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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

51話:第二王子の誕生日会

「……はい、これで大丈夫です」

「ありがとうユカリ。セルカの方は?」

「セルカ様のドレスは、念の為馬車を降りた時にもう一回リボンを確認してください。ヘレナさん、お願いします」

「承知しました」

「崩さないよう、気を付けます」

 緊張した面持ちのセルカに笑いを漏らしたのは、私がまとめた資料を取りに一瞬城から抜けて戻って来ている兄上だった。

「はははっ、ガチガチすぎだろ」

「だ、だって……綺麗で高級そうなドレスだし、やっぱり貴族が集まるところとか怖いし」

「俺でもどうにかなってるんだから大丈夫だろ。とりあえずリリィにくっついて、ニコニコ笑って愛想良くしてれば問題ない!」

「ちょっと言い過ぎだけれど、おおむね兄上の言う通りよ。今日は少し顔を出す程度だから。セルカは警護に集中してくれればいいわ」

「わかった。よろしくね、アマリリス」

「任せて頂戴。それじゃあ行きましょう」

 御者が、馬車の扉を開けて待ってくれている。
 私は彼に声をかけてから、扉の取っ手を掴んだ。乗り込むために体重を引き上げようとすると、反対の手を兄上が握って支えてくれる。

「リリィ、お前昨晩寝たのか?」

「あぁ、あの資料のこと?あれくらいすぐに纏められたわ。大丈夫、きちんと頭が働くくらいには眠れてる」

「早めに帰ってこいよ。行ってらっしゃい、リリィ」

「行ってきます、兄上」

 眠れたというのは嘘ではない。
 そもそも私は、昨日までしばらく眠り続けていたのだ。久しぶりに体を動かした疲れはもちろんあったが、昨晩はいつもより遅めまで起きて、割り当てられていた資料の精査をしていた。

「セルカも頑張れよ。行ってらっしゃい」

「行ってきます、ヴィンセントさん」

 私に続いて、セルカも馬車に乗り込んでくる。
 彼女が腰を下ろすと、パタンと扉が閉められた。

「それでは出発いたします」

「えぇ。よろしく頼むわね」

「はっ!」

 ピシリと鞭が走る音に続くように、馬の高いいななきが響く。

 ガタガタと動き出した馬車の窓から、私とセルカは兄上に手を振った。その姿は段々小さくなり、馬車が加速するのに伴って景色がどんどん流れていく。

「アマリリス、今日のこともう一回確認していい?」

「もちろん。私達の今日の目標は、特設調査隊のことを周知すること、クリスト家は中立であると示すこと、そしてラインハルト様のお誕生日を祝うこと」

「最後のが一番重要だけど……前二つの方が、難しそうではあるよね」

「そこは私に任せて。セルカは基本、私と一緒にいて頂戴。私が紹介したら……」

「相手の名前を呼んで、『お会い出来て光栄に存じます』、そして名乗ってカーテシーだよね?」

「そう。特設調査隊に加わる経緯を聞かれたら、『機密事項』。もし万が一トラブルがあった際には、『何か食べよう』」

「……オッケー。多分、大丈夫」

「多分?」

「いや、絶対大丈夫」

 私が揶揄うように聞き返すと、セルカが強がるように不敵な笑みを浮かべる。

「アマリリスに恥はかかせないよ」

「ふふっ。頼もしいわね。私もセルカに迷惑をかけないように頑張らないと」

「ちょっと、なんかプレッシャーかけてない?」

 お互い、どちらからともなく笑いが溢れて、馬車の中に笑い声が満ちる。

 そこから取り止めもない話を続けていると、少しずつ馬車が減速してきた。
 窓の外を覗くと、そこは王城から少し離れたところにある、王族が主催するパーティーのための大広間へと続く道にもう入っていた。

 左右に続くのは、よく手入れされた茂み。
 低木だったり葉があまりつかない木が多いのは、刺客の潜む場所を減らすためだと聞いたことがある。

「いくつか私達と同じタイミングで来てる馬車もあるみたいだね。割と遅いと思ってたんだけど」

「……そういうことね」

「え、どういうこと?」

 私は、御者席の覗き窓から見える家紋のいくつかを見て、思わず眉を顰めた。

「遅れて来るっていうのは、深い関わりはないけれど仲良くしてますよというアピールなの。私の場合は、王太子選に深入りしないことを示すためだったのだけれど……」

「あそこら辺の家は、ラインハルトと距離を置こうとしてるってこと?」

「いえ、ここから仲良くして欲しいという意思表示よ。……元々あの家は、第三王子派。そのままではもう甘い汁を啜れないとわかって、鞍替えをしたいけれどさすがに大きな顔はできないというところね」

 母上やシルヴァンから聞いていた通りだ。

 婚約破棄と、そのことに対するイリスティア王妃からの叱責、そして謹慎。
 王太子選で大きく遅れをとった王子に対する貴族の対応は、素早く、そしてとても冷酷なものだ。

 派閥に所属していることが大きな意味合いを持つ貴族社会において、そのような判断をとることは非難できることではない。
 しかし、彼らがかつて第三王子を未来の主君にと仰いでいた様子を間近で見たことのある私にとっては、どうにも気分の悪いものだった。

「……アマリリス、大丈夫?」

「えぇ、平気よ」

 こんなことがいちいち堪えるようでは、貴族令嬢として生きていくことはできない。

 私はセルカを安心させるために微笑みかけてから、手鏡を取り出して、自分の身嗜みを確認する。
 ただ馬車に揺られていただけだから、特に崩れているところもない。

 自分の確認が終わってから、目の前に座るセルカの全身を見る。

「……どこも崩れてないはずだけど」

「えぇ、大丈夫。似合ってるわ、セルカ」

 セルカが着ているのは、紺のエンパイアラインのドレス。
 薄めの生地を何重にも重ねていて、どこか幻想的な雰囲気がある。

「ありがと。アマリリスもすっごい綺麗」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

 私が着ているのは、セルカと同じ紺色のドレス。シンプルなエーラインで、襟元や裾に銀色の糸で施された刺繍が、布の色によく映えている。

 どちらもユカリが作ったもので、せっかくだからお揃いの色にしようと選んだものだ。

 二着の中から選んだ際、セルカは自分から今着ている方を選んだ。
 その理由というのが、私としては頼もしいばかりだ。

「どう、セルカ?腕の部分は」

「ユカリが完璧にしてくれてる。……ちゃんと、色々隠せてるよ」

 にやっと笑ったセルカが軽く腕を振った。

 手首のところまで覆うふんわりとしたシルエットの袖の下には、彼女が開発した魔法具が隠されている。
 どんな事態でも対処してみせると胸を張ってくれていたセルカは、靴もヒールが低めのものを選び、髪も邪魔にならないよう一つにまとめていた。

「あ、今更だけど、身体検査とかないよね…?」

「あったとしても、形式的なものだけのはずよ。あまり厳しく検査をしすぎると、招待客への侮蔑ととる人もいるから」

 安全面だけを考えれば、会場に入る全員の荷物と身に付けているもの全てを改めるべきだが、そう簡単にいかないのが社交界の面倒なところだ。
 前世の世界で言うところの金属探知機のように、通るだけで危険物を持っていないか確認できる装置があれば楽だろうなと思うが、そう簡単にもいかないだろう。

「とりあえず、中に入ったら私は基本黙って付いてくから」

「えぇ。もし不安なことがあったらすぐに言って」

「オッケー。アマリリスも、気になることがあったら教えてね」

「ありがとう。……着いたわね」

 馬車が徐々に減速し、ゆっくりと動きを止める。
 少し待つと扉が開かれ、セルカが先に馬車を降りた。

 私もそれに続いて、御者の手を借りて地面に足を着ける。

 カツン、と石畳を打ち鳴らした踵の音が高く響いた。
 その音に反応するかのように、私達より少し前に着いていた貴族達が振り返る。

 私と目が合った彼らは、一瞬ピクリと肩を震わせたが、すぐに動揺を押し込めて笑顔を浮かべた。そこはさすが貴族といったところか。

 私は扇子を取り出して、口元を隠しながら軽く目だけで微笑む。
 そして彼らから視線を外して、傍らのセルカとヘレナに声をかけた。

「行きましょう」

 背筋はピンと伸ばし、運ぶ足は優雅に。
 少し足元がふわふわするのは、病み上がりだからか、緊張しているからか、それとも楽しみだからなのか。

 きっとどれもあるのだろうけれど、今日は失敗するわけにはいかないと自分自身に喝を入れ直す。
 受付を済ませて会場に入ると、楽団の演奏と話し声のさざめきに一気に包まれた。

 軽く会場内を見渡すが、出席者はほとんど私の予想通りだ。

 ラインハルト様の実母であるレシア王妃の実家、ケーシー公爵家は、国内の武家の頂点に座する。そしてレシア王妃の実子は、ラインハルト様の他は、もう既に他国へ嫁いだ第一王女のアマーリエ殿下のみ。
 武門の家にとっては第二王子派の方が、文官だったり商家が多い第一王子派よりも居心地が良いらしい。
 会場にいる体格の良い人達は、きっと王国騎士団に所属しているか、あるいは軍の上層部なのだろう。

 私も、母が武家の出だから、何人か遠縁や知り合いがいる。
 相変わらず狭い社会だなと思いながら、私はいくつかの人だかりの中に黒髪を見つけ、その方へ足を向けた。

 ホールの中心では、音楽に合わせて揺れている男女がいる。そこから少し離れたところでは、グラスを片手に談笑していたり、若い男女がダンスの番を待っていたり、人によっては用意されている軽食に舌鼓を打っていた。
 人が大勢集まっていること特有の緊張感こそあるが、招待客は皆和やかな表情で楽しんでいるようだ。

 何人かに会釈をし、軽く挨拶をしながら歩いていると、「アマリリス嬢」と呼び止められた。

「ダラン様」

「急な誘いにも関わらず、よくぞいらしてくださいました」

 そう言って微笑むダラン様のジャケットは、黒が基調とされ、橙色で刺繍が施されている。きっと彼の主のことを考えて作られた一品なのだろう。
 普段と違い、一部を編み込んで長い髪を綺麗に一つにまとめている彼には、周囲の女性から熱い視線が注がれている。本人は、そういった色恋には疎そうだけれど。
 そんな彼と話す私達にも痛いほど視線が集中するが、私は笑顔で横のセルカの腕を軽く引く。

「目的を共にする仲間ですから。ねぇ、セルカ?」

「はい、アマリリス様」

 静かに返事をし軽く礼をするセルカが微笑むと、ダラン様がわずかに驚いたように目を見開く。普段とは異なり、お淑やかなセルカの様子が意外なのだろう。
 しかし、すぐに彼も柔らかく口元を緩めた。

「我が主もきっと喜んでおります。さぁ、ご案内いたします」

 ダラン様に連れられて会場の奥まで行くと、ちょうどラインハルト様は、魔法学校の副校長であるヴィー様と歓談をしている最中だった。

「あの条件を再現するのには少々骨が折れましたが、実際に魔法陣の効果が重なりながら連鎖するのを目にした瞬間は、非常に心躍るものでございました」

「僕も時間さえできれば、この手で再現したいものだ。しかし、あの低温の再現を魔法に可能な限り依存せずに行うとなると、大規模な準備が……あ」

 会話をしていたラインハルト様と、ふと目が合った。
 私とセルカが一度カーテシーをし、ダラン様が一歩踏み出して私達を手で指し示す。

「ご歓談中失礼いたします。アマリリス嬢とセルカが到着なさったのでお連れいたしました」

「あぁ。……すまない、ヴィー殿。近い内、また魔法大学に行かせてもらう」

「どうかお気になさらず。殿下のことは、いつでもお待ちしております。……アマリリス様も、ぜひ魔法学校にまたいらしてください」

 ラインハルト様に恭しく一礼した後、私に声をかけてくれたかつての学び舎の先生に、私は会釈する。まだこの方は私と仲良くしたいと思ってくれているのだと思うと、本当に嬉しい。

「ありがとうございます。またゆっくり、ヴィー様」

「もちろんです、アマリリス様」

 ヴィー様はもう一度礼をすると、人波の中に消えてゆく。

 それを見送って向き直ると、ラインハルト様が嬉しそうに目を輝かせているのが目に入り、思わず笑みが溢れてしまう。

「ふふっ。本日はお招きいただきありがとうございます、ラインハルト様」

「あぁ。来てくれてありがとう、アマリリス。セルカも」

「本日はお誕生日おめでとうございます、ラインハルト殿下」

 整った言葉を口にし頭を下げるセルカを見て、訝しげな表情をするラインハルト様が言葉を発する前に、私も口を開く。

「お誕生日おめでとうございます、ラインハルト様。こちら、ささやかですがお祝いの品ですわ」

 後ろに控えてくれていたヘレナから、私は箱を受け取る。
 手のひらにも乗るくらいの長方形の黒い箱を差し出すと、ラインハルト様は「ありがとう」と言いながら受け取ってくれる。

「これは?」

「本当にささやかなものなので」

「君から貰えるなら、どのようなものでも嬉しい。後で帰ってから開封させてもらう」

「あまり期待なさらないでくださいね?」

「では少しだけ期待しておく。……アレックス。控え室に置いておいてくれ」

「承知しました!」

 ラインハルト様の後ろに控えていたアレックスが、元気良く返事をしてプレゼントの入った箱を受け取る。
 彼は私と目を合わせると、ペコリと頭を下げて去って行った。

「……アマリリス」

「はい、なんでしょう」

 とりあえずこれで目的の一つは果たせたと、少し肩の荷が降りたような心地がしていた私に、ラインハルト様が手を差し出す。

 普段のラフな格好とは違い、軍服風のベストの上にマントも羽織っているラインハルト様は、当たり前のことではあるが"王子様"という感じがした。ひょっとしたら、前髪を上げているのも、いつもと雰囲気が違うように感じる要因の一つなのかもしれない。
 そんな彼に手を差し出されると、つい心が躍ってしまう。

「迷惑でなければ、一曲僕と踊ってくれないか?」

 その申し出に私は迷わずに頷き、ラインハルト様の手を取った。

「喜んで、ラインハルト様」

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