【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

42話:目覚め

「……ん」

 目を開けると、そこは見慣れたベッドの天蓋だった。

 重たい瞼を擦りながらゆっくりと体を起こすと、じゃらりと鎖の音がする。
 驚いて薄暗い中目を凝らして見ると、私の両手首にはそれぞれ手枷がつけられていて、その先には大きな水晶が繋がっていた。

「これ……けほっ」

 喉が渇いているのか、思わず言葉が溢れただけで咳が出る。
 きっと近くにコップがあるだろうと思っても、暗いし動きにくいしで見つからない。誰かを呼ぼうにも、今はどうやら深夜のようだ。

 どうしたものかとベッドのヘッドボードに体重を預けて溜め息をつくと、ふと人の動く気配がする。

「……お嬢様?」

「その声、ユカリ?」

「はいっ、そうです!あぁ良かった、お嬢様の目が、覚めて、本当に良かったです」

 暗がりの中から姿を現したユカリは、近くの照明の魔法具を付ける。
 異国出身のドレス職人である彼女がここにいるのは少し不思議ではあったが、いてくれて心強い。

 パッとついた明かりは、ベッドの近くのみを照らすほどの光量しかなかったけれど、久しぶりに本物の光を目にする私にとってはかなり眩しいものだった。

「……私、どれくらい眠っていたの?」

「三日前……もう、次の日になってるから、四日前の昼からです」

「そうなのね」

 アイカと話して、そのままずっと気を失っていたのだろう。
 てっきり一日程度かと思ったら、かなり長い期間意識の無い状態だったことに驚くとともに、身体の誤魔化しきれないだるさと微妙な痛みに納得する。

 パタパタと小走りに部屋の中を歩き回りカーテンを開けたり、水桶と着替えを持ってきてくれたりしたユカリは、置いてあるコップに水を注ぐと私に手渡してくれた。
 ありがとう、と掠れた声で告げながら口を付ける。

 きっと私が眠っている間も水分補給はさせてくれていたのだろうけれど、それでも久方ぶりの水分に思わず安堵の溜め息が出る。
 ひんやりとした水が喉を下っていく感覚でさえ、なんだか嬉しい。

「ユカリ、ずっとここにいてくれていたの?」

「今夜だけ、です。ヘレナが、前の日までは」

「そう……ヘレナにも、みんなにも会いたいわね」

 少しずつ明るさに慣れてきた目で時計を確認すると、日が昇るまでまでもう少しという時刻だった。

「そういえば、この鎖は?」

「魔力の制限のため、らしいです。お嬢様の魔法が、暴走してたので」

「私が暴走?」

 暴走させるほどの魔力も私には無いのに、と口にしようとした時、身体の奥でドクンと魔力が鼓動した。

「っ!?」

 ぐつぐつと煮えたぎるマグマのように熱く、谷を下る濁流のように手の付けられない力が、私の奥から湧き出てくる。
 途端に息がしづらくなって、反射的に胸の辺りを押さえたが、呼吸が荒くなっていくのは止められない。

 今までに感じたことのない大きな力に、なんとも言えない全能感が溢れてくる。
 今の私ならなんでもできる、なんでも壊せるしなんでも思い通りだと、そう悪魔が囁いてきた。

 しかしそれと同時に、その強大な力に対する恐れも湧いてくる。
 もしも理性を失ってしまったら、誰かを傷つけてしまったらと考えると、途端に怖くなってしまう。

 そんな感情の揺らぎに、さらに魔力が波打ち、溢れ出そうになる。

「……っ」

 その瞬間、手枷と触れている手首の辺りから、一気に魔力が抜かれていく。

 自分の中にあるものを吸い出されるという慣れない感覚に、思わず顔を顰めた。採血のような感じではあるけれど、それ以上に不快感が強い。

 すると、そんな感情に呼応するように、どんどん私の中で魔力が渦を巻き、勢いを増していく。

「っは……」

 自分の魔力が自分のものではないように、まるで意志を持っているかのように暴れ出す。

 視界がだんだんチラついて、頭が痛くなってくる。
 震える手で頭を押さえようと思った時、ユカリがパッとその手を取った。

「魔力が、溢れてます。落ち着いて、目を閉じてください」

「っ、……わかったわ」

 言われた通りに目を閉じる。

「感じて、ください。お嬢様に眠る魔力、とても大きなものです。でも赤ちゃんみたいに、すぐに機嫌が悪くなってしまいます。お嬢様の感情に、影響されて」

 だから、とユカリが訥々と続ける。

「お嬢様が、魔力を安心させたら、大丈夫です」

「魔力を……安心させる?」

「はい。お嬢様なら、できます」

 会話をしている間にも、止まらない魔力の奔流は熱を帯びて私から流れ出ようとしてくる。
 それをどうにか堰き止めようと、押し戻そうとしていたが、ユカリの言葉を聞いて試しに力を抜いてみた。

 荒れ狂う魔力の流れを宥めるように、ゆっくりと優しく魔力を絞っていく。
 赤子を扱うように丁寧に慎重に、その操作に神経を注ぐと、さっきまで感じていた妙な高揚感と恐れが薄れていき、呼吸も戻ってきた。

 身体の深くに眠る魔力の熱が、完全に冷めたわけではない。
 しかし、すっかり落ち着いて凪いでいく。

「……ありがとう。助かったわ」

 もう大丈夫だと、そう思って目を開けると、ユカリがにっこり笑っていた。

「良かったです。……若様」

 彼女の視線が向いた入り口に私も目を向けると、寝巻きのままの兄上がそこに立っていた。
 寝癖もついて寝巻きも若干乱れていて、相当急いで来てくれたのだとわかる。

「兄上!」

「リリィ……無事、目が覚めて良かった。一気に魔力が溢れたからまた魔法が暴走するのかと思って駆け付けたんだけど、どうやらユカリのお陰で大丈夫だったみたいだな」

 私の横まで来てくれた兄上は、私にかけられた手枷を懐から取り出した鍵で外す。

 割れ物かのように優しく私の手に触れてくれる兄上は、痛ましい表情で、私の手首についた跡を見つめていた。

「ごめんな。あまりにも魔力量が多すぎて、こんな本来なら容疑者とかに使うものしか用意できなかったんだ」

「いいの。……私のせいで、心配と迷惑をかけてごめんなさい」

 手枷を外してもらって自由になった手を強く組んで、兄上に頭を下げる。

 ただでさえ社交界シーズンに加えて王太子選でバタついている時期なのに、私のせいで余計な負担を増やしてしまった。
 魔法が暴走したということは、きっと我が家の中で最も魔法に秀でた兄上が対応に駆り出されたのだろう。魔法師団としての仕事もあるはずなのに、色々な対応をさせてしまって、しかもこんな早朝に起こしてしまうことが、申し訳ない。
 この魔力を吸い取る鎖だって、そう易々と用意できるものではないだろう。

 顔を上げられない私の頭に、ポンと手が乗せられた。

「いいんだよ。魔法学校を卒業して成人しても、いくつになっても、お前は俺の妹なんだから」

「……兄上」

 兄上の、少し低められた優しい声に、目頭が熱くなる。

 ここで泣いて困らせるわけにもいかないと、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けてからゆっくり顔を上げた。
 嬉しそうに笑う兄上は、もう一度私の頭に軽く手を乗せると、慣れた手つきで鎖を巻き取りながらユカリに話しかける。

「そういえば、スイレイ国だと魔力は自分とは違う存在だって考えられてるんだよな」

「はい。魔力は……タマシイ?で、私達を守ってくれます。一人一人、違うタマシイです。だから、対話が大切です」

「あー、魂ねぇ……うーん、そういう理論とかは畑違いなんだよなぁ」

「ハタケ違い?」

「専門じゃないってこと。ドレスも屋敷もどっちも大きな括りだと物作りだけど、全然違うだろ?」

「あぁ、わかりました」

 いつの間に仲良くなっていたのか、ぽんぽんと会話をする二人に、なんだか日常に戻ってこれたような気持ちがする。

 本当に良かったと、心から思う。
 ホッとすると、グゥと大きくお腹が鳴ってしまった。

「あ……」

「ははっ。そっか、なんも食ってないもんな」

 楽しそうに笑う兄上に、私は恥ずかしさで唇を尖らせることしかできない。

 もう十八にもなって、人前で空腹でお腹を慣らしてしまうなんて。

「多分もう仕込みとか始まってるから、俺ちょっと食堂行って胃に優しいもん貰ってくる。ユカリ、リリィの身支度を手伝ってやってくれ」

「かしこまりました」

 じゃあまた後で、と言い残して出て行く兄上に、私は笑顔で頷き返す。

 少し話しただけでもなんだか疲れた気がしてしまうのは、ずっと寝たきりだったからだろうか。
 わずか四日もないくらいなのに、ここまで身体が衰えるのだと思うと、意識が戻るのがもっと遅かった時のことを想像してしまいゾッとする。

「では、服を選んできますね」

「えぇ。お願いね」

 衣装部屋に消えるユカリを見送って、私は大きく息を吐いた。

 良かったと、心の底から思う。
 "天音"と"アマリリス"が完全に混ざっても、私はこの人達のことが大好きで信頼できるということを改めて確認できて、胸を撫で下ろす。


 前までの私は、"天音"の記憶を持つ"アマリリス"だった。だから人格も大して変わらなかったし、大切なものも変わらなかった。
 けれど今の私は、完全に二人が一人となった存在だ。

 本当は、自分が自分でなくなってしまうことが少し怖かった。
 いくら前世とはいえ、"アマリリス"として生きてきた十八年間は"アマリリス"としてもので、それは"天音"の人生もそうだったから。

 そんな心配が杞憂だったことに、心底安堵する。
 大事なものはなくなったりしなかった。ただ増えただけで。

「……アイカ」

 ふとその名前を口にする。

 私の部屋の窓からは、彼女がいるはずの別邸は見えない。それでも彼女を一目見えないかと、つい視線が外へ向いてしまう。

 私の命の恩人で、心中相手で、護衛で、姉で、友人。
 彼女のことを形容する言葉は多すぎて、結局のところアイカはアイカなのだとしか言えない。

「……お嬢様、こちらでよろしいですか?」

 ユカリは私の体調を慮ってか、緩めのシルエットのドレスを選んでくれた。

 着替えるために重い身体を起こして、着付けを手伝ってもらっていると、だんだんと空が白み始めてくる。
 太陽の光に目を細めながらゆっくり身支度をしていると、扉がノックされた。

「どうぞ」

 入ってきたのは、私付きの侍女であるヘレナだった。

 彼女は私を見つめると、その海を映したような大きな青い瞳を見開いて、口元を押さえた。

「お嬢、さま…っ」

「ヘレナ。心配かけたわね、ごめんなさい」

「そんな……お嬢様が目を覚まされて、こうして直接お話できるだけで、感無量でございます…っ」

 涙ぐむヘレナは、着替え途中の私を見て眉を下げる。

「お痩せになって……お顔の血色も……」

「そうね。みんなをあまり心配させたくないから、化粧で隠せるところは隠してくれるかしら?」

「……かしこまりました。ご随意に」

 そう言ってにっこりと笑ってくれたヘレナが、着付けを手伝ってくれる。

 着替えも終わり、次は化粧台の前に腰を下ろした。
 立っていたのは短時間だったのに、こうして一度座ってしまうと疲労が一気にくる。

「楽になさっていただいて構いませんよ」

「そう?じゃあ少し目を閉じているわね」

「かしこまりました。終わりましたらお声がけいたします」

 瞼を閉じると、筆が私の頬を走る軽い音や、朝日と共に鳴く鳥の声が聞こえてくる。

 なんてことのない平和な日常。大好きな人達に囲まれた、平穏な日々。

 しかしこれがありがたいものであることを、最近よく思い知らされる。
 天音として生きた記憶がより自分ごとになったことも相まって、信頼できる人が身近にたくさんいることに、本当に感謝してもしきれない。

「……終わりました。ご確認くださいませ」

「ありがとう」

 目を開けると、鏡の中の自分と目が合う。

 普段とほぼ変わらない顔色なのは、ヘレナの腕の良さのお陰だろう。
 そこにいるのは、いつもの私。

 長く波打つ銀の髪に、光を吸い込むような黒の瞳。
 私を見つめ返すその双眸は、私が見慣れたそれとは違って、なんだかどこか力があるような気がして。

 ━━━だって私達が一緒になれば、怖いものなんてないでしょ?

 前の天音だったら、きっとそう言っただろうか。

 ━━━私達二人なら、どんなことでも乗り越えられるわ。

 前のアマリリスだったら、そう言ったかもしれない。

 しかし今の"私"だったら、こう言うだろう。



 私達は絶対に幸せを諦めない、と。

コメント

  • イチゴ

    とても楽しかったです。応援しています

    1
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