【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
12話:現実と乙女ゲーム
「ふぅ」
風の宴から一週間、私はずっとタウンハウスで書き物をしていた。
王太子選定開始の宣言から、今の社交界は大忙しらしい。毎日のようにこの王都でたくさんの茶会や夜会が開かれ、派閥争いを繰り広げているそうだ。
どの王子の支持も表明していない我が家にも、毎分のように招待状が届く。成人を迎えた私のところにもだ。
しかし、今のところ私はどんな催しにも参加せず、自室や庭で前世の記憶を書き留めながら、のんびりとした日々を過ごしていた。
「『アメジストレイン』……」
魔法学校での出来事をなぞったかのような乙女ゲーム。
私が前世でプレイしたそれが、今の私にどのように関わってくるのか全くわからずひたすらゲームでの情報を書き連ねていたのだが、かなり現実との相違点があるようだった。
一番大きいのは、やはりレーミル様だろう。
ゲームではララティーナに少なからず好意を持っていた。恋愛ルートにならなくても、良き友人となっていたはずだ。
しかし現実の彼は、ララティーナのことを嫌悪しているように見えた。……いや見えたというか、殿下が生徒会費で彼女のためにお金を使う度に舌打ちをしていたから、本当に良くは思っていなかっただろう。
レーミル・リズヴェルト。
前世の「私」が一番好きだったキャラクターだ。
ダークブロンドの髪に眼鏡の奥の銀色の瞳。性格は悪くて主人公をしょっちゅう揶揄うが、時折甘い顔も見せる。かなり人気があったキャラクターだったと思う。
現実の彼に当てはめると、少し笑ってしまいそうになる。はっきりとした物言いは確かに性格が悪いように捉えられてしまう可能性もあるが、自分の職務に忠実な人物だった。
そう、彼は職務に忠実だった。彼の父親のように。
「……っ」
風の宴での、宰相の私への問いかけ。
確かに、魔法学校での第三王子の様子について知りたいのであれば、私が適任だ。
婚約者であり、生徒会も一緒だった。その婚約がもはや形ばかりのものになっていたとはいえ、私の気持ちは彼にあった。
未練はない。
ないというよりは、「私」の記憶が未練さえ残してくれなかった、という方が正しいだろう。
この世界とは若干異なる『アメジストレイン』だが、「私」がそれをプレイした中で得た第三王子の情報は、私が今まで理解できなかった彼の行動を説明するのに十分だった。
はぁ、と溜め息をついて紅茶を口に運んだ。
かなり冷めてしまった紅茶を、魔法で温める。普段はこのように魔法を使うことはないけれど、ラインハルト様に言われた通り最近は魔法を使うようにしている。
ラインハルト様からは、風の宴の翌日に手紙が届いた。
簡潔にまとめられたその内容を更に短くまとめるのであれば、王太子選定で忙しくなりそうだから実験はまた今度、ということだった。
てっきりラインハルト様は王太子選定に興味はないかと思ったが、どうやら周りが放っていなかったようだ。
三人の候補の内、第一王子と第三王子はイリスティア様の息子だ。王族の親戚ということで顔を利かせていたレシア様方の親戚としては、ラインハルト様を担ぎたいのだろう。
あの不器用なラインハルト様が、夜会でしどろもどろになりながら貴族達の対応をしているのを思い浮かべると、微笑ましいと共に少し不安になる。
複雑な気持ちになりながら温められて香り立つ紅茶を口に運ぶと、ドアをノックされる。
「どうぞ」
「失礼致します、お嬢様」
私の部屋に入ってきたエミーは、台車を乗せて後ろにユカリを連れていた。
私は広げていたノートを閉じて、立ち上がった。
「あらユカリ」
「こんにちは。失礼致します、お嬢様」
続けて入ってきたヘレナが、私の勉強机の上の茶器を片付けてくれる。
私はソファに腰掛けて、ユカリに対面のソファを勧めた。
「ユカリ、座って頂戴」
彼女がこくんと頷いて腰を下ろす。
私が彼女に声をかける前に、エミーが私に銀のトレーの上に乗った一枚の封筒を差し出した。
「こちら、お嬢様宛てでございます」
「ありがとう」
誰からの手紙かと受け取った瞬間、優しく風が吹く。
封筒を開くと、そこにあったのはミルク色の良い香りのする招待状だった。
「……ユークライ殿下」
気品溢れる招待状のデザインだとか、かすかに匂いをつけているところとか、さすが第一王子だ。
おそらく彼が、今の最有力候補だろう。このタイミングで、自分が主催の夜会を開くというのも、足場を固める意味合いが強いと考えられる。
日程を確認する。
約一週間後だ。少し招待が遅いような気もするが、それでもきっと来るだろうというような強気を感じる。
「ヘレナ」
「はい」
「来週、第一王子殿下主催の夜会に出席するわ。ドレスを用意してくれる?」
「かしこまりました」
「ありがとう。よろしくね」
ヘレナに招待状を手渡す。
あそこに書いてある会の趣旨を読んで、ヘレナが適した装いを考えてくれるだろう。私も軽く情報を集めておかないといけない。
第一王子が主催の夜会は、断りたくても断れない。ここでもし私が出席しないとすると、完全に第一王子の派閥と距離をとっていることになってしまう。
しかし我が家は中立派だ。出席した上で、肩入れをするつもりはないということを上手く示さなくてはいけない。
「あぁエミー、兄上は今日屋敷に帰ってくるかしら」
「えぇ。夕食をお屋敷でとられるという風に伺っております」
「わかったわ。ありがとう」
その時に、兄上もこの夜会に出るか聞かないといけない。
兄上も出席するならエスコートを兄上に頼めるが、もしそうでない場合はレオナールに声をかけないと。
「待たせてごめんなさいね、ユカリ。それで用件は?」
私の問いかけに、ユカリはぱちぱちと目を瞬いた。どうやら眠そうだ。
それもそうだろう。風の宴の後、彼女はすぐにエズマニア侯爵邸に赴き、御令嬢のためのドレスを作ることになった。今急いでデザインしている最中だそうだ。
さらにはティアーラ殿下がユカリのデザインしたドレスに興味があるらしく、登城するための日程の調整も今行っているらしい。
多忙な彼女が、わざわざ私に直接話してくるなら、余程のことだろう。
「お嬢様が、風の宴に着て行ったドレス、ですが、少し不思議なことが、あって」
「不思議なこと?」
こくんとユカリが頷く。
彼女はクリスト領から王都にやってきて、母上のドレスの手入れなどを今までやっていたらしく、だったらと私の服も頼んでいる。
もちろんあの風の宴で着たドレスも、頼んで念入りに手入れをしてもらっていた。
「私は、ドレスを作る時、おまじないをかけます」
「おまじない?」
特定の効果をもたらすわけではないが術者の思いが込められた魔力のことを、そう呼ぶ。
魔力を込めているわけなので、おまじないをかかったものは若干物持ちが良くなったり、使っている人の気分に影響を与えると言われている。
「はい。とても弱い、魔法です。着ている人が、笑顔になれるように、と、気持ちと魔力を込めました」
ユカリの言葉に、ふと『アメジストレイン』のイベントを思い出す。
確かゲーム内でも、主人公が攻略対象に自分が刺繍を入れておまじないを込めたハンカチをプレゼントするイベントがあった。もしかしたら、ララティーナも第三王子に何か渡していたのかもしれない。
私だって色々贈り物をしたのに、と少し黒い感情が湧き出るのを押し込め、私は困ったように視線を泳がせるユカリに続きを促す。
「そのおまじないが、どうかしたの?」
「それが、その……」
「消えていた、とか?」
「違います。逆、です」
逆?と私が首を傾げると、ユカリは頷いた。
「おまじないが、強くなっていました。誰かが、お嬢様にかけましたか?」
「……そう、ね」
可能性としてまず考えられるのは、家族。
兄上であれば、おまじない程度の魔法なんて昼寝をしながらでも出来るだろう。しかし、魔法的な何かをするのであれば絶対に私に教えてくれるはずだ。
同じ理由で、父上と母上、レオナールも除外。シルヴァンも考えられない。他の使用人もだ。
となると外部の人間ということになるが、このドレスを着て行ったのは風の宴だけ。
あんな場でこんな小娘の着ているドレスに、わざわざ魔力なんて込めるのだろうか。私や周りの人に気付かれる可能性もあるのに。
「ごめんなさい、心当たりがないわ」
「……他の人がおまじないをかけたものに、上からかけるのは、難しいです。職人がおまじないをかけるのは、自分が仕立てたドレスだと、証明する意味もあります。だから、その、あの」
言葉を探しながら、ユカリがぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「強い、魔法師と……あの、戦う?じゃなくて、あの……」
「通常であれば有り得ないおまじないの重ねがけに、お嬢様が強い魔法師に狙われているのかもしれないと危惧している、ということですか、ユカリ」
エミーが拾い取ってくれたその言葉に、ユカリがぶんぶんと強く頷いた。
「心配してくれてありがとう。でも、おまじないなのでしょう?害はないはずだわ」
「おまじないをかけるには、強い気持ちが必要、です。珍しいけど、悪くて強い魔法師が、誰かを狙う時、勝手におまじないがかかることも、あります」
「……そのおまじないがいつかかったものか、わかる?」
私の問いかけに、ユカリは首を横に振った。
「わからない、です。ごめんなさい」
「手がかりは何かない?どんな細かいことでもいいから」
「…………あ」
考え込んでいたユカリは何かに気付いたように、顔をぱっと上げた。
その視線は、私の後ろに控えるヘレナに向かっている。
「ヘレナがどうかしたの?」
まさか彼女が。
確かにヘレナは、常人に比べたら魔力量が多い。風の宴前後で私と何度も会っているから、ドレスに魔力を込めるタイミングはいくらでもある。
しかし無断でそんなことをするようには思えない。
「ヘレナさん、封筒」
「封筒……あぁ、招待状ですか?」
そういうことかと胸を撫で下ろす。
ヘレナが、第一王子からの招待状を机の上に置く。
それに手をかざしたユカリは静かに目を閉じ、しばらくして目を見開いた。
「この招待状の魔力と、おまじないは、似ています。多分、家族です。親子とか、兄弟、とか」
「ラインハルト様……」
口をついて出たその名前に、思わず口元が緩んでしまう。
あの不器用だけれど思いやりに溢れた友人であれば、確かに会話の中でおまじないをかけるくらいやってしまいそうだ。それくらい魔法の実力のある人だから。
彼が私に言った言葉が、頭の中で蘇る。
「君は幸せになれる、なるべき人だ……」
口の中で、小さくその言葉を転がすと、不思議と心が暖かくなる気がした。
風の宴から一週間、私はずっとタウンハウスで書き物をしていた。
王太子選定開始の宣言から、今の社交界は大忙しらしい。毎日のようにこの王都でたくさんの茶会や夜会が開かれ、派閥争いを繰り広げているそうだ。
どの王子の支持も表明していない我が家にも、毎分のように招待状が届く。成人を迎えた私のところにもだ。
しかし、今のところ私はどんな催しにも参加せず、自室や庭で前世の記憶を書き留めながら、のんびりとした日々を過ごしていた。
「『アメジストレイン』……」
魔法学校での出来事をなぞったかのような乙女ゲーム。
私が前世でプレイしたそれが、今の私にどのように関わってくるのか全くわからずひたすらゲームでの情報を書き連ねていたのだが、かなり現実との相違点があるようだった。
一番大きいのは、やはりレーミル様だろう。
ゲームではララティーナに少なからず好意を持っていた。恋愛ルートにならなくても、良き友人となっていたはずだ。
しかし現実の彼は、ララティーナのことを嫌悪しているように見えた。……いや見えたというか、殿下が生徒会費で彼女のためにお金を使う度に舌打ちをしていたから、本当に良くは思っていなかっただろう。
レーミル・リズヴェルト。
前世の「私」が一番好きだったキャラクターだ。
ダークブロンドの髪に眼鏡の奥の銀色の瞳。性格は悪くて主人公をしょっちゅう揶揄うが、時折甘い顔も見せる。かなり人気があったキャラクターだったと思う。
現実の彼に当てはめると、少し笑ってしまいそうになる。はっきりとした物言いは確かに性格が悪いように捉えられてしまう可能性もあるが、自分の職務に忠実な人物だった。
そう、彼は職務に忠実だった。彼の父親のように。
「……っ」
風の宴での、宰相の私への問いかけ。
確かに、魔法学校での第三王子の様子について知りたいのであれば、私が適任だ。
婚約者であり、生徒会も一緒だった。その婚約がもはや形ばかりのものになっていたとはいえ、私の気持ちは彼にあった。
未練はない。
ないというよりは、「私」の記憶が未練さえ残してくれなかった、という方が正しいだろう。
この世界とは若干異なる『アメジストレイン』だが、「私」がそれをプレイした中で得た第三王子の情報は、私が今まで理解できなかった彼の行動を説明するのに十分だった。
はぁ、と溜め息をついて紅茶を口に運んだ。
かなり冷めてしまった紅茶を、魔法で温める。普段はこのように魔法を使うことはないけれど、ラインハルト様に言われた通り最近は魔法を使うようにしている。
ラインハルト様からは、風の宴の翌日に手紙が届いた。
簡潔にまとめられたその内容を更に短くまとめるのであれば、王太子選定で忙しくなりそうだから実験はまた今度、ということだった。
てっきりラインハルト様は王太子選定に興味はないかと思ったが、どうやら周りが放っていなかったようだ。
三人の候補の内、第一王子と第三王子はイリスティア様の息子だ。王族の親戚ということで顔を利かせていたレシア様方の親戚としては、ラインハルト様を担ぎたいのだろう。
あの不器用なラインハルト様が、夜会でしどろもどろになりながら貴族達の対応をしているのを思い浮かべると、微笑ましいと共に少し不安になる。
複雑な気持ちになりながら温められて香り立つ紅茶を口に運ぶと、ドアをノックされる。
「どうぞ」
「失礼致します、お嬢様」
私の部屋に入ってきたエミーは、台車を乗せて後ろにユカリを連れていた。
私は広げていたノートを閉じて、立ち上がった。
「あらユカリ」
「こんにちは。失礼致します、お嬢様」
続けて入ってきたヘレナが、私の勉強机の上の茶器を片付けてくれる。
私はソファに腰掛けて、ユカリに対面のソファを勧めた。
「ユカリ、座って頂戴」
彼女がこくんと頷いて腰を下ろす。
私が彼女に声をかける前に、エミーが私に銀のトレーの上に乗った一枚の封筒を差し出した。
「こちら、お嬢様宛てでございます」
「ありがとう」
誰からの手紙かと受け取った瞬間、優しく風が吹く。
封筒を開くと、そこにあったのはミルク色の良い香りのする招待状だった。
「……ユークライ殿下」
気品溢れる招待状のデザインだとか、かすかに匂いをつけているところとか、さすが第一王子だ。
おそらく彼が、今の最有力候補だろう。このタイミングで、自分が主催の夜会を開くというのも、足場を固める意味合いが強いと考えられる。
日程を確認する。
約一週間後だ。少し招待が遅いような気もするが、それでもきっと来るだろうというような強気を感じる。
「ヘレナ」
「はい」
「来週、第一王子殿下主催の夜会に出席するわ。ドレスを用意してくれる?」
「かしこまりました」
「ありがとう。よろしくね」
ヘレナに招待状を手渡す。
あそこに書いてある会の趣旨を読んで、ヘレナが適した装いを考えてくれるだろう。私も軽く情報を集めておかないといけない。
第一王子が主催の夜会は、断りたくても断れない。ここでもし私が出席しないとすると、完全に第一王子の派閥と距離をとっていることになってしまう。
しかし我が家は中立派だ。出席した上で、肩入れをするつもりはないということを上手く示さなくてはいけない。
「あぁエミー、兄上は今日屋敷に帰ってくるかしら」
「えぇ。夕食をお屋敷でとられるという風に伺っております」
「わかったわ。ありがとう」
その時に、兄上もこの夜会に出るか聞かないといけない。
兄上も出席するならエスコートを兄上に頼めるが、もしそうでない場合はレオナールに声をかけないと。
「待たせてごめんなさいね、ユカリ。それで用件は?」
私の問いかけに、ユカリはぱちぱちと目を瞬いた。どうやら眠そうだ。
それもそうだろう。風の宴の後、彼女はすぐにエズマニア侯爵邸に赴き、御令嬢のためのドレスを作ることになった。今急いでデザインしている最中だそうだ。
さらにはティアーラ殿下がユカリのデザインしたドレスに興味があるらしく、登城するための日程の調整も今行っているらしい。
多忙な彼女が、わざわざ私に直接話してくるなら、余程のことだろう。
「お嬢様が、風の宴に着て行ったドレス、ですが、少し不思議なことが、あって」
「不思議なこと?」
こくんとユカリが頷く。
彼女はクリスト領から王都にやってきて、母上のドレスの手入れなどを今までやっていたらしく、だったらと私の服も頼んでいる。
もちろんあの風の宴で着たドレスも、頼んで念入りに手入れをしてもらっていた。
「私は、ドレスを作る時、おまじないをかけます」
「おまじない?」
特定の効果をもたらすわけではないが術者の思いが込められた魔力のことを、そう呼ぶ。
魔力を込めているわけなので、おまじないをかかったものは若干物持ちが良くなったり、使っている人の気分に影響を与えると言われている。
「はい。とても弱い、魔法です。着ている人が、笑顔になれるように、と、気持ちと魔力を込めました」
ユカリの言葉に、ふと『アメジストレイン』のイベントを思い出す。
確かゲーム内でも、主人公が攻略対象に自分が刺繍を入れておまじないを込めたハンカチをプレゼントするイベントがあった。もしかしたら、ララティーナも第三王子に何か渡していたのかもしれない。
私だって色々贈り物をしたのに、と少し黒い感情が湧き出るのを押し込め、私は困ったように視線を泳がせるユカリに続きを促す。
「そのおまじないが、どうかしたの?」
「それが、その……」
「消えていた、とか?」
「違います。逆、です」
逆?と私が首を傾げると、ユカリは頷いた。
「おまじないが、強くなっていました。誰かが、お嬢様にかけましたか?」
「……そう、ね」
可能性としてまず考えられるのは、家族。
兄上であれば、おまじない程度の魔法なんて昼寝をしながらでも出来るだろう。しかし、魔法的な何かをするのであれば絶対に私に教えてくれるはずだ。
同じ理由で、父上と母上、レオナールも除外。シルヴァンも考えられない。他の使用人もだ。
となると外部の人間ということになるが、このドレスを着て行ったのは風の宴だけ。
あんな場でこんな小娘の着ているドレスに、わざわざ魔力なんて込めるのだろうか。私や周りの人に気付かれる可能性もあるのに。
「ごめんなさい、心当たりがないわ」
「……他の人がおまじないをかけたものに、上からかけるのは、難しいです。職人がおまじないをかけるのは、自分が仕立てたドレスだと、証明する意味もあります。だから、その、あの」
言葉を探しながら、ユカリがぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「強い、魔法師と……あの、戦う?じゃなくて、あの……」
「通常であれば有り得ないおまじないの重ねがけに、お嬢様が強い魔法師に狙われているのかもしれないと危惧している、ということですか、ユカリ」
エミーが拾い取ってくれたその言葉に、ユカリがぶんぶんと強く頷いた。
「心配してくれてありがとう。でも、おまじないなのでしょう?害はないはずだわ」
「おまじないをかけるには、強い気持ちが必要、です。珍しいけど、悪くて強い魔法師が、誰かを狙う時、勝手におまじないがかかることも、あります」
「……そのおまじないがいつかかったものか、わかる?」
私の問いかけに、ユカリは首を横に振った。
「わからない、です。ごめんなさい」
「手がかりは何かない?どんな細かいことでもいいから」
「…………あ」
考え込んでいたユカリは何かに気付いたように、顔をぱっと上げた。
その視線は、私の後ろに控えるヘレナに向かっている。
「ヘレナがどうかしたの?」
まさか彼女が。
確かにヘレナは、常人に比べたら魔力量が多い。風の宴前後で私と何度も会っているから、ドレスに魔力を込めるタイミングはいくらでもある。
しかし無断でそんなことをするようには思えない。
「ヘレナさん、封筒」
「封筒……あぁ、招待状ですか?」
そういうことかと胸を撫で下ろす。
ヘレナが、第一王子からの招待状を机の上に置く。
それに手をかざしたユカリは静かに目を閉じ、しばらくして目を見開いた。
「この招待状の魔力と、おまじないは、似ています。多分、家族です。親子とか、兄弟、とか」
「ラインハルト様……」
口をついて出たその名前に、思わず口元が緩んでしまう。
あの不器用だけれど思いやりに溢れた友人であれば、確かに会話の中でおまじないをかけるくらいやってしまいそうだ。それくらい魔法の実力のある人だから。
彼が私に言った言葉が、頭の中で蘇る。
「君は幸せになれる、なるべき人だ……」
口の中で、小さくその言葉を転がすと、不思議と心が暖かくなる気がした。
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