【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
90話:厳しい状況
私と兄上、リズヴェルト、エミー、ヘレナ、そして最後にエストレイが入った瞬間、その部屋の扉がパタンと閉められて魔法陣が浮かび上がる。
私達を出迎えてくれたアレックスは、中心に置かれた無機質な石の机の周りの椅子を手で示した。
「こちらで少々お待ちください」
部屋の作りからして本来は応接間であるはずのその部屋は、扉と窓を除く四方全てを天井まで届く本棚に囲まれていた。いくつも積み上げられた箱には、「素材」や「失敗作」などと書いてあり、おそらくこの部屋の主が作った魔法具が入っているのだろうなということが推察される。
あまり部屋をジロジロ観察するのも失礼だろうと思いながら、椅子に腰掛けた。
ヘレナやエミーは私の後ろに控えながら、私が持って行くように頼んでいた我が家の蔵書や個人的に収集している資料を取り出してくれる。
かなりの重さになるそれらの書類を受け取り、石の机に腰掛けて待っていると、やがて奥の扉が開き、紺色のラフなシャツを羽織った青年が出てきた。
「みんな、よく来てくれた。……おはよう?」
そう眉を寄せながら口にした彼は、壁にかけてある時計を見ると小さく頷く。
その様子に、まさか寝ていないのではないかと思いながら、私と兄上、リズヴェルトは立ち上がり一礼した。
「おはようございます、ラインハルト様」
私達を代表して兄上がそう口にすると、ラインハルト様は首肯して「座ってくれ」と口にする。
軽く会釈してから席に着くと、「早速だが」とラインハルト様がどこか普段より早口に話し始めた。
「まずこれからする話は、国家機密に準じると認識してくれ」
「もう聞いちゃってるけどな」
どこかふざけるように、兄上がそう相槌を打つ。
こんな真剣で切羽詰まった状況なのにふざけるなんてとも思うが、今更私が何を言っても変わらないだろう。それに癪ではあるけれど、兄上の平常運転を見ていると、少し落ち着くような気もしてしまうから、文句と感謝を合わせて飲み込んだ。
「ララティーナ・ゼンリルが精霊の愛し子だということが判明した。彼女に寵愛を与えているのは、色情の精霊だ。精霊に関してはヴィンセントの方が詳しいだろうから詳細は譲るが……精霊が裏にいたと考えると、これまでの事件の辻褄が合う」
「精霊は人間と根本的に造りが違う。精霊には魔法の区別とか属性とかの概念はないから、属性魔法も呪術も全部お手の物。まぁ得意不得意はあるみたいだがな」
私の顔に疑問符が浮かんでしまっていたのだろう。
すぐに補足を挟んでくれたのは兄上で、その言葉にラインハルト様が頷いて続ける。
「その通りだ。そして愛し子も、生得の魔力が変質し、絶対量が人間のそれを大きく上回るほどにまで成長し普通の人間とは異なった魔力器官を手に入れ……簡潔に述べるのであれば、魔法という一点においては、人間よりも精霊に近しい存在になる」
いつの間にかラインハルト様の後ろに立っていたダラン様が、どこか熱っぽく話すラインハルト様の肩を軽く叩き、途中で止める。
目の下にくっきりと隈が残るダラン様は、シンプルに説明を終わらせた自らの主人に満足そうに笑みを浮かべると、私達の方をチラリと見て会釈した。
「遅くなりました。……もうお一方、こちらに加えていただいても?」
かなり上背のあるダラン様の後ろから姿を現したのは、意外な人物だった。
「……サーストン殿下?」
「ラインハルト兄さんから状況は聞いた。……俺も、この事件に深く関わってるから、同席を望んだ」
どこか苦々しげな表情でそう話すサーストン殿下は、ラインハルト様の隣の席を引く。服が若干着崩れていて寝癖が目立つところ、そして目の下の隈から察するに、仮眠でもとっていたのだろうか。
ラインハルト様が出てきた隣の部屋にいたこともあるし、ひょっとしたら一緒に徹夜で調べ物でもしていたのかもしれない。
「この一報がもたらされたのが、大体一時間ほど前だ」
弟が着席するのを見てから、ラインハルト様が再び口を開いた。
「伝令として走ってくれたイレーヴは、魔力をほぼ使い切っていたため今は休憩をとっているが、回復でき次第すぐに叡智の森に戻らせる。できれば、その際にヴィンセントにも同行して欲しい」
「おう、わかった」
すぐに頷いた兄上は、「でもなあ」と眉を顰める。
「愛し子と戦う時、精霊がどんな反応するかだなぁ」
「それは……あなたを庇護している精霊が、ということか?」
「俺の場合は、庇護ってほどの関係じゃねぇな。どっちかつーと……友人みたいな感じだな」
そう口にしながら、兄上は腕を組む。
「どんな精霊に声かけるかやどんな魔法を使ってもらうかは、ある程度俺に裁量がある。ただ、精霊同士にも力関係があるらしいから、強い精霊の縄張りとかだとなかなか力を貸してくれない時があるんだ。……愛し子相手ってことは、実質高位精霊相手ってことだ。そうなった時に、相手を恐れて動かない可能性もある」
「それは僕も懸念していた点だ。ただ、精霊術師ということを抜きにしても、僕達の中でララティーナ・ゼンリルとある程度渡り合える人物がいるとしたら」
「まぁ、ラインハルト様以外だと俺かセルカ、あとは相性次第でヘンリックさんとイレーヴがどうかってくらいか」
さらっと告げられたその言葉に、思わず驚きの声を漏らしそうになるのを慌てて抑える。
まさか兄上の実力が、そんな高かったなんて。
もちろん、優秀な術師ということは知っていたけれど、まさか近衛騎士をも凌ぐほどだったとは思わなかった。
そこにセルカの名前が挙げられていることにも驚きで、おそらくそれが顔に出てしまっていたのだろう。兄上が苦笑しながら私に説明してくれる。
「魔法師と騎士だと、求められる能力が少し違ってくるんだ。騎士は基本的に、人間相手を想定してる。特に近衛騎士に求められてるのは、主君を守り抜き、必要に応じて逃したり、増援を呼んでそれが来るまで耐えたりする力。一方の魔法師は、状況に応じてどんな相手でも殲滅する力。そんで魔法の専門家であることも求められる」
そういえば、昔弟のレオナールに似た説明をしていたことがあったかもしれないとうっすら思い出しながら、兄上の話に耳を傾ける。
私はこういった、魔法師とか騎士とかの話があまり好きではなくて聞き流していたけれど、もっとちゃんと聞いていれば良かったと少し後悔してしまう。
「精霊の愛し子は、さっきラインハルト様が言った通り、人間よりも精霊に近い存在だ。あらゆる魔法を扱えるし、魔力量も人間とは全く異なる。だから、相対するためには魔法の幅広い知識が必要とされる。……ってことだろ?」
「その通りだ」
兄上の言葉に首肯したラインハルト様は、表情こそいつも通りだったが、どこか険しい視線で一人一人を見渡した。
「セルカが勝てなかった事実を踏まえると、かなり厳しい状況が予想される。……陛下にはこのことは既に報告してあり、護衛も強化している。クリスト公爵についても、今日登城する予定があるとのことで、その際に陛下からお伝えいただく予定だ」
「ラインハルト様、クリスト本家への報告についてだが、あらゆる魔法に精通した魔法使いが敵にいるくらいは伝えていいよな?」
「あぁ。ただ、知る人間は最小限にしてくれ。余計な混乱は招きたくない」
「そうだな。精霊を敵に回したとなると、国中が動揺してもおかしくない。……ただでさえ、国外情勢があんまり良くねぇってのに」
はぁ、と兄上が大きく溜め息をつく。
兄上がこんな風に政治の話をするのは珍しいが、逆に言えばそれほど頭が痛くなる状況ということだ。
ただでさえ王太子選で各派閥間が火花を散らしていて、しかも諸外国との関係性もあまり良いとは言えないのに、さらに王家と公爵家を狙っている元伯爵家の一派に精霊の愛し子がいるなんて。
後の歴史家が見たら、きっと年号が間違っていないか何度も史料を確認したくなるであろう激動の一年だ。
「ひとまず、ララティーナ・ゼンリルの居場所を掴むのが急務になる。彼女の居場所が不明なままでは、こちらとしても動き辛い」
「ごもっともですわ。しかし彼女は、最近社交界にも姿を現していないそうですし、サーストン殿下もきっと警戒されていますから……」
「そこで君に協力を頼みたいんだ、アマリリス」
え、とラインハルト様の言葉に思わず声が漏れた。
私の主戦場は社交界、あるいは会議室。
どこにいるかわからない人物を見つけ出すなんてこと、私にできるとは思えない。
そんな疑問の声が頭に浮かんできた瞬間、ある可能性も同時に浮かび上がってきた。
「……まさか、占星術で?」
「あぁ。実はジュミニにも同様の依頼をしたのだが、断られた」
怖気付いて、口に出そうとした代替案を、先回りして却下される。
「なぜです?彼は優れた占星術師なのでは?」
「それでも、直接関わりのない人物を国中から探すのは困難らしい。彼女の魔力の残滓などから辿ってもらおうとしたのだが、あまりにも魔力が不安定すぎて無理だったそうだ」
「精霊のものと、本人の魔力が混じってるんだろうな」
兄上の補足もあり、やっと理解する。
精霊の愛し子であるララティーナの魔力は、特定が難しい。だから、直接面識があり彼女のことを知っている私の方が、彼女を見つけ出すのには適している。
そうやって頭の中で言葉にすると、少しずつ覚悟が決まってきた。
「……承知しました。私はこれからどうすれば?」
「昨晩から、占星術のための準備をしている。今日の夕方にジュミニが来る予定で、彼にも助力を頼むが、それまではできるだけ魔力を温存して、別のことをしていて欲しい」
「わかりましたわ。でしたら、ブレデル家の収支をもう一度確認してみます。……こんなことを言うのは憚られますが」
そこまで言うと、部屋中の視線が私に集中する。
「精霊の愛し子がいる家が、大人しく取り潰しの処分を受けたということが、どうにも腑に落ちなくて……」
「でっかいことを企んでるかもってことか」
兄上がそう付け足したのに、リズヴェルトがにこやかに笑いながらさらに重ねる。
「反乱を起こす可能性がある、と?」
「あの街の雰囲気も合わせて考えると、おかしな話ではないと思いますわ」
つい昨日訪れた、かつてブレデル伯爵領の領都だったブリャートを思い出す。
若い男女がほとんど外を出歩かず、外からの商人があまり街にいない。一方で、羽振りの良い商人が出入りしているとの噂もある。
そして、明らかに態度がおかしかった武器屋の裏帳簿からは、大量の武器の取引の証拠も出てきていた。
加えて、いくら路地とはいえ、街の中心部にゴロツキがいて、街の外からやってきた商人に……まぁ実際は商人のふりをした私達ではあったが、いきなり襲いかかってきたことも、違和感でしかない。
「そうしたら、アマリリスは一旦ブレデル元伯爵領に関する資料の洗い出し。サーストンとレーミルはそれの補佐を、エミーとヘレナ、エストレイは護衛も兼ねて同行してくれ」
「承知しましたわ」
「承知いたしました」
私の返事に続けて言葉を返したリズヴェルトは、にこりと私に微笑みかけてきた。
彼の能力の高さは、魔法学校時代に何度も目にしている。彼が手伝ってくれるのであれば、夕方頃までにある程度結果をまとめることができるかもしれない。
そして、もう一人名前の上がったサーストン殿下は、私と目が合うと一瞬逸らしたが、すぐに視線を戻し、軽く会釈をしてくれた。
まさかここで一緒に作業をすることになるとは思わなかったけれど、人手が多いに越したことはない。それに、彼だって優秀な人だ。
本当に魔法学校の生徒会時代を思い出す人選だなと思いながら、ラインハルト様の言葉の続きを聞く。
「おそらく、後一時間ほどでイレーヴは回復する。ヴィンセントは彼が動けるようになり次第、二人で兄さん達と合流し、戻って来てくれ」
「了解。出来るだけ痕跡を探しながら、急いで戻ってくる」
兄上が頷いたのを見て、ラインハルト様が立ち上がる。
「僕は、占星術の準備と並行して、ララティーナ・ゼンリル対策を進める。……ダランとアレックスは、引き続き色情の精霊に関する文献を集めて来てくれ。サーストンとレーミルも、そちらの作業が終わり次第精霊関連に合流して欲しい」
全員が思い思いに返事をし、その力強い声が部屋の中に響く。
私達一人一人の顔を見渡したラインハルト様は、一拍置いてから口を開いた。
「事態は一刻を争う。一方で、少しも気を抜くことができない状況でもある。必ず複数人で行動することを心掛けてくれ。……全員の力が必要だ。頼んだ」
ピシリと空気が引き締まり、私は小さく身震いする。
それが武者震いなのか、それともララティーナや彼女の背後を取り巻く陰謀への恐れのせいなのか。
前者だと言い切れない弱い自分を自覚しながら、私はピンと背筋を伸ばし、ラインハルト様に一礼した。
私達を出迎えてくれたアレックスは、中心に置かれた無機質な石の机の周りの椅子を手で示した。
「こちらで少々お待ちください」
部屋の作りからして本来は応接間であるはずのその部屋は、扉と窓を除く四方全てを天井まで届く本棚に囲まれていた。いくつも積み上げられた箱には、「素材」や「失敗作」などと書いてあり、おそらくこの部屋の主が作った魔法具が入っているのだろうなということが推察される。
あまり部屋をジロジロ観察するのも失礼だろうと思いながら、椅子に腰掛けた。
ヘレナやエミーは私の後ろに控えながら、私が持って行くように頼んでいた我が家の蔵書や個人的に収集している資料を取り出してくれる。
かなりの重さになるそれらの書類を受け取り、石の机に腰掛けて待っていると、やがて奥の扉が開き、紺色のラフなシャツを羽織った青年が出てきた。
「みんな、よく来てくれた。……おはよう?」
そう眉を寄せながら口にした彼は、壁にかけてある時計を見ると小さく頷く。
その様子に、まさか寝ていないのではないかと思いながら、私と兄上、リズヴェルトは立ち上がり一礼した。
「おはようございます、ラインハルト様」
私達を代表して兄上がそう口にすると、ラインハルト様は首肯して「座ってくれ」と口にする。
軽く会釈してから席に着くと、「早速だが」とラインハルト様がどこか普段より早口に話し始めた。
「まずこれからする話は、国家機密に準じると認識してくれ」
「もう聞いちゃってるけどな」
どこかふざけるように、兄上がそう相槌を打つ。
こんな真剣で切羽詰まった状況なのにふざけるなんてとも思うが、今更私が何を言っても変わらないだろう。それに癪ではあるけれど、兄上の平常運転を見ていると、少し落ち着くような気もしてしまうから、文句と感謝を合わせて飲み込んだ。
「ララティーナ・ゼンリルが精霊の愛し子だということが判明した。彼女に寵愛を与えているのは、色情の精霊だ。精霊に関してはヴィンセントの方が詳しいだろうから詳細は譲るが……精霊が裏にいたと考えると、これまでの事件の辻褄が合う」
「精霊は人間と根本的に造りが違う。精霊には魔法の区別とか属性とかの概念はないから、属性魔法も呪術も全部お手の物。まぁ得意不得意はあるみたいだがな」
私の顔に疑問符が浮かんでしまっていたのだろう。
すぐに補足を挟んでくれたのは兄上で、その言葉にラインハルト様が頷いて続ける。
「その通りだ。そして愛し子も、生得の魔力が変質し、絶対量が人間のそれを大きく上回るほどにまで成長し普通の人間とは異なった魔力器官を手に入れ……簡潔に述べるのであれば、魔法という一点においては、人間よりも精霊に近しい存在になる」
いつの間にかラインハルト様の後ろに立っていたダラン様が、どこか熱っぽく話すラインハルト様の肩を軽く叩き、途中で止める。
目の下にくっきりと隈が残るダラン様は、シンプルに説明を終わらせた自らの主人に満足そうに笑みを浮かべると、私達の方をチラリと見て会釈した。
「遅くなりました。……もうお一方、こちらに加えていただいても?」
かなり上背のあるダラン様の後ろから姿を現したのは、意外な人物だった。
「……サーストン殿下?」
「ラインハルト兄さんから状況は聞いた。……俺も、この事件に深く関わってるから、同席を望んだ」
どこか苦々しげな表情でそう話すサーストン殿下は、ラインハルト様の隣の席を引く。服が若干着崩れていて寝癖が目立つところ、そして目の下の隈から察するに、仮眠でもとっていたのだろうか。
ラインハルト様が出てきた隣の部屋にいたこともあるし、ひょっとしたら一緒に徹夜で調べ物でもしていたのかもしれない。
「この一報がもたらされたのが、大体一時間ほど前だ」
弟が着席するのを見てから、ラインハルト様が再び口を開いた。
「伝令として走ってくれたイレーヴは、魔力をほぼ使い切っていたため今は休憩をとっているが、回復でき次第すぐに叡智の森に戻らせる。できれば、その際にヴィンセントにも同行して欲しい」
「おう、わかった」
すぐに頷いた兄上は、「でもなあ」と眉を顰める。
「愛し子と戦う時、精霊がどんな反応するかだなぁ」
「それは……あなたを庇護している精霊が、ということか?」
「俺の場合は、庇護ってほどの関係じゃねぇな。どっちかつーと……友人みたいな感じだな」
そう口にしながら、兄上は腕を組む。
「どんな精霊に声かけるかやどんな魔法を使ってもらうかは、ある程度俺に裁量がある。ただ、精霊同士にも力関係があるらしいから、強い精霊の縄張りとかだとなかなか力を貸してくれない時があるんだ。……愛し子相手ってことは、実質高位精霊相手ってことだ。そうなった時に、相手を恐れて動かない可能性もある」
「それは僕も懸念していた点だ。ただ、精霊術師ということを抜きにしても、僕達の中でララティーナ・ゼンリルとある程度渡り合える人物がいるとしたら」
「まぁ、ラインハルト様以外だと俺かセルカ、あとは相性次第でヘンリックさんとイレーヴがどうかってくらいか」
さらっと告げられたその言葉に、思わず驚きの声を漏らしそうになるのを慌てて抑える。
まさか兄上の実力が、そんな高かったなんて。
もちろん、優秀な術師ということは知っていたけれど、まさか近衛騎士をも凌ぐほどだったとは思わなかった。
そこにセルカの名前が挙げられていることにも驚きで、おそらくそれが顔に出てしまっていたのだろう。兄上が苦笑しながら私に説明してくれる。
「魔法師と騎士だと、求められる能力が少し違ってくるんだ。騎士は基本的に、人間相手を想定してる。特に近衛騎士に求められてるのは、主君を守り抜き、必要に応じて逃したり、増援を呼んでそれが来るまで耐えたりする力。一方の魔法師は、状況に応じてどんな相手でも殲滅する力。そんで魔法の専門家であることも求められる」
そういえば、昔弟のレオナールに似た説明をしていたことがあったかもしれないとうっすら思い出しながら、兄上の話に耳を傾ける。
私はこういった、魔法師とか騎士とかの話があまり好きではなくて聞き流していたけれど、もっとちゃんと聞いていれば良かったと少し後悔してしまう。
「精霊の愛し子は、さっきラインハルト様が言った通り、人間よりも精霊に近い存在だ。あらゆる魔法を扱えるし、魔力量も人間とは全く異なる。だから、相対するためには魔法の幅広い知識が必要とされる。……ってことだろ?」
「その通りだ」
兄上の言葉に首肯したラインハルト様は、表情こそいつも通りだったが、どこか険しい視線で一人一人を見渡した。
「セルカが勝てなかった事実を踏まえると、かなり厳しい状況が予想される。……陛下にはこのことは既に報告してあり、護衛も強化している。クリスト公爵についても、今日登城する予定があるとのことで、その際に陛下からお伝えいただく予定だ」
「ラインハルト様、クリスト本家への報告についてだが、あらゆる魔法に精通した魔法使いが敵にいるくらいは伝えていいよな?」
「あぁ。ただ、知る人間は最小限にしてくれ。余計な混乱は招きたくない」
「そうだな。精霊を敵に回したとなると、国中が動揺してもおかしくない。……ただでさえ、国外情勢があんまり良くねぇってのに」
はぁ、と兄上が大きく溜め息をつく。
兄上がこんな風に政治の話をするのは珍しいが、逆に言えばそれほど頭が痛くなる状況ということだ。
ただでさえ王太子選で各派閥間が火花を散らしていて、しかも諸外国との関係性もあまり良いとは言えないのに、さらに王家と公爵家を狙っている元伯爵家の一派に精霊の愛し子がいるなんて。
後の歴史家が見たら、きっと年号が間違っていないか何度も史料を確認したくなるであろう激動の一年だ。
「ひとまず、ララティーナ・ゼンリルの居場所を掴むのが急務になる。彼女の居場所が不明なままでは、こちらとしても動き辛い」
「ごもっともですわ。しかし彼女は、最近社交界にも姿を現していないそうですし、サーストン殿下もきっと警戒されていますから……」
「そこで君に協力を頼みたいんだ、アマリリス」
え、とラインハルト様の言葉に思わず声が漏れた。
私の主戦場は社交界、あるいは会議室。
どこにいるかわからない人物を見つけ出すなんてこと、私にできるとは思えない。
そんな疑問の声が頭に浮かんできた瞬間、ある可能性も同時に浮かび上がってきた。
「……まさか、占星術で?」
「あぁ。実はジュミニにも同様の依頼をしたのだが、断られた」
怖気付いて、口に出そうとした代替案を、先回りして却下される。
「なぜです?彼は優れた占星術師なのでは?」
「それでも、直接関わりのない人物を国中から探すのは困難らしい。彼女の魔力の残滓などから辿ってもらおうとしたのだが、あまりにも魔力が不安定すぎて無理だったそうだ」
「精霊のものと、本人の魔力が混じってるんだろうな」
兄上の補足もあり、やっと理解する。
精霊の愛し子であるララティーナの魔力は、特定が難しい。だから、直接面識があり彼女のことを知っている私の方が、彼女を見つけ出すのには適している。
そうやって頭の中で言葉にすると、少しずつ覚悟が決まってきた。
「……承知しました。私はこれからどうすれば?」
「昨晩から、占星術のための準備をしている。今日の夕方にジュミニが来る予定で、彼にも助力を頼むが、それまではできるだけ魔力を温存して、別のことをしていて欲しい」
「わかりましたわ。でしたら、ブレデル家の収支をもう一度確認してみます。……こんなことを言うのは憚られますが」
そこまで言うと、部屋中の視線が私に集中する。
「精霊の愛し子がいる家が、大人しく取り潰しの処分を受けたということが、どうにも腑に落ちなくて……」
「でっかいことを企んでるかもってことか」
兄上がそう付け足したのに、リズヴェルトがにこやかに笑いながらさらに重ねる。
「反乱を起こす可能性がある、と?」
「あの街の雰囲気も合わせて考えると、おかしな話ではないと思いますわ」
つい昨日訪れた、かつてブレデル伯爵領の領都だったブリャートを思い出す。
若い男女がほとんど外を出歩かず、外からの商人があまり街にいない。一方で、羽振りの良い商人が出入りしているとの噂もある。
そして、明らかに態度がおかしかった武器屋の裏帳簿からは、大量の武器の取引の証拠も出てきていた。
加えて、いくら路地とはいえ、街の中心部にゴロツキがいて、街の外からやってきた商人に……まぁ実際は商人のふりをした私達ではあったが、いきなり襲いかかってきたことも、違和感でしかない。
「そうしたら、アマリリスは一旦ブレデル元伯爵領に関する資料の洗い出し。サーストンとレーミルはそれの補佐を、エミーとヘレナ、エストレイは護衛も兼ねて同行してくれ」
「承知しましたわ」
「承知いたしました」
私の返事に続けて言葉を返したリズヴェルトは、にこりと私に微笑みかけてきた。
彼の能力の高さは、魔法学校時代に何度も目にしている。彼が手伝ってくれるのであれば、夕方頃までにある程度結果をまとめることができるかもしれない。
そして、もう一人名前の上がったサーストン殿下は、私と目が合うと一瞬逸らしたが、すぐに視線を戻し、軽く会釈をしてくれた。
まさかここで一緒に作業をすることになるとは思わなかったけれど、人手が多いに越したことはない。それに、彼だって優秀な人だ。
本当に魔法学校の生徒会時代を思い出す人選だなと思いながら、ラインハルト様の言葉の続きを聞く。
「おそらく、後一時間ほどでイレーヴは回復する。ヴィンセントは彼が動けるようになり次第、二人で兄さん達と合流し、戻って来てくれ」
「了解。出来るだけ痕跡を探しながら、急いで戻ってくる」
兄上が頷いたのを見て、ラインハルト様が立ち上がる。
「僕は、占星術の準備と並行して、ララティーナ・ゼンリル対策を進める。……ダランとアレックスは、引き続き色情の精霊に関する文献を集めて来てくれ。サーストンとレーミルも、そちらの作業が終わり次第精霊関連に合流して欲しい」
全員が思い思いに返事をし、その力強い声が部屋の中に響く。
私達一人一人の顔を見渡したラインハルト様は、一拍置いてから口を開いた。
「事態は一刻を争う。一方で、少しも気を抜くことができない状況でもある。必ず複数人で行動することを心掛けてくれ。……全員の力が必要だ。頼んだ」
ピシリと空気が引き締まり、私は小さく身震いする。
それが武者震いなのか、それともララティーナや彼女の背後を取り巻く陰謀への恐れのせいなのか。
前者だと言い切れない弱い自分を自覚しながら、私はピンと背筋を伸ばし、ラインハルト様に一礼した。

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