【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

25話:友人の来訪

「お邪魔しまーす……」

「いらっしゃい、アイカ。必要なものは揃っているはずよ。何か足りないものがあったら、私か屋敷の誰かに伝えて頂戴ね」

 ドロッセル殿下の屋敷から帰った私が友人━━━アイカを連れていたことに、出迎えてくれた母上はかなり驚いているようだった。

 それもそうだろう。
 社交界では常に相手を警戒し、魔法学校では模範生徒となり校内の規律を守るべく他の生徒とは一歩引いて関わっていた私には、名目上友人と呼ぶ人はいたとしても、事前の連絡なしで家に連れてくるような友達はいなかったのだから。

 私と兄上が紹介したアイカを歓迎してくれた母上は、本邸と少し離れたところにある別邸を家の者に手早く準備させてくれた。

 少し休みたいと自分の部屋に戻った兄上と別れて、私とアイカは二人で別邸に来ていた。
 一週間分の荷物の入ったトランクを引いたアイカは、入り口のところで足を止める。

「これが、別邸なんだよね…?」

「えぇ。親戚が泊まりに来た時に使ってもらったりしてるわ」

「こんな広いところ、私が一人で使っていいの?」

「もちろんよ。遠慮しないで。定期的に使わないと、建物が悪くなってしまうから」

 二階建てで部屋数も最低限しかないが、確かにたった一人で使うには少し広すぎるかもしれない。

 ……いや、前世の基準からすると、ほぼ一軒家に近いこの大きさの家に一人というのは、確かに躊躇してしまう。
 しかし貴族社会では、というか公爵家にとっては、別邸がこれくらいの大きさというのはなんらおかしな話ではない。

「大丈夫。自分の家のように思ってくれて構わないから」

「いや無理でしょ。私、庶民なんだけど……」

「ドロッセル殿下のお屋敷に住んでいたじゃない」

「使用人用の部屋だったから、こういうの慣れてないんだよ」

 はぁ、と溜め息をついたアイカは、覚悟を決めたようにトランクの取っ手を握り直す。

「あぁ、言い忘れていたけれど、朝侍女が起こしに来て、その日の朝食をどうするかを聞きにくる予定なの。その日の着替えも持って行ってもらう手筈になっているけれど、大丈夫?」

「ちょ、ちょっと待って。え、侍女さんが来て、しかも服まで?」

「アイカは私の命の恩人だから。報奨金を受け取らなかったでしょう?だからこれくらいの恩返しはさせて欲しいの」

 私の言葉に、アイカは一瞬びっくりしたような顔をした後、「じゃあ」と頷く。

「有り難く使わせてもらいます。一週間、よろしくね」

「えぇ。私は一旦自分の部屋に戻って、すぐに戻ってくるわ。何かあったらそこの呼び鈴を鳴らして。本邸に繋がっているから、誰かが来てくれるはずよ」

「うん。じゃあまた後で」

 アイカに手を振って、別邸を出る。

 王都の屋敷だから、全体の敷地は大した広さではないから、ゆっくり歩いてもすぐに本邸が見えてくる。
 正面玄関のところに着くと、ちょうど遠乗りから帰ってきたレオナールとシルヴァンが馬から降りて来るところだった。

「あ、姉さん!ただいま!」

「姉様、ただいま帰りました」

「お帰り、二人とも。湖はどうだった?」

 そう口にしながら、シルヴァンの様子を見る。

 あのユークライ殿下の夜会で、セゼーク伯爵が私を侮辱したことに、全くそんなことないのに責任を感じていたらしくここ最近落ち込んでいたシルヴァンだが、若干の疲れこそ浮かんでいるものの表情は晴れやかで、私はほっと胸を撫で下ろした。

「綺麗でしたよ。落ち着いたところで」

「すごいゆっくり出来たよな。久しぶりに二人で色々話せたし」

 そう言いながら笑い合う二人を見ると、私まで嬉しくなってくる。

「そうなのね。楽しめたようで良かったわ」

「ありがと!姉さんは今日何をしてたの?」

「あぁそう、紹介したい人がいるのよ」

「「紹介したい人!?」」

 二人の驚く声が重なり、それに馬が体を震わせた。
 慌てて馬を落ち着ける二人だったが、彼らが動揺している理由がわからず首を傾げる。

「どうかしたの?」

「いや、その……」

 言葉を濁すシルヴァンに、「とりあえず」とレオナールが重ねる。

「馬を帰して来るから、その後に、できればゆっくりその話してくれない?」

「いいわよ。多分その頃にはあっちの準備も終わっているだろうから」

 別邸には、大人数で寛げる団欒用の部屋もある。
 そこでアイカのことを紹介しようと思いながら、一旦弟達と別れる。

 自室に戻って一息ついたところに、エミーがやって来た。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

「ただいま、エミー。頼んでおいたものは?」

「ヘレナが今セルカ殿にお届けに参っております」

「ありがとう。ごめんなさいね、業務外のことなのに」

「お嬢様のご友人とあれば、そのお役に立てるのは本望でございます」

 そう言って微笑んだエミーに、感謝を込めて私も笑い返す。

「本当に素晴らしい侍女に恵まれたわ。着替えをお願いしても?」

「かしこまりました。お化粧もお直ししましょうか?」

「えぇ、お願い」

 ゆったりとした軽めのドレスに着替えて、軽く紅を差してもらう。
 髪の毛も直してもらって再び部屋を出た時、ちょうど太陽が地平線に差し掛かり赤く辺りを染め上げていた。

 一階に降りたところで、レオナールとシルヴァンと合流する。

「ごめんなさい、待たせたかしら」

「ううん、大丈夫」

「それより姉様、紹介したい人と仰ってましたが、うちにいらしてるんですか?」

「えぇそうよ。別邸にいるの」

 向かいましょう、と声をかけると、二人はどうしてか緊張した面持ちで目を合わせながら付いてくる。

「……ねぇ、母上はその人のこと知ってるの?」

 歩きながら、レオナールが質問を投げかけてくる。

「えぇ。母上にはさっき紹介したわ」

「どうだったんですか?」

「どうって……別に、普通じゃないかしら。驚いていたようではあったけれど」

 母上は、実家が軍部への繋がりの強い武家であることもあって、そこまで平民に対する偏見を持っている人ではない。
 むしろ才能のある若者を身分関係なく起用することには肯定的らしく、ユークライ殿下の夜会にアイカが出席することを話したら、簡単な支援ならぜひしたいと言ってくれた。

「そうなんですね。……父様やヴィンス兄様には?」

「兄上は知ってるわ。父上も、名前だけなら報告しているから知っているはずよ」

 なんせ、アイカは転落事件から私の命を救ってくれた恩人だ。
 父上には、報奨金を渡そうとしたけど断られたことまで含めて話してある。もちろん、私達の関係性は伏せたままではあるが。

「そ、そうだったんだ」

「えぇ。どうして?」

「いや……あ、どんな人なのかなって思って」

「どんな人……」

 アイカを形容するには、一体どんな言葉が相応しいのだろうか。

 前世の話を弟達にするわけにはいかないから、必然的に彼女のその魔法の才能と研究者としての功績について話さなくてはいけないが、残念なことに私はそちらの分野にはあまり明るくない。
 天災の精霊の愛し子であることも、そんな重大な秘密をとても言えるはずがない。
 となると彼女の人柄くらいしか、今私が伝えられることはないだろう。

「……前向きで」

 今世の彼女と過ごした時間はまだ短い。
 私にとって彼女はまだ"アイカ"で、"セルカ"としての彼女のことは、きっとラインハルト様やダラン様の方がよっぽど詳しいはずだ。
 けれど、私に対して柔らかく笑ってくれるアイカに、これだけは確実に言える。

「優しい人、かしら。一緒にいて落ち着くの」

「……そっか。そういう人が、見つかったんだね」

「えぇ」

 なんだかレオナールの言い方が少し引っかかるが、その違和感に関して口を開く前に、別邸に到着する。
 ちょうど私達が着いたところで、別邸で待機してくれていたヘレナが扉を開いてくれた。

「ありがとう、ヘレナ。贈り物はどうだった?」

「喜んで下さっておりましたよ。先ほど着付けを手伝わせて頂いて、今お召しになられています」

「そうなのね。見るのが楽しみだわ」

 そうして案内された団欒室の扉が開かれる。
 その瞬間、「ねえ!」とアイカの声が響いた。

「こんな豪華なドレス貰うなんて聞いてないんだけど!」

 そう抗議するアイカが身に付けていたのは、購入だけして私が使っていなかった、薄い桃色のドレスだった。
 パーティー用に買ったは良かったものの、着る機会を逃し続けて仕舞ってあったそれは、新しい主人を見つけて輝いている。

 肩のところは紗で出来ていて、それ以外の部分も軽めの生地で作られているそのドレスを着たアイカは、贔屓目を抜きにしても、
 可憐なパニエには細かな宝石が縫い付けられていて、夕日を受けて控えめに輝く。
 きっと夜会のシャンデリアの光や蝋燭の火の中ではこれ以上に綺麗になるのだろうと思うと、アイカが出席するユークライ殿下の夜会に出たい気持ちが少し湧いてくる。

「良かった、すごく似合ってるわ。少し裾のところが長すぎるかしら」

「後程直しておきましょうか?」

「お願いするわ。セルカ、着心地はどう?」

「着心地はすごくいいよ。値段のことを考えなければだけれど」

 憮然とした表情のアイカに、思わず笑いがこぼれる。

「大丈夫よ。それもうあなたのものだから」

「え!?いやいや、それこそこんな高価そうなもの貰えないって」

「新進気鋭の若手研究者との繋がりを得られるなら、安い出費よ」

「いやいやいや……」

 サイズは合っているのに窮屈そうにするアイカには申し訳ないが、ここから一週間で彼女にはこのドレスに慣れて、ダンスも踊れるようになってもらわないといけないのだ。

 苦虫を噛み潰したような顔をするアイカに笑いながら、そろそろ彼女を紹介しなくてはと思って弟達の方を振り返ると、二人はそれぞれ壁に手をついて項垂れていた。

「ちょっと、二人ともどうしたの?」

「いや、なんていうか……」

「安心してしまって……」

 私が声をかけてやっと顔を上げた二人は、私を挟むように並ぶ。

 まさかアイカのことで心配させてしまったのだろうか。
 友人を家に呼ぶなんてことをしなかったから、ひょっとしたら二人は私が変な人に騙されているとでも思ったのだろうか。

「レオ、ルゥ、紹介するわ。彼女はセルカ。先日の転落事件で私を救ってくれた恩人で、兄上の魔力操作の講師もしている優秀な魔法研究者よ」

「初めまして、セルカさん。クリスト公爵家次男、レオナール・クリストです」

「同じくクリスト公爵家三男、シルヴァン・クリストです。お会い出来て光栄です」

 さっきまでの狼狽した様子はどこへ行ったのか、二人はにこやかに挨拶をする。

「セルカと申します。お会い出来てこちらこそ光栄です」

 アイカはというと、未だにドレスに慣れないのか、ぎこちない動作で礼をする。

「セルカはこれから一週間ほど、ユークライ殿下の夜会までここに滞在する予定よ。私がセルカにマナーやダンスの指導をすることになったの」

「そうなんですね。僕も必要でしたら相手役をやりますよ」

「えぇ、お願いするわね」

 シルヴァンはダンスが上手いから、初心者のアイカにとっては良い相手役になるだろう。
 私も男性パートを踊れなくはないけれど、女性パートに比べると自信が無いから、有り難い申し出だ。

 早速、練習計画について話そうと口を開こうとした瞬間、レオナールが大きく溜め息をついた。

「いやあ良かった。てっきり新しい婚約者を紹介されるものかと思ったから」

 そういうことだったのかと、弟達の不審な言動に納得がいった私の横で、アイカが大笑いの結果危うく花瓶を割りそうになって顔を真っ青にしたのを見た姉弟三人の笑い声が、夜の闇に包まれ始める別邸に響いた。

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