【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

35話:呪いについての報告

「喧嘩でもしているのか?」

 ラインハルト様がそう言った瞬間、兄上を挟むようにして立っていたアイカとレゾット師団長の表情が固まったのを見て、思わずダラン様と苦笑を漏らしてしまう。

 目を覚ましたダラン様とラインハルト様が一瞬二人になりたいと言って、数分二人だけを部屋に残し、出てきてそのまま待機してくれていたユークライ殿下の護衛騎士と一緒に廊下を歩いていたら、聞こえてきたのが女性が詰問をするような声だった。
 こういう状況だから気が立っている人がいてもおかしくないだろうと思っていたら、まさか会場の入り口に見慣れた姿があって、状況を把握する前にもう既にラインハルト様が声を上げていた。

「ラインハルト様ぁ…!」

 まるで救世主を見つけたかのようにパァッと顔を輝かせる兄上を見て、なんとなくの状況を理解する。
 リズヴェルトもいるようだが、彼はよほど業務に支障が出ない限り、こういった揉め事を自分から仲裁する性格ではない。

 正直、ユークライ殿下ならこんなことになる前に上手く状況を収められた気もするのだが、アイカ相手だとそうもいかないのだろうか。

 私は笑顔を浮かべながら、無言でユークライ殿下に目配せをする。

「……ラインハルト、戻ったのか。ダランとアマリリス嬢も」

 私の視線に気付いた殿下は、いつもの爽やかな笑顔を浮かべて私達を迎えてくれる。

「その様子だと、治療は上手くいったみたいだね」

「あぁ」

 手短に返したラインハルト様に代わるように、ダラン様が礼をする。

「ユークライ殿下とヴィンセント殿におかれましては、私の願いを聞き届けて下さり、誠にありがとうございました」

「構わないよ。結果、全て上手くいったようだし。無事で何よりだよ、ダラン」

 私達三人だけを部屋に残すように言ったことを指しているのだろう。
 ユークライ殿下に丁寧に礼をするダラン様は、顔を上げると「あぁ」とわざとらしく声を上げる。

「これは失礼致しました。ヴィンセント殿、こちらの方にご紹介を預かっても?」

 そう言ってダラン様がレゾット師団長に視線を向けたところで、兄上も大袈裟に「あぁそうだった」なんて言いながら、さりげなくアイカを座らせて師団長の横に並ぶ。

「えー師団長、ご存知かとも思いますが、こちら第二王子のラインハルト・ウィンドール殿下で、隣がダラン・フォンビッツ伯爵」

「ラインハルト・ウィンドールだ」

「ダラン・フォンビッツと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「ラインハルト様、ダラン。こちら、王国魔法師団師団長のミーレア・レゾット女史」

「ミーレア・レゾットと申します。先日の風呼びの宴ではご挨拶が叶いませんでしたが、こうしてお話しできて光栄に思います」

「あぁ」

 さすがの師団長も、第二王子を紹介されればアイカに構っているわけにはいかない。

 この間に私は、兄上とアイカの間くらいのところへ移動する。
 兄上が影になっているのを確認してから、こっそりアイカにハンカチを手渡した。顔は洗ったのか綺麗だけれど、首周りに泥のような汚れがついている。それを身振りで教えると、彼女は申し訳なさそうに笑ってから、小さく「ありがとう」と呟いた。

「第二王子殿下におかれましては、我々の到着に先んじて、独断で負傷者の治療に当たっていらしたとか」

 どうやら、師団長は虫の居所がかなり悪いようだ。
 ひょっとしたら、魔法師団が到着する前に治療を全て終わらされていて、面子を潰されたように感じているのかもしれない。
 わずかに棘が残る声だが、ラインハルト様はそんなことを気にした様子もなく平然と頷く。

「呪術による攻撃が確認され、その被害者がいずれも保有魔力量が多いことから、あの場での対処が必要だと判断した」

「保有魔力量が多い、でございますか」

「より精密に言うならば、魔法師団の到着を待っていたら後遺症が残る段階まで呪いが進行する可能性が非常に高い魔力量だった」

 社交的な挨拶にはたった一言しか返さなかったのに、魔法の話となると流暢に言葉を紡ぐラインハルト様に、師団長は初めこそたじろいていたようだったが、すぐに厳しい目つきに戻る。

「お言葉ですが殿下、人にかけられた呪いの解呪に必要とされるのは単純な魔力量だけではございません。呪いだけでなく魔法全般や人体に関する知識、正確に呪いの全容を把握する魔力感知、そして刻一刻と変質する呪いを的確に処理するための莫大な魔法処理能力。これらが何一つ欠けてはならないからこそ、我々魔法師団では専門の小隊を設立し複数名で対応に当たるのです。まずそれをご理解頂きたい」

 語気強く語る師団長に対して、ラインハルト様は一切表情を崩さない。

「あぁ。理解している」

「でしたらなぜ、お一人で解呪をなさったのか」

「それが最善だと判断したからだ」

「どうして最善と言い切れるのかご説明願えるのでしょうか」

「あぁ。説明するのは構わないが、今のあなたは冷静さを欠いているように見受けられる。第三者からの説明があった方が良いだろう」

 あまりにも直球すぎる言葉に、ユークライ殿下が乾いた笑いを漏らし、兄上は忙しなくラインハルト様と師団長の間で視線を行き来させる。
 どうしようと思って一番近くのアイカと目を合わせるが、師団長に腹を立てていたらしい彼女は、一連のやり取りが面白かったらしく、肘をついて手で隠している口元がにやけていた。

 奇妙な沈黙もほんの数秒で、周囲を見渡していたダラン様が数歩踏み出して声を張り上げる。

「申し訳ありません、そちらの茶髪の女性の呪術師の方ー!」

 声をかけられたのは、何か書類に書き込んでいる女性。魔法師団のローブを着ているし色々な人から報告を受けていたらしい彼女は、自分を指差して確認をすると、パタパタと走る。

 ダラン様は怪我人なのにこんな大声を出して大丈夫なのかとハラハラするが、ラインハルト様が治療は全て終わったと言っていたし、何より本人がケロッとしているから平気なのだろうか。

「はっ、はい、なんでしょう?」

 駆け寄ってくる彼女に、ダラン様が笑顔で対応する。

「魔法師団の呪術師殿とお見受けします。今回の呪いに関して、少し我が主の質問にお答え頂きたいのですが、構いませんか?」

「あーはいはい。ちょうど師団長に報告に行こうと思っていたので、構いませんよって……あれ、ヴィンセントくん?一緒に出動してたっけ?」

「ども、フィオラさん。俺は非番で、この夜会の参加者側」

 どうやら兄上と面識があるらしい彼女━━━フィオラさんは、へぇと声を漏らしながら何度も頷く。

「そっかそっか。しっかり綺麗なおべべ着てると、お貴族様って感じ。本当に公爵令息なんだねぇ、ヴィンセントくん」

 兄上よりも一回り年上らしい彼女がそう言った瞬間、ユークライ殿下の完璧な微笑がピクリと動いた。
 私は反射的に扇子を取り出そうとするが、あの部屋に置きっぱなしだったことを思い出して、手で口元を隠して軽く咳払いをする。

「そう、これでも一応公爵令息なんだよねぇ。まぁでも、俺にできる仕事があったら今日も手伝うよ」

「要らない要らない。精霊術師なんて、呪いとの相性悪すぎるでしょうに」

「フィオラ術師、ヴィンセント術師。私語は慎んでくれ」

 苛立ちが滲み出ている腕組みをした師団長からの注意に、フィオラさんがはははと軽く笑いながら頭を下げた。

「すいませんねぇ師団長。何分、久しぶりに質の高い呪いを目にしたものですから、ついつい興奮してしまって」

 師団長が溜め息をつくのを見て、こんな我が強い部下ばかりいる魔法師団をまとめている彼女に、少しだけ内心同情する。

「ねぇヴィンセントさん、なんで精霊術師は呪いと相性悪いの?」

 アイカが兄上の服を引っ張り、小声でそう尋ねた。
 確かに私も気になると思って、二人で兄上の方に耳を寄せる。

「えっとだな」

 フィオラさんがユークライ殿下とラインハルト様に挨拶をしている横で、三人で固まってヒソヒソ話す。

「呪術師との直接戦闘とかだったら精霊術師が圧勝なんだけど、呪いに対処する時……まぁ特に解呪の時に、精霊魔法っていうのはすごぶる相性が悪いんだ」

「どうして?精霊魔法はとても強力だと習ったのだけれど」

「リリィの言う通り精霊魔法は強力だが、ざっくり言えば、名前の通り精霊の力を借りて魔法を行使するから、俺達の制御があんま効かないんだ。で、呪いの解呪は針に同時に五本の糸を通すくらいの精密さが求められるから、致命的に適性がないってわけ」

「へぇ、そうなんだ」

「ちなみに、究極的に言っちゃえば解呪ってのは呪い、つまり術者の魔法を壊せばいいわけだから、何属性の魔法でもいけるんだ。ただ、特に人間にかけられた呪いの場合、繊細な操作が可能な水属性とか土属性、無属性が好まれる」

「光属性は?」

 怪我の治癒と言えば光属性だろうと思ってそう尋ねるが、兄上は首を横に振る。

「光属性の治癒では、直接的に呪いを解呪することはできないし、むしろ呪いを成長させてしまう可能性まである。だから実は、魔法師団でも解呪ができる魔法師はごくごく少数に限られてて、そのほとんどが呪術隊って呼ばれてる小隊に入ってるんだ。フィオラさんもその一人で、他の魔法はからっきしだけど、呪いに関してだったら五本指に入るって言われてる実力者。それもあって、平民出身だけどあんまし師団長も厳しく言えないんだよ」

「なるほど」

「そういうことなのね。ありがとう、兄上」

「いえいえ」

 私達が兄上から呪いについての簡単な講義を受けている間に、まずフィオラさんが報告をしてからラインハルト様が質問をすることになっていたらしいのだが、突然フィオラさんが大声を上げる。

「一人であの治療を!?」

「あぁ」

「て、て、て、天才ですよ、天才ですよ第二王子殿下!!」

 目を輝かせたフィオラさんが手にした紙を落とすが、気付く素振りはない。

「直接的に解呪をしたのが一人なのは魔痕からもわかりましたが、補助もなしにあれを!?六人とも完璧な解呪で、しかも治癒魔法も魔痕を消さないようにされていましたよね!?かんっぺきすぎる処置ですよ!」

「魔法大学に記録されていている過去の報告書にあった、フィオラ女史が過去に行った解呪を参考にさせてもらった」

「あはは、これはまたご冗談を!全く、王子殿下から何かを聞き出すのは一筋縄ではいかないというわけですねぇ」

 なんとなく、というかほぼ確実にラインハルト様は本当のことを言っているのだろうなと心の中で思いながら、仕切り直すように咳払いをするフィオラさんに視線を向ける。

「こほん。ではまず被害の全容についてです」

 紙を片手に説明を始める。

「被害者は全員で七名。内六名は、私が直接検査をしました。残り一名につきましても、先ほど簡易的にですが検査をしました。七名の共通点は、今のところこの夜会への招待客ということを除いて見つかっておらず、更なる調査が必要になります」

「魔法的な調査は魔法師団で、他は衛兵に任せる予定です」

 師団長が付け加える。

「ではここから、呪いの詳細について出来るだけ噛み砕いて説明します。まず、発動の媒体は何かしらの液体……おそらく術者の血液と推測されます。呪いは対象の魔力によって成長し、対象の肉体を内部から破壊するものと推測されます。被害者はいずれも腕か肩への負傷だったため脳まで到達する前に対処可能でしたが、仮に脳まで到達していた場合は後遺症が残るか死亡すると考えられる、致死性の高い呪いでした」

 その言葉に、息が詰まりそうになる。

「襲撃者がこの場を離れたという報告があったことからも、今回の呪いは術者が離れていても持続する型である可能性が高いと考えています」

「最初から逃げるつもりだったってわけか……」

 兄上が、腕を組みながらそう小さく呟く。

「そして、この呪いを解呪したのが、ラインハルト第二王子殿下。解呪に使用したのは、水属性、土属性、そしてそれらの複合魔法。その後の治癒に無属性と光属性で間違いありませんか?」

「あぁ」

「解呪は七件全て成功。呪いが完全に破壊されているため、再発等の心配はありません。呪いの転移も確認されませんでした。そして、これはまだ確証を持って言えるわけではありませんが、おそらく呪いの準備、そして実行が全て同じ術師によって行われたと推測されます」

「根拠は?」

 師団長の問いかけに、フィオラさんは手元のメモを見ながら答える。

「まず、七つの呪いはほぼ確実に同一の術師によるものです。癖があるし、媒体も共通している。呪いは他の魔法に比べて、はるかに術師の個性が出るものです」

「なるほど。他には?」

「あんな緻密に組まれた呪いを発動前に術師から離すなんて、常識的に考えて有り得ません。特に七件目、そちらの伯爵にかけられていた呪いは、少しでも外的な衝撃があればすぐに発動してしまうような繊細なものです。もし術師が他の実行犯に手渡していたとしたら、その際に誤って呪いが発動する可能性が非常に高い」

 そして、とフィオラさんが続ける。

「これは希望的観測ではあるかもしれませんが……呪術師なんて、そうそういるものじゃありません。直接対象と接触してその場で呪いをかけるなんて芸当ができるとなると、本当に一握りです」

 顔を上げた彼女は、にんまりと笑っていた。

「呪術の腕前に加えて、胆力と実行力を兼ね揃えた輩がいるなんて、魔法師団からすると脅威でしかありませんよ」

「説得力のない表情で言うな、全く……」

 師団長が深く溜め息をついて、ラインハルト様に向き直る。

「それで、彼女への質問というのは?」

「一つだけだ。もしあなたが到着してから治療を開始していたら、解呪は間に合っていたか?」

 そういえば、そもそもダラン様がフィオラさんに声をかけたのは、ラインハルト様の治療に関して師団長が問い詰めてきたからだと思い出す。

「そうですねぇ……。今回連れてきている呪術師が、分隊一つ分。半分に分けて解呪に当たったとしても、伯爵殿にかけられていた呪いがかなり厄介なこともあって、実質的には一つの組で六件の解呪を順番にしていくことになっていたでしょうから……」

 少し考え込むようにしたフィオラさんは、顎に手を当てたまま口を開いた。

「全員後遺症なし、というのは不可能でしょう。おそらく、解呪を後回しにされた三、四名と伯爵殿は、後遺症があったでしょうね。あの呪いが進行した際に変質する型であれば、死亡者が出てもおかしくなかったかもしれないです」

 淡々と告げられたその事実に、私は思わず目を伏せた。

 それほどまでに苦しい状況で、私は何もできなかった。アイカのように襲撃者を追いかけるわけでもなく、ユークライ殿下と兄上のように呪いを食い止めるわけでもなく、リズヴェルトのように指揮をするでもなく、ラインハルト様の横で誰でもできるような雑務をしていただけ。
 ダラン様の治療の際には、どうにかラインハルト様を説得することはできたけれど、結局私が直接的に事態の対処をできていたわけではない。

 自分の無力さを痛感すると同時に、ラインハルト様がこの場にいたことがどれだけ僥倖だったのかを思い知る。

「では、ラインハルト殿下がすぐさま解呪に当たった判断は合理性が十分にあるというわけですね」

「あ、はい。そうですね」

 ダラン様の問いかけにフィオラさんが頷く。
 求めていた答えに、ダラン様は満足げに微笑んで、師団長の方に踵を鳴らして一歩踏み出した。

 師団長もさすがに全てを表情に出すことはなかったが、自分より身長の高いダラン様を前にして、鋭い視線のまま顎を上げる。

「だそうです、レゾット師団長。ご理解頂けましたか?ご理解頂けたら━━━」

「ダラン」

 突然、ラインハルト様が短く名前を呼んだ。

 一気に空気が張り詰める。
 呼ばれたダラン様は、ゆっくりとラインハルト様の少し斜め後ろの位置まで下がった。

「水が飲みたい。取ってきてくれ」

「……はい、ラインハルト」

 頭を下げたダラン様の背が小さくなって、兄上が静かに息を吐いて、私も胸を撫で下ろす。
 が、どうにも彼のことが心配だ。

 明らかに煽ろうとしていたというか、敵愾心をあらわに師団長に詰め寄っていたダラン様は、終始穏やかな表情を変えこそしなかったが、それが余計に不穏さを煽っていた。
 師団長も気圧されていたのか、ダラン様がいなくなると目を閉じて長く細く息を吐いている。

 沈黙が降りる中、ラインハルト様が私の方に一歩寄って、ほんの少し口角を上げた。

「二人きりで利権の話をするというのも、なかなかできないものだな」

「あっ!それは忘れて下さいませ、ラインハルト様…!」

 あの別室で、彼の気を紛らわせるために口にしたことを蒸し返されて、思わず慌ててしまう。
 そんな私を見て、ラインハルト様は「安心してくれ」と小さく言った後、師団長に向き直る。

「ダランは、あなたと敵対したいと思っているわけではない。かなり深手の傷を負って呪いを受けたばかりなこともあって、少し興奮しているんだろう」

「いえ。……私も少々、久しぶりの現場で気が立ってしまっておりました。第二王子殿下には無礼な態度を……」

「気にしないでくれ。僕もあなたも、そしてダランも、それぞれの職分を全うしようとしただけだ」

 だから、とラインハルト様が続ける。

「ひとまずは次の報告を聞こう。……セルカ」

 名前を呼ばれた彼女は、「はーい」とどこか気がそぞろな様子で返事をする。
 何か気がかりなことがありそうな様子に、私は彼女の報告に身構えざるを得なかった。

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