【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
47話:申し出
「……兄上!」
手合わせが終わったのを見て、私は観客席の最前列まで行き、手すりのところに軽く身を乗り出して兄上に声をかける。
「お、リリィ」
「兄上って……本当に、すごかったのね」
「なんだよそれ」
そう言って笑う兄上はいつも通りで、私はこっそり胸を撫で下ろした。
天変地異とも思える魔法の数々。
突き刺すような鋭い岩、不吉な音を立てる電撃、轟々と燃え盛る炎、荒れ狂う風。
そんなものを生み出しながら、自身は悠然と空からそれを見渡している兄上が、なんだか少し怖かった。
しかも、視力には自信があったのに、どうしてかその姿がぼやけて見えたのも、まるで兄上が知らない誰かになってしまったようで。
「かっこよかっただろ?」
「……えぇ。兄上が魔法師団の中で一目置かれているのも、納得だわ」
私はそう口にして微笑む。
未だに心臓がバクバクするのは、私がこういう荒っぽいことへの耐性がないからだろうか。
魔法や剣、戦いが大好きなレオナールだったら、きっと目を輝かせて兄上に駆け寄っていたのだろう。
「精霊魔法は何度か目にしたことがあるが、この近さでこの規模は初めてだ。いいものを見せてもらって感謝する」
そういつもよりワントーンほど明るい声で言ったのは、ラインハルト様だった。
私の横に来て、私と同じように柵に手をかけて兄上を真っ直ぐに見つめている。
「いえいえ。こんなのまだ序の口ですよ」
「そうなのか?話に聞いてはいたが、本当に熟達した腕前でいらっしゃる。精霊魔法は制御が難しく、多くても三つの魔法しか同時に展開できないと聞いたが」
「あー、俺の場合は精霊達に声が届きやすいみたいで。あと好かれてるんでしょうね」
「声が届きやすい?それは一体どういう……」
「ラインハルト、また今度にしましょう」
どんどん前のめりになるラインハルト様を止めたのは、穏やかに笑うダラン様だった。
そうやって止められたラインハルト様はというと、少し不服そうな顔をしながらも「ぜひまた今度」と兄上に声をかける。
その様子が、騎士や魔法師に会った時になかなか話を終わらせたがらないレオナールと重なって、思わず笑みが漏れた。
「ひとまずこれで、元々予定していた手合わせは全て終了だね」
話が落ち着いたのを見て、ユークライ殿下がそう声をかける。
彼はぐるっと、自然と演習場の一角に集まった私達を見渡して、壁にかけられている大時計を確認した。
「これから一旦昼食と休憩を挟んで、午後から詳しいことについて話したいと思う。特に手合わせに参加したみんなは、短い時間ではあるが軽く身体を休めて欲しい」
「予定通りだと会議は三時からだよな?」
「そう。予定通りに三時から始めよう。場所はさっきの会議場で。それまでは自由にしてもらっていいし、昼食も各自に任せるよ」
どうしよう、と兄上の方に視線を送る。
王城自体には何度も来たことがあるしある程度の構造も把握しているが、普段来る時にはどこでいつ食べるかというのは全て決められていた。
兄上はここが勤め先だし昼食をとる場所も知っているだろうと思っていたのだが、「あー」と兄上が頭をかく。
「俺ちょっと魔法師団の方に呼ばれてて。会議には間に合うと思うんだが、しばらく捕まらないと思ってくれ」
「わかった。……アマリリス嬢、どうする?」
ユークライ殿下にそう尋ねられて、私が返事をしようとして口を開く前に、ラインハルト様が声を上げた。
「アマリリスには話したいことがある。僕とダラン、アレックス、アマリリスとヘレナで昼食をとる。それでもいいか?」
「えぇ。構いませんわ。お気遣いありがとうございます」
「じゃあ、セルカとエストレイは俺が案内するよ」
そこで名前の出たアイカの方に自然と視線が向かった瞬間、彼女と目が合う。
どんな顔をすればいいのかわからず表情が固まってしまう私から、彼女はすぐに目を逸らした。
早く話したいが、今全員が見てる前で声はかけづらい。
でもどうにかして話しかけないとという焦りもある。
仕方がないから、後で会議が終わったら声をかけようと決めて、私はラインハルト様に連れられて演習場を後にした。
私達がやって来たのは、王城の広大な庭園の一角にある少し広めのガゼボだった。
給仕の侍女が数名待機していたが、食事の用意をするとすぐに去っていく。
「……あぁ、やらなくて大丈夫です」
いなくなった彼女達の代わりに給仕役を務めようとしたヘレナを、ダラン様が制止する。
「普段、僕達は給仕なしで食事をしているんです。だから落ち着かないので、大丈夫ですよ」
「ですが……」
「ヘレナ、いいのよ。お言葉に甘えましょう」
私がそう声をかけると、ヘレナは数秒迷っていたようだが、一度ペコリと頭を下げた。
「ご厚情感謝いたします。後ほど食事をとらせていただきます」
「わかったわ」
確かに、王族と一緒にテーブルを囲むというのはハードルが高い。
護衛のアレックスとヘレナ以外の三人で、食事を始める。
しばらく音がなくなり、風で木の葉が擦れる音だけが響いた。
会話はなかったものの、不思議と気まずさはなく、食べ物の匂いで空腹を感じてきたお腹に、少しずつ食べ物を流し込んでいく。
十数分ほど経った頃、食事を終えて食器を置いたラインハルト様が口を開いた。
「アマリリス、相談がある」
「はい。なんでしょう」
既に食事を終えてヘレナの淹れてくれていた紅茶を飲んでいた私は、一度カップを置いてラインハルト様に向き直る。
「君に魔法の訓練をさせてくれ」
「……魔法の訓練、ですか」
おうむ返しに私がそう問いかけると、ラインハルト様はこくりと頷いた。
「具体的には、魔力を制御する方法についてだ。……手を借りてもいいか。片手で大丈夫だ」
「えぇ」
手を差し出すと、ラインハルト様が「失礼」と断ってから、上下から挟むように私の手を包んだ。
平熱が低いのか、ひんやりとしたラインハルト様の手で、私の手はすっぽりと隠されてしまう。私はといえば、食事をとったばかりで体温が上がってしまっているから、汗をかいていないかと心配になる。
「……やはりか。ありがとう」
そう言って手を離したラインハルト様は、一瞬考えるように形の綺麗な眉を顰めて、ふぅと息を吐いた。
「……もっと早くに気付ければ良かった」
「何か問題が?」
なんだか不穏な言葉に恐る恐る訊ねる。
「魔力量がかなり増えている。元からかなり多かったが……そうだな。魔力量だけで言えば、魔法師団の大隊長にも匹敵する」
「……それって、兄上より上では」
「あぁ。そういうことだ。おそらく僕の見立てだと、純粋な魔力量は兄君よりあるだろう」
予想もしていなかった言葉に、私は空いた口が塞がらない。
さっき兄上の大立ち回りを見たこともあって、余計に信じられなかった。
確かに、昔から魔力量が多いとはよく言われていた。私達兄妹を教えてくれていた魔法の家庭教師にも、兄上だけではなく私も魔法師を目指せるくらいの水準の素質はあると言ってもらっていた。
「……この増加は、どうやら君の中に元々眠っていた魔力が目覚めたことによるもののようだが、心当たりはあるか?」
「心当たり……」
ふと、目覚めたばかりの時にユカリが言っていたフレーズが頭に浮かんでくる。
『魔力はタマシイで、私達を守ってくれます』
私の中に眠っていた、もう一人の「私」。
彼女の魂が完全に覚醒して、それに呼応して眠っていた魔力も突如目覚めたのだとしたら。
もしそうだとしたら、意識がなかった間に魔力を暴走させてしまったことも、その前後で魔力量が増えていることも、辻褄が合う。
「……思い当たることがあるなら良かった」
ラインハルト様のその言葉に、いつの間にか考え込んで黙ってしまっていた私はハッと顔を上げる。
そもそも私は彼に、自分が四日間も昏睡状態だったことや、その間に魔力が暴走していたことも話していない。
隠し事をしたいわけではない。しかし、ラインハルト様に伝える際に、万が一他の人━━━例えば、リズヴェルトに知られてしまったら、不安材料としてこの捜査から外されてしまうかもしれない。それは嫌だった。
とは言っても、本当のことを告げられないのも申し訳なくて。
「いいんだ、無理に言わなくて。原因不明でないなら大丈夫だ」
私の心中を読んだかのようにそう告げたラインハルト様が、私が謝罪の言葉を口にする前に、クッキーの乗ったお皿を私の方に押し出す。
「良かったら食べてくれ。ダランの力作だ」
「まぁ、ありがとうございます。いただきますわ」
いつの間にか用意されていたそれは、どうやらダラン様が出してくれていたらしく、ヘレナが困ったように眉を下げていた。
「あぁそうだアレックス」
さっきまでヘレナが持っていたティーポットを、これまたいつの間にか手にしたダラン様が、にこりとヘレナに笑いかける。
「ヘレナさんと一緒に食堂で食事をとってきたらどうかな?そろそろお腹が空いただろう?」
「承知しました!ヘレナさん、行きましょう」
「ですが……」
「大丈夫よ。ゆっくり食べてきて」
私がそう言うと、ヘレナは「……では」と一礼してアレックスについていく。
王族と貴族三人だけ、というのは普段なら考えられない状況だ。この王城に襲撃が最近あったのならなおさら。
しかしここは見通しが良さそうだし、しかもラインハルト様とダラン様が一緒にいてくれるなら、特に問題はなさそうだ。
「……とにかく、訓練についてだ」
中断されていた話を、クッキーを一枚口に運んだラインハルト様が再開した。
私も同じように、一つ摘んで食べてみる。口に入れた瞬間、上品で甘い香りが広がり、サクリと軽い生地は甘い優しさだ。
甘党のラインハルト様のためにダラン様が工夫したのだと思うと、この主従の素敵な関係に心が温かくなる。
「まず予め断っておきたいのは、今から話すことは僕の主観に基づく推論であって、間違って可能性があるということだ」
「私はラインハルト様のことを信頼していますわ」
「……ありがとう。僕もできる限り、誤解を招かないような言葉選びを心がける」
私が言葉にそう返したラインハルト様は、一度咳払いをすると話し出す。
「元々君は、あまり魔力の流れが良くなくて、それによって魔力の制御もうまくできていなかった。しかし、その流れの不具合は、君の中に魔力が眠っていたことによるものだったらしい。つまり今の君は、ただ魔力の総量が増えただけでなく、君の中で流れる量も増えたのだと思ってくれ」
「なるほど……」
「そしてまだ君は、その膨大な魔力を持て余している。暴走させてしまう危険性もある」
実際もう暴走はさせてしまっているのだと思うと、誰にともなく申し訳ない気持ちになる。
「だから、魔力を制御する方法を早急に学ばなくてはいけない。……ひとまずはこれを」
そう言って差し出されたのは、白い羽のついたピアスだった。
まるで今ラインハルト様が付けているものとお揃いのようなデザインのそれは、金色の金具に小さな宝石があしらわれていて、シンプルなのにお洒落だ。
「……あ、その、他意はないんだ」
机の上に置かれたそれに私がなかなか手を伸ばさないことで誤解させてしまったのか、ラインハルト様が慌てて付け足す。
私も慌ててピアスを手に取って、安心させるために笑顔を浮かべた。
「わかっています。魔法具の一種ですか?」
こんな優しくて素敵な人が、私なんかに恋愛感情を抱いているはずがない。
ただ、ヘレナがこの場にいたらきっと色々勘違いして母上にまで報告していただろうから、彼女がこの場にいなくて逆に良かったかもしれないと少し思う。
「そう。僕の作った魔法具だ。急激に魔力が放出された際、自動で本人と周りの間に障壁を生み出す。万が一の保険だと思ってくれ」
「……これがあれば、知らない間に人を傷つけることがないのですね」
ふとこぼれてしまった言葉に、ラインハルト様が「あぁ」と力強く肯定を返してくれる。
「しばらくはこれを付けていてくれ。……ピアスとして作ってはいるが、身に付けてさえいれば効果はあるから、服の内側に縫い付けるとかでも構わない。とにかくこれは、応急処置だ」
そこで言葉を切ったラインハルト様は一度クッキーに手を伸ばす。
私もそれに倣って、もう一枚口に運んだ。
サクサクと食感を楽しみながら、再び話し出したラインハルト様の声に耳を傾ける。
「最終的にはこういった魔法具がなくても大丈夫なように、魔力の制御をできるようになって欲しい。その方が君自身も楽だし、それに役に立つかもしれない」
「魔法が、ですか?」
「あぁ。何かあった時に、自分の身を守れるに越したことはないだろう?」
「そうですわね」
このような、クリスト家全員の命が狙われているような状況なら尚更だ。
「訓練を始めるのに早いに越したことはない。だからまずは今から、簡単な制御方法を教えようと思う」
「承知しましたわ。よろしくお願いいたします」
私は座ったまま、丁寧に頭を下げる。
彼のような優秀な魔法使いにマンツーマンで教えてもらえるなんて、願っても難しいことだ。
いつかこの人に、もらったたくさんの恩をちゃんと返したいなと思いながら、私は自然と口元が綻んでいた。
手合わせが終わったのを見て、私は観客席の最前列まで行き、手すりのところに軽く身を乗り出して兄上に声をかける。
「お、リリィ」
「兄上って……本当に、すごかったのね」
「なんだよそれ」
そう言って笑う兄上はいつも通りで、私はこっそり胸を撫で下ろした。
天変地異とも思える魔法の数々。
突き刺すような鋭い岩、不吉な音を立てる電撃、轟々と燃え盛る炎、荒れ狂う風。
そんなものを生み出しながら、自身は悠然と空からそれを見渡している兄上が、なんだか少し怖かった。
しかも、視力には自信があったのに、どうしてかその姿がぼやけて見えたのも、まるで兄上が知らない誰かになってしまったようで。
「かっこよかっただろ?」
「……えぇ。兄上が魔法師団の中で一目置かれているのも、納得だわ」
私はそう口にして微笑む。
未だに心臓がバクバクするのは、私がこういう荒っぽいことへの耐性がないからだろうか。
魔法や剣、戦いが大好きなレオナールだったら、きっと目を輝かせて兄上に駆け寄っていたのだろう。
「精霊魔法は何度か目にしたことがあるが、この近さでこの規模は初めてだ。いいものを見せてもらって感謝する」
そういつもよりワントーンほど明るい声で言ったのは、ラインハルト様だった。
私の横に来て、私と同じように柵に手をかけて兄上を真っ直ぐに見つめている。
「いえいえ。こんなのまだ序の口ですよ」
「そうなのか?話に聞いてはいたが、本当に熟達した腕前でいらっしゃる。精霊魔法は制御が難しく、多くても三つの魔法しか同時に展開できないと聞いたが」
「あー、俺の場合は精霊達に声が届きやすいみたいで。あと好かれてるんでしょうね」
「声が届きやすい?それは一体どういう……」
「ラインハルト、また今度にしましょう」
どんどん前のめりになるラインハルト様を止めたのは、穏やかに笑うダラン様だった。
そうやって止められたラインハルト様はというと、少し不服そうな顔をしながらも「ぜひまた今度」と兄上に声をかける。
その様子が、騎士や魔法師に会った時になかなか話を終わらせたがらないレオナールと重なって、思わず笑みが漏れた。
「ひとまずこれで、元々予定していた手合わせは全て終了だね」
話が落ち着いたのを見て、ユークライ殿下がそう声をかける。
彼はぐるっと、自然と演習場の一角に集まった私達を見渡して、壁にかけられている大時計を確認した。
「これから一旦昼食と休憩を挟んで、午後から詳しいことについて話したいと思う。特に手合わせに参加したみんなは、短い時間ではあるが軽く身体を休めて欲しい」
「予定通りだと会議は三時からだよな?」
「そう。予定通りに三時から始めよう。場所はさっきの会議場で。それまでは自由にしてもらっていいし、昼食も各自に任せるよ」
どうしよう、と兄上の方に視線を送る。
王城自体には何度も来たことがあるしある程度の構造も把握しているが、普段来る時にはどこでいつ食べるかというのは全て決められていた。
兄上はここが勤め先だし昼食をとる場所も知っているだろうと思っていたのだが、「あー」と兄上が頭をかく。
「俺ちょっと魔法師団の方に呼ばれてて。会議には間に合うと思うんだが、しばらく捕まらないと思ってくれ」
「わかった。……アマリリス嬢、どうする?」
ユークライ殿下にそう尋ねられて、私が返事をしようとして口を開く前に、ラインハルト様が声を上げた。
「アマリリスには話したいことがある。僕とダラン、アレックス、アマリリスとヘレナで昼食をとる。それでもいいか?」
「えぇ。構いませんわ。お気遣いありがとうございます」
「じゃあ、セルカとエストレイは俺が案内するよ」
そこで名前の出たアイカの方に自然と視線が向かった瞬間、彼女と目が合う。
どんな顔をすればいいのかわからず表情が固まってしまう私から、彼女はすぐに目を逸らした。
早く話したいが、今全員が見てる前で声はかけづらい。
でもどうにかして話しかけないとという焦りもある。
仕方がないから、後で会議が終わったら声をかけようと決めて、私はラインハルト様に連れられて演習場を後にした。
私達がやって来たのは、王城の広大な庭園の一角にある少し広めのガゼボだった。
給仕の侍女が数名待機していたが、食事の用意をするとすぐに去っていく。
「……あぁ、やらなくて大丈夫です」
いなくなった彼女達の代わりに給仕役を務めようとしたヘレナを、ダラン様が制止する。
「普段、僕達は給仕なしで食事をしているんです。だから落ち着かないので、大丈夫ですよ」
「ですが……」
「ヘレナ、いいのよ。お言葉に甘えましょう」
私がそう声をかけると、ヘレナは数秒迷っていたようだが、一度ペコリと頭を下げた。
「ご厚情感謝いたします。後ほど食事をとらせていただきます」
「わかったわ」
確かに、王族と一緒にテーブルを囲むというのはハードルが高い。
護衛のアレックスとヘレナ以外の三人で、食事を始める。
しばらく音がなくなり、風で木の葉が擦れる音だけが響いた。
会話はなかったものの、不思議と気まずさはなく、食べ物の匂いで空腹を感じてきたお腹に、少しずつ食べ物を流し込んでいく。
十数分ほど経った頃、食事を終えて食器を置いたラインハルト様が口を開いた。
「アマリリス、相談がある」
「はい。なんでしょう」
既に食事を終えてヘレナの淹れてくれていた紅茶を飲んでいた私は、一度カップを置いてラインハルト様に向き直る。
「君に魔法の訓練をさせてくれ」
「……魔法の訓練、ですか」
おうむ返しに私がそう問いかけると、ラインハルト様はこくりと頷いた。
「具体的には、魔力を制御する方法についてだ。……手を借りてもいいか。片手で大丈夫だ」
「えぇ」
手を差し出すと、ラインハルト様が「失礼」と断ってから、上下から挟むように私の手を包んだ。
平熱が低いのか、ひんやりとしたラインハルト様の手で、私の手はすっぽりと隠されてしまう。私はといえば、食事をとったばかりで体温が上がってしまっているから、汗をかいていないかと心配になる。
「……やはりか。ありがとう」
そう言って手を離したラインハルト様は、一瞬考えるように形の綺麗な眉を顰めて、ふぅと息を吐いた。
「……もっと早くに気付ければ良かった」
「何か問題が?」
なんだか不穏な言葉に恐る恐る訊ねる。
「魔力量がかなり増えている。元からかなり多かったが……そうだな。魔力量だけで言えば、魔法師団の大隊長にも匹敵する」
「……それって、兄上より上では」
「あぁ。そういうことだ。おそらく僕の見立てだと、純粋な魔力量は兄君よりあるだろう」
予想もしていなかった言葉に、私は空いた口が塞がらない。
さっき兄上の大立ち回りを見たこともあって、余計に信じられなかった。
確かに、昔から魔力量が多いとはよく言われていた。私達兄妹を教えてくれていた魔法の家庭教師にも、兄上だけではなく私も魔法師を目指せるくらいの水準の素質はあると言ってもらっていた。
「……この増加は、どうやら君の中に元々眠っていた魔力が目覚めたことによるもののようだが、心当たりはあるか?」
「心当たり……」
ふと、目覚めたばかりの時にユカリが言っていたフレーズが頭に浮かんでくる。
『魔力はタマシイで、私達を守ってくれます』
私の中に眠っていた、もう一人の「私」。
彼女の魂が完全に覚醒して、それに呼応して眠っていた魔力も突如目覚めたのだとしたら。
もしそうだとしたら、意識がなかった間に魔力を暴走させてしまったことも、その前後で魔力量が増えていることも、辻褄が合う。
「……思い当たることがあるなら良かった」
ラインハルト様のその言葉に、いつの間にか考え込んで黙ってしまっていた私はハッと顔を上げる。
そもそも私は彼に、自分が四日間も昏睡状態だったことや、その間に魔力が暴走していたことも話していない。
隠し事をしたいわけではない。しかし、ラインハルト様に伝える際に、万が一他の人━━━例えば、リズヴェルトに知られてしまったら、不安材料としてこの捜査から外されてしまうかもしれない。それは嫌だった。
とは言っても、本当のことを告げられないのも申し訳なくて。
「いいんだ、無理に言わなくて。原因不明でないなら大丈夫だ」
私の心中を読んだかのようにそう告げたラインハルト様が、私が謝罪の言葉を口にする前に、クッキーの乗ったお皿を私の方に押し出す。
「良かったら食べてくれ。ダランの力作だ」
「まぁ、ありがとうございます。いただきますわ」
いつの間にか用意されていたそれは、どうやらダラン様が出してくれていたらしく、ヘレナが困ったように眉を下げていた。
「あぁそうだアレックス」
さっきまでヘレナが持っていたティーポットを、これまたいつの間にか手にしたダラン様が、にこりとヘレナに笑いかける。
「ヘレナさんと一緒に食堂で食事をとってきたらどうかな?そろそろお腹が空いただろう?」
「承知しました!ヘレナさん、行きましょう」
「ですが……」
「大丈夫よ。ゆっくり食べてきて」
私がそう言うと、ヘレナは「……では」と一礼してアレックスについていく。
王族と貴族三人だけ、というのは普段なら考えられない状況だ。この王城に襲撃が最近あったのならなおさら。
しかしここは見通しが良さそうだし、しかもラインハルト様とダラン様が一緒にいてくれるなら、特に問題はなさそうだ。
「……とにかく、訓練についてだ」
中断されていた話を、クッキーを一枚口に運んだラインハルト様が再開した。
私も同じように、一つ摘んで食べてみる。口に入れた瞬間、上品で甘い香りが広がり、サクリと軽い生地は甘い優しさだ。
甘党のラインハルト様のためにダラン様が工夫したのだと思うと、この主従の素敵な関係に心が温かくなる。
「まず予め断っておきたいのは、今から話すことは僕の主観に基づく推論であって、間違って可能性があるということだ」
「私はラインハルト様のことを信頼していますわ」
「……ありがとう。僕もできる限り、誤解を招かないような言葉選びを心がける」
私が言葉にそう返したラインハルト様は、一度咳払いをすると話し出す。
「元々君は、あまり魔力の流れが良くなくて、それによって魔力の制御もうまくできていなかった。しかし、その流れの不具合は、君の中に魔力が眠っていたことによるものだったらしい。つまり今の君は、ただ魔力の総量が増えただけでなく、君の中で流れる量も増えたのだと思ってくれ」
「なるほど……」
「そしてまだ君は、その膨大な魔力を持て余している。暴走させてしまう危険性もある」
実際もう暴走はさせてしまっているのだと思うと、誰にともなく申し訳ない気持ちになる。
「だから、魔力を制御する方法を早急に学ばなくてはいけない。……ひとまずはこれを」
そう言って差し出されたのは、白い羽のついたピアスだった。
まるで今ラインハルト様が付けているものとお揃いのようなデザインのそれは、金色の金具に小さな宝石があしらわれていて、シンプルなのにお洒落だ。
「……あ、その、他意はないんだ」
机の上に置かれたそれに私がなかなか手を伸ばさないことで誤解させてしまったのか、ラインハルト様が慌てて付け足す。
私も慌ててピアスを手に取って、安心させるために笑顔を浮かべた。
「わかっています。魔法具の一種ですか?」
こんな優しくて素敵な人が、私なんかに恋愛感情を抱いているはずがない。
ただ、ヘレナがこの場にいたらきっと色々勘違いして母上にまで報告していただろうから、彼女がこの場にいなくて逆に良かったかもしれないと少し思う。
「そう。僕の作った魔法具だ。急激に魔力が放出された際、自動で本人と周りの間に障壁を生み出す。万が一の保険だと思ってくれ」
「……これがあれば、知らない間に人を傷つけることがないのですね」
ふとこぼれてしまった言葉に、ラインハルト様が「あぁ」と力強く肯定を返してくれる。
「しばらくはこれを付けていてくれ。……ピアスとして作ってはいるが、身に付けてさえいれば効果はあるから、服の内側に縫い付けるとかでも構わない。とにかくこれは、応急処置だ」
そこで言葉を切ったラインハルト様は一度クッキーに手を伸ばす。
私もそれに倣って、もう一枚口に運んだ。
サクサクと食感を楽しみながら、再び話し出したラインハルト様の声に耳を傾ける。
「最終的にはこういった魔法具がなくても大丈夫なように、魔力の制御をできるようになって欲しい。その方が君自身も楽だし、それに役に立つかもしれない」
「魔法が、ですか?」
「あぁ。何かあった時に、自分の身を守れるに越したことはないだろう?」
「そうですわね」
このような、クリスト家全員の命が狙われているような状況なら尚更だ。
「訓練を始めるのに早いに越したことはない。だからまずは今から、簡単な制御方法を教えようと思う」
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2
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87
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2
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1
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6
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1,647
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2,769
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6,219
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3.1万
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7,468
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1.5万
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406
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439
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3,543
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