【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

43話:会議へ

※8月22日内容の齟齬を修正








「おはよう、リリィ」

 食堂へ行くと、先に待っていた兄上が声をかけてくれる。

「いくつか用意してもらったから、食えそうなものから試してみろよ。水を飲むのも忘れないようにな。よく噛んで食えよ。あとスープまだ熱々だからもうちょい冷めてから……」

「もう兄上。子供扱いしないで」

「病み上がりは大人しく言うこと聞いとけよ」

 そう言って悪戯っぽく笑う兄上に、久しぶりのこういった会話がすごく楽しくて私も思わず笑ってしまう。

 席に着くと、次々にクロッシュが取り去られ、机の上に並んでいる数々の料理があらわになる。
 優しいチキンベースだったり、豊かな野菜だったり、瑞々しい果物の芳しい香りに、お腹が空腹を主張してきた。

 心の中でいただきますと言いながら、丁寧に飾り切りされたりんごに手を伸ばす。

 しゃくりと音が鳴って、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。
 こんな素朴な味でさえも、なんだか生きている実感なような気がしてきて、不思議な感慨が湧いてくる。

 一度手を動かすとなかなか止まらず、水でゆっくり流し込みながら久しぶりの食事をとった。
 食べ慣れた味でありながら、どこか新鮮な気持ちがするのは、私自身が変わったからなのだろうか。

 黙々と食事を口に運んでいると、兄上が唐突に咳払いをした。

「リリィ、いいか?」

「ん……なに?」

 柔らかいパンを飲み込んで返事をすると、兄上が真剣な表情で、口元にソースをつけて私の方を真っ直ぐに見つめていた。

「っ…!?」

 思わず笑ってしまいそうになるが、あまりにも真面目な顔つきをしているから、指摘をすることも吹き出すこともできない。
 いつの間にか人払いもされていて、この広い食堂に私と兄上しか残されていないから、私しかこのことに気付いていないという事実も相まって、どうにもならない葛藤が収まらない。

 眉間に皺を寄せ、大きく溜め息をつく兄上。その唇のすぐ横で、その存在を主張する茶色のソースは、きっとデミグラスソースか何かだろう。
 それを指摘するのを躊躇していたら、結局言い出すことができず、兄上が口を開いた。

「……お前に、仕事がある」

 本当に真剣な話だと、その声のトーンからもわかる。
 私は一旦視覚的な情報を遮断して、話に意識を集中させた。

「誰からの依頼?」

「ユークライとラインハルト様の連名だけど、大元は陛下」

 突然の予想していなかったビッグネームに、私は言葉が出ない。

「……陛下?」

「あぁ。あのユークライの夜会の襲撃事件の首謀者を突き止めて捕まえろってことらしい」

「……そういうことね」

 なんとなく読めた。
 リズヴェルトから前に教えてもらった情報を思い出す。

 ララティーナ・ゼンリルに反逆罪の疑いがかかっている。そして、私もそんな彼女に狙われている。
 私を彼女から守るために人員を割くくらいなら、むしろ私が彼女を追い詰める側に回ればいい。

 効率重視で一見すると突拍子もないことを言い出す陛下は、きっとこんな風に考えたのだろう。
 そしてユークライ殿下とラインハルト様の連名での依頼ということは、この一連の捜査を王太子選の試金石にしようとしているのかもしれない。

 王太子選は、もちろん貴族社会での評価や民意も反映されるが、結局判断を下すのは陛下だ。
 次期国王の見極めに、こんな重大な事案を利用しようとする陛下の底の知れなさにゾッとする。人の、自分や家族の命がかかっているというのに。

「で、まぁ予想ついてるかもしれないが、俺もこれに関わってる」

「そうなの?」

「出来るだけ秘密裏に進めろとのお達しだから、事情を知ってて能力があるやつは積極的に使っていこうっていう方針らしい」

「なるほど……今のところ何人くらいなの?」

「十一人」

「十一!?」

 想像以上の少なさに声を上げた私に、兄上は「しかも」と続ける。

「実働部隊含めてこの人数だ。一応もう一人か二人くらいは増やそうと思ってるんだが、準備に時間かかるらしくてな」

「そう……」

「ちなみに、リリィは頭脳派としてかなり頼りにされてるから、あんま無理しない程度に」

「えぇ、頑張るわ」

 決意を込めてそう告げると、兄上が弱々しく笑って、そして大きな溜め息をついた。

「はぁぁ……」

「どうしたの?」

「いや、それがな」

 兄上がちょいちょいと私を手招きするので、私は少し体を屈める。
 人のいない部屋なのにわざわざ小声で囁くということは、余程内密な話なのだろうか。

「……実は二日前に、陛下が襲撃された」

「っ、陛下が…!?」

 あまりの衝撃に声が出ない。

 この国の頂点である国王陛下。
 もちろん陛下が住む王城の警備は蟻一つ通さない厳しさで、その護衛は国中から集められた精鋭ばかり。
 常に一騎当千の騎士が巡回し、人だけでなく動物の出入りも厳しく管理されているはずなのに襲撃されるなんて、それこそ歴史上でも数回しか起きていない。

「……陛下は、ご無事なの?」

 どうにか、その問いかけを絞り出す。

 未だにショックから抜け出せず、考え得る嫌なシナリオばかりが頭を過ぎった。
 父上が今ここにいないのもひょっとして、と思ってしまう。

「あぁ。そこにちょうどセルカがいたらしくて、陛下は傷一つないらしい。セルカは若干怪我してたけど、魔法師団で治療してもらってるから平気だ」

「そう……良かった……」

 ポンポンと出される重要な情報に、頭の処理が追いつかなさそうになる。

 一個ずつの衝撃的な事実をどうにか噛み砕いて、感情も折り合いをつけて、ひとまず国家の根幹を揺るがすまでの事態にはなっていないということは理解して、安堵の息を漏らした。

「……陛下は、今どちらに?」

「王城。襲撃起きたところ。周知しないんだとよ、このこと」

「どうして?」

「外遊があるんだ。あんまり国内のゴタゴタは表にしたくないらしい」

「そういうことね」

 政治的な判断であれば納得だ。
 特に今、近隣諸国との関係がピリついているという噂もある。

 本来なら、一度侵入があったところは経路などが流出している可能性があるのですぐに移動するべきだが、きっとそこも上手く対処しているのだろう。

「じゃあ、父上は今外遊のこと関連で動いているの?」

「あぁ。ずっと王城に詰めてる」

「母上は?レオとルゥもいないみたいだけれど」

 あぁ、と兄上が体を引いて一度水を口に含んだ。絶対に他者に、使用人にさえも聞かせられない秘密の話は終わったということだろう。
 私もそれに合わせて、再び椅子に座り直す。

「三人は領地に戻ったんだ。クリスト家の関係者も狙われてるから、安全を考えてな。本当はリリィが目を覚ますのを待とうとしたんだが……ちょっと、王城でさえって考えるとな」

「確かに、その方がいいわね」

 領地にあるうちの屋敷は、砦とも城とも呼べるくらい堅固なものだ。私兵も多いし、信頼できる使用人達がいる。
 確かに、陛下でさえ襲撃されてしまったような状況なのだ。

 母上達が安全な場所にいるなら良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。

「そんな感じで、早速で悪いんだが今日は顔合わせがあるんだ」

「顔合わせ?」

「今回の特設調査隊の顔合わせ。王城であるんだが、行けそうか?」

「えぇ」

 思っているよりも身体の調子が良い。
 起きたばかりの時は節々が痛くて筋肉の衰えも感じたけれど、お腹にものを入れると段々思考がはっきりしてきて身体も動いてくる。

「じゃあ準備してくるわね」

 ちょうど食事もひと段落ついたところだし、今から出れば、昼前には王城には着けるくらいの時間だ。

「一緒に行くか。馬車を用意させとくから後で玄関でな」

 頷いて立ち上がると、一瞬ふらついてしまう。
 慌てて椅子を掴んだ私に、兄上が手を伸ばしてくる。

「大丈夫か!?」

「えぇ、大丈夫。……今日は歩きやすい服と靴にするわ」

 いくら気力が回復しても、身体はそうすぐに調子を取り戻してくれるわけではない。
 こんな調子では万全な受け身も取れなさそうだから、しばらくは気を付けて体力回復に努めないといけなさそうだ。

「無理そうだったら遠慮なく言えよな」

「わかったわ。ありがとう」

 私を心配してくれる兄上に、そういえばと口を開く。

「口元にソースついてるわよ」

「え!?あ、ほんとだ!?」

 本気でびっくりしている兄上の様子がおかしくて、ツボに入ってしまって、しばらく笑いが収まらなかった。





 それから一時間ほど後、馬車に乗り込んで王城へ向かった。
 侍女のヘレナもついて来てくれて、いつもより過剰なくらいたくさんの柔らかいクッションが積み込まれた座席に座りながら、兄上に何度も体調を心配されながら、ガタゴトと揺られる。

 到着すると、奥まったところにある会議室まで案内された。

「こちらになります」

「ありがとな」

 案内役の衛士に軽く会釈する。
 普段なら一人か二人なのに、四人で仰々しく案内をしてくれたのは、きっと陛下の襲撃のことを受けてなのだろう。

 扉が開かれると、ちょうどすぐそこにいたラインハルト様と目が合った。

「あ……」

「……元気、か?」

 その端的な問いかけに、私ははっきりと頷く。

「そうか」

「ご心配おかけして申し訳ありません」

「いや。良かった」

 微かに笑みをその口元に浮かべたラインハルト様の後ろから、ダラン様が顔を出す。

「回復なさったんですね。良かったです」

「ダラン様、ありがとうございます」

「お席へ。ラインハルト」

 ダラン様に言われて、ラインハルト様がぎこちなく私に手を差し出した。
 兄上は先に室内に入って既にユークライ殿下と会話しているようで、私は有り難くラインハルト様の手を取る。

 少ない人数しかいないが、さすが王城の会議室と言うべきで、中には階段があり全体が二つに分かれている。
 そこの中心の円卓のところに座っているメンバーの中の一人と、ふと目が合った。

「……アマリリス」

 彼女が小さく呟いた私の名前は、この広い会場に大きく響く。

「セルカ。怪我をしたって聞いたけれど、大丈夫だった?」

「あ……うん。むしろ、アマリリスの方が……」

「私はすっかり元気よ。まだ体力は戻ってないけれど」

 そう言って笑ってみせると、アイカは強張った笑みを返す。

「そっか」

「えぇ」

 どうにも上手く会話が噛み合わない。

 こういった態度を取られてしまうことは予想はしていたけれど、私の方に視線は向けながらも目を合わせてくれない彼女に、距離を取られてしまっていることがはっきりとわかって心がざわつく。

 どうにもぎこちない私達二人を見て、気を遣ってくれたのかユークライ殿下が私に声をかけてくれる。

「アマリリス嬢、快復したようで良かったよ。病み上がりなのにわざわざ王城まで出向かせて申し訳ない」

「いえ。迅速な対応が必要なことですから」

「ありがとう。とりあえず座って」

 階段の途中で止まっていた私達は、そう言われて再び歩き出す。

 やっぱりアイカは私のことを気にしているみたいだ。
 過去に、"アマリリス"が全てを思い出せていないと言った時にホッとした表情を見せていた彼女は、私が最期の記憶を取り戻したことに責任を感じているのだろう。

 私からすれば随分的外れな責任感だと思うけれど、彼女がそういう人物だということはよくわかっている。
 人と上手に関わるのが得意なように見えて、実は距離の取り方が苦手で、他の人の重荷さえ自分のものとして扱ってしまうのが、アイカだ。

 彼女に私はしっかりと伝えなくてはならない。
 私の過去は、私が背負えると。

「……あっ!」

 かなり気を付けていたつもりだったのに、思考に沈んでいた私は階段を踏み外してしまう。

 嫌な無重力感が襲い、背筋にピシャリと冷たいものが投げ付けられて、反射的に目を閉じた時だった。

 グッと身体が引き寄せられて、硬い胸板に頭を抱えられる。

 怪我をしかけたという焦りと、私の肩をしっかりと抱き締めてくれる腕の力強さに、心臓がバクバクと激しく拍動する。
 かなりみっちゃうしている

「……大丈夫か」

 降ってきたその平坦な声は、よくよく聞くと焦りが滲んでいた。

「申し訳ありません。考え事をしてしまっていて」

 ゆっくりとラインハルト様から離れ、両の足で床を踏み締めた。
 それでも手はどうしてか離し難くて、手を繋いだまま階段の途中で向かい合う。

 彼の、どこか不安そうに揺れる橙色の目を見ると、さっきまで密着していたことを思い出して、さらには前の夜会でもこのように抱き締めてもらったことまでフラッシュバックして、耳が熱くなった。

「……すまない、反射的に」

「いえ、私の不注意が招いた事態ですので」

 正面からお互い向かい合って手を繋いでいて、それを周りに見られていると思うと恥ずかしさが止まらなかった。
 しかし急いで席まで向かおうにも、一人で階段を下がるのは少し怖いし、手も依然として繋いだままだから、結局二人でゆっくり下がっていく。

 足の運びに意識を集中させると、顔の熱が引いていった。

 そう、あくまでラインハルト様は病み上がりで筋力が衰えてしまっている私を、純粋な心で助けようとしてくれただけだ。
 変に恥ずかしさを感じる方が失礼というべきだろう。

「……アマリリス」

 慎重に足を運ぶ私に、ラインハルト様が小さく囁く。

「話は聞いているのか?」

「兄上から聞いていますわ」

「そうか。……安全には万全を期すが、もし不安があればいつでも言ってくれ。僕がどうにかする」

 どうにかする、なんてひどく抽象的なセリフが頼もしく思えるのは、彼の先日の夜会での献身的な治療を間近で見ていたからだろう。

 誰かのために力を尽くすことを厭わないあの姿に心を動かされたのも、私にとってはつい昨日のようなことだが、もう何日も経っていることに愕然とする。
 この数日の間に、私の知らないところでかなり事態が動いているということに、なんとも言えないざわつきを感じた。

「大丈夫か?」

「えぇ。ありがとうございました」

 階段を降り切って、この会議室の中央にある机のところまで来たところで、ラインハルト様が手を離す。
 椅子を引いてくれた彼に一礼して、既に席についている何人かにも会釈をしてから腰を下ろした。ラインハルト様も、並んで席に着く。

 私の後ろにヘレナが立って、ユークライ殿下の後ろにも二人の護衛騎士が立っている。
 ラインハルト様の後ろには、初めて会う青年がやってきた。

「一人足りていないんだよね?」

 全員が机の周りに集まったのを確認して、ユークライ殿下が兄上に声をかける。

「今鍛えてもらってるから、合流できるのはもう少し後だな」

「わかった。じゃあ始めようか」

 ユークライ殿下がそう告げると、一気に空気が引き締まった。

 真剣さを帯びた空気の中で、ユークライ殿下はいつもの泰然とした笑顔で話し始める。

「まず我々は今回、特設捜査隊として動くことになる。表向きの目的は、先日俺が主催した夜会で発生した襲撃の実行犯と首謀者を突き止めて逮捕すること。ただ、実際の目的はもう一歩踏み込んだところにある」

 ふと、この機密情報が話されている場にヘレナがいることに疑問を覚える。

 彼女は私つきの侍女で、もちろん信頼している相手でこそあるけれど、こういった話に巻き込める相手ではない。
 しかし兄上も周りも、何より本人も何も言わないということは、ヘレナにも何らかの役割があってここにいるのだろう。

「今、ララティーナ・ゼンリルという女性に反逆罪の疑いがかかっていて、彼女が王家だけでなくクリスト家も狙っているという話がある。その真相を突き止めて、先日の夜会の襲撃との関連性があればそれを明らかにすることが、最終的な目的だ。ただ、油断できない相手ということもあって、秘密裏に気取られないように捜査を進めていきたいと思う」

 予想通りの裏側だった。
 わかってはいたけれど、ララティーナ・ゼンリルという名前を聞くと、未だに少し喉に何かがつっかかるような気持ちになる。

「基本的には、俺達だけで全てを行うつもりでいる。大人数を動かせるようになるのは、断定的な証拠が見つかってからになるから、一人一人の負担は大きくなってしまうけれど、上手く互いに補っていきたいと思う」

 さて、とユークライ殿下が一息置く。

「俺の方からここにいる全員を簡単に紹介していこうと思う」

 その言葉に、ここにいる私を含めた十二名の顔を見渡した。

 何人か面識のない人もいるが、本当に頼もしい人ばかりだ。
 果たしてどんなチームになるのだろうとわくわくを感じながら、私はユークライ殿下の次の言葉を待った。

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