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【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

46話:精霊術師

「では続いて、ヴィンセント殿、イレーヴ、ここへ」

 おー、と返事をしながら、観客席の手すりを飛び越える。
 横目で見ると、イレーヴはしっかりと階段を下りていた。いつもの彼らしい。

「……失礼する」

 下に降りると、ラインハルト殿下にそう声をかけられ肩に触れられる。
 魔法陣がいくつも重なり合って浮かび上がった。

「どうも」

「あぁ」

 彼が手を離すと、魔法陣がスッと消えて俺の肩に消えていく。

 相変わらず、すごい魔法の腕だ。
 割と複雑で魔力の消費量も多めの魔法なのに、特に媒体も準備もなしなのは、さすがとしか言いようがない。

「ヴィンセント様、よろしくお願いいたします」

 ラインハルト殿下が俺から離れると、先に防御魔法をかけてもらっていたイレーヴが俺の前まで来て丁寧に深く頭を下げる。

「あぁ、よろしくな。お手柔らかに」

「いえ、それは私の言葉です。ヴィンセント様のお相手が私如きで務まるのか……」

「まぁ緩くやろうぜ」

 ニカっと笑いかけると、イレーヴはどこか緊張した様子のまま笑みを浮かべる。

 俺達と同い年のイレーヴは、魔法学校の同級生で、ユークライと知り合ったことをきっかけに騎士を志し、最終的に目標だったユークライの護衛騎士に上り詰めた優秀なやつだ。

 真面目な性格ではあるが、戦い方は結構面白くて想像がつかないから、これから手合わせをできるのが楽しみだ。

「……ふぅ」

 杖を取り出して、軽く魔力を込める。
 何度か流して止めるのを繰り返し、一度肩をぐるっと回した。

「両者、準備はよろしいか」

 ヘンリックの合図で、俺は正面を向く。
 足を軽く開いて、イレーヴの方に視線をやった。

 自然体のまま片手で剣を持った彼の周りの魔力を、よくよく観察する。
 本来なら見ることのできない魔力の流れをかなりの高精度で知覚できるのは、精霊術師である俺の強みの一つ。

「……始め!」

 その開始の合図が響いた瞬間、イレーヴの姿と彼の握る剣が何重にもぼやけた。
 ゆらゆらと陽炎のように輪郭を持たないまま素早く近付いてくる彼に、俺は一度上空へ浮かび上がることで対処する。

「やっぱりな」

 イレーヴが操るのは、闇魔法。

 他者の認識や意識に干渉できる闇魔法は、術師が少ないこともあってかなり初見殺しとしての側面が強い。
 特に対人戦闘においては、最強の属性とも言われているほどだ。

 ただ俺にとっては、同僚に闇属性を扱えるやつも多いし、何より自分自身よく使うから、あまり脅威ではない。

「……助けてくれるか?」

 小さく言霊を紡ぐ。

 本当ならただの手合わせで使うほどではないが、今回は互いの力量を見せ合うことが目的だ。
 可愛い妹が見ていることもあるし、少し張り切ってもいいだろう。

『━━━』

「頼むぞ」

 少し魔力が抜かれた感覚があると、段々と視界が薄暗くなっていく。
 目の前に黒い紗がかかっているように見えるのは、闇属性の魔法が上手く発動できている証拠だ。

 さてどうするかといくつかの選択肢を検討するテーブルに乗せながら、嫌な予感がして横にずれると、石つぶてが飛んでくる。闇魔法が付与されて認識が薄くなっていたのもあって、避けれたのはかなりギリギリだった。

 さすがの膂力だ。ただの石ころだったが、当たっていたら集中が切れて空中での姿勢を保てていなかった。

『━━━』

 クスクスと、小さい子供達が笑うような声が耳元でする。
 俺がそれに溜め息をつくと、さらに楽しそうに笑い声が増した。

「まぁいいや。俺のにぶつからないようにな」

『━━━』

 返事があったのかなかったのか、正直正確にはわからない。
 しかしそんな彼らの力を借りれるのが、俺が魔法師団に所属している理由だ。

「ふぅ……」

 一度息を吐いて、杖をしっかりと握る。

 一般に、魔法は同時に一つずつしか発動できない。
 熟達した使い手で、二つ同時にできたらかなり良い方というくらいだ。

 今俺は、自分の姿を眩ますための闇魔法と、空中に自身を留めるための風魔法を使っている。

「まずは……お前らも手伝ってくれるか?」

『━━━』

 再び言霊を発すると、魔力が少し減った感覚と共に、眼前に一気に火でできた鳥が何匹も生まれる。

 彼らは翼を大きく広げると、イレーヴに襲いかかっていった。

 そしてそれと同時に、描いていた魔法陣に魔力を込めて、火の鳥の陰で見えないようにしながら風の刃を放つ。

「……お」

 そもそも最初の炎の鳥でさえ、生半可な実力だったら避けられるものではないが、さすが本職の騎士。しっかり魔力をぶつけて打ち消している。
 そしてその後の隠し刃も、わかってはいたようだったが、どうやら今使っている剣が手に馴染まないようで、いくつか掠っていた。

「これなら……」

 再び火で鳥を生み出して、そしてバレているのを前提で大量に魔法陣を描いていく。

 その間に、イレーヴが地上から俺を撃ち下ろそうと石つぶてを無数に投げてくるが、それは自分の周りに風域を作り出すことで対処する。
 俺の位置を正確に捕捉できていないのもあってか、片手間で大丈夫そうだ。

「……五つか」

 空中に飛び上がるための風魔法。
 姿をぼかすための闇魔法。
 攻撃のための火魔法と風魔法。
 そして、イレーヴからの攻撃に対処するための風魔法。

 こんな贅沢な魔法の使い方ができるのは、すごく単純な話で、俺が精霊術師だからだ。

 精霊術師は、一言で言えば、精霊の力を自由に借りることができる。
 だから厳密には、今発動している魔法の内三つ━━位置を隠すための闇魔法、攻撃の火魔法と防御の風魔法は、俺自身が行使しているわけではない。
 なんなら、俺は闇属性と火属性に適性がないから、自分自身では使えなかったりする。

 ほんのわずかな魔力消費で、自分に適性がない属性をも操れ、同時にほぼ無限と言っても良いほどの魔法を発動できる。
 常人を大幅に超えた能力を単騎で発揮し、時には一人で戦況をひっくり返すほどでもあるのが、精霊術師。

 この才能があったから、俺は公爵家の跡継ぎという立場でありながら魔法師団に所属することが許されている。

「せっかくだし、もっと頼む」

『━━━』

 俺の声に呼応して、たくさんの精霊達が返事をする。

 空間の魔力がどんどん高まっていき、少しだけ空中でバランスが取りにくくなって、慌ててそっちに集中を割く。
 攻撃は精霊に任せていれば大丈夫だ。とはいっても、精霊魔法は完全に丸投げではなく若干は術師本人が制御しないといけない部分もあるから本当はあまり適当にしないほうがいいのだが、今日声をかけている精霊達は比較的弱い子ばかりだし、イレーヴならどうにか切り抜けてくれそうだからと言い訳をする。

 一度自分で出していた攻撃用の魔法陣を消して、障壁魔法の応用で透明な円板を作り出しそこに胡坐をかいた。
 マナーの先生が見たらきっと怒り出すのだろうなとは思うが、落ち着く体勢はこれだから仕方ない。

「……さて、と」

 少し目を離しただけで、いつの間にか眼前はしっちゃかめっちゃかになっていた。

 平らだった地面にはいくつもの壁やつらら状の石が生み出され、そこを燃え盛る炎と激しく飛び散る雷が満たしている。
 そこから脱出しようにも、暴風が吹き荒れているから真っ直ぐに立つことさえままならず、一部の地面は泥のようになっていて足をとる。

「……やべ」

 さすがに手合わせでこれはやりすぎたと思って反省し消そうとした瞬間だった。

「っ!?」

 パキンと俺が座り込んでいた魔法障壁に穴が空いたと思った瞬間、糸のように細く収束された炎の矢が、俺の頬を肩を掠る。
 思わず動揺してしまい、魔法障壁自体が消えて一気に重力が体を襲う。

「……お、っと」

 空中で姿勢を整え、風魔法を上手く使って地面に降り立つ。

 俺が立ったところだけ、嵐のような魔法が消えていく。
 さすがの精霊達も、術師である俺にまで無差別に攻撃するほど薄情じゃない。

 無事地面に着地できたはいいが、降りてきてしまったということは。

「……お前の間合いに入っちまったってことだよな」

「ヴィンセント様、これは聞いておりませんよ!」

 打ち付けられた剣を、咄嗟に魔法障壁で防ぎ、一度大きく距離をとって小さく呟く。

「……ありがとな」

 俺の言葉を合図に、精霊達が魔法をやめていく。
 隆起した地面がボロボロと崩れ元に戻り、炎も雷撃も消え、風も止む。

「頼む」

 最初とほぼ変わらない状態に戻ったところで、もう一度小さくそう囁いて、俺はまだ解除していなかった土の精霊への繋がりに魔力を注いだ。
 そうして準備をしながら、俺はニカっと笑う。

「すまんすまん。リリィがいるのもあって、思わず張り切っちまった」

「妹君が居られるから良いところを見せて差し上げたいと思われるのは当然ですが、限度というものがございませんか」

「まぁせっかくだしいいだろ」

 俺がそう重ねると、イレーヴは溜め息をついた。

「お変わりありませんね」

「お、嫌味か?」

「いえ。……ヴィンセント様とのこういったやりとりが、懐かしいなと」

 そう言ってほのかに笑ったかつての同級生に、俺も嬉しくなって「お」と声を上げようとした瞬間、それが叫び声に変わる。

「おぉい!話の途中に斬りかかるのか騎士様は!」

「手合わせですし、私の役目はユークライ様を何に替えてもお守りすること。まぁ最悪相手を消せばいい話ですし」

「おーおー怖いこと言うな!」

 魔法障壁で凌ぐだけでは防戦一方だからと、俺は地面に軽く魔力を流す。
 そして、地面から生み出した剣を握り、イレーヴの振り下ろしてきた剣を受け止めた。

 ギリギリと、金属で出来た彼の本物の剣の方が、俺の即席の剣に食い込んでくる。

 このまま押し込んだら斬れると、絶対にそう思うはず。

「……だよな」

 さらにイレーヴが力を込めて、俺の剣の半分ほどまで切り込みが入ったのを見て、俺は思わず笑ってしまう。

「何……を!?」

「これぞ魔法師の真髄ってやつよ」

 俺が手にしていた土の剣が、一気に膨らみ銀に輝く真剣を丸ごと飲み込む。
 かなり力を込めていたためイレーヴはすぐに手を離せなかったのだろう。一瞬で飲み込まれた剣の柄を握って大きく目を見開いている。

 俺は企みが上手くいったことに口角を上げて、そのまま土の塊を蹴り飛ばした。

「……止め!」

 あ、そういえばと、声をかけられて審判の存在を思い出す。

 審判として近くで試合を見届けなくてはならないヘンリックさんは、実力のある騎士だし大丈夫だったはずだと希望的観測も込めて声の方向を見ると、彼の横にはラインハルト殿下がいた。

 殿下がいたのなら、きっと安全だっただろうと、それでも一応謝ろうとした時、降りてきていた親友に強めに肩をどつかれる。

「ヴィンセント。俺の言いたいことはわかるよね?」

「反省してまーす」

「全く……」

「いやまじで、ちゃんとやりすぎたなとは思ってる」

 本当なのかと視線で疑いを訴えてくる親友の背中を、本当だと言葉で繰り返しながら叩く。



 いくら親友でも、言えるわけがない。

 最近きな臭いことが起きてばかりで、不安そうにしている妹が、なんだか俺よりもラインハルト殿下をあてにしているような気がして、兄として頼もしいところを見せたかっただなんて。

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