【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

83話:進展

「……よし、今わかってることはこんなことか。ユークライ、ラインハルト、他のみんなも。なんか漏れてることないか?」

 兄上が、ドロッセル殿下のご厚意で運び入れてもらった黒板をトントンと叩きながら、私達の方に向き直る。

 大体、会議は午後二時頃からだっただろうか。
 前日に野外泊をし、敵地に乗り込んで激しい戦闘を終えた後とは思えないくらいの集中力を全員が見せていたため、まだ辺りは明るい。

 が、会議が終わりを迎えそうになったことを感じ取ったのか、アレックスが目元をくしゃりと細めながらあくびを噛み殺す。それに釣られるようにエストレイも口元を隠しながらあくびをすると、私の後ろに控えていたエミーを見てキュッと体を縮こませた。

 可愛らしい年少組の仕草をついつい微笑ましく思ってしまう気持ちを抑えて、黒板に書かれていることと手元のメモを確認する。

 何人かが資料を確認している様子を見て、「少し時間をとるか?」と兄上が言ったところで、ラインハルト様が軽く挙手をした。

「ラインハルト、どうぞ」

「結局、魔法師団は動かせそうか?」

「おう。あの魔法具の部屋のことを伝えれば、さすがに師団長も動いてくれるはずだ」

 私は黒板に書かれた、兄上とダラン様、アレックスが閉じ込められていた恐ろしい部屋の詳細を確認する。

 どうやらその部屋は、中に入った人の魔力を奪い、その魔力を部屋中に充満させることで、魔法の暴発を招くという代物だったらしい。
 部屋の内側は硬い金属で覆われているために、魔法具としての部屋を生身で破壊することは困難で、魔法を使ってしまうと自爆しかねないという、単純ゆえに打開策が思いつかないもの。

 ただでさえ魔法の制御がしにくい精霊魔法を得意とする兄上はもちろん、魔力保有量があまり多くないダラン様、魔法と剣を合わせた技を得意とするアレックスにとっても、相性の良くないものだったらしい。
 ダラン様は魔力が枯渇してかなり危機的な状態にまでなっていたらしく、この部屋のことについて語るラインハルト様の声は、平静を装いながらもどこか不安と安堵が滲み出ていた。

「あそこまで大規模で複雑かつ高度な魔法具、相当な金と人が動いてるとしか考えられねぇ。これで動かなかったら、魔法師団の存在意義にも関わる。それに……」

 一瞬言葉を切った兄上が、好戦的な笑顔を浮かべる。

「呪いがびっちり詰まったローブ。あれを見たら、全員動かずにはいかねぇはずだ」

 あの部屋から脱出した兄上が身に付けていたローブ。
 呪いに塗れてどす黒くなっていたそれを初めて見た時は心臓が止まるかと思ったが、さっきそれに施されていた細工を知って、ようやく私は安心することができた。

 一見すると何の変哲もないローブだが、大量の魔力を含むことができる素材でできているらしく、そこに呪いを受けたことで、呪いがローブ内だけで増殖していったのだそうだ。
 さらに耐久性も高いため呪いでボロボロにされることもなく、ラインハルト様が保存するために別の魔法をかけたことで、魔法師団に持って行くまでその状態を保つことができるらしい。

「ヴィンセント、頼んだ」

「任せろ。騎士団に対しては、ユークライとレーミル、頼めるか?」

「あぁ。さすがにこの帳簿があれば、彼らも動かざるを得ないはずだからね」

 そう言ってにこりと笑ったユークライ殿下がトンと指で叩いたのは、エミーが武器屋から盗み出してきた裏帳簿だった。
 そこに書かれていたのは、国には報告されていない巨額の武器の取引。様々な場所やルートから、分散して購入されていた大量の武器は、それだけで反逆罪の嫌疑をかけるには十分だ。

「レーミル、一緒に来てくれるね?」

「もちろんでございます。私が同行することで、この調査隊の中立性を担保するおつもりでしょう?」

「期待してるよ」

 随分と直接的な問いかけをするリズヴェルトにひやっとするが、それに鷹揚な笑顔で否定も肯定も返さないユークライ殿下の腹の中は読めない。

 この面々の中で最も"貴族的"なのが、おそらくこの二人と私だ。
 できれば敵に回したくないと思う二人が仲間であることを頼もしく思うが、同時に少し心配も感じてしまう。

「……人は、あなたが思ってらっしゃるよりも、目に見えないものを信じるものですわ、リズヴェルト」

 ユークライ殿下は、既に一度感じているであろから、リズヴェルトにそう声をかける。
 すると、私が意味するところを即座に理解したのか、いつもの貼り付けたような笑みを引っ込めて、真剣な表情で頷いた。

「ご忠告痛み入ります。……同じ剣の下に集う者として、この調査の成就のために力を尽くすつもりですよ」

「頼もしいですわ。……兄上も。確固たる証拠はあるものの、どうやって文句をつけられるかはわからないわ。準備をしてもしすぎることはないはずよ」

「ありがとな。まぁ、魔法師団の方は無理にでも動かすさ。……あんな凶悪な物作れるやつ、放っておけるか」

 グッと眉に力を込めた兄上は、そのまま黒板の方を振り返る。

「今回、呪術が付与された武器とそれによって生み出された呪いの両方を収集できてる。これで、ユークライの夜会の襲撃犯との関連性も示せるはずだ」

「そうすると、残る懸念点は、僕達が迫るよりも早くに逃げられてしまうこと、そしてセルカの安否か」

 ラインハルト様がそう告げたところで、ユークライ殿下がぎりっと奥歯を噛み締めた。
 私も、机の下でぎゅっと拳を握る。

「今までと変わらず、ララティーナ・ゼンリル、その背後にいるスニクス・ブレデルを追うことが一番の近道って感じだよな?」

「あぁ。……何かしら連絡をとる手段があれば良かったが」

「ないものねだりをしてもしょうがない。自分達にできることをやるしかないんだ」

 どこか自分自身に言い聞かせるように、感情が抑え込まれた低い声でそう告げたユークライ殿下は、パッと顔を上げると笑みを浮かべた。

「ヴィンセント、まとめてくれてありがとう。他に確認すべきことはあるかな?」

「あー、サーストンにどこまで何を伝えるかくらいじゃないか?俺的には、別に伝えなくてもいいんじゃないかと思ってるんだが」

「そんなわけにはいかないだろう。ひとまず、ブレデル元伯爵領に赴いたこと、そこで襲撃にあったがブレデル家の人間は見つからなかったことだけ俺が伝えておくよ」

 どこか刺々しい兄上の物言いに苦笑したユークライ殿下がそう言うと、兄上が間髪入れずに「そうしてくれ」と返事する。

 私としては、もう彼に対して負の感情を抱いているわけではないのだが、どうやら兄上はかなり根に持っているらしい。
 ふぅと一度息を吐いた兄上が、パンと手を叩く。

「じゃあ、一旦やること整理すると、俺が魔法師団に協力要請、ユークライとレーミルが騎士団に協力要請、ラインハルトは回収した魔法具の分析を進めて、アマリリスは武器とか資金の流れの洗い出し、でいいか?」

 名前を呼ばれた面々が頷くと、「よし」と兄上がニカっと笑った。

「長時間お疲れ!俺は一旦屋敷に帰るかな」

「あぁ。……改めて、全員無事で良かった。しっかり休息をとってくれ」

 ユークライ殿下がそう声をかけ、全員がそれぞれ礼をする。

 彼が口にしたように、何があったにせよ、あの地に乗り込んだメンバーが全員大きな怪我もなく帰って来れて、本当に良かった。
 だからこそ、セルカがいないことに喪失感と不安、心配を感じてしまうが、これもまたユークライ殿下が言ったように、今私達にできることは目の前の課題に取り組むことだ。

 そう自分に気合を入れ直し、みんながそれぞれ互いに労いの言葉をかけながらパラパラと席を立つのに合わせて、私も立ち上がった。

「リリィ、帰るか?」

 荷物をすぐにまとめた兄上にそう聞かれて、私は首を横に振った。

「私は少し残ろうと思ってて」

「わかった。エミーとエストレイは俺と一緒に先に帰るぞ」

 なぜか兄上から指名された二人は、しかし予想していたように頷く。
 ひょっとしたら私が寝ていた時に何かあったのかもしれない。それを尋ねたい気持ちを抑えながら、姉妹を伴って部屋を出て行く兄上を見送った。

 それと同時に、リズヴェルトも優雅に礼をして出て行く。
 彼は常に何か用事があるようだが、今日もきっとそうなのだろう。無理をしすぎないといいけれど、と眼鏡の奥に感情を綺麗に隠し込んでいる彼を見る度に思う。

 そんなリズヴェルトと、騎士団を訪ねる日程について調整していたユークライ殿下が、資料をイレーヴ殿に手渡して立ち上がった。

「ラインハルト。まだここに残るのかい?」

「あぁ。叔母上には僕から挨拶しておく」

「ありがとう。夜には戻ってるよな?」

「そのつもりだ」

「そしたら、また後で声をかけるかもしれない。ひとまずお疲れ様。……アマリリス嬢も、ゆっくり休んでくれ」

「お気遣い感謝いたします。ユークライ殿下も、あまり根を詰めすぎず」

 私の言葉に曖昧に笑った第一王子は、二人の護衛騎士を連れ、そのまま部屋を出て行った。

 広い部屋に残っているのは、私とラインハルト様を除けば、ダラン様とアレックス、それにヘレナだけだ。
 さっきまで会議に集中していた分、気を抜いた瞬間に一気に疲労感が襲ってくるのを感じながら、私はさっきまで座っていた席に腰を下ろす。

「ラインハルト、何か食べます?」

「果物とか、何かさっぱりしたものがあれば。アマリリスもどうだ?」

「では少し」

 会議中も、ドロッセル殿下のご厚意で用意されたサンドイッチなどの軽食はあったが、どうにも食欲は湧かず、一切口をつけなかった。兄上なんかは平然とペロリと食べていて、さすが現役の魔法師だと思ったものだ。
 しかし、頭を働かせるためにも食事はとらないといけない。果物くらいなら食べられるだろうと頷くと、ダラン様は優しく微笑んでアレックスと共に部屋を出て行った。

「アマリリス。すまないが、少しだけ作業をさせてくれないか?」

「えぇ、もちろんですわ」

 ちょうど私もヘレナに聞きたいことがあったから、渡りに船だと思いながら頷く。さすがに、目の前に王族がいながら自分の侍女に個人的なことを聞くわけにはいかない。

 私がヘレナの方を向いた時、既に察していたのか、彼女が静かに一礼する。
 頭を下げたままの彼女に、私は一度深呼吸をしてから尋ねた。

「兄上から、何を言われたの?」

「主人に剣を握らせたことへの責任と今後への準備……そして、感謝のお言葉をいただきました」

「感謝?」

「お嬢様と共に赴いたことに対してでございます。……わたくし共も驚きました」

 思わず怪訝な顔をしてしまった私に、ヘレナが顔を上げて穏やかに笑いながら答える。

「危険な地にお嬢様と共に赴き、敵に向き合ってくれてありがとう、と。もちろん使用人、そして護衛としての責任は追及されることとなりましたが」

「……そう」

 兄上らしいと、そう思った。

 貴族でありながら人情に厚く、特に身内に対する愛情が深い。
 それでも、次期当主として教育を受け、魔法師として前線に身を置く中で身に付けた厳格さもある。

 正直、二人揃って貴族として厳粛な振る舞いをする両親からどうして兄上が生まれたのか不思議なくらい、親しみやすさと厳しさの塩梅が上手い。
 だからこそ、責任を追及される、と言っても理不尽ではないということはすぐわかる。

「どんな処分なの?」

「一ヶ月の減俸と、若様がご用意した訓練への参加でございます」

「そう」

 我が家の使用人の規定から見ても、王国内での一般的な使用人や従業員への処分に照らし合わせても、妥当な判断だ。
 兄上自身が用意した訓練、というのが少し気になるところではあるが、そこまで重い処分でなかったことに安堵する。おそらく、私自身の判断でユークライ殿下から離れたことも鑑みて、軽めにしてくれたのだろう。

「……ヘレナ。私からも、ありがとうね」

「こちらこそでございます、お嬢様。わたくしを連れて行こうと思ってくださり、誠にありがとうございました」

「えぇ。これからもよろしくね」

 深く腰を折ったヘレナが、私の言葉に対しふわりと笑ってくれるのに釣られて、私も自然と笑顔になった。

 後で屋敷に戻ったら兄上にきちんと感謝を伝えなくてはなと思いながら、さてと気分を切り替える。
 視線の先が向かうのは、同じテーブルに向かっているラインハルト様だ。少し長めのサラサラとした黒髪が、彼の横顔を隠すようにパラパラと落ちている。

 私が残ったのはもちろん、このお方から話があると……過去の話をしたいと、そう言ってもらったからだ。

 ラインハルト様の過去のことは、あまりよく知らない。なんとなく、表舞台から姿を消した十三歳前後に何かあったこと、ダラン様が何らかの形で関わっていたのではないかくらいのぼんやりとした予測があるくらいだ。
 その当時の出来事を、もっと詳細に思い出したり調べたりすれば、ひょっとしたら手がかりを見つけられたかもしれない。
 けれど、他から得た情報で、大切な友人の過去のことを詮索したり、勝手に邪推したりすることはしたくなくて。

「……お待たせしました」

 コンコン、とノックの音と共に入ってきたのは、バスケットを片手に持ったダラン様で、彼に続くアレックスは両手に持っていた。

「とりあえず、果物と飲み物、あとはクラッカーを持ってきました。もしもっとお腹に溜まるものが欲しければ、また持ってきますよ」

「ありがとうございます、ダラン様、アレックス」

「……」

 ダラン様から声をかけられても、ラインハルト様は手元に集中しているままだ。
 ヘレナがダラン様から籠を受け取ると、彼は苦笑しながら自分の主人のもとへ歩みを進める。

「……うーん、これはもう少しかかりそうですね」

「何を書いてらっしゃるのか、わかるのですか?」

「なんとなくですが。文献を探すのとか、要約するのとか、昔から色々手伝ってきたので」

 どこか楽しそうにそう告げたダラン様は、バスケットからジュースの入った瓶を取り出すと、透明なグラスに注ぐ。色と匂いからして、おそらく葡萄だろう。ほんのり赤みを帯びた紫色の液体が、トクトクと注がれる。
 それを私に渡してくれた彼は、自分と主人の分も入れながら、「そういえば」と話し出した。

「ラインハルトに呼び止められたのですか?」

「えぇ」

 そういえば彼の主人が私に声をかけてくれた時、彼はまだ意識が戻っていなかった。

「婚約の申し出ですか?」

「……っ、ん、けほっ」

 ちょうど飲み物に口をつけたタイミングで突拍子もないことを言われ、思わず咳き込みそうになってしまう。
 慌ててラインハルト様の方を見ると、集中しているのか全くこちらには気付いていないようで、手元に式や文字を書きつけていた。

「これは失礼しました。まさか本当に?」

「ちがっ……んんっ、違いますわ」

 すぐに駆け寄って来てくれていたヘレナが、背中をさすってくれるのに軽く手を上げて応えた私は、涙目のままダラン様を軽く睨む。

 失礼しました、と言いながらも、彼に反省するような色は全く見えない。
 普段通りの穏やかな微笑みで私の視線を受け止めた彼は、「すみません」と再び謝罪の言葉を口にした。

「僕もきっと緊張しているんです。ラインハルトがこれから話すことに」

「……何についてのお話か、ご存知で?」

「予想はついています。ラインハルトの過去の話でしょう?」

 見事に言い当てたダラン様は、コップを一気に煽った。

「……あれは、僕が人生で一番後悔している日です。そしてそれはきっと……」

 橙色の双眸が、同じ色を持つ主へと向けられる。

 そこには、彼の主人とは対照的に様々な感情が渦巻いていて、彼の主人と同じように、その心中を推し量ることは、できなかった。

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