【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

30話:歓談

「俺と踊って頂けますか、アマリリス・クリスト嬢?」

 手を差し出しながら私にそう告げた彼の目は、ちょうど眼鏡のレンズが光を反射して見えなかった。
 表情の読めない彼に、私はとびきりの作り笑顔を向ける。

「謹んでお受け致しますわ、レーミル・リズヴェルト様」

 手袋越しに握られた手は、私なんかの手をすっぽりと全部包んでしまった。

 予想通り、夜会のダンスの一曲目は"風の誘い"だ。
 踊るためにはパートナーとかなり近付く必要があるのだが、かなり身長差のあるリズヴェルトは、密着してしまうと顔が全然見えなくなってしまう。

 相変わらず、今日側に置いて欲しいと言われた時から頭は混乱しっぱなしだ。
 ただ、小さい頃から踊り慣れているこの曲に身を任せていると、少し思考にも余裕が生まれてくる。

「……リズヴェルト」

「はい、なんでしょう?」

 彼と踊るのは、実は初めてではない。
 魔法学校在学中、学校のパーティーなどでは基本的に生徒会の面々としか踊っていなかった。

「狙いを教えて頂戴。目的を共有できていた方が、お互いに利があると思いませんこと?」

「俺の目的は単純ですよ。あなたと時間を共にしたいんです」

「ものは言いようですわね。わたくしといることで、あなたにどんな利益があるのかしら」

 彼も伯爵令息として、ダンスを叩き込まれているのだろう。お互い音楽に身を任せながら、会話を続ける。

「それはもう明らかでしょうに。わざわざ言葉にするなんて野暮なこと、させないで下さいよ」

「お父上のご指示?」

 周りに万が一聞こえても大丈夫なよう、あえて宰相閣下と呼ばずに告げたその名前に、リズヴェルトは笑いを漏らす。

「息子の色恋に口を出すような人ではありませんよ」

「……今日のあなたは、随分と情熱的ですのね。もっと他人に無関心な方かと思っていましたわ」

「クリスト嬢をそこら辺の有象無象と一緒にできるわけないでしょう?」

 ふふっと笑みだけ返し、周りの音に耳を澄ませながら思考に沈む。


 正直な話、今日の夜会でどこぞの貴族令息に言い寄られる可能性は考えていた。
 手続きが凍結されているとはいえ、あんな出来事があった後で復縁は考えられないから、第三王子と私の婚約破棄はほぼ確定と言っても差し支えない。
 そうなると私は、年頃でありながら婚約者がおらず、かつある意味傷物ともいえる、お手頃な公爵令嬢ということになる。

 五大公爵家の一つであり、領地も栄えていて国の上層部への繋がりも強い我がクリスト家に近付きたいと思っている者はそこら中にいて、少々強引な手を使ってくる輩も後を絶たない。
 そんな者達はきっと、若い世代しか集まらない今日の夜会というのは、クリスト公爵令嬢である私をたらし込む絶好の機会だと思っているのだろう。

 それを予想していた私は、元々は兄と行動を共にすることで、そういった誘いを上手くいなすつもりだったのだが。

 ちょうどターンをするところで、密着していたリズヴェルトから離れて、彼と目を合わせる。

 スッと通った鼻梁に、形の良い細い眉。こちらを見つめる切長の瞳は、銀色に輝いていて、どうしてか目を離し難い引力を持っていた。
 彼の容姿は客観的に見て、優れていると言わざるを得ない。さすがゲームで攻略対象者になるだけある、と前世の私が感嘆の声を漏らす。もっとも、彼は全くララティーナに好意を抱いてはいなかったようだが。

 そういえば、ララティーナに反逆罪の疑いがかかっていると、さっき彼は言っていた。
 思い出されるのは、風呼びの宴で宰相閣下にララティーナに関して尋ねられた時のことだ。あの時閣下は、彼女がどう周りの生徒と関わっていたのかを気にしていたようだった。

 もし、あの時点でもう既に疑いがかかっていたのだとしたら━━━

「考え事ですか?」

 リズヴェルトのその声に、パッと意識が浮上する。
 気付けば踊りは終盤に近付いていた。近くを通った別のペアの話し声や笑い声が、ひそひそと音楽に混じっている。

 一言も喋らないのはさすがに考えるのに集中しすぎたと後悔しながら、それを表に出さずに笑みを浮かべた。

「久しぶりのダンスで緊張しているのかもしれませんわ。なんせ、お相手があなたですもの」

「どういう意味か伺っても?」

「ご想像にお任せしますわ」

 そこでダンスが終わり、深く膝を下げて一礼する。

 周囲の観客達から拍手と歓声が上がり、パラパラと踊っていた者達とそうでない者達が混ざっていった。
 散っていく踊り手達の中に、見慣れた薄い桃色のドレスを見つける。傍らにいる銀髪の青年が、私の方に気付いたのか軽く頭を下げてくれた。

「良かった……」

 どうやらアイカは無事に一曲目を踊り終えたようだ。
 パートナーが、彼女の気心の知れたダラン様であったのなら安心できる。二曲目のパートナーの選び方に関しても打ち合わせをしてあるし、声をかけに行く必要はまだなさそうだ。

 ついでに、他の知り合いが誰と踊っていたのかを軽く確認する。

 ファーストダンスの相手は、その人にとって何かしらの意味を持つ。婚約者や親戚、恋人、友人、同僚、上司や部下、あるいは初対面の誰か。
 目に見えるだけの人間関係でさえも、情報の引き出しようはいくらでもあるのだ。

 頭の中で、社交界の貴族達の相関図を更新し、必要があれば修正する。

「……では俺達も」

「えぇ、そうですわね」

 段々人が捌けてくる中、リズヴェルトにそう声をかけられて頷く。

 いくつかの視線を感じながら、飲み物のある場所まで向かうと、見知った顔がピクピクと頬を引き攣らせながら近付いてきた。

「リリィ、遅かったな」

「兄上」

 なんと言い訳をしたものかと考えながら、ひとまず兄上の隣に並ぶ。

「兄上。こちら、レーミル・リズヴェルト。リズヴェルト、兄のヴィンセント・クリストよ」

「直接お話しさせて頂くのは初めてです。レーミル・リズヴェルトと申します。ぜひレーミルと」

「ヴィンセント・クリストだ」

 兄上は一瞬辺りを見渡して、私の腕を掴んでからリズヴェルトについてくるよう合図し、人がいない長椅子のところまで向かう。

 兄上に促されて、椅子に腰を下ろす。手渡されたグラスに入った、冷えた果実水に口を付けながら、仁王立ちで腕を組む兄上の表情を盗み見た。

 顰めっ面を作ってはいるけれど、本気で怒っているというよりは、心配してくれているのだろう。
 申し訳なさと、自分自身リズヴェルトから伝えられた情報から考えたことがまとめきれていないせいで、言葉がなかなか出てこない。

 黙り込んでいる私達に、兄上が声をかける。

「リリィ、どういうつもりだ。レーミル、お前も」

「……この夜会が終わりましたら、必ずお伝えいたします。それまではどうか、俺がクリスト嬢と行動を共にすることをお許し頂けませんか?」

 胸に手を当ててそう懇願するリズヴェルトを、兄上は容赦無く両断する。

「却下だ。いくら宰相閣下の御子息でリリィと生徒会で一緒だったとはいえ、可愛い妹を預けられるほど信用はできないからな」

「クリスト嬢の側から離れるな、というのは父からの言葉です」

「……宰相閣下の?」

 リズヴェルトから告げられたその言葉に、兄上は瞠目した。
 しばらく考えるように頭を押さえた後、はぁと大きく溜め息をつきながら手をひらひらと振る。

「あーもう考えるのめんどくさくなった。リリィ、お前はいいんだな?」

「悪意はなさそうだし……」

「ご安心下さい。クリスト嬢の評判を落とすようなことは、絶対に致しませんから」

 畳み掛けるリズヴェルトに、兄上は再び溜め息をついた。

「まぁ、あんまりベタベタしすぎないならいいんじゃないか」

「もちろん弁えております。ご心配でしたら、ぜひご一緒しませんか?」

「……あぁ、そうだな。俺も一緒なら、そこまで変なこと言われないだろ」

 一瞬考え込んだ兄上は、頷くと私に手を差し出す。

「そろそろ行くか。時間がもったいないし」

「えぇ、そうね」

 正直、兄上が同行することをリズヴェルトが申し出て、余計に彼の━━━そして、彼の父親である宰相閣下の思惑がわからなくなった。
 エスコートも兄上に譲るようだし、この状況で彼に利点があるとすれば、クリスト家との親密さを周囲に見せつけることができるくらいだろうか。そんなことのためだけに、わざわざ宰相閣下が指示を出すとは思えない。

 それに、ララティーナの反逆罪のことも、どうにも繋がらない。
 彼女のことに関して、リズヴェルトが私に接触してくるのはまだわかるけれど、兄上は彼女と面識さえないはずだ。

「答え合わせが楽しみですわ、リズヴェルト」

「……楽しいものであれば、良いのですが」

 意味ありげなその返答に聞き返そうと思った時、「クリスト様」と声をかけられる。

 声の主の方向を向けば、そこにいたのはかつての魔法学校での同級生。
 その後ろにも、何人もの貴族令息と令嬢達が、目に隠しきれないぎらつきを宿しながら、こちらを見ている。

「あら皆様。お久しぶりですわね」

 扇子を広げ、口元を隠しながらにっこりと笑顔を作る。
 目の前の彼らが敵となるか味方となるか、あるいは絶好の餌となるかは、私の弁舌にかかっている。

「せっかくの夜会ですわ。楽しい時間にしませんとね?」

 心臓がどんどん速くなっていくのは、緊張からか、それとも期待からか。

 いよいよ楽しくなってきたと、半分自分に言い聞かせながら、私はあえてヒールを高らかに鳴らし、一歩踏み出した。








「……クリスト様、次のダンスのお相手は決まっていらっしゃいますか?」

「もしお決まりでないなら、僕と」

「いやぜひ私と」

 談笑に興じて数十分ほど。
 そろそろ次のダンスの時間になるからと、周りにいた男性陣が次々に声を上げる。

 さてどうしようかと、傍らの兄上に軽く視線を送ると、軽く首を振られた。
 兄上以外と踊れ、ということだろう。私自身、ここの中の誰かを選ぼうと思っていたから、同意見だ。

「クリスト様、実は内密にお伝えしたいことがありまして」

 一人の青年がそう切り出すと、皮切りに他の人達も口を開いていく。

「先ほどお話しした西部での取引についてなのですが」

「そんなつまらない話をするわけないだろう。最近王都で話題になっている商品の裏情報をお教えしますよ」

「自分の開発している魔法具について、ご興味はございませんか」

「そういえばクリスト家の皆様が傭兵事業に興味を持っていらっしゃると伺いましたが━━━」

 矢継ぎ早に、自分の持っている情報の魅力を伝えてくる彼らに、私は思わず素で笑ってしまう。
 あちらからすれば、チラ見せをして興味をひいているつもりなのだろうけれど、正直その人についての事前情報を組み合わせれば、なんとなく言いたいことは察しがつく。

 わざわざダンスという貴重な機会を使ってまで二人で話したいと思える相手がいなさそうで、一旦見送ろうかと思った時だった。

「アマリリス」

 反射的に振り返り、声の主に軽く微笑んでから丁寧にカーテシーをする。

「ご機嫌よう、ラインハルト様」

「あぁ。歓談中すまない」

 ラインハルト様はそう断って、さっきまでと打って変わって静かに黙り込む貴族令息達を一瞥する。

「……さっき、自分の開発した魔法具について話していたのは誰だ?」

「じ、自分です、第二王子殿下」

 感情のない声での問いかけに、若い青年がたどたどしく一礼しながら返事をした。
 子爵家の三男だという彼は、確か実家の援助で魔法具の開発に携わっているらしい。自己紹介の際に、良ければ取引の口添えを、と言われ、正直そちらの方面に疎い私は曖昧に返事をすることしかできなかった。

 ラインハルト様の横にいるティアーラ様が、心配そうに二人を見比べている。

「先月発表された照明具についてどう思う?」

「……それは、東剣商会のもののことでしょうか?」

「あぁ」

 東剣商会といえば、ウィンドール王国の東部を治めるケーシー公爵家が後援をしている、武具や魔法具などの取り扱いに秀でている商会だ。
 お抱えの職人が粒揃いで、毎月のように新商品を出していることで知られている。

「消耗しやすい部品に互換性を持たせて、一般人でも交換できるように設計をしたことは十分に評価できると思っております。ただ個人的には、事故が起こりやすい照明器具を長い期間一般人だけに任せることに不安を感じておりまして」

「一理ある。魔法陣をどこに書き込むかにもよるが、あの設計では交換の際に傷つけてしまう可能性もある」

「そうなんですよ!その危険性への説明と対策が不十分なまま市場に出ているのは、はっきり言って魔法具職人として我慢なりません!」

 そう言って熱の篭った声を上げた彼は、ハッと周りを見渡すと頭をかきながら愛想笑いを浮かべる。

「声を荒げてしまい申し訳ありません。……貧乏で伝手もない私は、実物をまだ見れていないので、今話したことも確証はないのですが。先ほども言った通り、消耗しやすい部品を誰でも交換できるようにしたことは、革命的だと思っております」

 東剣商会の関係者がいることを警戒してか、打って変わって弱気な姿勢になった彼に、「ありがとう」とラインハルト様が声をかける。

「君のような優秀な職人と同意見で安心した」

「いっ、いえ。恐縮でございます」

「より確証を得た。流通を取り下げるように進言するためにも、もう一度精密検査をしようと思うが、君も参加するか?いい経験になると思う」

 ラインハルト様の言葉に、人溜まりがざわりと揺れる。
 元々、私達兄妹に加えて、宰相閣下の一人息子であるリズヴェルトがいたから、私達を取り囲むようにしていた人数は、会場中でもユークライ殿下の周りの人だかりといい勝負だった。
 そこに第二王子と第二王女が加わって、今やここの会話に耳を傾けている人の数は、かなり膨れ上がっている。

「あっ、いえっ、その……」

 狼狽える青年に、群衆からは同情的な視線が向けられた。

 我が国において東剣商会に対立するというのは、武具や魔法具の分野での活動で爪弾きにされる危険性を孕んでいる。
 特に、もう既に販売が始まっている商品の販売停止を求めるとなると、反感を買うことは必須だろう。

「ラインハルト様。そうは言っても、東剣商会からすれば自分達のものにいちゃもん付けられるわけだから、そんな簡単に受け入れられないんじゃないか?喧嘩をふっかけているようなものだろ。それにあんま若い人を巻き込まないでやった方がいいんじゃないか?」

 兄上っ、と叫びたくなるのを抑えて、袖を強く引く。
 あまりにも直接的すぎる言葉に、周りはどよめいてざわめきが静まらない。

 混乱する私の斜め後ろで、リズヴェルトがクスッと笑いを漏らす。笑っていないでどうにかしてと視線で訴えかけるが、彼はにこりと首を傾げるだけだ。

 兄上も自身の言葉を撤回するつもりはないらしく、ラインハルト様に正面から対峙している。
 ラインハルト様はというと、少し考え込むようにした後、再び口を開いた。

「ヴィンセントの言うことも正しいが、僕は国民に危険が迫っているのに無視をすることはできない」

 そうはっきりと言い切った姿に、ふと彼の弟である第三王子が重なる。
 間違っていることを、周りに臆せずはっきりと間違っていると断じることができる強さがよく似ている兄弟なんだろう。

 思わず視線を伏せてしまった私の耳に、ラインハルト様の声が入ってくる。

「僕が知識を身に付けたのは、人を守るためだ。ここで沈黙を保つようなら、僕は昔の自分に顔向けできない」

 真っ直ぐに告げられたその言葉に、場の空気が変わったのを感じた。

「それに、別に僕は東剣商会に文句を言うわけではない。技術者としての観点から、安全性を向上するための提言をするだけだ。万が一不利益が生じた際には責任は全て僕が負うし、そもそも僕の名前で提出する」

「まぁ、ラインハルト様が言うなら揉め事にもならないか。ごめんな、変に噛み付いて」

 緊張と興奮が入り混じったような独特の張り詰めた空気を、兄上が明るい声で溶かす。

 どんな状況でも、その場の空気を弛緩させることができる兄上のこの才能は、正直とても羨ましい。
 周りから計算高くきつい性格だと思われていた私では、これはできない。

「いや、懸念点を教えてくれて感謝する。……すまなかった、断りにくい誘いをしてしまって」

「とんでもありません、第二王子殿下!ぜひ、ぜひ殿下のお手伝いをさせて頂けませんか!」

「あぁ。明日の午後、王城に来てくれ。僕の名前を出してくれたら案内させるように手配する」

「畏まりました!」

 私に話しかけてきた時は随分とおどおどしていたのに、ラインハルト様と言葉を交わす彼は別人のようで、私はぱちくりと瞬きをした。
 ふとティアーラ様を見ると、彼女も驚いたように側のラインハルト様を見上げている。

 あれが第二王子殿下かと、想像以上に芯のある方だと聴衆が口々に囁く中、固まっていたティアーラ様が小さく「あ」と声を上げて兄の袖を引く。
 屈んだラインハルト様の耳元で声を潜めて何かを伝えた彼女は、言い終わるとぱあっと華やかな笑顔を浮かべながら私の方に一歩跳ねるように近付いてきた。

「アマリリス、次のダンスはもう決まってる?」

「いえ、まだ決まっておりませんわ」

「ヴィンセントも?」

「まだ決まっておりませんよ、ティアーラ様」

 じゃあ、とティアーラ様がポンと手を叩く。

「次、ラインハルトお兄様とアマリリスが踊ってね!私はヴィンセントと踊るから!」

 決定事項、というように言い切った第二王女の強引さに、ふと兄王子の面影を垣間見たのは、気のせいではないだろう。

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