【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

23話:屋敷での内緒話

「実は私、天災の精霊の愛し子なの」

 アイカにそんな言葉を告げられて、私の体は言うことを聞かないように固まったけれど、頭はすぐに回転数を上げていった。

 数百年、いやあるいは有史以来初めてなのかもしれない。
 歴史の教科書━━━少なくとも精霊関係の書物であれば、必ず名前が今後千年は載るであろう天災の精霊の愛し子が、まさか目の前にいて、しかもそれが自分の前世の姉だということを、情報としては認識できていても処理ができない。

 天災の精霊というのはそれほど強大で人智を超えた存在だ。
 精霊にまつわる逸話はどの国やどの地域でもあるけれど、かの天災を司る精霊に関する話は、どれも規模が違う。

 そう、本当に規模が違うのだ。

 とある城塞都市を、天から降る霆によって一夜にして全て消し炭にしただとか。
 日が昇って頂点に昇るまでに、地割れと地震によって新たな山脈を生み出しただとか。
 瞬きをする間に、港の船を津波で全て飲み込んでしまっただとか。

 各地に残るかの精霊の語り草は、どちらかというと破壊にまつわるものが多いけれど、干魃に苦しむ地域に慈雨を降らせたり、開墾ができずに苦しんでいた農奴のために台風で目が届く範囲全ての岩を吹き飛ばしたりという話も残っている。

 そんな天災の精霊に加護を賜ろうと画策した者は、それこそ他の精霊に比べて何百倍も存在する。その莫大な力の一部でも得られれば、富も権力も欲しいままだからだ。
 しかし、どのような貢物にも、見目の麗しい者にも、飾り立てられた言葉にも、今まで天災の精霊は沈黙し続けた。

 人間が精霊へ接触を図ることができる方法は限られている。そのため、古来から人間はリエーシェと呼ばれる建築物を造り、そこで精霊を祀るようになった。
 リエーシェは精霊と人間、双方が意思疎通を図る場所であり、例えば闘いの精霊イラトアのリエーシェには闘技場が併設されており、そこでの催しにイラトア自身が参加することもある。

 高位精霊である天災の精霊のリエーシェももちろん存在するが、ここ数百年全く音沙汰がないらしい。
 個人的には、天災の精霊が加護を与えた人間が現れてしまえば、その人物がどこの国に味方するかによって国際情勢が大きく揺れ動きそうだから、それをありがたいと思っていたのに。

 まさかアイカが、天災の精霊の最上級の加護を受けているなんて。

「……あーごめん、やっぱりびっくりさせちゃった?」

「そうね。かなり、かなり驚いたわ。でも納得もしているの。いくら優秀な研究者とはいっても、王妹殿下の屋敷に住めるなんてそうそうないから」

「ドロッセル様の性格もあるけどね。屋敷の皆も友達みたいな感じだし、ラインハルトもダランもいるから、結構毎日楽しいよ」

 そう言ってアイカは笑みをこぼした。
 彼女の心からの笑顔に、私も釣られて笑顔になる。

「このこと、アマリリスには伝えておきたくて」

「ありがとう。教えてくれて嬉しいわ」

 アイカが重大な秘密を打ち明けてくれたことは、純粋にありがたいし、自分が信頼されているようで熱いものが込み上げる。

 今までの人生で、私が秘密を共有してもらったことがあるのは、家族以外だと何らかの取り引きのあった相手だけだった。
 私にとって、誰かの隠し事というのは貴族社会の魑魅魍魎と戦うための武器で、投資の対象であり、すごく無機質なものだった。

 だからこそ、アイカに彼女が天災の精霊の愛し子であると教えてもらったことで心が温かくなるのが新鮮で、私が彼女に相談をする踏ん切りがつく。

「……ねぇアイカ、私、前世の記憶があまり思い出せないの。特に、最期が」

 アマリリス・クリストとして生まれ変わったということは、日本に生きていたかつての私の人生がどこかしらの地点で途絶えたことを意味する。
 しかし私は、自分の最期がどうだったかだけではなく、何年生きたのか、そしてどのような人生を送ったのかさえあまり思い出せなかった。
 自分自身に関して確信を持って言えるのは、目の前の今世ではセルカという名前の彼女が双子の姉であったこと、この世界と酷似している乙女ゲームの『アメジストレイン』をプレイしたことがあることくらいだ。
 他の経験はもやがかかったように思い出せず、自分自身の体験なのか、それとも知識として知っていることなのか、判別がつかない。

 日本人としての私の価値観は確かにあるのに、その価値観を支える記憶が朧げなことに、私はずっとなんとも言えない不快感を覚えずにはいられなかった。

「……私も、最期は思い出せてないんだよね。今まで色々試してきた限り、これ以上思い出すのも難しそうだから、結構前に諦めちゃった」

「そうなのね。他の記憶は?」

「途切れ途切れって感じ。ただまぁ、忙しくてあんまりゆっくり思い出す時間はなかったかな」

「研究職だものね。普段もここで研究を?」

「うん。今やってる研究はね━━━」

 前世のことに触れた瞬間、アイカの表情がわずかにだが曇り、歯切れが悪くなった。
 しかし研究のことに話を変えると、緊張がほぐれたように笑顔で話を始める。

 楽しそうに、私にもわかるように内容を噛み砕きながら説明してくれるのに相槌を打ちながら、思考は深く沈んでいった。

 ひょっとしたらアイカには、前世のことに関係する何か追及されたくないことがあるのかもしれない。私が疑心暗鬼になっている可能性もある。なにせ、世界で一番信頼して心を傾けていた相手に裏切られたばかりなのだから。
 でも、アイカが何かを隠している気がしてならなくて、その疑いが澱のように溜まっていく。

「……あ」

 話の途中、突然アイカが声を上げた。
 まさか私の薄暗い感情が伝わってしまったのかと心臓が跳ねる。

「そろそろお昼の時間だ」

 アイカが壁にかけられている円盤を指差した。
 円周のところに等間隔で印が付けられていて、ちょうど半分の目印のところまで光が灯っている。

「あれ私の自作の時計で、二十四時間で光が一周するように魔法陣を調整したんだよね」

「魔法具って、そんなたくさん自作するものなの?」

 魔法大国と呼ばれる我が国においても、魔法具というものは選りすぐりの技術者が試行錯誤を繰り返し、数年単位の時間をかけて生産させるものだ。
 それをおそらく個人で設計から作成まで行っているアイカに思わずそう尋ねると、彼女は笑いながら返答する。

「私なんてまだまだだよ。一個作るのに数ヶ月かかるし、再現性の欠片もないものばっかだから」

 研究の説明のために広げてくれていた図案などを片付けながら、アイカは話を続ける。

「こういう魔法具が欲しいなって思って、適当に魔法陣を描いて、それに耐え得るように素材を組み合わせて、そこで生まれた不具合をまた魔法陣で調整してって繰り返しているから、私以外にはこの構造が理解できないんだよ」

「量産ができないってことね」

「そう。しかも修理も私しかできないから、他人にあげることもできないんだよね」

「それでも、自分で魔法具を一から作れるなんてすごいことよ。……そろそろ行く?」

「うん、行こ」

 アイカが書類をまとめ終わったのを確認して声をかける。
 二人揃って部屋を出ると、廊下にいる時点で良い匂いが漂ってきた。

「魚かしら。いい匂いね」

「うちの料理人は凄腕だから。期待してて」

 笑顔でそう告げたアイカに連れられて、一階の食堂に足を踏み入れる。

 広々としたそこには長机が置かれていて、すでにそこに座って食事をしていた黒のシャツを身に付けた屋敷の関係者らしき人物が、アイカと目を合わせると軽く手を振った。
 彼女はそれに手を振り返しながら、私の方に向き直る。

「ここの食堂は屋敷の全員が使っているから、多分私たちが食事してる間にも結構何人か来ると思うけどいい?」

 アイカが腰を下ろした横に、私も腰掛ける。

「えぇ。実家で慣れてるわ」

「良かった。貴族の人って、大衆食堂みたいなの嫌いかと思ってた。……ほら、なんていうか、平民を見下してる、っていうか」

「そういう考え方の人もいるにはいるわ」

 身分制度はこの国に深く根付いている。

 実家のクリスト領が相互扶助を重んじることや、母親の出身が身分よりも軍内部での上下関係に厳しい武家であること、そして前世の記憶も相まって、私自身は身分制度を絶対的に思っているわけではない。
 しかし、このウィンドール王国という国の成り立ちと貴族の関係や今の政治体制のことを考えると、身分制度というものが今の私たちに必要であるとは思う。

「でも私は、貴族と平民にはそれぞれ違う役割があるだけで、全ての人の本質は同じだと思っているの。辛いことがあれば涙を流すし、美しいものを見れば心を動かされ、愛する人を思うと笑顔が溢れる━━━なんて、少し青臭いわね」

「言いたいことはすごくわかる。どんな身分や職業だろうと、優しい人は優しいし、一緒にいて楽しい人は楽しいよ」

 はぁ、とアイカが溜め息をつきながら頬杖をつく。

「平民出身でも威張る人はいるしね。前に一回だけ学会に出たんだけど、私がまだ若い女だってわかった途端に高圧的になられて、本当最悪だった」

「それは大変ね……」

「まだそのことでぐちぐち言ってるのかい?」

 コトン、とお皿が置かれる音とともにかけられた声に顔を上げると、黒いワンピースに身を包んだ女性と目が合う。
 年齢的には、私の母上より少し上くらいだろうか。白や銀が混じった茶髪を後ろでお団子にまとめている彼女は、私をじっと見つめると不意に眉間に皺を寄せた。

「……お嬢さん、食べれないものは?」

「いえ、基本的には」

「はいよ」

 そう言って、私の前にもアイカと同じお皿を置いた。
 白身魚に野菜が添えられていて、海の匂いがほかほかと湯気と立ち上ってくる。

「何かわからないことがあればセルカに。おかわりもいいからね。セルカ、あんたはちゃんと食べるんだよ」

「はーい」

 険しい表情のまま早口に言った彼女は、間伸びしたアイカの返事に小さく頷くと、結局ニコリとも笑わずにそのまま立ち去った。

「……私、何かしたかしら」

 声を潜めてアイカに尋ねると、ちょうどパンに手を伸ばしていた彼女は、一つを私に手渡しながら苦笑する。

「大丈夫。ちょっと事情があって」

「そう。ひょっとして、貴族がお嫌いとか」

「そういうわけではないけど……あ、ごめん。飲み物とってくるね」

 アイカがそう言って一度席を外して、すぐに戻ってくる。

 渡された果実水にお礼を言いながら口をつけると、彼女は「実は」と話を始めた。

「あの人、昔どっかの貴族の奥方だったんだけど、生まれた二人目の息子さんが黒持ちだったの。そのせいで姑が追い出そうとしてきて、庇ってくれてた上の息子さんが事故で亡くなって、そのまま離縁」

「……そんなことが」

「ちょうどその息子さんとアマリリスの年齢が近いから、ついまじまじと見てしまって申し訳ないって」

「直接聞いてきたの?」

「元々この話は知ってたから、アマリリスに伝えていいか許可をもらっただけだよ」

 私を安心させるように笑いかけてくれるアイカに、ふと前世の彼女が重なった。

 正直、双子の姉との記憶はぼんやりとしか思い出せない。
 それでもきっと、今みたいに何度も私は心を軽くしてもらったのだろうという確信があった。

「ありがとう、アイカ」

「いえいえ。……あ、ごめん。ここでは一応セルカって呼んで」

「そうよね。ごめんなさい、セルカ」

 私が謝った時、食堂の扉が開く音がして、振り返るとちょうど第一王子が入ってくるところだった。
 彼に続くように、ラインハルト様と兄上、ダラン様もやって来る。

「綺麗なところだね。いい匂いもする」

「そうだな」

 第一王子の言葉に、兄上が相槌を打つ。
 兄上はそのまま私を見つけると、私の隣の椅子を引いた。

「俺ここでいいか?」

「私は構わないわ。セルカもいい?」

「席はご自由に。気にしないので」

 私も同意を示すように頷くと、残りの三人も私たちの向かい側に腰を下ろす。

 私の正面にラインハルト様。
 彼を挟むように、アイカの正面にダラン様が座り、兄上と向かい合って座ったのは第一王子だった。

 またすぐに料理が運ばれてくる。
 台車に乗せて、料理と共に飲み物を運びに来たさっきの女性は、私と目を合わせると小さく頭を下げた。
 彼女の表情は相変わらず硬いものだったが、それが私に対する嫌悪感から来ているものではないとわかっているから、私も微笑みながらそれに頷き返す。

 全員に料理が行き渡ったところで、兄上がグラスを持ち上げた。

「ただの果実水だけど乾杯させてくれ!今日の出会いに乾杯!」

 乾杯、とそれぞれが口にしながらグラスを打ち合わせる。
 軽やかで爽やかな音が響いた。

 失礼にならないように自然に対面の三人に視線を向けると、全員柔らかい表情をしていて、王族を前にしているというのに、私も自然と肩の力が抜けていった。

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