れてしまっていることもよくあって」
「可愛らしいな」
ふっ、とラインハルト様が笑みを溢す。
トクン、と心臓が跳ねる。
ダンス中の至近距離で、密着している相手にこんな風に微笑まれたら、誰でもきっとこうなってしまうだろう。しかも相手が、かなりの美形ともなれば。
私はこの焦りを気取られないように、社交用の笑みを顔に貼り付ける。
「恐縮ですわ。屋敷の者達には、かなり迷惑をかけてしまいましたが」
「ヴィンセント殿なら、魔法を使って高いところでも簡単に取りに行ってしまいそうだが」
「実際そうでしたわ。しかしそれは同時に、私の持ち物を魔法を使わないと辿り着けないようなところに持っていけるということでしたので……」
「あぁ、なるほどな」
「一度、私が兄上の大事にしていた手紙を間違えて捨ててしまって、本気で怒った兄上が私のネックレスを屋根の上に持っていってしまった時は、だいぶ大変でしたわ」
当時兄上は魔法学校に通っていたから、隠した後に登校してしまっていて、屋敷にいなかった。そのため、屋根の端に引っかかって陽の光を反射しているネックレスを見つけられたは良いものの、兄上に謝って取りに行ってもらうということができなかった。
私は魔法で飛び上がるなんて器用な芸当ができないので結局エミーに取ってもらったが、あの時は怒らせてしまったことを本当に後悔したのも今でも覚えている。
「あ、そういえば」
魔法というワードで、私は昨晩のことを思い出した。
「昨日の夜、お貸しいただいた練習用の魔法具を使ってみましたわ」
「そうか。どうだった?」
「少し慣れたような気はしましたが……五回中一回しか、一分安定して光らせ続けられませんでしたわ」
昨晩、資料をまとめ終わった後、寝る前に魔法の練習として、ラインハルト様から借りていた魔法具を一分間光らせ続けることをしていた。
一人でやっていることもあって不安だったのか、なかなか集中が持たず、魔力を上手く流し続けることができなかった。
「最初はそのようなものだ。少しずつやっていけばいい」
「わざわざありがとうございます」
「こちらこそ、僕の提案に乗ってくれてありがとう」
ちょうどそこで、曲がクライマックスに入り、ステップが速くなっていく。
二人の距離が離れ、近付き、再び離れる。
話しながらでも楽しかったし十分踊れてはいたが、せっかくだし最後はしっかり踊ろうと、自分のつま先から指先に神経を研ぎ澄ました。
今流れている曲は、"風の誘い"。ウィンドール王国ではとても人気が高く、貴族であれば全員踊れると言っても過言ではないほどポピュラーな曲だ。
昔からよく踊られている曲だから、もちろん基本の振り付けはあるが、アレンジも存在する。
今日はこの一曲踊ればもう帰るつもりだから、多少はしゃいでも良いだろう。
「ラインハルト様」
「ん?」
「受け止めてくださいませ」
本来の振り付けでは男性の手を握った女性が軽く腕を広げるところで、私はクルクルと片足を軸に回転し、再び回転しながら元の位置に戻る。
ここで戻った時にパートナーがしっかり支えてくれないと失敗するリスクがあるのだが、ラインハルト様は危うげなく受け止めてくれた。
「そんなに動いて大丈夫なのか?」
「せっかくのラインハルト様のお祝いですもの。普通に踊るだけでは足りませんわ」
ニコッと笑い、私は残りの振り付けを思い出す。
後は何個かシンプルなステップがあって、最後にターンをして終わりだ。
ただのステップではつまらないと、ターンを入れたり体を反らせたりとするが、ラインハルト様は全てきちんと対応してくれた。
段々息が上がっていくのに伴って、心拍数も上がってくる。
息が乱れそうになっても、優雅に微笑んで。
淑女は常に余裕があるように見せなければならないというのは、母上の教えだ。
アレンジを入れても、元の振り付けは疎かにしない。
腕の伸ばし方や角度、視線の先まで意識しながら、耳ではしっかり演奏を聴く。
きちんと小節を数えて、最後のターンに入った。
視界がクルクルと回るが、その中でラインハルト様に視線を固定する。
これはあくまで綺麗に踊るためだからと心の中で言い訳をしながら、ラインハルト様の橙色の双眸を見つめた。
後三回、二回、と数え、最後の音に合わせて、ラインハルト様の手に自分の手を重ねる。
「……っ、は」
わぁっ、と歓声と拍手が上がる。
どうやら随分と注目を集めていたようで、かなりの数の人がダンスをしていた私達をみていたようだ。
「申し訳ありません、急に」
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2
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1
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6
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44
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181
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157
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1,647
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2,769
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6,219
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3.1万
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7,468
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1.5万
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406
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439
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3,543
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5,228
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28
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52
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269
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