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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

49話:帰宅

「……じゃあ、今日確認したいことはこれくらいかな」

 ゆったりとした食事の後、若干三時間ほどに渡って行われた会議は、とても密度の濃いものだった。

 ユークライ殿下のその言葉に小さく息を吐いたが、私だけでなく部屋のそこかしこから溜め息らしきものが聞こえてくる。
 顔を上げると、疲れた顔を隠そうともせずに肘をつく兄上と目が合った。
 私と目が合うとニカっと笑った兄上は、そのまま体を起こすとぐっと背伸びをする。

 そんな兄上の様子を見たユークライ殿下が苦笑いしながら口を開いた。

「長い時間お疲れ。ここからはしばらく個別に動くことになるだろうけれど、綿密に連携をとっていこう」

 自分も疲労が溜まっているはずなのに爽やかな笑顔を絶やさないユークライ殿下は、かたわらのラインハルト様に視線を向ける。

「ラインハルトからは何かある?」

「一点だけ。相手がどう出てくるか予測できないから、各自出来るだけ単独行動は避けてくれ」

「確かに。気を張らなくてはいけない状況だけれど、適度に休憩しながら警戒も怠らないで欲しい。……じゃあ今日はこんなところで。みんな、気を付けて帰って」

 お疲れ様でしたと、それぞれが口にしながら立ち上がる。
 私はアイカに声をかけようと思って一度席を立つが、その時にはもう彼女は扉をくぐり抜けていた。彼女についていったエストレイが、私の視線に気付くとペコリを頭を下げる。
 私はそれに軽く微笑んで、エストレイが見えなくなってから息を吐いた。

 アイカに完全に避けられている。
 会議中もほとんど私を視線を合わせようとしてくれなかったし、休憩時間に少し声をかけようとしてもすぐに他の人に話しかけていた。

 なるべく早く話したいけれど、この分では難しそうだ。
 仕方がないから、手元の書類を整理して立ち上がった。

「アマリリス」

「はい、なんでしょう」

 ヘレナに書類を預けていると、後ろからラインハルト様に声をかけられて振り返る。

 なんだか少し困ったような顔をしているラインハルト様は、私に白い封筒を手渡した。

「これは…?」

「明日、誕生日なんだ」

「そうでしたのね」

 そういえば……と記憶の奥底からラインハルト様に関する情報を引っ張り出した。
 王族や貴族は、誕生日に大規模なパーティーを開く。誰かと関わりを持ちたいと思った際に、その人の誕生日の少し前から接触することで誕生日会に招待してもらうというのも、社交界ではよくある立ち回りだ。

 そのため、私はかなりの数の人の誕生日を覚えている。もちろん、王族であるラインハルト様の誕生日もだ。

 日付はしっかり覚えているし、確かに確認するとそれは明日だ。
 数日間意識がなかったせいで日付感覚が麻痺していたから思い出せなかったことが悔しい。

「ひょっとしてこれは……」

「明日の誕生日会への招待状だ。……前日に渡すのが非礼だということはわかっている。病み上がりだから、無理に来なくてもいい。ただ、君に渡しておきたくて」

「ありがとうございます。ありがたく頂きますわ。……明日、必ずお会いしましょう」

 その言葉を言うのには、少し迷ってしまった。
 いくら私がラインハルト様と親しくしているとはいえ、婚約破棄されたばかりの私が婚約者がいないラインハルト様のパーティーに出るのは、周りから邪推されてもおかしくない。

 しかし、不安げな表情で私を誘う目の前の青年を見てると、なんだか断れなくなってしまった。

 私の返答に、ラインハルト様はふぅと小さく息を吐く。

「……ありがとう。無理だけはしないでくれ」

「お心遣い痛み入りますわ。……ではまた」

「あぁ、また」

 嬉しそうなその声に、まだ心の中にわずかに残っていたわだかまりが溶けて、私もつられて表情が自然と緩んだ。





「「はぁ……」」

 兄上と馬車に乗り込むと、お互い同じタイミングで溜め息をついた。
 思わず目を合わせて笑ってしまう。

「お疲れ、リリィ。病み上がりで一日外出は疲れたろ」

「兄上こそお疲れ様。手合わせもして会議も出て大変だったでしょう?」

「まぁ手合わせはそうでもないな。最近ああいう実戦はやってなかったから、いい気分転換だったんだが……ちょっと会議がな」

「ああいう堅い場苦手だものね」

「そうなんだよなぁ」

 兄上は、あまり文官肌ではない。だからといって武官らしいとも言い切れず、どちらかというと自由人という感じだ。
 それが、マイペースで我が強い人が多い魔法師団では上手く噛み合っているようではあるが、クリスト公爵家の当主の座を受け継いだ後大丈夫なのか、少し心配ではある。

「にしても、リリィかなり調べること多そうだけど大丈夫か?」

「えぇ、全然大丈夫よ」

 私は手元の書類を何枚か捲る。

「こういう、数字や文字を追うのは嫌いじゃないから」

 紙にびっしりと書かれているのは、各領地の収支報告や、最近の茶会や夜会の出席名簿、取引の内容など。

 私に与えられた役割は、これらの情報からララティーナ・ゼンリルと彼女の背後にいるであろう何者かの動向を探ることだ。

 ララティーナはあくまで一介の貴族令嬢、それも地方の小さな子爵領の娘に過ぎない。
 そんな彼女が、公爵家や王家を狙い、実際に襲撃まで起こしていることから、彼女を支援する何者かがいるのではないかという風に私達は推測している。

「暗殺者を雇うにしろ彼女本人が動くにしろ、必ず不自然なお金の流れがあるはず。それを見つけられたら、彼女の暗躍を阻止できる」

「……さっさと身柄を拘束しちまいたいけど、そうすると角うさぎの落とし物だからなぁ」

 "角うさぎの落とし物"は、日本で言うところの"トカゲの尻尾切り"のようなことわざだ。
 彼らは危険を察知すると、魔法を使う際の媒体となる角を、地面や岩にぶつけてあえて切り落とす。その角はかなり魔力が宿っているので、天敵であるキシロヘビはそちらに気をとられるのだそうだ。

「にしても、本人はどこにいるんだろうな」

「最後に公的な場で目撃されたのが、卒業パーティーの二日後に開催された、ケイル・ジークス主催の茶会。そこで、第三王子殿下の友人であるジークスに、手紙を託し姿を消しているのよね」

「で、第三王子はその手紙の開示を拒否してる、と……ったく、めんどくせぇガキだな」

「ちょっと兄上、言葉遣い」

「いいだろ別に」

 そう言って、言葉だけでなく姿勢も崩した兄上は、大きく溜め息をついた。

「ぜってぇ捜査に協力した方が、あの王子自身の保身にも繋がるってのに。まぁ、ユークライとラインハルト様の説得に期待だな」

「そうね」

 きっと私に気を遣わせないためか、あえて普通に第三王子のことを話題に挙げる兄上は、一瞬馬車の中が静まり返ると、またすぐに「そういえば」と口を開いた。

「ラインハルト様から何もらってたんだ?」

「誕生日パーティーの招待状よ」

「……それはなんともだな」

 兄上の懸念しているところは私もわかっているので、曖昧な苦笑を漏らすことしかできない。

「まぁ、そしたら逆にいい機会かもな」

「いい機会?」

「特設調査隊のことをそれとなく広められるんじゃないか?」

「確かにそうね」

 私達の本当の目的は、ララティーナ・ゼンリルと彼女の裏側にいる黒幕を引き摺り出し捕まえることにある。
 しかし表向きは、ユークライ殿下の夜会の襲撃犯を捕まえることで、それは特段隠す必要はないし、むしろ公表した方が動きやすいというのが今の考えだった。王族が自分達で動いて犯人を捕まえようとしている姿勢を見せることで、貴族の間にある不安を払拭する狙いもある。

「としたら、お前一人じゃなくセルカも連れて行ったらどうだ?」

「……そう、ね」

 出された名前に動揺を隠せなかった私を見て、兄上がやっぱりという表情を浮かべる。

「セルカになんか話したいことでもあるのか?」

「……そんなにわかりやすかった?」

「お前が話しかけようとしてるのも、セルカがそれを避けてるのも、めちゃくちゃわかりやすかった。何があったんだ?」

 兄上の問いかけに、私は一瞬全てを話してしまおうかと思ってしまう。

 兄上は、ふざけているように見えて賢くて思慮深い人だ。きっと、私の前世の話をしても、驚きこそすれ最終的には信じてくれるだろう。
 でも、私とアイカの……私達姉妹の話を、彼女の許可なしに誰かに話すことはできない。

「ちょっと……私が意識を失う前にしていた話の、続きがしたくて」

 私は、結局自分で、前世の自分の記憶を取り戻した。

 それはきっと、アイカが望んでいたことではない。
 優しくて責任感の強い彼女は、私が苦しい記憶を思い出さないまま、今世で幸せに生きることを望んでいたのだろう。だから正体を不必要に明かそうともせず、私が全てを知りたいと伝えた時には、感情が爆発してしまった。

 天音として生きていた記憶が、私に強く訴えかけてくる。アイカの、全てを抱え込んでしまうその優しさの危うさを。

 アイカが変な気を起こす前に、早く彼女と話さなくてはならない。

「あー、そっか。気を失う直前までセルカと話してたんだよな」

「そう。今セルカって……」

「まだ屋敷の別邸にいるぞ。帰ったら会えるんじゃないか?」

「本当!?」

 あんな様子だからてっきりもう移動しているのかと思ったら、まだいるなんて。
 これならちゃんと時間をとって話せそうだと安心する。

「あぁ。護衛としての契約がまだ残ってるだろうし、それに関する話だって言えば拒否できないだろ。実際、パーティーに行く時の護衛を頼むわけだし」

「……兄上も、貴族みたいなこと言うのね」

「おいおい俺は次期公爵だぞ?」

「……ふふっ」

 胸を張る兄上に、私はつい笑ってしまう。
 なんでだよ、と言う兄上はやっぱり貴族らしくなくて、そこからしばらく取り留めのない話を続けていたら、タウンハウスにいつの間にか到着していた。

 使用人の半数ほどは、領地に戻る母上と弟二人について行ったので、広い屋敷は随分と閑散としている。
 私は途中で会った使用人にいくつか言付けを頼み、兄上と別れて自室へ戻った。

「お嬢様、お着替えを」

「お願いね」

 病み上がりということで動きやすいドレスではあったが、それでも屋敷の中で着る用のゆったりしたデザインのワンピースに着替えると、ほっと一息つける。
 ヘレナが持ってきてくれたワンピースは、白から裾に向かって橙色になっているもので、その色にふとラインハルト様を思い出した。

「……ヘレナ」

「はい、なんでしょう」

「私が明日ラインハルト様の誕生日パーティーに出席するの、不自然ではないわよね?」

「……そうでございますね。同じ調査隊に参加している以上、おかしくはないかと。若様が第一王子殿下と個人的に親しくしていらっしゃいますので、お嬢様が第二王子殿下と親交をお持ちになるのは、クリスト家全体としての立ち位置を調整するということで意義のあるものではと存じます」

 そう言いながら、私に温かいお茶を出してくれたヘレナは、時計をチラリと確認する。

「この後はどうなさいますか?」

「ユカリが部屋に来てくれるから、彼女が来たら明日の装いの準備をして、夕食を軽く摂ってから、時間になったらセルカのところに行くわ。明日は、パーティー自体は午後から始まるけれど夕方頃から行くつもりだから、準備は明日の午前中に。それまでに、招待客の情報を纏めておいてくれる?」

「承知いたしました」

「多分、ケーシー公爵家とそこに関連のある方々が中心に招待されているはずよ。あとは、魔法技術関連かしら」

「では、その方々を重点的に」

「えぇ。ありがとう、頼んだわね」

 ヘレナが一礼すると同時に、トントンと扉が叩かれる。

「お嬢様、ユカリでございます」

「どうぞ」

 部屋に入ってきたユカリは、キラキラと目を輝かせながら、たくさんのドレスがかけられた衣装掛けを引いてきた。
 色とりどりのドレスはどれも個性的で、しかし流行も押さえていて、目を惹きつけられるものばかり。

 思わず感嘆のため息をつく私を見て、ユカリが満足そうに笑う。

「お嬢様。おめかしして、明日を素敵な日にいたしましょう」

 そうね、と頷きながら私は立ち上がる。

 あの頑固で優しすぎるアイカをどう説得するかを考えながら、明日を楽しみにドレスや装飾品を選ぶ時間は、束の間の心躍る時間だった。

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