【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

第7話:宴への支度

「ん……」

 ピチピチと小鳥の囀りが聞こえて重い瞼を開けた。カーテンの隙間から光が漏れていて、思わず目を細めてしまう。

 体を起こしてベッドから足を下ろすと、ちょうどエミーと目が合った。

「おはようございます、お嬢様。本日はお早いですね」

「そうね。多分、緊張しているからだわ」

 そう返して微笑む。

 今日だけは、緊張しないわけにもいかない。昨日の夜も色々考え込んでしまい、なかなか寝付けなかった。結局眠気がやってくるまでずっと書き物をしていたから、まだ思考がぐるぐる止まらない。

 考えても考えても、準備してもしてもし足りない。
 だって今日は、風呼びの宴その日なのだから。

 朝食は胃に優しくお腹に溜まるものを選び、急いで口の中に押し込んで食べる。正直、宴の最中に何か食べられる精神状態ではないだろうから、朝の内に食べておかないと後々辛い。
 しかし、緊張のせいで空腹さえも感じられていなくて、もう少し食べるべきかどうか悩んでいたら、着替えの時間となった。

 多分、今日一番忙しい時間が始まる。

「流行を取り入れるべきでは?」

「もうすでに決定したことでしょう。お嬢様の魅力を最大限に引き出すことを意識して……」

「今日の天気を考慮するのであればもっと色を濃く……」

 普段私の身の回りを準備してくれている侍女だけでなく、外部から雇った化粧師が、朝から部屋で歩き回り口々に言葉を交わす。
 私の装い自体は元からある程度の案が決まっていたが、最後の微調節はギリギリまで終わらない。全体を確認するために、何度も立ったり座ったり回ったりを繰り返す。私自身も鏡を見て意見を出す。

「長く伸ばした髪を最大限活かすためには、ただ全部を下ろすだけでは駄目です」

「でしたら編み込みをすべきでは」

「せっかくの美しい銀髪なのですから、髪自体を活かすべきです」

「ドレスとの調和も考えなくては」

 ちらりと時計を見ると、出発まであと二時間。
 風呼びの宴は、風の訪れを祝う特別な料理が振る舞われることもあり、立食パーティーのような形式をとっている。出席したことのある父上に聞いたところ、昼食が提供されるのは約二時間ほどに渡るらしく、その後に儀式的な催しがあるのだとか。

 最も、その二時間の大半は社交のために費やされるだろう。
 きっと今の社交界には、私の噂が出回っているはずだ。宴に出席する国の重鎮たちも、気になっていないはずがない。いや、どちらかといえば、私が宴に聞かれた理由についてだろうか。どちらにしろ、私にとっては不快な話だ。
 そんな状態で食事を楽しめるほど、私は肝が座っていない。

「……髪は崩れにくいものにして頂戴。途中で直す時間があるとは思えないから」

「「「かしこまりました」」」

 私がそういえば、全員がその方向で動いてくれる。
 こんなにも能力だけでなくやる気もある彼女たちに、今までほぼ同じようなことを命じてばかりだった自分が、つくづく嫌になった。

 バレないように小さく溜め息をつく。
 自己嫌悪は今だけだ。宴の時には、こんな弱くなれない。

 社交界は弱肉強食。少しでも隙を見せれば、骨の髄までしゃぶり尽くされるだろう。
 しかも相手は、国の中枢を生き抜いてきている重鎮たちだ。絶対に気を抜くことは許されない。

 我がクリスト家は、基本的にどのようなことにも中立の立場を守っている。
 それは、次期王太子選定然り。

 血筋が重視されるのと同時に、我が国では実力も重視される。
 それは王太子であっても変わらない。国をより良いものにするためにも、次期国王はただ生まれた順番ではなく、その能力を以って選ばれる。

 私が第三王子と婚約し、兄上が第一王子と親しくしていたため、家としては一応中立を保っていた。第二王子が表舞台に立っていなかったから。

 それが今、私が第三王子から婚約破棄を宣言されたことで揺らいでいる。
 クリスト家が果たして第一王子派になるのか、それとも中立を保つのか。父上や兄上よりも世間的な立場も弱くて成人したばかりの私が、一番探りを入れやすいから、きっと様々なことを言われるはずだ。
 だから私は強くあればならない。家のために。

「お嬢様、魔法を使用しても?」

「えぇ、大丈夫よ」

 思考から浮かび上がって許可を出すと、侍女の一人が魔法で鏡を作り出す。複数枚出したそれの角度を調整し、後ろの姿も見れるようにしてくれた。

「いかがでしょう」

「……これ、本当に、私?」

 目に飛び込んできた一人の女性に、私は思わず息を呑んだ。

 スレンダーラインの白金のドレス。裾だけが黒い糸で刺繍が施されたそれは、高貴で洗練された雰囲気を醸し出す。
 首周りはすっきりとしていて、空白となったところに大きなダイヤモンドが、光の加減によって色合いを変えながら輝いた。

 ドレスと色を合わせたグローブは、手首に近付くにつれて丈が長くなっていく。ドレスと同じように、裾に近いところだけ刺繍がされてあり、黒いビーズも縫い付けられて光を反射してキラキラと輝いていた。

 そのドレスと合わせた靴は、足首に絡まるようなストラップのついたヒールのあるパンプス。
 揺れるドレスの裾からほっそりとした足が覗く。

 思わず一歩踏み出すと、ドレスに合わせて髪が揺れた。
 顔の横に二つ、髪を編んで作った大きな銀の花。何も飾られていないのに、どうしてこんなにも気品が溢れるのだろうか。

 驚きに揺れる瞳を縁取るのは、髪と同じ上向きの銀色の睫毛。瞼や目尻に乗せられた色は暖色系で統一されていて、少し吊り目気味な目元を柔らかくしている。
 頬にもほんのり紅が乗せられ、人外めいた儚さの中に人間らしい温かみを出していた。

「……きれい」

 思わず、鏡の中の女性が自分だということを忘れた。
 こんな自分、見たことがない。自分がこんなにも美しくなれるだなんて、知らなかった。

 驚愕と喜びで、最初は言葉が出なかった。 
 が、絶対にこの感謝は伝えなくてはいけないと、言葉をかき集めてどうにか口を開く。

「ありがとう。みんなのお陰で、新しい自分と出会えたわ」

「勿体無いお言葉です、お嬢様。……ユカリ、来て」

 エミーの声に、鏡の魔法が解除され、一人の少女が私の前までやって来る。
 緊張か、あるいは興奮からか頬を赤く染め上げたその少女は異国風の……「私」の記憶に馴染みが深い顔立ちと服装をしていた。
 丈のところがスカート風に変えられている着物を身に纏った黒髪黒目の彼女に、私は思わず声をあげる。

「ユカリって……ひょっとして、五年前の?」

「えぇ、そうです!お嬢様に覚えて頂いていて、嬉しい、です」

 そう言って破顔するユカリは、私の記憶の中の数倍大人びていた。

 五年前、クリスト公爵領の領都で母上と買い物をしていたときに、偶然店先に置いてあった着物に目を引かれたのが彼女との出会いだった。その時は、「私」の記憶はなかったから、単に不思議な仕立てのそれが気になっただけだったが、今思えば運命のようなものだったのかもしれない。
 物珍しい服を作る彼女のことが気になり、身分を隠して色々聞いた。辿々しくだが、我が国で使われているジューロ語で、身の上を語ってくれた。
 両親と乗っていた商船で難破してウィンドール王国に流れ着いたこと、外国人への迫害が酷い南部から抜け出し、北部のクリスト公爵領までやって来たこと。

 逆境の中でも自らの力で素晴らしい服を、彼女の故郷であるスイレイ国のものだけでなくウィンドール王国風のものまで作る彼女の才能に、母上と話し合って我が家のお抱えの職人のところに弟子入りしてもらっていた。

「久しぶりね、ユカリ。王都に来ていたなんて」

「お嬢様の魔法学校の、ご卒業に合わせて、こちらに来ていました。成人が十八歳ですから」

「確かに。……これが私の、デビューのためのドレスになるものね」

 魔法学校の卒業パーティーという国の一大イベントでもある日が終われば、我が国では本格的に社交シーズンが始まる。
 シーズンに先駆けて開かれる風呼びの宴が最も格式が高いもので、それ以外にも大小様々な舞踏会や夜会が連日開催される。夏がやってくる七月ほどまで続く約三ヶ月の間に、それまでに成人を迎えた貴族の子女は夜会にデビューするのだ。

 ちなみに社交界自体へのデビューは、十二歳の誕生日であることが多い。貴族は、自分の子供の十二歳の誕生日会を盛大に執り行うことで、家の財力を喧伝する。

「お嬢様。この度のドレスは、一からユカリがデザインしたものでございます」

「そうだったのね。……化粧も装飾品も靴も髪も全て素敵だけれど、特にこのドレスは、本当に一生の宝物になるわ」

「っ!!本当、ですかっ!?」

 ユカリが大きく目を見開いて満面の笑みを浮かべる。
 それに釣られて、私も思わず頬が緩んだ。

「本当よ」

「良かったです。……お嬢様は、私の、恩人ですから。お嬢様の苦しい時に、私のドレスが、お嬢様を支えられたら、良い、です」

「そんな、恩人だなんて。全部あなたの実力あってのことよ」

「恩人、です。私の作った服を、笑顔で、着て買ってくれた、最初のお客さんですから」

 まさか、私が最初だったなんて。

 そういえば、彼女と初めて会った店は、人通りの少ない寂れた通りにあり、店先に置いてあったのは着物一着だった。
 南部から逃げるのにお金を使い果たした、というようなことも言っていたし、あの着物だけを仕立てるので精一杯だったのだろう。それで出した利益で店をやりくりしようとしていたようだが、いくらクリスト領の人々が移民に寛容とはいえ、着方もわからない服をわざわざ買おうとする客はいなかったらしい。

「お嬢様が、私の服を褒めてくれたから、今の私がいます。……このドレスは、初めてお嬢様に会った時の、お嬢様を表現しました。気高く、美しく、優しい、お姫様」

 そこで言葉を切ったユカリは、はにかみながら自分の目を指さした。

「初めて会った時に、目がお揃いって言ってもらえて、すごく、嬉しかったです。それを刺繍に、込めました。黒はこの国だと嫌われているけれど、私にとっては大好きな色です。黒は、全部を包み込めます。一番優しい色です。お嬢様にぴったりです」

 そんな風に言われたことは、一度もなかった。
 私の目の色に対して投げかけられたのは、ほとんど全てが嫌悪から来る蔑みか、哀れみを含んだ慰めの言葉だけだった。

 だから、本心から私の目の色を好きだと言ってくれたユカリの言葉に、不意に喉が詰まる。

「……ありがとう、ユカリ。このドレス、宣伝して来るわね」

「っ!ありがとうございます、お嬢様!」

 満面の笑みを浮かべたユカリは、他の侍女や職人にも声をかけて、最後の確認をしてくれる。

 会場である王城へは、警備の問題もあって一人二名の侍女までしか連れて行けない。
 今回連れて行くのは、昔から私つきで一番信頼しているエミーと、護衛も兼ねて最も腕の立つ者。
 化粧直しなども二人しかできないから、もしここが崩れたらこういう対応を、というのを最後に確かめていく。私自身も、万が一自分で対処しなくてはならなくなった時のためにそれを聞きながら、宴に招待されているであろう面々を頭の中で並べていった。

 成人した王族、宰相、各大臣、王国法院長官、王国軍の元帥、魔法師団長、騎士団長は確定だ。公共機関の長も招待されることがあるらしい。
 そして、前年に何かしらの功績を立てたものが二名から五名ほど。父上にそれとなく聞いてみたけれど、人数は父上でさえ知らされていないようだった。
 それに加えて、王族が強い希望を出した者が出席することもあるらしいけれど、それに関しては未知数だ。

「……ふぅ」

 あれこれ考えても仕方ないだろう。
 とりあえず今は、どうにかなることを信じるしかない。

「風のご加護が在らんことを」

 小さく呟いて、一歩踏み出した。

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