【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
45話:手合わせ
「お、やっと来たか」
王城の一角にある演習場。
王城はその名の通り王の住む城ではあるが、実際の居住区画は一部に過ぎず、国の中枢として各大臣とその部下達の執務室に加え、王家直属の機関である騎士団や王国軍、魔法師団の本部、そしてその訓練場も、王城の敷地内に存在する。
その中の一つをユークライが借りてきて、今回は手合わせをすることになっている。
「リリィ、なんかあったのか?」
随分と遅い到着だった妹に声をかけた。
「少しリズヴェルトと話していて」
「あー、なるほどな」
現宰相の息子、レーミル・リズヴェルトは今回のこの特設調査隊の監査役を担っている。
俺達一人一人の適性みたいなのを調べるのも仕事らしく、俺もいくつか話を聞かれたことを思い出した。
「それより兄上。兄上も手合わせに参加するって聞いたのだけれど」
眉を下げながら、アマリリスがそう尋ねてくる。
「あぁ、そうだぞ」
「大丈夫なの?お相手は本職の騎士なんでしょう?」
「俺だって本職の魔法師なんだけどな」
そうだけど、と心配そうな表情を崩さない妹の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
「ちょっと、髪が崩れるわ」
「心配すんな。兄上の素晴らしい活躍を、しっかり目に焼き付けるんだぞ?」
「もう……」
口を尖らせるアマリリスを、とりあえず近くの席に座らせた。
この演習場は、どちらかというと闘技場に似た設計で、土の地面が少し低くなっていて、それをぐるっと取り囲むような観覧席が用意されている。
戦いの影響が出ないようにしっかり魔法障壁もあるし、魔法師団でも何度か使ったことのある場所だ。
もう既に中心に立っているのは、エストレイとアレックスだ。
女性にしては少し高めの身長のエストレイは、簡素な黒のシャツに細めの黒のズボンを身に付けている。手には何も持っていないが、手首のところを覆うように籠手をつけているから、これで戦うのだろうか。
それに対して、アレックスは白いシャツに茶色のズボンで、大ぶりの剣を手にしている。
「アレックスなぁ……」
「彼、レオの友人よね?」
「そうそう。何回か屋敷にも来てるよな。リリィも会ったことあったか」
「えぇ。魔法学校でも、少し」
そう言ってアマリリスが曖昧に微笑む。
強かに見えて心根が優しすぎる妹がこういう表情を浮かべる時は、誰かのために何かしらを誤魔化そうとしている時だ。
一緒に難しい任務に当たる相手に何かあるのなら知りたい気持ちがあるが、アマリリスが知っているのであれば、きっとユークライも知っているはずで、この二人が特に止めはしないということは問題ないのだろう。
俺が見つめる中、観客席から中央へと軽々と飛び降りたラインハルト殿下が、二人の肩に触れる。
「あれは何を?」
「対戦者同士が誤って大怪我をしないように、あらかじめ魔法障壁用の魔法陣を仕込んでおくんだ」
「そんなに手合わせって危険なの?」
「まぁ、基本は相手の癖とか力量を見極めるものだから、よほど運と相手の腕がない限りは大丈夫だな」
「相手の腕?」
「本当に力量があるやつは寸止めもできるもんなんだよ。……お」
ラインハルト殿下が離れると、入れ替わりでユークライの護衛騎士であるヘンリックさんが、二人の元に近付く。
「両者、離れて」
その呼びかけに合わせて、二人が距離を取った。
大体五メートルほどだろうか。一般人からすると遠いとも考えられるが、俺達のような戦闘職からすると一瞬で詰めれる遠さだ。
二人とも近接戦闘が得意なように見えるが、どうなのか。
ここにいるのが魔法師団の同僚だったら、試合の顛末を予想して盛り上がるところだが、今隣にいるのは魔法学校を卒業したての可愛い妹で、今日は解説役に徹した方が良さそうだろう。
「両者、準備はよろしいか」
ヘンリックさんの低い声に呼応するように、空気がピリッと張り詰める。
エストレイは一度肩を回し、アレックスは感触を確かめるように大剣を手の中でくるっと回した。
「………始め!」
数秒置いて合図が告げられる。
その瞬間動き出したのは、エストレイの方だった。
かなり低い姿勢で、猛禽を想起させるような素早さと獰猛さで一気にアレックスのところまで迫った彼女は、その勢いのまま一度回転して蹴りを繰り出す。
ほんの瞬きする間に、しかも低い位置から接近してきたエストレイに、アレックスは冷静に一度距離を取った。
しかし、エストレイは容赦無くそこに追撃を重ねる。
左右の拳だけでなく、足での攻撃も交えながら、大剣に全く物怖じすることなく小刻みに攻撃を重ねるエストレイに対し、今のところアレックスはほとんど自分から攻撃をしていない。
「速いわね」
「目で追えるか?」
「……ギリギリ追えてないくらいだわ」
正直にそうアマリリスが言った時、エストレイの重い蹴りを受け止めて、アレックスが大きく後ろに飛ぶ。その時、わずかに彼の軸がぶれたように見えた。
「お」
状況が動きそうだと思わず身を乗り出す。
エストレイもアレックスの姿勢の乱れに気付いたようで、好機だと言わんばかりに追い縋った。
「……あ」
アマリリスが声を漏らしたのは、遠目から見てもわかるくらいアレックスがよろけたからだろう。
「いや、これは」
一瞬で距離を詰めたエストレイは、しかしすぐに反対向きに地面を蹴ろうとする。
「え!?」
「上手いな」
二人の周りをぐるっと取り囲むように土の壁が現れ、同時に土埃が舞う。
「一方的にやられたように見えてた時間も、多分これの準備をしてたんだろうな」
「今、どうなってるのかしら」
本来なら、こういった手合わせの場で周りから見えなくなるような手を使うのはあまりよろしくないが、ヘンリックさんも止める様子がなさそうだし大丈夫なのだろう。
断続的に金属音が聞こえてくるということは、まだ戦いが続いているということだ。
「……持ってあと数秒か」
「何が?」
「あの壁。見た感じ耐久力は低そうだし……ほら」
穴が空いて、そこからエストレイが飛び出し、それを追いかけるようにアレックスも出てくる。
術者のアレックスが離れると、ボロボロと壁も崩れていく。舞っている土埃が、アレックスが剣を振り回すと飛ばされて、ズタズタになった地面があらわになる。
「おぉ、すげえな」
「豪快ね」
細かい攻撃を重ねるエストレイとは対照的に、アレックスの戦い方は派手だ。
魔法で肉体を強化しながら、かなり重たい剣に風を纏わせて、重たい一撃を何度も繰り出していく。
いわゆる魔法剣士と呼ばれる人々のお手本のような戦い方だ。
「これ、どっちが優勢なの?」
「うーん……何とも言い難いな。エストレイの攻撃はしっかり効いているし、手数が多い分たくさん当たってる。逆にアレックスは避けられてはいるが、何度かいいやつを食らわせてる」
「なるほど……」
「ただなんとなく、体力的にはエストレイの方が消耗してそうだな」
少しずつ彼女のキレが落ちていっている気がする。
アレックスの方はまだ余裕そうで、むしろ段々と戦いに集中して反射速度が良くなっていっているように見えた。
剣と拳が交わされ、二人の立ち位置が目まぐるしく入れ替わり、甲高い金属音が鳴り響く。
一種の舞踏のようにも見えてくるのは、二人の腕が良くて動きが洗練されているからか、それともあまりにも二人が対極的だからだろうか。
「……あ」
ついに状況が大きく動く。
よろけたエストレイに、アレックスがしっかりと踏み込んで繰り出した一撃が直撃した。
籠手で受け止めたはいいものの、細身の彼女は無抵抗に飛ばされる。
「……おいあれ」
「目が空いてないわ」
視力のいいアマリリスも気付いたようで、兄妹揃って立ち上がった。
彼女が地面に打ち付けられるまでほんの数秒で、それでもどうにかと思って杖を取り出した瞬間だった。
「大丈夫か!?」
大声で叫びながら、アレックスが大きく飛び上がってエストレイを抱きかかえる。
危なげなく地面に降りた彼の腕から、すぐに意識を取り戻したエストレイが飛び降りた。
「……すまない!力が入りすぎた!」
「違う。私が遅れを取っただけ」
気遣うように差し出されたアレックスの手を、エストレイは掴まずに首を振った。
「あなたは素晴らしい戦士で、私はそれに及ばなかった。それだけ。……審判、試合は終了?」
「あぁ。二人とも、怪我はないか?」
腕や足を軽く振って確認してから、ありません、いいえ、とそれぞれに返事をした二人に、ヘンリックさんが軽く頷く。
「では二人は戻って。次は……」
彼が名前を呼ぶ前に、二つの人影が軽々と飛び降りた。
「……え」
アマリリスが声を漏らした時、彼女の視線の先にいる人物は、なんとなく想像がついた。
相手がアマリリスに何か後ろめたさを感じているのも、そして今のアマリリスを見る限り、彼女も複雑な気持ちがあるのは明らかだった。
何かあったのか、と聞きたい気持ちを抑えて、俺は努めて明るい声を出す。
「セルカとダラン、面白そうな組み合わせだな」
「……そうね」
どうもアマリリスの歯切れが悪いが、俺はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「どっちも未知数って感じだけど、個人的にはセルカが勝ちそうだと思うな。ダランが速いとしても、魔法で弾幕張られたらどうしようもないだろうし。リリィはどっちが勝つと思う?」
「……え、えぇ。そうね。確かに魔法で、そう、近付けないとどうしようもないものね」
数拍置いて返されたその返事。完全に上の空だった妹に思わず苦笑する。
が、そんな俺の様子にさえも気付いていないようだから、さすがに少し心配だ。
セルカもここ数日、アマリリスの話を出すと、少し表情が暗くなっていたことを思い出す。
何か喧嘩でもしたのだろうか。
俺がわざわざ出て仲裁しなくてはいけないほど二人は子供でもないから、きっとしばらくしたら仲直りできるとは思うが、それでもやっぱり心配だ。
特にアマリリスは、今まで喧嘩できるような友達もいなかったから、誰かとの本気の諍いなんて初めてだろう。
仲直りのための助言でもできたらいいが、困ったことに俺も喧嘩できるほど仲が良いのはそれこそユークライくらいしかいなくて、あまり参考にならない。
「両者、準備はよろしいか」
ヘンリックさんの声で、意識がそこに引き寄せられる。
すっぽりと体全体を隠すような黒のローブを着たセルカは、手に何も持っていない。
ダランは腰から片手剣を抜くと、ゆったりと構えた。
「……おぉ」
セルカの魔法の腕前は、俺自身自分の目で何度も見たことがあったが、ダランの評価は本人の申告とラインハルト殿下の言葉でしか聞いたことがない。
初めて聞いた時は正直信じられなかったあの言葉が、その構えの隙のなさで信憑性を増す。
「お手柔らかに、セルカ」
「こっちのセリフなんだけど」
軽い調子で交わされたその言葉が終わるのを待って、ヘンリックさんが最後に一度両者を見て息を吸った。
「……始め!」
そこから勝負が決したのは、本当に、ほんの一瞬のことだった。
セルカが手を振ると、そこから無数の火球が生み出され、一斉にダランに襲い掛かる。
視界を埋め尽くすような数と熱の暴力。観客席にいる俺達にも届くほどのものだった。
ほぼ準備なしで繰り出された火属性での攻撃魔法。
魔法師団でも、そうそう全員がこの練度と速度でできる技ではない。
が、それらの火球が届く時には、もう既に彼の剣先がセルカの喉笛を捉えていた。
「……止め!」
ヘンリックさんが声をかけると、ダランの剣が下ろされて、セルカの大きな溜め息がここまで届く。
「私にどうしろっていうの。わかってた結末じゃない」
「僕らの間ではね。今回の目的はお互いの力量を見せ合うことでしょ?」
「それがわかってるなら、手加減してくれても良かったのに」
「ラインハルトの顔は汚せないからね」
そう言ってダランは、自らの主を見上げるとにっこりと笑った。
「これでよろしいですか、ラインハルト?」
「あぁ。上出来だ」
まるでなんでもないことのように会話を交わす主従を見て、乾いた笑みが漏れてしまう。
そもそもこの手合わせは、昨日の会議の折に発案されたものだった。
目的はもちろん、互いの力量や得意不得意を確認するため。陛下から指名を受けた、様々な背景を持つ者が選ばれているこの調査隊には、確かに必要なものだった。
ある程度の戦闘が予想される俺達にとって、どういった編成で戦うのかというのは重要な問題で、慎重にならないといけないところ。
だからこそ、まずは口頭でそれぞれの能力を伝えてもらった上で、実際に手合わせをし、最終的に確定させようという話だったのだが。
そこに爆弾を落としたのが、この二人だった。
「……本当だったんだな」
「本当って、何が?」
アマリリスが俺の呟きを拾う。
どう説明したものかと思いつつ、ありのままを伝えるのが一番楽だなと、俺は昨日のことを思い出しながら口を開いた。
「『ダランは魔法は使えないが魔法師よりも速い。だから並の魔法師には絶対に負けない』って昨日ラインハルト殿下が言ってたんだよ」
魔法という戦い方は、発動に時間がかかるという点や魔力量が先天的という点を除けば、他のどんな戦い方よりも強力と言われている。
だからこそ魔法使いは他の戦士に対してかなり優位に立つことができるし、その頂点と言われる魔法師は尊敬を集めるのだ。
そんな魔法に特化した相手に、純粋な肉体だけで勝つのは不可能だ。
実際、軽く聞いた感じ、魔法ではない何かしらの方法で肉体を強化してはいるらしいが、ダランの魔力量はそこまで多くないし、何よりあの反射神経や動体視力、燃え盛る火球の真横を通り過ぎる胆力は、常人のものではない。
「まじか……」
何事にも例外はあって、俺のような青二才の想像を超えてくるような人はいるのだと、柔和な笑みを浮かべながら剣を仕舞う銀髪の青年を見て、改めて思い知らされた。
王城の一角にある演習場。
王城はその名の通り王の住む城ではあるが、実際の居住区画は一部に過ぎず、国の中枢として各大臣とその部下達の執務室に加え、王家直属の機関である騎士団や王国軍、魔法師団の本部、そしてその訓練場も、王城の敷地内に存在する。
その中の一つをユークライが借りてきて、今回は手合わせをすることになっている。
「リリィ、なんかあったのか?」
随分と遅い到着だった妹に声をかけた。
「少しリズヴェルトと話していて」
「あー、なるほどな」
現宰相の息子、レーミル・リズヴェルトは今回のこの特設調査隊の監査役を担っている。
俺達一人一人の適性みたいなのを調べるのも仕事らしく、俺もいくつか話を聞かれたことを思い出した。
「それより兄上。兄上も手合わせに参加するって聞いたのだけれど」
眉を下げながら、アマリリスがそう尋ねてくる。
「あぁ、そうだぞ」
「大丈夫なの?お相手は本職の騎士なんでしょう?」
「俺だって本職の魔法師なんだけどな」
そうだけど、と心配そうな表情を崩さない妹の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
「ちょっと、髪が崩れるわ」
「心配すんな。兄上の素晴らしい活躍を、しっかり目に焼き付けるんだぞ?」
「もう……」
口を尖らせるアマリリスを、とりあえず近くの席に座らせた。
この演習場は、どちらかというと闘技場に似た設計で、土の地面が少し低くなっていて、それをぐるっと取り囲むような観覧席が用意されている。
戦いの影響が出ないようにしっかり魔法障壁もあるし、魔法師団でも何度か使ったことのある場所だ。
もう既に中心に立っているのは、エストレイとアレックスだ。
女性にしては少し高めの身長のエストレイは、簡素な黒のシャツに細めの黒のズボンを身に付けている。手には何も持っていないが、手首のところを覆うように籠手をつけているから、これで戦うのだろうか。
それに対して、アレックスは白いシャツに茶色のズボンで、大ぶりの剣を手にしている。
「アレックスなぁ……」
「彼、レオの友人よね?」
「そうそう。何回か屋敷にも来てるよな。リリィも会ったことあったか」
「えぇ。魔法学校でも、少し」
そう言ってアマリリスが曖昧に微笑む。
強かに見えて心根が優しすぎる妹がこういう表情を浮かべる時は、誰かのために何かしらを誤魔化そうとしている時だ。
一緒に難しい任務に当たる相手に何かあるのなら知りたい気持ちがあるが、アマリリスが知っているのであれば、きっとユークライも知っているはずで、この二人が特に止めはしないということは問題ないのだろう。
俺が見つめる中、観客席から中央へと軽々と飛び降りたラインハルト殿下が、二人の肩に触れる。
「あれは何を?」
「対戦者同士が誤って大怪我をしないように、あらかじめ魔法障壁用の魔法陣を仕込んでおくんだ」
「そんなに手合わせって危険なの?」
「まぁ、基本は相手の癖とか力量を見極めるものだから、よほど運と相手の腕がない限りは大丈夫だな」
「相手の腕?」
「本当に力量があるやつは寸止めもできるもんなんだよ。……お」
ラインハルト殿下が離れると、入れ替わりでユークライの護衛騎士であるヘンリックさんが、二人の元に近付く。
「両者、離れて」
その呼びかけに合わせて、二人が距離を取った。
大体五メートルほどだろうか。一般人からすると遠いとも考えられるが、俺達のような戦闘職からすると一瞬で詰めれる遠さだ。
二人とも近接戦闘が得意なように見えるが、どうなのか。
ここにいるのが魔法師団の同僚だったら、試合の顛末を予想して盛り上がるところだが、今隣にいるのは魔法学校を卒業したての可愛い妹で、今日は解説役に徹した方が良さそうだろう。
「両者、準備はよろしいか」
ヘンリックさんの低い声に呼応するように、空気がピリッと張り詰める。
エストレイは一度肩を回し、アレックスは感触を確かめるように大剣を手の中でくるっと回した。
「………始め!」
数秒置いて合図が告げられる。
その瞬間動き出したのは、エストレイの方だった。
かなり低い姿勢で、猛禽を想起させるような素早さと獰猛さで一気にアレックスのところまで迫った彼女は、その勢いのまま一度回転して蹴りを繰り出す。
ほんの瞬きする間に、しかも低い位置から接近してきたエストレイに、アレックスは冷静に一度距離を取った。
しかし、エストレイは容赦無くそこに追撃を重ねる。
左右の拳だけでなく、足での攻撃も交えながら、大剣に全く物怖じすることなく小刻みに攻撃を重ねるエストレイに対し、今のところアレックスはほとんど自分から攻撃をしていない。
「速いわね」
「目で追えるか?」
「……ギリギリ追えてないくらいだわ」
正直にそうアマリリスが言った時、エストレイの重い蹴りを受け止めて、アレックスが大きく後ろに飛ぶ。その時、わずかに彼の軸がぶれたように見えた。
「お」
状況が動きそうだと思わず身を乗り出す。
エストレイもアレックスの姿勢の乱れに気付いたようで、好機だと言わんばかりに追い縋った。
「……あ」
アマリリスが声を漏らしたのは、遠目から見てもわかるくらいアレックスがよろけたからだろう。
「いや、これは」
一瞬で距離を詰めたエストレイは、しかしすぐに反対向きに地面を蹴ろうとする。
「え!?」
「上手いな」
二人の周りをぐるっと取り囲むように土の壁が現れ、同時に土埃が舞う。
「一方的にやられたように見えてた時間も、多分これの準備をしてたんだろうな」
「今、どうなってるのかしら」
本来なら、こういった手合わせの場で周りから見えなくなるような手を使うのはあまりよろしくないが、ヘンリックさんも止める様子がなさそうだし大丈夫なのだろう。
断続的に金属音が聞こえてくるということは、まだ戦いが続いているということだ。
「……持ってあと数秒か」
「何が?」
「あの壁。見た感じ耐久力は低そうだし……ほら」
穴が空いて、そこからエストレイが飛び出し、それを追いかけるようにアレックスも出てくる。
術者のアレックスが離れると、ボロボロと壁も崩れていく。舞っている土埃が、アレックスが剣を振り回すと飛ばされて、ズタズタになった地面があらわになる。
「おぉ、すげえな」
「豪快ね」
細かい攻撃を重ねるエストレイとは対照的に、アレックスの戦い方は派手だ。
魔法で肉体を強化しながら、かなり重たい剣に風を纏わせて、重たい一撃を何度も繰り出していく。
いわゆる魔法剣士と呼ばれる人々のお手本のような戦い方だ。
「これ、どっちが優勢なの?」
「うーん……何とも言い難いな。エストレイの攻撃はしっかり効いているし、手数が多い分たくさん当たってる。逆にアレックスは避けられてはいるが、何度かいいやつを食らわせてる」
「なるほど……」
「ただなんとなく、体力的にはエストレイの方が消耗してそうだな」
少しずつ彼女のキレが落ちていっている気がする。
アレックスの方はまだ余裕そうで、むしろ段々と戦いに集中して反射速度が良くなっていっているように見えた。
剣と拳が交わされ、二人の立ち位置が目まぐるしく入れ替わり、甲高い金属音が鳴り響く。
一種の舞踏のようにも見えてくるのは、二人の腕が良くて動きが洗練されているからか、それともあまりにも二人が対極的だからだろうか。
「……あ」
ついに状況が大きく動く。
よろけたエストレイに、アレックスがしっかりと踏み込んで繰り出した一撃が直撃した。
籠手で受け止めたはいいものの、細身の彼女は無抵抗に飛ばされる。
「……おいあれ」
「目が空いてないわ」
視力のいいアマリリスも気付いたようで、兄妹揃って立ち上がった。
彼女が地面に打ち付けられるまでほんの数秒で、それでもどうにかと思って杖を取り出した瞬間だった。
「大丈夫か!?」
大声で叫びながら、アレックスが大きく飛び上がってエストレイを抱きかかえる。
危なげなく地面に降りた彼の腕から、すぐに意識を取り戻したエストレイが飛び降りた。
「……すまない!力が入りすぎた!」
「違う。私が遅れを取っただけ」
気遣うように差し出されたアレックスの手を、エストレイは掴まずに首を振った。
「あなたは素晴らしい戦士で、私はそれに及ばなかった。それだけ。……審判、試合は終了?」
「あぁ。二人とも、怪我はないか?」
腕や足を軽く振って確認してから、ありません、いいえ、とそれぞれに返事をした二人に、ヘンリックさんが軽く頷く。
「では二人は戻って。次は……」
彼が名前を呼ぶ前に、二つの人影が軽々と飛び降りた。
「……え」
アマリリスが声を漏らした時、彼女の視線の先にいる人物は、なんとなく想像がついた。
相手がアマリリスに何か後ろめたさを感じているのも、そして今のアマリリスを見る限り、彼女も複雑な気持ちがあるのは明らかだった。
何かあったのか、と聞きたい気持ちを抑えて、俺は努めて明るい声を出す。
「セルカとダラン、面白そうな組み合わせだな」
「……そうね」
どうもアマリリスの歯切れが悪いが、俺はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「どっちも未知数って感じだけど、個人的にはセルカが勝ちそうだと思うな。ダランが速いとしても、魔法で弾幕張られたらどうしようもないだろうし。リリィはどっちが勝つと思う?」
「……え、えぇ。そうね。確かに魔法で、そう、近付けないとどうしようもないものね」
数拍置いて返されたその返事。完全に上の空だった妹に思わず苦笑する。
が、そんな俺の様子にさえも気付いていないようだから、さすがに少し心配だ。
セルカもここ数日、アマリリスの話を出すと、少し表情が暗くなっていたことを思い出す。
何か喧嘩でもしたのだろうか。
俺がわざわざ出て仲裁しなくてはいけないほど二人は子供でもないから、きっとしばらくしたら仲直りできるとは思うが、それでもやっぱり心配だ。
特にアマリリスは、今まで喧嘩できるような友達もいなかったから、誰かとの本気の諍いなんて初めてだろう。
仲直りのための助言でもできたらいいが、困ったことに俺も喧嘩できるほど仲が良いのはそれこそユークライくらいしかいなくて、あまり参考にならない。
「両者、準備はよろしいか」
ヘンリックさんの声で、意識がそこに引き寄せられる。
すっぽりと体全体を隠すような黒のローブを着たセルカは、手に何も持っていない。
ダランは腰から片手剣を抜くと、ゆったりと構えた。
「……おぉ」
セルカの魔法の腕前は、俺自身自分の目で何度も見たことがあったが、ダランの評価は本人の申告とラインハルト殿下の言葉でしか聞いたことがない。
初めて聞いた時は正直信じられなかったあの言葉が、その構えの隙のなさで信憑性を増す。
「お手柔らかに、セルカ」
「こっちのセリフなんだけど」
軽い調子で交わされたその言葉が終わるのを待って、ヘンリックさんが最後に一度両者を見て息を吸った。
「……始め!」
そこから勝負が決したのは、本当に、ほんの一瞬のことだった。
セルカが手を振ると、そこから無数の火球が生み出され、一斉にダランに襲い掛かる。
視界を埋め尽くすような数と熱の暴力。観客席にいる俺達にも届くほどのものだった。
ほぼ準備なしで繰り出された火属性での攻撃魔法。
魔法師団でも、そうそう全員がこの練度と速度でできる技ではない。
が、それらの火球が届く時には、もう既に彼の剣先がセルカの喉笛を捉えていた。
「……止め!」
ヘンリックさんが声をかけると、ダランの剣が下ろされて、セルカの大きな溜め息がここまで届く。
「私にどうしろっていうの。わかってた結末じゃない」
「僕らの間ではね。今回の目的はお互いの力量を見せ合うことでしょ?」
「それがわかってるなら、手加減してくれても良かったのに」
「ラインハルトの顔は汚せないからね」
そう言ってダランは、自らの主を見上げるとにっこりと笑った。
「これでよろしいですか、ラインハルト?」
「あぁ。上出来だ」
まるでなんでもないことのように会話を交わす主従を見て、乾いた笑みが漏れてしまう。
そもそもこの手合わせは、昨日の会議の折に発案されたものだった。
目的はもちろん、互いの力量や得意不得意を確認するため。陛下から指名を受けた、様々な背景を持つ者が選ばれているこの調査隊には、確かに必要なものだった。
ある程度の戦闘が予想される俺達にとって、どういった編成で戦うのかというのは重要な問題で、慎重にならないといけないところ。
だからこそ、まずは口頭でそれぞれの能力を伝えてもらった上で、実際に手合わせをし、最終的に確定させようという話だったのだが。
そこに爆弾を落としたのが、この二人だった。
「……本当だったんだな」
「本当って、何が?」
アマリリスが俺の呟きを拾う。
どう説明したものかと思いつつ、ありのままを伝えるのが一番楽だなと、俺は昨日のことを思い出しながら口を開いた。
「『ダランは魔法は使えないが魔法師よりも速い。だから並の魔法師には絶対に負けない』って昨日ラインハルト殿下が言ってたんだよ」
魔法という戦い方は、発動に時間がかかるという点や魔力量が先天的という点を除けば、他のどんな戦い方よりも強力と言われている。
だからこそ魔法使いは他の戦士に対してかなり優位に立つことができるし、その頂点と言われる魔法師は尊敬を集めるのだ。
そんな魔法に特化した相手に、純粋な肉体だけで勝つのは不可能だ。
実際、軽く聞いた感じ、魔法ではない何かしらの方法で肉体を強化してはいるらしいが、ダランの魔力量はそこまで多くないし、何よりあの反射神経や動体視力、燃え盛る火球の真横を通り過ぎる胆力は、常人のものではない。
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-
1,294
-
8,778
-
-
15
-
2
-
-
3
-
32
-
-
158
-
245
-
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2
-
20
-
-
16
-
2
-
-
6
-
46
-
-
2,798
-
1万
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
78
-
310
-
-
30
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9
-
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12
-
12
-
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42
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14
-
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30
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35
-
-
6
-
5
-
-
6,186
-
2.6万
-
-
159
-
757
-
-
5
-
1
-
-
61
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89
-
-
5
-
0
-
-
2
-
1
-
-
15
-
12
-
-
6,663
-
6,968
-
-
4,189
-
7,854
-
-
2,859
-
4,949
-
-
3,214
-
1.5万
-
-
209
-
164
-
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10
-
1
-
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83
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285
-
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21
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2
-
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14
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2
-
-
87
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139
-
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7
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15
-
-
4
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1
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-
2
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1
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6
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44
-
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181
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157
-
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-
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3.1万
-
-
7,468
-
1.5万
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-
406
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-
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