【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

36話:裏で動くのは

「襲撃者の追跡をしたセルカです」

 立ち上がったアイカがそう名乗って一礼する。

「経路や戦闘の詳細は、紙面に起こして後で報告します。時間がかかりすぎるので」

「そうしてくれると助かるよ。最終的にどこで見失ってどの方向に逃げていったか、それと何か襲撃者について気付いたことは?」

 ユークライ殿下がそう問いかける。

「最後、この会場の北にある森で戦闘になり、数秒意識を失った際に逃げられました。魔法の痕跡が辺りにばら撒かれすぎていて、方向はわかりません。……気付いたことは、そちらのフィオラさんの報告を裏付けられることです」

「あたしの…?」

「今回の件、全て一人の襲撃者によって引き起こされたものです」

 なっ、と何人かの声が重なる。
 私も信じられなくて、思わず口を押さえた。

「にわかには信じ難い。三名ではないのか?」

「土の人形です」

 そう言いながらアイカが手のひらを上にして、魔法で土で小さな人形を作った。
 視線を集めたその人形は、軽妙に踊り出す。

「周りで何か起きたら、もちろん警戒心は上がるけれど、その瞬間はそっちの方に意識が持っていかれて隙ができる。そこを多分、襲撃者は狙おうとしていたんだと思います。後は捜査を撹乱される目的もあったのかもしれません」

 人形が二体、三体と増え、アイカの肩や頭の上に移動する。

 頭に登った人形が、跳ね上がって回転をすると一瞬で消えた。
 そしていつの間にか、肩に乗っていたものもいなくなっている。

「目撃された襲撃者は、全員黒いローブを羽織っていました。体型も肌の色も隠すから、最低限の大きさの土の塊で十分です」

「それは推論か実際に見たのか、どちらなんだ」

「実際に見た……というか、壊しました。追跡中に、本体の盾代わりにされて」

 師団長の問いかけに答えたアイカが不満げな顔をしていて、まさかまだ彼女に怒っているのかと思えば、違う原因だった。

「絶対に仕留めたと思ったのに……。闇属性を使って認識阻害してくるし、使い捨ての土人形が私に体当たりしてくるしで、本当にイライラさせられました」

「逃げながらそれらの魔法を?」

「はい。風属性で自身を加速させながら、私に向かって主に火属性と土属性、闇属性で妨害を。私も応戦して最終的に取っ組み合いに持ち込んだんですが……」

「セルカちゃんセルカちゃん、その襲撃者、逃走中に呪術は使ってた?」

 フィオラさんの問いかけにアイカは頷く。

「土の欠片に、そこまで強くはなさそうだけど込められてました。回収しようとしたんですけど、すぐに移動するし、少し魔力当てただけでぼろぼろに壊れちゃって」

「なるほどなるほど……あ、その呪いがその場で組まれたものかってわかる?」

「魔力の感じからして、その場で組んでましたよ。……本当に相当な手練れです。後で私達が通ったところ見たらわかりますよ。最後は強烈なのもらって、逃しました。って私が言うと、なんだか負け惜しみに聞こえるかもしれないですけど」

 自嘲気味に笑ったアイカに、反応したのは兄上だった。

「いや、セルカで逃げられるなら、俺でも絶対に逃げられてた。無事に戻って報告をしてくれるだけで十分だ。な、ユークライ」

「あぁ、そうだね。念の為、戦闘が行われた箇所を調査してもらえるかな?」

 ユークライ殿下がそう言うと、師団長が頷く。

「後ほど魔法師団に調査に向かわせます。具体的な最終地点の場所は?」

「これです。経路と戦闘内容を書いてます。後で清書して渡しますよ」

 アイカが師団長に小さく折り畳まれた紙を渡す。
 そこに書かれた内容を一読した師団長は、ほぉと声を漏らした。

「ここに書かれていない内容はあるのか?」

「ありませんよ。全部そこに」

「ならば清書は不要だ。これを貰う」

 え、とアイカが驚きで目を見開く。

「私は構いませんけど……」

「では決定だ。……会場の警備は決して穴があったわけではないが、襲撃者は現れた。襲撃者が単独で、かつ非常に能力が高い魔法使いであれば合点がいく」

「そんなんがいるんですかねぇ。あたしとしては、いてくれたら色々聞きたいことだらけですけど」

「それを調査するのが我々の仕事だ」

 フィオラさんに短く返して、アイカから受け取った紙を折って懐に仕舞うと、師団長は立ち上がりユークライ殿下の方を向く。

「ではこれで失礼させて頂きます。招待客の皆様の中には実行犯がいないとのことですので、簡単な検査をしてから順次解放という形でもよろしいでしょうか?」

「あぁ。構わないよ」

「承知致しました。……ここから先は、魔法師団と衛兵の領分でございます。それをゆめゆめお忘れなきよう」

 そうラインハルト様を見ながら告げ、アイカを一瞥した師団長は、一礼をして去っていく。
 それに続くように、フィオラさんもペコペコ礼をして早足な彼女の背を追って行った。

「……はぁ。全く、師団長も困ったもんだ」

 椅子にもたれかかりながら兄上が大袈裟に嘆く。

「実利的で効率主義、そんでもって規則に厳しくて線引きが大好き。言いたいことは分からんでもないけど、言い方がきついんだよな、あの人」

「本っ当にそう。せっかくアマリリスからもらったドレスを汚してまで犯人追いかけたのに、協力者って疑ってきて偉そうに好き勝手言って……あぁ、思い出したらイライラしてきた」

「まぁまぁ。ドレスならまたあげるわよ」

 アイカを宥めるためにそう言うが、彼女は大きく首を振る。

「そういう問題じゃないし、あとあんな高いものもう貰えないし。……被害者兼協力者のラインハルトにもすごい態度だったし」

「セルカもそう思う?」

 突然会話に入ってきたのは、いつの間にか戻ってきていたダラン様だった。

「遅かったな、ダラン。あの人がいなくなったから戻ってきたのか?」

「あはは、そんなわけないですよ、ヴィンセント殿。これを作っていたら遅くなりました」

 そう言ってダラン様が掲げたのは、バスケットだった。
 兄上とアイカが興味津々に中身を覗こうとするのを押し留めて、中身を取り出す。

「厨房が無人だったので勝手に使わせて頂いたのですが、大丈夫でしたか?」

「別に構わないと思うよ。それより、その瓶は?」

「皆様お疲れでしょうし、甘い物をと。セルカ、お願いできる?」

「これね。任せて」

 瓶の中に入っていたのは、ドロリとした金色の液体の中に漬けられていた輪切りにされたレモン。

 重そうな瓶を何なく受け取ったアイカは、膝の上に置くと瓶の中に魔力を込め始める。

「一、二、三、四……」

 アイカが小さな声で数えている横で、ダラン様が全員にコップを配る。

「レモンを砂糖と蜂蜜に漬けた物です。本来は一晩以上おくのですが、時間短縮のためにセルカに魔法で熱してもらっています。レモン自体を食べるのも美味しいのですが、味の滲みた蜂蜜をお湯で割って飲むのがラインハルトのお気に入りで」

「へぇ。美味しそうだね」

「っていうか、まさかその瓶の中だけ温度調節してんの…?」

「うん。あ、お水そこに置いといて」

「よろしく」

 どうやら、お湯も今この場でアイカが作ってくれるらしい。

 すぐに飲めるくらいのお湯を作る方が、逆に火炎の球を生み出すよりも難しいというのは、火属性に適性のある子供が幼い頃に実感することだ。
 食べ物を温めたくて間違えて燃やしてしまった経験は、私自身ある。

 火属性や風属性、雷属性は、一般的に制御が難しい方の属性だと言われている。その中の火と風に適性があり、学校の魔法の実践演習では平均を少し超えるくらいの成績を取れなかった私にとっては、その事実が慰めでもあった。

「こんくらいかな」

 アイカがダラン様にレモンが入った瓶を手渡し、今度は水の入った瓶に手をかざす。

「……ん、なんかあった?」

 彼女の魔法を使うところが見たくてじっと見つめていた私の視線に気付いたらしく、アイカが顔を上げてそう尋ねてくる。
 その間の一瞬で、魔法陣が生み出され消えていき、ちょうどいい温度に温められたお湯がじんわりと湯気を出した。

「いえ。改めてすごいなって思って。私はこんな細かい制御ができないから」

「適材適所だよ。魔法ならできるけど、ダンスも社交も私は無理」

 口を動かしながら、アイカはそれぞれのコップにお湯を注いでいく。

「はい、アマリリス」

「ありがとう」

 ふんわりと優しい柑橘と蜂蜜の香りが広がり、どこかほっとする。

「じゃあ、とりあえず全員無事で乾杯、って感じか?」

「襲撃犯が捕まっていないのに乾杯なんてできないだろ」

 ニカっと笑った兄上の言葉に、ユークライ殿下が小さく笑いながら返答する。

「……乾杯するのか?すまない、もう飲んでしまっていた」

「え、もうそんな飲んでんの!?」

 既に三分の一くらいしか残っていないラインハルト様のコップを見て、兄上が驚きの声を上げた。

「ラインハルト、これ好きだよね。私も好きだけど」

「わかるわ。落ち着く味ね」

 温かくて美味しいものを飲むだけで、こんなにも気分が落ち着いて頭がスッキリするとは思わなかった。

 ポツポツとそれぞれが言葉を交わす中、私はさっきまでにこの場で飛び交っていた情報を整理する。

 襲撃者は一人。腕利きの魔法使いで、とても稀有な闇属性への適性を持っているだけでなく、呪術まで扱える。
 襲われたのは、呪いをかけられた貴族の子女六名に加えて、私とラインハルト様、兄上、ティアーラ様、そしてダラン様。けれどダラン様はユークライ殿下を庇って傷を負ったから、狙われていたのはユークライ殿下。
 襲撃者は逃亡して、過去に崖から落ちた私を助けて兄上にも認められているくらいの魔法の腕を持つアイカからも逃げ切った。
 結果として、襲撃者を捕まえることはできなかったものの、死者は出ず、負傷者も全員が回復をしている。その治療を行ったのはラインハルト様。そして、効率よく治療ができるように会場で指示を出していたのが━━━

「ねえリズヴェルト」

 誰とも喋らずに、一人で座っている彼に声をかける。
 私がこの場に来た時から一度も言葉を発していない彼は、私の呼びかけにすぐ答えた。

「なんでしょう、クリスト嬢」

「誰がどこまで知り得て良いのか、まず教えて下さる?」

「この場にいる方々でしたら、全員が、俺があなたに伝えたことを」

 まるで、まだリズヴェルトが私に伝えていないことがあるような言い方だ。
 きっと実際、彼が私に隠しているいくつかの事実があるのだろう。ひょっとしたらそれを隠そうとしているのは、彼ではなく父親の宰相閣下かもしれないが。

 そんなことを今考えていてもしょうがないと、切り替えて次の質問をする。

「あなたはどこまで予想を?」

「半分程度、というところでしょうか」

「具体的に仰って下さらないと」

「そうですね。……襲撃が起きること、王家とクリスト家の皆様が狙われること。この二点を、こちら・・・は想定していました」

「待て、どういうことだ」

 私達の会話を聞いていたらしい兄上からの問いかけに、リズヴェルトがにこりと笑いながら白々しく返す。

「どういうこと、とはどういう意図の問いかけなのでしょう?」

「お前はこの襲撃のことを事前に知っていたのかどうかってことだよ」

 コップを手にしたまま、兄上がリズヴェルトを軽く睨む。

「一つ言っておく。俺はここから一歩も動かずにお前の首を斬れるぞ」

「どうか誤解なさらないで下さい。私は決して皆様と敵対するわけではありませんよ」

 兄上だけでなく、ユークライ殿下やアイカからも厳しい視線を向けられて、リズヴェルトが肩を竦める。

「だったら君は何者なんだ、レーミル・リズヴェルト」

 ユークライ殿下に返事をする前に、リズヴェルトが自分の眼鏡に手を伸ばす。
 彼の指がつるのところに触れたと思うと、一気に周囲の雑音が消えた。

「遮音魔法……なんで眼鏡なんてと思ってたが、魔法具だったのか」

「視力の矯正器具でもありますよ。どうせ眼鏡をかけることになるならと、さるお方に加工をお願いした一品です」

「関係のない話は結構だから、殿下のご質問に答えたらいかがかしら、リズヴェルト」

 私は彼が魔法学校時代、生徒会の職務に彼なりのやり方でとても真摯に向き合っていた人となりを知っているから、いつもの彼の迂遠でもったいぶった物言いにも呆れこそすれ不信感はもう抱かないが、ろくに面識のない他の面々からの好感度は下がる一方だろう。

「なにぶん重大な話でありますから、少々私も緊張しているのです」

「そしたら早く言っちゃった方が楽なんじゃないか?」

「仰る通りですね、ヴィンセント殿」

 そう言って頷いたリズヴェルトは、襟を正して袖を伸ばす。
 ややあって立ち上がると、恭しく一礼した。

「国王ハーマイル陛下からのお言葉です。━━━第一王子ユークライ、第二王子ラインハルトが主導となって王家及びクリスト家を狙う反逆者を捕縛せよ」

 陛下の名前が出た瞬間、場の空気が張り詰める。

 無音の空間に、リズヴェルトの声だけが響いた。

「両王子の次期国王としての器を見定める。心して臨め━━━陛下は今回の騒動で、お二方の資質を見極めるおつもりでいらっしゃいます。そして私は僭越ながら中立の第三者として、お二方のご活躍を陛下にご報告させて頂く任を預かっております」

 にこりと笑った彼がもう一度眼鏡に触れ、喧騒が戻ってきてからも、しばらく誰も言葉を発することができなかった。

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