【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

29話:待ち合わせの相手

「あっ!」

 近付いていく私と兄上に気付いたように、ティアーラ様が声を上げる。
 傍らのラインハルト様も、軽く口角を上げて手を上げてくれた。

「アマリリス、久しぶりっ!」

「お久しぶりです、ティアーラ様。ドレスの水色から白色へのグラデーションが綺麗ですわね。散りばめられてる宝石も美しいですわ」

「そうっ、気付いてくれたのね!」

 ティアーラ様は満面の笑みで、嬉しそうに自分のドレスの裾を摘んでみせる。

「白を基調としたグラデーションが流行ると思って!」

 キラキラと目を輝かせる彼女の言葉に、私は微笑み返しながらも内心で心臓が高鳴るのを抑えられない。

 今年十五歳になる第二王女ティアーラ・ウィンドールという人物は、母親であるイリスティア様譲りの鋭い観察眼と感性、そしてそこから導き出されるほぼ予知に近いほどの勘の良さを、特にドレスに関して持っている。
 彼女の実兄が婚約者で、未来の義姉と私を慕ってくれていたこともあって、登城した際にはよく一緒に話すことがあった。
 その度に、彼女の予言めいた言葉を聞いたのだが、それが外れたことは未だに一度もない。

「アマリリスも、風の宴の時に白に黒が少し入ったものを着ていたでしょう?」

「えぇ。覚えて下さっていたなんて」

「とっても素敵だったから!今度お兄様に会いに来る時にはあれを……あっ」

 そこで、ティアーラ様は口を押さえる。

「その……ごめんなさい、あの」

「お気になさらないで下さい、ティアーラ様」

 わずか数分ほど前にかけられたような悪意のこもったものではないことは、彼女の人柄からも表情からも十分わかる。
 けれどその言葉は、私の中にかすかにしこりを残していった。

 どうにも飲み下しにくいそれを押し殺して笑みを浮かべると、ふとラインハルト様と目が合う。
 私と視線がかち合うと、ラインハルト様は小さく首を傾ける。その瞬間に黒髪から彼の付けている、羽を模したデザインの銀のピアスが覗く。

「……アマリリス、元気か?」

 相変わらず平坦で感情の読み取りにくい声だけれど、どうしてかとても優しく聞こえる。
 そんな風に自分の都合の良いように捉えてしまうなんて、久しぶりの社交界でもう既に削られているのかもしれない。
 気を引き締めなくてはと思いながら、謝意を示すために一度礼をする。

「えぇ。お陰様で、健やかに過ごせておりますわ」

「そうか。ヴィンセントも?」

「あぁ。ラインハルト様も元気そうで何よりだな」

 人前だというのに、堂々と気安くラインハルト様に話しかける兄上を見て、二人が親しくなったことを知っているのに、それでもどうにもそわそわしてしまう。

「もう夜会は始まっているのか?」

「いや、まだだぞ。俺達も十数分前に来たところだ」

「そうか」

 短く返答したラインハルト様は、妹の方を向いて小さく首を傾げる。

「お前はどうしたい?」

「え、あ……えっと、魔法学校の友人がいるから、挨拶に行きたい、です」

「わかった。アマリリス、ヴィンセント、また後で」

「おう、後でな!」

「また後ほど」

「あ……アマリリス、後でね!」

 歩き出したラインハルト様を追いかけるティアーラ様が手を振ってくれるのに軽く振り返し、すぐに小さくなって人波に飲み込まれていった二人を見届けて、私は兄上と苦笑を漏らした。

「なんつーか、ラインハルト様って感じだな。ユークライの夜会でも関係なしに。ティアーラ様が振り回されてるなんて相当だぞ」

「そうね。せっかくなら、もう少しお話ししたかったけれど」

「また後でって言ってたし、機会はあるだろ。それよりリリィ、そろそろ行かないとじゃないか?」

 兄上にそう言われて、周りを確認する。
 かなり会場には人が集まっていて、ざっと見た感じでは招待客がほぼ全員揃っていると考えてもいいだろう。
 となると、あと少しで開会の挨拶が始まる。

 その前に、私はある人物と接触しておきたかった。

「一人で行くわ。挨拶の前には戻るから」

「わかった。なんかあったら呼べよ」

「ありがとう、兄上」

 その人物から私と話したいという旨の手紙が届いたのは、私がこの夜会に出席することを決め、それを母上に社交界で広めてもらうよう頼んだ次の日だった。

 時々すれ違う知り合いに会釈をしながら、待ち合わせていた相手を探す。

 色とりどりのドレスと背広が蝋燭と照明の魔法具に照らされて、なんとも幻想的な光景が生まれている。
 遠目から見れば、花とも言えるような彼ら彼女らからから聞こえてくるのは、毒のような悪意を含んだ言葉ばかり。
 私が横を通った瞬間に、わざとらしく魔法学校の卒業パーティーのことを口にする者や、第三王子という単語を出す者もいるが、今から会う人物のことを思うと、誰が言ったのかなんて気にしていられなかった。

「……失礼」

 人の塊をいくつか越えて、ついには会場の端にまで辿り着いた時、探していた相手の方から声をかけられる。
 柱の影になるようなところにいた彼は、ゆっくりと私の前まで歩いてきて、恭しく礼をした。

「お呼び立てして申し訳ありません、クリスト嬢。卒業式以来ですね」

「お気になさらず、リズヴェルト。お元気そうですわね」

「えぇ。魔法学校での煩雑な生徒会事務から解放されて、清々しい気分ですよ」

 なんと返事をしたものかと、とりあえず愛想笑いだけ浮かべた私に、彼は心の底から嬉しそうな笑顔を向けてくる。

 今日、夜会が始まる前に私を呼び出したのは、数ヶ月前まで共に生徒会に所属していた一個歳上の元同級生、レーミル・リズヴェルト。
 現宰相の息子である彼は、『アメジストレイン』の攻略対象者でもある。

 レーミルルートは、他のルートよりも明確に覚えている。
 というのも、前世の私はどうやら彼が推しだったらしい。

 細身の長身に癖のあるダークブロンドの髪。
 貴族にしては珍しい眼鏡の奥の銀色の双眸は、誰かを追い詰める時に楽しそうに光るというのを、前世の私のゲームの知識だけでなく、今世一緒に生徒会として職務にあたる中で目の当たりにした私はよく知っている。

 生徒会としての任期の特に下半期、七人中四人が自らの仕事を放り出していいように権力を濫用していたにも関わらず、どうにか後輩を指導しながら職務を完遂できたのはリズヴェルトのお陰だ。

 私とリズヴェルト、そして隣国メイスト王国の第二王子クレイスト殿下の三人で、連日執務室に引き篭もって書類を決済していた日々が懐かしい。
 あの頃、余計な出費を抑えるためにいくつかの学校の団体━━━日本でいう"部活"と似た放課後に活動する生徒の自主的な団体の予算を削減する度、リズヴェルトが抗議をしにくる彼らを笑顔で沈めていっていた。

 活動の無駄を容赦なく指摘し、過ちを認めさせこちらの要求を呑ませるリズヴェルトと、彼のせいで意気消沈した生徒達を優しく慰めてより良い活動形態を提案していたクレイスト殿下は、良い相棒だったように思える。

 今の彼の横には、"生徒会唯一の良心"と囁かれていた殿下がいないわけだが。

「今日は一体どのようなご用事で?まさか、魔法学校での日々を懐かしむためにわたくしを呼んだわけではありませんよね」

「もちろんですよ。……こちらへ」

 彼に付いて行き、バルコニーに出る。
 冷たい風が吹いて、思わず顔を顰めた。手に持っている扇子は、寒い時には全く役に立ってくれない。

「ここならいいでしょう」

「何か内密のお話?あまり殿方と長い時間二人っきりになるのは遠慮願いたいのですけれど」

 ここは寒いし、と心の中でだけ付け加える。

「ご安心下さい。俺の姿はあまり人に見られていませんし、そこまで時間をとる話ではありません。それに、もし仮に何か言われたとしても、旧友と学校時代を懐かしんでいたと言えばいいだけの話です。幸い、生徒会での業務は卒業後も守秘義務が課せられているものも多くありますから、こうやって人気のない場所に向かうのも変な話ではないでしょう?」

「人は時に、自らにとって面白おかしくなるように、事実を歪めるものですわ」

「それもそうですね。……まぁ、勿体ぶる必要もないでしょう」

 バルコニーの手すりにもたれかかり長い足を組んだ彼は、さっきまで浮かべていた笑顔を消し、声を低く潜めた。

「父から貴女に伝えるように言われました。━━━ララティーナ・ゼンリル。彼女には今、反逆罪の疑いがかけられています」

「反逆罪…?」

 あまりにも突拍子もない言葉で、思わずおうむ返しに聞いてしまう。

「ただの学生に?」

「申し訳ありません。俺も父からあまり聞いていないのです」

 眼鏡の位置を直しながら広げた手で顔を隠す彼に、私は強い声で言い放つ。

「嘘は要りませんわ、リズヴェルト。あなたもこの件に関わっているのでしょう?」

「嘘だなんて、俺があなたにつくわけがないじゃないですか」

 私は無言で扇子を口に当て、彼が認めない限り何も言わないという意志を示す。

 眼鏡のレンズの奥の彼の瞳を、じっと見つめる。
 私を真っ直ぐに見返すその銀の瞳が、たじろいで、リズヴェルトが溜め息をついた。

「はぁ。隠せたら、欲しかった高級スイーツを父の懐から出してもらえたのに。参考までに、どうして気付いたのかお伺いしても?」

「簡単ですわ。反逆罪の容疑者に関わる情報をわざわざご自分の息子に伝えて、情報漏洩の可能性を増やすなんて無駄なこと、宰相閣下がなさるはずありませんもの。でしたら、あなたが今回伝言役に選ばれたのは、元々関係者だっただから。わたくしにそれを隠そうとしたのは、調査内容に関して尋ねられたら口を滑らせてしまいそうだからではありません?」

 そしてこれは本人には伝えられないが、彼は嘘をつく時に眼鏡の位置をしきりに直す癖がある。

 昔から人の癖を観察するのが好きだったのだが、これが社交界ではかなり役に立つのだ。

「ご名答です。さすがは、クリストの月の姫。隠し事もお見通し、ですか」

「御託は結構。それより、どうして宰相閣下はわたくしにこのことを?」

 魔法学校在学中であれば、ララティーナの監視役として私が選ばれていてもおかしくはなかった。
 しかし、今彼女は社交界に出ておらず完全に沈黙しているらしく、私との関わりは無に等しい。そんな私に、息子を通してまで伝言をするなんて、一体どんな意図があるのか。

「……簡単に言ってしまうと、あなたも狙われている可能性があるからです」

「わたくしが、ララティーナに?」

「えぇ。どうやら彼女とその背後にいる連中は、王家とクリスト家に恨みがあるらしく……」

 ガラス越しにラッパの音が聞こえ、リズヴェルトが口を閉じる。

「戻らないといけませんね」

「ひょっとして、時間を測っていたのではなくて?あなたにしては無駄口が多かったですわ」

「美しきご令嬢の、夜会前の貴重なお時間を頂いたお礼に一つ教えて差し上げましょう」

 私の問いかけを無視して、リズヴェルトは扉を開けながら芝居かかった口調で言う。

「俺があなたに余計な雨を降らせたくなかったのは、そこに咲くのが麗しい花とは限らないからです。……あなたを蝕む毒草かもしれない」

 扉を超えて会場に戻ると、ちょうどユークライ殿下が姿を現したところだった。

「ちょうど良いですね」

「リズヴェルト。わたくしが、毒草程度で倒れるとでも?」

 リズヴェルトの例えに乗ってそう告げた私に、彼はふっと小さく笑いを漏らす。

「清らかに凛と夜空で輝く月に翳りがあって欲しくないと思うのは、当然のことでしょう?」

「ご冗談を。あなたは翳りを楽しむ方だと思っていましたわ」

「その月の明かりが、暗闇の中を進む僕達にとっては足元を照らしてくれる望みであるならば、翳りなんて望みませんよ」

「……でしたら、その月が機嫌を損ねて沈んでしまわないようにして頂きたいものですわ」

 扇子で口元を隠しながら、ゆっくりと彼から距離を取る。

 今はユークライ殿下に注目が集まっているからいいが、もし私がリズヴェルトと二人っきりで親しげにいるように周りから見られたら面倒なことになる。
 彼には婚約者がいない。お父上である宰相閣下のお眼鏡に適うご令嬢がいなかったからとか、彼のその人嫌いな性質のせいでお見合いが成功しなかったからとか言われているが、そこは今重要ではない。

 婚約破棄をされたとはいえ、その手続きが凍結されているという前代未聞の事態の最中に、未婚の異性と親しくしているなんて、周りに騒ぎ立ててくれと言っているようなものだ。

 本当に面倒な身になったなと思いながら、ユークライ殿下が一歩前に出たのに合わせてカーテシーをする。

「本日はよくお集まり下さいました。皆さんもお気付きでしょう、本日の招待客の面々の多様さに」

「……リズヴェルト?」

 距離を取ったのに、それを詰めるようにして彼が私に近付いてくる。

「……申し訳ありませんが、旧友の頼みとして聞いて下さらない?わたくし、今不用意に殿方と━━━」

「後日、俺に泣いてしがみつかれたとでも言って結構です。お願いです、クリスト嬢」

 見慣れた彼の顔に浮かんでいたのは、見たことのない泣きそうな表情だった。

「今日だけは、俺を側に置いてくれませんか?」

「な、にを……」

 彼がこんなにしおらしい顔をしているところは、ゲームでも魔法学校時代でも一度もない。

 突然のことに脳の処理が追いつかず、会場中に響くユークライ殿下の演説を聞くなんてもってのほかで、リズヴェルトの「俺を側に置いてくれませんか?」という声だけが、ぐるぐると耳の中を回る。

「駄目でしょうか?」

 それに頷いてしまったのは、前世の私のせいなのか、それともあまりにも彼が追い詰められているように見えたからかなのかはわからないが、ともかくそのせいでファーストダンスも彼と一緒に踊ることになるのは、この大波乱の夜会の幕開けとしてある意味相応しい奇想天外さだったなとしみじみと思えたのは、全てが落ち着いた後のことだった。

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