【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
19話:夕日の邂逅
ひょんなことから任された新しい仕事である陛下の治療、それに必要な事前知識をセルカからみっちり教え込まれ終わった時には、日は傾いて朱に変わりかけていた。
既に治療が終わった陛下と二人の王妃はとっくに部屋を去っており、俺は薬品の片付けを手伝いながら雑談をしていた。
「じゃあずっと治療をしながら研究を?」
「そう。王城の図書館で資料を閲覧しながら、安全性の確認されたものから治療法を試してたの」
「なるほどなぁ」
お互い人と打ち解けやすい性格だったからだろう。
身分差こそあるけれど、俺がセルカに教えを乞う身だから敬語で話さなくていいと伝えたら、彼女はすぐに砕けた口調で話すようになった。
昔からこっそり市井に抜け出していた俺にとっては、これくらい気軽に話せる相手が増えるのは嬉しいことだ。
「それで、結局アマリリスに何を話していたかは教えてもらえないんだな?」
「……私の独断で話せることじゃないから。ただ、もしアマリリスがあなたに伝えたいと思うなら、私は構わないとだけ」
「まぁ今日帰ってみたら聞いてみるかな」
瓶の蓋がしっかり閉まっていることを確認して、棚に戻す。
「片付け完了。すみませんね、手伝ってもらっちゃって」
「いいよ。二人でやった方が早く済むし。ただなんか忘れてる気がすんだよなあ」
「魔法師団の仕事がまだ残ってるとか?」
「いや、それは宰相閣下に書類渡したから……」
そういえば、あの仕事も時間潰しのためにやっただけだった。
俺が今日王城に来たのは。
「あー!!やっべ、完全に忘れてた」
「仕事なら、レシア様が上手く誤魔化してくれるんじゃないの?」
「そうじゃなくて、親友と会う約束してたんだよ」
うわやっちまったどうしようと口の中で繰り返していると、セルカが楽しそうに笑い声を上げる。
「お貴族様なのに、随分と街言葉を話すんだ」
「ちっさい頃から街に入り浸ってたからな。民の生活をありのままに見るには、まずは言葉から身に付けねぇと」
「なるほどね。……で、親友さんに会いに行かなくていいの?」
「うーん、まぁ。約束の時間から何時間も過ぎてるからな」
実は今までにも、何度かユークライとの約束をすっぽかしたことがあるし、逆にユークライが時間通りに来なかったこともあった。
お互い忙しいし責任がある身だから、突然抜かせない用が入ることもよくある。きっとユークライも今日俺に突然用事が入ったことを理解しているだろうから、多分もう俺のことを待ってはいないはずだ。
「大人って色々あるんだね」
「あいつは、昔からの付き合いだからな。初恋の相手も苦手な食べ物も嫌いな動物も知ってるぞ」
「すっごい仲良し」
「まぁな」
セルカが棚のガラス戸を閉じて施錠する。
ガチャリと鍵の音が響くと、ガラスが黒く濁り、奥が見えなくなった。
「随分と厳重だな」
「ここを掃除する人にも、どんな薬品を使っているか知られたらまずいから。あと普通に希少なものも多いし」
かけていたローブを羽織ったセルカは、鍵を仕舞うとドアノブに手をかける。
「もう出るけど、いい?」
「あぁ」
二人で部屋を出ると、夕日が目に沁みてきた。
まさかこんなことになるなんてと思いながら軽く伸びをする。
「とりあえず、次に会うのは来月か」
「そうだね」
部屋を出る前に、セルカはフードを深く被る。
一つにまとめた髪も含めて全て見えなくなると、ローブが体のラインを隠すようなデザインなこともあって、少年のようにも見えなくもない。それにしては華奢だが。
「帰りは馬車か?俺馬だから、厩舎まで送るぞ」
「いや、魔法で」
「魔法?」
思わずおうむ返しすると、彼女の口元が困ったように笑った。
「他人から抜いた魔力って、あんまり長い間体内に放置すると危ないから、早めに使っちゃいたいんだよね」
「なるほどな。じゃあなんだ、飛んで帰るのか?」
鍛錬の一環として、出退勤を飛翔魔法で行う同僚を思い出しながらそう尋ねる。
「いや、それだと魔力を消費しきれないし誰に見られるかわからないから……」
そこで突然、セルカが言葉を切って俯いた。
「どうした?」
「誤魔化して。バレたら困る」
どういうことか聞き返す前に、カツカツと踵を鳴らす音が耳に入ってくる。
音の方向を見ると、そこにいたのはよく見慣れた男だった。
「ユークライ!」
「やぁヴィンセント。俺との約束は忘れてた?」
こっちに歩み寄りながら、にっこりと嫌味っぽく言ってくる、第一王子であり俺の親友のユークライの肩を叩く。
「まさか。急に外せない用事ができてだな」
「そちらの方と関係があるのかい?」
あー、それがなー、と適当に口にしながらセルカの方を見る。
黙ったまま顔を隠すように下を向く彼女は、いつの間にか膝をついて深く頭を下げていた。どうやらユークライのことは知っていたらしい。
「逢引か?婚約者がいるのに感心しないよ」
「いやいやいや、まずこいつ男だし」
言ってから、まずったかと冷や汗を流す。
ぱっと見では性別がわからないような格好をしているし、今セルカのしている礼は男女兼用のものだ。
普通だったら俺の言葉を信じるだろうが、なんと言ってもユークライはイリスティア様の息子で、王となるべく育てられた王太子候補。見抜かれる可能性もある。
「……へぇ。じゃあ俺以外の人と何してたの?」
「なんだよ嫉妬かよ」
「そんなわけないだろ。ただの興味さ」
明らかに怪しまれている。
セルカはさっき、「バレたら困る」と言った。つまりきっと、陛下の過魔のことは息子のこいつにも伝えられていないんだろう。
ということは、上手くそこを誤魔化すか嘘をつく必要がある。
「……実はだな」
俺が真剣な声を出すと、俯いたままのセルカがピクリと肩を震わせ、俺の方を盗み見るようにした。
不安そうな彼女に、任せろ、と心の中で親指を立てる。
「新しい魔力操作の技術を教わってたんだ。内容は機密事項だから話せない。以上!」
「なるほどね」
俺が下手な嘘をついても、ユークライは絶対に見破ってくるだろう。
だから嘘はつかないで、隠したいことの手前で、これ以上踏み越えて欲しくないとはっきり示す。
俺が今までの二十三年の貴族人生で達した一つの結論が、嘘をつくよりも正直に途中まで話した方が隠し事はしやすいことがある、ということだ。
「魔法師団の中でも選りすぐりの実力者な君でも知らない技術を持っているのか」
「すごいよなぁ」
「あぁ。……で、どうして君とそんな彼女が一緒にいるんだ?」
「だから、こいつは」
「漏れ出る魔力でなんとなくわかるんだ。俺がこういうの得意なこと、よく知ってるだろ?」
言い返すことができずにいる俺に、ユークライが笑ってみせる。
「ちょっと王太子選のストレスでピリピリしてるんだ。そんな状況で、自分の家に怪しい人がいたら、正体を暴きたいに決まってるだろ?」
「可哀想に。今度いい酒持ってきてやるから、酒盛りでもしようぜ」
「楽にしてくれ」
俺の優しい申し入れを華麗に無視したユークライは、一歩セルカの方へ踏み出す。
セルカは一瞬迷った後に、視線を下げたまま立ち上がった。
「君の所属は?」
「……」
「言えないのなら、衛兵に突き出すしかないけれど」
「……」
「ちょっと待て待て、こいつの身元は俺が保証できる」
なんだか今のユークライなら本当に突き出しかねないと思って、反射的にそう口を挟む。捕まりはしないだろうけれど、セルカが衛兵に連れて行かれたらなかなかに面倒臭いことになりかねない。
今日会ったばっかりでなんなら午前中は疑ってたけど、妹と同じくらいの年齢の女の子に誤魔化すように頼まれたら、生粋の兄としては頑張るしかないのだ。
「顔も隠して声も発しない彼女を、どうやって信じろと?」
「親友の俺に免じて」
「約束を放り出すような親友の言葉はちょっと無理かな」
「えぇ……」
いつもならそろそろ折れてくれるが、どうやらさっきの言葉通りイラついているらしいユークライは、胡散臭い作り笑いを浮かべたまま追及の手を緩めようとしない。
「王城に入るのは初めて?」
「……」
「ここを訪れた目的は?ここがどういう場所かは理解している?」
「……」
「なぁユークライ。こいつもう帰るところだから」
「権威を振りかざすつもりはないけれど、第一王子の俺の前で顔を隠せるままなんて、すごい度胸だね」
初対面の素性の知れない相手の前で自分のことを「俺」と言うほど頭に血が上っているなんて、かなり珍しい。
本当に王太子選が大変なんだなと思って、今この状態のユークライに責め立てられているセルカに助け舟を出そうと、間に割って入る。
「こいつにも色々事情あるんだよ。やめなって、ユークライ」
「顔くらい見せたらどうなんだ」
「……」
「よっぽどやましいことがあるんだ?」
「……」
「おい、ユークライ。やめろ」
「本当に衛兵を呼ぶよ」
「ユークライ!」
「ヴィンセントさん、いいです」
セルカが俺を押し留めるように手を出した。
彼女は、怒っていると丸分かりの低い声で、不機嫌さを隠そうとしないまま、乱暴にローブのフードを跳ね除ける。
「お望み通り顔を見せましたよ!第一王子殿下は女性に対しても随分とお優しいようで!暴かれたくない秘密を暴くのがご趣味のようですが、非常に申し訳ないことに私には幾重にも守秘義務があるので本日はこれで失礼させて頂きます!」
早口に言い捨てたセルカは、わざとらしくカーテシーをすると、わざと音を鳴らしながら足先を反対方向に向けた。
俺が呆気にとられている間に、セルカは何歩も前に進んで行く。
ある程度距離が開いたと思ったら、彼女の足元に魔法陣が描き出され始めた。
「あ、おい、お前まさか」
よく知っている魔法陣だ。
風属性と無属性の複合であり、実用性が高いが二属性の複合だとは思えないほど難易度が非常に高い、優秀な魔法師の代名詞ともいえる魔法。
「さよなら、ヴィンセントさん」
「……待ってくれ!!」
ユークライが大声を出し、弾かれたように駆け出した。
驚いたように振り返ったセルカの手を、ユークライは掴む。
「ちょっと、危ないから離れて下さい!」
それをセルカはすぐに振り払い、ユークライを突き飛ばした。
第一王子に対して乱暴ではあるが、それを咎める気は起きない。なぜなら本当に危険な魔法だからだ。
あいつもそれを知っているだろうに、再びセルカに近付こうとする。
「……あ、君は」
「おいユークライ!マジで危ないぞ!」
後ろから肩を掴むが、ユークライは俺の方に一切見向きもせず、自分のピアスを取り外した。
「これを!」
いきなりユークライはそれをセルカに投げ渡す。
セルカは魔法陣を描きながらも、それを難なく受け取って怪訝な顔をした。
「あの、これは」
「君の、あ、その」
どもるなんて本当にユークライにしては珍しい。
まさか、と一つのにわかには信じられない可能性が頭を過ぎる。
それを確かめようとセルカを止めようとしたが、魔法陣はもう既に大部分が完成されていて、今更中断しようものなら、彼女だけでなく周りにも危害が及びかねない。
「あの、君を、なんて呼べばいい!?」
"そう"としか思えない親友の不器用な問いかけに、思わず口元が緩んだ。
「……セルカ」
魔法が発動し始め、キーンと甲高い金属音が鳴り響く。
「君は…!」
ユークライが声を発した瞬間、セルカの足元の魔法陣が一際白く光り輝いた。
反射的に、調整した魔法障壁でこの一帯を半球状に覆う。
魔法の発動に伴った魔力が強い勢いで溢れ出すが、それをなんとか全て堰き止めた。そうだろうとは思っていたが、セルカの魔法師としての才能はかなり高水準だ。
単独で、触媒も事前に描いていた魔法陣もなしで、転移魔法を行使できるなんて。
「……」
溢れる魔力の奔流が収まったのを確認して魔法障壁を解除すると、一陣の風が吹く。夕日はすっかり真っ赤になって、白の王城が朱色に染まっていた。
肩に置いていた手を離して、親友の隣に並び立つ。
「なぁユークライ」
「……どうした、ヴィンセント」
不自然に低められた声が返ってくるものだから、思わず笑ってしまう。
「お前まさか、一目惚れでもしたのか?」
「……殴っていいか」
「親友になんてこと言うんだよ。で、どうなんだ」
「……」
たっぷり三拍置いて、ユークライは重い口を開いた。
「…………あれが、初恋の相手だ」
既に治療が終わった陛下と二人の王妃はとっくに部屋を去っており、俺は薬品の片付けを手伝いながら雑談をしていた。
「じゃあずっと治療をしながら研究を?」
「そう。王城の図書館で資料を閲覧しながら、安全性の確認されたものから治療法を試してたの」
「なるほどなぁ」
お互い人と打ち解けやすい性格だったからだろう。
身分差こそあるけれど、俺がセルカに教えを乞う身だから敬語で話さなくていいと伝えたら、彼女はすぐに砕けた口調で話すようになった。
昔からこっそり市井に抜け出していた俺にとっては、これくらい気軽に話せる相手が増えるのは嬉しいことだ。
「それで、結局アマリリスに何を話していたかは教えてもらえないんだな?」
「……私の独断で話せることじゃないから。ただ、もしアマリリスがあなたに伝えたいと思うなら、私は構わないとだけ」
「まぁ今日帰ってみたら聞いてみるかな」
瓶の蓋がしっかり閉まっていることを確認して、棚に戻す。
「片付け完了。すみませんね、手伝ってもらっちゃって」
「いいよ。二人でやった方が早く済むし。ただなんか忘れてる気がすんだよなあ」
「魔法師団の仕事がまだ残ってるとか?」
「いや、それは宰相閣下に書類渡したから……」
そういえば、あの仕事も時間潰しのためにやっただけだった。
俺が今日王城に来たのは。
「あー!!やっべ、完全に忘れてた」
「仕事なら、レシア様が上手く誤魔化してくれるんじゃないの?」
「そうじゃなくて、親友と会う約束してたんだよ」
うわやっちまったどうしようと口の中で繰り返していると、セルカが楽しそうに笑い声を上げる。
「お貴族様なのに、随分と街言葉を話すんだ」
「ちっさい頃から街に入り浸ってたからな。民の生活をありのままに見るには、まずは言葉から身に付けねぇと」
「なるほどね。……で、親友さんに会いに行かなくていいの?」
「うーん、まぁ。約束の時間から何時間も過ぎてるからな」
実は今までにも、何度かユークライとの約束をすっぽかしたことがあるし、逆にユークライが時間通りに来なかったこともあった。
お互い忙しいし責任がある身だから、突然抜かせない用が入ることもよくある。きっとユークライも今日俺に突然用事が入ったことを理解しているだろうから、多分もう俺のことを待ってはいないはずだ。
「大人って色々あるんだね」
「あいつは、昔からの付き合いだからな。初恋の相手も苦手な食べ物も嫌いな動物も知ってるぞ」
「すっごい仲良し」
「まぁな」
セルカが棚のガラス戸を閉じて施錠する。
ガチャリと鍵の音が響くと、ガラスが黒く濁り、奥が見えなくなった。
「随分と厳重だな」
「ここを掃除する人にも、どんな薬品を使っているか知られたらまずいから。あと普通に希少なものも多いし」
かけていたローブを羽織ったセルカは、鍵を仕舞うとドアノブに手をかける。
「もう出るけど、いい?」
「あぁ」
二人で部屋を出ると、夕日が目に沁みてきた。
まさかこんなことになるなんてと思いながら軽く伸びをする。
「とりあえず、次に会うのは来月か」
「そうだね」
部屋を出る前に、セルカはフードを深く被る。
一つにまとめた髪も含めて全て見えなくなると、ローブが体のラインを隠すようなデザインなこともあって、少年のようにも見えなくもない。それにしては華奢だが。
「帰りは馬車か?俺馬だから、厩舎まで送るぞ」
「いや、魔法で」
「魔法?」
思わずおうむ返しすると、彼女の口元が困ったように笑った。
「他人から抜いた魔力って、あんまり長い間体内に放置すると危ないから、早めに使っちゃいたいんだよね」
「なるほどな。じゃあなんだ、飛んで帰るのか?」
鍛錬の一環として、出退勤を飛翔魔法で行う同僚を思い出しながらそう尋ねる。
「いや、それだと魔力を消費しきれないし誰に見られるかわからないから……」
そこで突然、セルカが言葉を切って俯いた。
「どうした?」
「誤魔化して。バレたら困る」
どういうことか聞き返す前に、カツカツと踵を鳴らす音が耳に入ってくる。
音の方向を見ると、そこにいたのはよく見慣れた男だった。
「ユークライ!」
「やぁヴィンセント。俺との約束は忘れてた?」
こっちに歩み寄りながら、にっこりと嫌味っぽく言ってくる、第一王子であり俺の親友のユークライの肩を叩く。
「まさか。急に外せない用事ができてだな」
「そちらの方と関係があるのかい?」
あー、それがなー、と適当に口にしながらセルカの方を見る。
黙ったまま顔を隠すように下を向く彼女は、いつの間にか膝をついて深く頭を下げていた。どうやらユークライのことは知っていたらしい。
「逢引か?婚約者がいるのに感心しないよ」
「いやいやいや、まずこいつ男だし」
言ってから、まずったかと冷や汗を流す。
ぱっと見では性別がわからないような格好をしているし、今セルカのしている礼は男女兼用のものだ。
普通だったら俺の言葉を信じるだろうが、なんと言ってもユークライはイリスティア様の息子で、王となるべく育てられた王太子候補。見抜かれる可能性もある。
「……へぇ。じゃあ俺以外の人と何してたの?」
「なんだよ嫉妬かよ」
「そんなわけないだろ。ただの興味さ」
明らかに怪しまれている。
セルカはさっき、「バレたら困る」と言った。つまりきっと、陛下の過魔のことは息子のこいつにも伝えられていないんだろう。
ということは、上手くそこを誤魔化すか嘘をつく必要がある。
「……実はだな」
俺が真剣な声を出すと、俯いたままのセルカがピクリと肩を震わせ、俺の方を盗み見るようにした。
不安そうな彼女に、任せろ、と心の中で親指を立てる。
「新しい魔力操作の技術を教わってたんだ。内容は機密事項だから話せない。以上!」
「なるほどね」
俺が下手な嘘をついても、ユークライは絶対に見破ってくるだろう。
だから嘘はつかないで、隠したいことの手前で、これ以上踏み越えて欲しくないとはっきり示す。
俺が今までの二十三年の貴族人生で達した一つの結論が、嘘をつくよりも正直に途中まで話した方が隠し事はしやすいことがある、ということだ。
「魔法師団の中でも選りすぐりの実力者な君でも知らない技術を持っているのか」
「すごいよなぁ」
「あぁ。……で、どうして君とそんな彼女が一緒にいるんだ?」
「だから、こいつは」
「漏れ出る魔力でなんとなくわかるんだ。俺がこういうの得意なこと、よく知ってるだろ?」
言い返すことができずにいる俺に、ユークライが笑ってみせる。
「ちょっと王太子選のストレスでピリピリしてるんだ。そんな状況で、自分の家に怪しい人がいたら、正体を暴きたいに決まってるだろ?」
「可哀想に。今度いい酒持ってきてやるから、酒盛りでもしようぜ」
「楽にしてくれ」
俺の優しい申し入れを華麗に無視したユークライは、一歩セルカの方へ踏み出す。
セルカは一瞬迷った後に、視線を下げたまま立ち上がった。
「君の所属は?」
「……」
「言えないのなら、衛兵に突き出すしかないけれど」
「……」
「ちょっと待て待て、こいつの身元は俺が保証できる」
なんだか今のユークライなら本当に突き出しかねないと思って、反射的にそう口を挟む。捕まりはしないだろうけれど、セルカが衛兵に連れて行かれたらなかなかに面倒臭いことになりかねない。
今日会ったばっかりでなんなら午前中は疑ってたけど、妹と同じくらいの年齢の女の子に誤魔化すように頼まれたら、生粋の兄としては頑張るしかないのだ。
「顔も隠して声も発しない彼女を、どうやって信じろと?」
「親友の俺に免じて」
「約束を放り出すような親友の言葉はちょっと無理かな」
「えぇ……」
いつもならそろそろ折れてくれるが、どうやらさっきの言葉通りイラついているらしいユークライは、胡散臭い作り笑いを浮かべたまま追及の手を緩めようとしない。
「王城に入るのは初めて?」
「……」
「ここを訪れた目的は?ここがどういう場所かは理解している?」
「……」
「なぁユークライ。こいつもう帰るところだから」
「権威を振りかざすつもりはないけれど、第一王子の俺の前で顔を隠せるままなんて、すごい度胸だね」
初対面の素性の知れない相手の前で自分のことを「俺」と言うほど頭に血が上っているなんて、かなり珍しい。
本当に王太子選が大変なんだなと思って、今この状態のユークライに責め立てられているセルカに助け舟を出そうと、間に割って入る。
「こいつにも色々事情あるんだよ。やめなって、ユークライ」
「顔くらい見せたらどうなんだ」
「……」
「よっぽどやましいことがあるんだ?」
「……」
「おい、ユークライ。やめろ」
「本当に衛兵を呼ぶよ」
「ユークライ!」
「ヴィンセントさん、いいです」
セルカが俺を押し留めるように手を出した。
彼女は、怒っていると丸分かりの低い声で、不機嫌さを隠そうとしないまま、乱暴にローブのフードを跳ね除ける。
「お望み通り顔を見せましたよ!第一王子殿下は女性に対しても随分とお優しいようで!暴かれたくない秘密を暴くのがご趣味のようですが、非常に申し訳ないことに私には幾重にも守秘義務があるので本日はこれで失礼させて頂きます!」
早口に言い捨てたセルカは、わざとらしくカーテシーをすると、わざと音を鳴らしながら足先を反対方向に向けた。
俺が呆気にとられている間に、セルカは何歩も前に進んで行く。
ある程度距離が開いたと思ったら、彼女の足元に魔法陣が描き出され始めた。
「あ、おい、お前まさか」
よく知っている魔法陣だ。
風属性と無属性の複合であり、実用性が高いが二属性の複合だとは思えないほど難易度が非常に高い、優秀な魔法師の代名詞ともいえる魔法。
「さよなら、ヴィンセントさん」
「……待ってくれ!!」
ユークライが大声を出し、弾かれたように駆け出した。
驚いたように振り返ったセルカの手を、ユークライは掴む。
「ちょっと、危ないから離れて下さい!」
それをセルカはすぐに振り払い、ユークライを突き飛ばした。
第一王子に対して乱暴ではあるが、それを咎める気は起きない。なぜなら本当に危険な魔法だからだ。
あいつもそれを知っているだろうに、再びセルカに近付こうとする。
「……あ、君は」
「おいユークライ!マジで危ないぞ!」
後ろから肩を掴むが、ユークライは俺の方に一切見向きもせず、自分のピアスを取り外した。
「これを!」
いきなりユークライはそれをセルカに投げ渡す。
セルカは魔法陣を描きながらも、それを難なく受け取って怪訝な顔をした。
「あの、これは」
「君の、あ、その」
どもるなんて本当にユークライにしては珍しい。
まさか、と一つのにわかには信じられない可能性が頭を過ぎる。
それを確かめようとセルカを止めようとしたが、魔法陣はもう既に大部分が完成されていて、今更中断しようものなら、彼女だけでなく周りにも危害が及びかねない。
「あの、君を、なんて呼べばいい!?」
"そう"としか思えない親友の不器用な問いかけに、思わず口元が緩んだ。
「……セルカ」
魔法が発動し始め、キーンと甲高い金属音が鳴り響く。
「君は…!」
ユークライが声を発した瞬間、セルカの足元の魔法陣が一際白く光り輝いた。
反射的に、調整した魔法障壁でこの一帯を半球状に覆う。
魔法の発動に伴った魔力が強い勢いで溢れ出すが、それをなんとか全て堰き止めた。そうだろうとは思っていたが、セルカの魔法師としての才能はかなり高水準だ。
単独で、触媒も事前に描いていた魔法陣もなしで、転移魔法を行使できるなんて。
「……」
溢れる魔力の奔流が収まったのを確認して魔法障壁を解除すると、一陣の風が吹く。夕日はすっかり真っ赤になって、白の王城が朱色に染まっていた。
肩に置いていた手を離して、親友の隣に並び立つ。
「なぁユークライ」
「……どうした、ヴィンセント」
不自然に低められた声が返ってくるものだから、思わず笑ってしまう。
「お前まさか、一目惚れでもしたのか?」
「……殴っていいか」
「親友になんてこと言うんだよ。で、どうなんだ」
「……」
たっぷり三拍置いて、ユークライは重い口を開いた。
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