【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

28話:棘のある華

 "クリスト公爵家唯一の汚点"と彼女が呼ばれ始めたのは、八歳の大規模な誕生日パーティーでその瞳の色が黒であることが周知されるようになってからだ。

 表面的には、黒持ちへの迫害は存在しないことになっている。それは先王コルターナが寵愛した妃が黒持ちであり、第二王子も黒の髪を生まれ持ったからだ。
 しかし、いくら国の頂点であり象徴である王家が黒持ちを許容しようとも、社会に根付いた"黒"という色への忌避感は消えようがない。

 四十年前にその強大な魔法の才を以て村一つを滅ぼした大罪人が黒髪だったからかもしれないし、七十年前に当時の国王の命を狙った令嬢の瞳が黒だったからかもしれない。
 はるか昔から災いをもたらすと言い伝えられてきた黒持ちという存在は、少なくともウィンドール王国においては、疎まれ遠ざけられるものだった。

 だから彼女は、瑕疵一つなかったクリスト公爵家において、ただ一人攻撃されうる存在となってしまった。

 公爵家当主であり外務大臣も務め、盤石な領地経営の傍らで諸外国との友好的な関係を築き上げている父。
 伴侶である公爵を支え、自領だけでなく近辺の治安維持の指揮をとりながら、社交界でも不動の存在感を放つ母。
 気さくな人柄から学生の時分から人脈が広く、精霊魔法にも高い適性があり魔術師としての才に恵まれた兄。

 彼女にとって愛する家族は、皮肉なことにあまりにも眩し過ぎて、彼女の影をより濃く照らし出していた。

 多くの貴族は、彼女を"クリスト公爵家唯一の汚点"と騒ぎ立て、その悪意渦巻く熱に当てられたように、彼女と同年代の貴族の子女も彼女を攻撃するようになった。
 茶会や食事会では、無視をされるか嘲笑されるかで、飲み物をかけられたり自分の席に虫やガラスの破片を置かれたりすることも日常茶飯事だった。

 日常茶飯事だった・・・のだ。

 それがいつから始まったのか、明確に覚えている者はいない。
 ただいつの間にか、彼女に直接的な危害を加えようとした者は、その次の日には家や本人の隠していた醜聞が広まるようになっていた。
 そのことが判明すると、嫌がらせはぴたりと止み、依然として遠巻きにはされていたものの、彼女は一目置かれる存在になってきた。

 そして彼女が魔法学校に入学してからは、彼女の持つ情報と話術に惹かれて、次第に人が集まるようになっていく。
 社交界の大半の大人達は、所詮子供だから懐柔されたのだろうとたかを括っていた。婚約者である第三王子の威光あってだろうとも言われていた。
 しかし、魔法学校在学中にも関わらず市井への炊き出しや慰問などを成功させ評判を高めていく第三王子に、一部の聡い者達はその陰で動いている彼女への評価を高めていった。

 極め付けは、文化祭での第三王子の問題発言の火消しをしたことだ。
 身分制度の撤廃を、国内外の重鎮とその子女が集まる場で王族が口にしたことに、その場が大混乱の渦に落とされたのはもちろん、数日間は社交界全体がその話題で持ちきりとなっていた。
 そんな事態の収拾を図ったのが、発言の主の婚約者である彼女だった。

 生徒達の方へも対応をしながら、いち早く社交界にも手を回した彼女のお陰で、噂話と誰かの悪評が大好物な貴族達も、一週間足らずでその話題を口にしなくなった。

 家族のように自分が脚光を浴びるわけでもなく、しかし確かな実力を持って静かに立ち回る彼女は、いつの間にか"クリスト公爵家唯一のの汚点"と呼ばれることはなくなり、その輝く月光のような銀髪から、"クリストの月の姫"と囁かれるようになった。

 そしてそんな彼女の輝きは婚約破棄程度ではくすまないのだと、世間は知ることになるのだった。








「失礼。受け付けはここかな?」

 髪を丁寧に撫で付け、シンプルながらも上等なジャケットを羽織った兄上が、普段の人懐っこい笑みとは違う作り物の微笑を浮かべているのを見ると、ここが社交界なのだと改めて実感する。

 兄上が受け付けの青年と一言二言交わしている間に、私は手にした扇子で口元を隠しながら会場の様子を盗み見る。
 遠くから見た感じでは、予想通り、貴族と平民出身の招待客は分かれて談笑しているようだ。ところどころ、一対一で話しているように見えるのは、取引を持ちかけているのだろうか。平民出身のように見える方が、恐縮したように首を振っている。

「行こう、リリィ」

「えぇ、兄上」

 話し終わった兄上に声をかけられて、私はパッと扇子を閉じる。

 若い世代が集まる場では、比較的女性が扇子を持っていることが多い。
 そのため、普段なら持ってこないところ念の為持参したのだが、周りを見るに正解だったようだ。

 私が兄上と会場に足を踏み入れた瞬間、視線をこちらにやりながら扇子で読み取られないようにヒソヒソと話を始める令嬢達の集団に、私は軽く微笑みかける。
 目が合った途端にバツが悪そうに背を向ける彼女達に、私は思わず笑ってしまう。

「堂々としていらっしゃればいいのに」

「貴族のご令嬢ってのは、変なところで豪胆なくせに大抵の場合は弱気だからな。あんななんじゃ、下町でも冬の山でもとって食われる」

「普通のご令嬢は下町にも冬の山にも行かないわよ」

「うちの師団長は行ったことあるらしいぞ」

「あの方は特殊じゃないかしら」

 前に風の宴で話したミーレア・レゾット師団長を思い出す。
 ぎらついた向上心を前面に出しているような彼女は、おおよそそこら辺の貴族令嬢の枠には収まっていないように思える。
 今日は二十代から三十代前半が招待客の中心のためいないようだが、第一王子派の中でもかなり野心家な彼女は、きっと来る機会を窺っていたのだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら会場中に視線を滑らせていると、ふと知り合いと目が合う。

「あら」

 取り巻きもなしで一人でいるなんて珍しい。

「アルハイトス公爵家の子か。仲良いんだっけ?」

「……そうね。ご挨拶したいくらいには」

 私が誰と目を合わせたのか視線を追った兄上が、楽しそうに私に問いかけてきた。

 兄上は基本的には平和主義だが、どうにも職場で嫌がらせをされていたらしく、アルハイトス公爵家の関係者が面倒ごとに巻き込まれていると、いつも満面の笑みで私にそれを報告してくる。
 私も、正直いつも下らないことで張り合ってきたり嫌味を言ってきたりする彼女に辟易としているので、その手の話題を楽しんで聞いてしまっているのだが。

「ご機嫌よう、ミランダ様。本日も素敵なお召し物ですわね」

「ご機嫌よう、アマリリス様。あなたもとても素敵なドレスですわ」

 少し硬い声の返答に、きっと風の宴の後、布の交易ルートのことで親から絞られたのだろうなと他人事のように思う。

 魔法学校では原則全ての生徒が制服を着用するが、放課後などはその限りではない。
 特に授業が終わってから開催される茶会では皆こぞって自慢のドレスを着てくるのだが、彼女はその中でも特に、自身の人脈と財力を見せつけるかのように、一級品ばかり身に付けてきていた。

 学校も終わりに近付いていたある日、彼女が着てきたドレスに私でさえもあまり馴染みのない上等な布が使われていた時、彼女はその入手先を教えてくれとせがむ同級生達に、渋りながらも嬉しそうにそれがフルーム連邦から輸入した絹であると伝えていた。
 その情報を使って、私が彼女の叔父であるファネクス・アルハイトス大臣との会話を有利に運んだのが、少し前の風の宴でのことだった。

「ご機嫌よう、アルハイトス嬢。前にお会いしたのは、兄君の誕生日会だったかな」

「ご機嫌よう、クリスト様。そうだと記憶しておりますわ」

 表情を固くしたミランダ様に、兄上が優しく声をかける。
 ほっとしたようにそう返した彼女だが、私の言葉にすぐに表情を険しくした。

「本日はお一人でいらしてらっしゃいますの?」

「いいえ。婚約者とですわ。彼は少し席を外していて」

 そこで彼女は、にんまりと口角を上げる。

「あぁごめんなさい。不用意な発言をしてしまいましたわ」

 気が強い彼女なら絶対にそう言うだろうなと予想していた私は、あまりにも素直で顔に出やすいことに、もはや彼女が可愛く見えてきてしまう。

「不用意?何が不用意なのか伺っても?」

「え、何って……その、婚約者の、話題が」

「まぁ。どうしてそれが不用意になるのでしょう」

 眉を下げて困ったような表情を作る。

「わたくしの婚約者のお話でしたら、陛下のご決断により今は手続き等が全て凍結している状態。どのような結果になろうとも、王家のご決定はそのままわたくしの意志になりますわ」

「でもあなた、第三王子殿下に懸想して……」

「わたくしの想いと王家のご決断。ウィンドール王国の誉れ高き貴族の一員としてどちらを重んじるかだなんて、アルハイトス家のご令嬢であるミランダ様には言うまでもございませんわよね?」

 五大公爵家の中でも、特に貴族としての誇りと名誉を重んじるのがアルハイトス家だ。
 彼女はこういう言い方をしてしまえば、これ以上私にこの話題を振ってくることはないだろう。

 私の予想通り、彼女は苦いものを噛み潰したような渋面で、「えぇ」と相槌を打った。

 一度肯定させれば、もうこちらのものだ。
 同年代の中で一番私のことを目の敵にしていて、かつ影響力のあるミランダ様がこの話題を避ければ、必然的に彼女の取り巻き達も口にしなくなるだろう。
 地道だけれど、こうやって一つ一つの話題の出どころを潰していくしかない。

 目的はもう果たせたので、あまりにも気まずそうな顔を彼女がするものだから、小さく溜め息をついて助け舟を出す。

「……ねぇ兄上、やっぱりよくわからないわ。どうして婚約者の話題が不用意なのかしら?」

「俺の婚約者が異国にいることを慮って、とかか?」

 私の意図するところをきちんと汲んでくれた兄上のその言葉に、ミランダ様がパッと顔を上げる。

「え、えぇそうですわ。余計な勘違いをさせてしまって申し訳ありませんでしたわ、アマリリス様」

「いえ。兄へのご配慮を変に受け取ってしまって、こちらこそ申し訳ありませんわ」

 にこやかにそう告げて、私は軽くカーテシーをする。

「ではまた」

「えぇ、また」

「兄君によろしくお伝えしてくれ」

 兄上が言い終わるのを待って歩き出す。

 会場をゆっくりと歩きながら、私はそこかしこから聞こえてくる会話に耳を澄ます。

 やはり、今回の夜会の目的と深く関わっているノスアルト奨励制度のことを話している人が多い。制度を使っている学者や芸術家を熱心に口説いている貴族も、何名かいるようだ。
 それ以外で話題に上がっているのは、まず私のこと。これは織り込み済みだし、むしろ狙い通りだ。
 他には、まだ到着していないラインハルト様のことを話している声もあった。黒持ちで表舞台から長年姿を消していた王子ということもあって、話題性は十分というところだろう。
 そして少し意外だったのが、ダラン様。若い令嬢が弾むような声で彼の名前を口にしているのを聞いて、確かにまだ若く見得も良い未婚の伯爵というのは、優良物件なのだなと思う。

「……面白そうな話はあったか?」

 飲み物を受け取って私に渡してくれる兄上の問いかけに、私は小さく首を振る。

「今のところは。ダラン様の女性人気が高いくらいかしら」

「人当たりいいもんな。年齢的にもそろそろ結婚しないといけないから、そこを狙う令嬢は多いだろうなぁ」

 我が国の貴族男性は、遅くても二十代後半には結婚をするのが常識だ。
 確かダラン様は今二十四歳だから、結婚適齢期真っ只中というのもあり、人気に拍車がかかっているのだろう。

 そんな彼とは、アイカを迎えに来てもらった数時間前に会っていた。
 緊張で逆に口数の多かったアイカを見て楽しそうに笑っていた彼は、ラインハルト様とのやりとりの印象も相まって、優しいお兄ちゃんという感じがする。

「もう来てんのかな」

「あっちの、会場の庭園側の方にいるわよ。セルカも一緒みたい」

「あ、ほんとだ」

 貴族の令嬢と会話をしているらしい彼は、こちらには気付かない。が、その会話に入れていないらしいアイカは、かなり距離があるのに私達の視線に気付いたようで、小さく手を振ってくれる。
 大っぴらに反応するわけにもいかず、私は軽く頷くだけにとどめておいた。

「……お」

 アイカ達から視線を外していた兄上が、入口の方を見て声を上げる。

「ラインハルト様とティアーラ様がいらっしゃったぞ。ご挨拶に行くか」

「そうね。行きましょう」

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