【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

82話:頼もしい人達

「……なら……こに!」

「信じて……か……」

 私が目を覚ました時、耳に入ってきたのは男性の話し声だった。

 うっすら目を開けると、見慣れない木目の天井が目に入る。
 そのまま体を動かさずに何度か瞬きをしていると、ヘレナが私を覗き込んだ。

「お目覚めですか、お嬢様」

「えぇ」

 ゆっくりと体を起こすと、ちょうどユークライ殿下が机を叩いたところだった。

「くそっ……俺達には、どうしようもないのか…!」

「落ち着けよユークライ。……リリィ、おはよう」

 驚いてしまい、寝かせられていた長椅子に座ったまま固まってしまった私に、兄上がそう優しく声をかけてくれる。

「すまん、一瞬時間くれないか?リリィと話したい」

「あぁ。……俺も頭を冷やしたい。少し外に出てくる」

 そう言って椅子を引いて出て行くユークライ殿下に、ヘンリック殿とイレーヴ殿がついて行く。

 どうやら、ここはどこかの屋敷……部屋の雰囲気と事前の打ち合わせの内容から考えるに、ドロッセル殿下のお屋敷なのだろう。
 ということは、あの燃えるブレデル家の屋敷から脱出し、無事王都に戻って来れたということだ。

 部屋の中を見渡すと、目を覚ましているアレックスと目が合う。
 エストレイと並んで少し離れたところに腰掛けていた彼は、私の視線に気付くとペコリを頭を下げた。
 そんな二人の側にいたエミーは、私が目を覚ましたのに気付くとすぐに私の方に駆け寄ってくる。

 ダラン様はどうやらまだ目を覚ましていないようで、私と同じように、みんなが座っている机から少し離れたところで寝かされていた。

「……リリィ」

 そうやって他の人の様子を確認していると、兄上が私の隣に腰掛けた。
 私も体を回転してちゃんと長椅子に座り直し、どうやって声をかけようと考えながら向き直り、顔を上げると。

「ありがとう、エストレイを守ろうとしてくれて」

 ぽん、と頭の上に手を置かれた。

「誰かを守るために即座に剣を抜けるのは、そう簡単にできることじゃない。俺は、妹が勇敢に、心優しく育ってくれて、嬉しいよ」

「……兄上」

 頭の上に置かれた手から、ほのかな暖かさがじんわりと伝わってくる。
 顔はそのままで視線だけ上げると、兄上の後ろから私達を見守ってくれるエミーとヘレナが、穏やかに微笑んでいた。

「その優しさを、敵味方関係なく持てるのも、お前の美徳だ。……組織には絶対、お前みたいな人間が必要なんだ」

 諭すようで包み込むような話し方に、私は目の奥に熱いものが溜まっていくのを感じた。

「ただ、リリィ。お前のその優しさは、常に良い結果をもたらすわけじゃない。そしてお前は、公爵家の直系だ。……お前の体と命は、自分一人だけのものじゃない」

「……はい、兄上」

 公爵家の次期当主でありながら魔法師団に所属し、一般の団員と同じように討伐任務などにも従事している兄上のその言葉は、とても重い。
 目の奥から込み上げていた熱はそのままに、しかしそれを上回る気の引き締まる思いに、自然と背筋が伸びた。

「敵地で独断で行動したこと、その結果として自らを危険に晒したことは、本来なら謹慎処分にするところだが……当時の状況と、今俺達が直面している事態の緊急性、そしてあの場にいたエストレイ、ヘレナ、ラインハルトからの陳情も鑑みて、父上への顛末書の提出のみとする」

「承知しました、兄上」

 私は立ち上がり、カーテシーをする。
 兄上はそれに頷くと、私と座らせてから入れ替わるように席を立った。

 私を見つめるその目が優しく細められて、その真っ直ぐな愛情に、少しくすぐったさを感じてしまう。

「俺から言いたいのはこれだけだ。……ちょっと、ユークライの様子を見てくる」

「えぇ。ありがとう、兄上」

 私の言葉に手を挙げて返した兄上は、そのまま部屋を出て行く。

 私はそれを見送って、ふぅと息を吐いた。
 正直な話、陛下から指名されていることもあり、この調査隊から外されるという一番恐れていた事態が起きないことはわかっていた。それでも、完全な後方支援に回されたり、もう現場には行かせてもらえないのではないかと危惧していた。

 私以外が前線で戦っているのに、一人安全圏から口だけ意見を出すことなんてしたくない。
 私がそう思っていることを、兄上はわかってくれたのだろう。
 だから、言わなければならないことを言いつつも、私の行動を認めてくれた。兄上には、感謝してもしきれないなと、そう強く思う。

 ただ、依然として怖いことがあるとすれば。

「……っ」

 今でも鮮明に、あの感触と目にした光景が蘇ってくる。

 鋭利に磨かれた鋼が、人の肌と肉を裂く手応え。
 そして、二度と動かなくなった体、真っ青な唇。

 部屋に静寂が降りると、つい思い出してしまう。
 私の行動が引き起こしてしまった、取り返しのつかないことを。

 兄上がこのことに触れなかったのは、きっと私を慮ってくれてのことなのだろう。
 思い出すと止まらなくなってしまい、体の奥から先までを冷たいものが迫り上がって来るような感覚に、自分を抱くように縮こまってしまう。

「……アマリリス」

 名前を呼ばれて顔を上げると、橙色の瞳と視線がかち合った。

 フードをとり、簡素な格好に着替えていたラインハルト様は、無言で私の隣を手で示す。
 それに私が頷くと、拳三個分ほど空けて腰を下ろした。

「……状況を説明してもいいか?」

「えぇ、お願いいたします」

 ロンラのことを思い出し、頭と心がぐちゃぐちゃしている中、無感情な低めの淡々とした声が心地良い。
 彼の声に意識を傾けながら、自分自身を落ち着ける。

「まず、君をあの時眠らせたのは僕だ。同意もないままにすまなかった。……気分は大丈夫か?」

「問題ありません。むしろ、お手数おかけしてしまって、申し訳ありません」

「謝らないでくれ。……君が眠った後、屋敷の敷地内から脱出して、転移魔法で王都に戻ってきた。今ここは叔母上の屋敷で、会議をするために部屋を借りている」

 やっぱりここはドロッセル殿下のお屋敷だったのかと思いながら、相槌を打つ。

「ここに着いたのが……大体二十分ほど前だ。着いてからは、着替えたり押収品の確認をしたりしていたのだが、敵の使用していたある魔法具がセルカのものだと判明した」

「……まさか」

 その言葉に、パッとある可能性が浮かび上がってきて、思わず口を覆った。
 しかし、ラインハルト様がすぐに首を横に振る。

「この屋敷には、セルカ個人と繋がっている魔法具がある。その魔法具が動き続けているから、彼女が生きていることは間違いない」

「良かった……」

 最悪の想定が外れていたことに安堵して、胸を押さえながら深く息を吐いた。

「となると、魔法具を紛失したとか…?」

「それはないだろう。戦闘中に落とした可能性ならあるが、持ち物を奪われていて音沙汰がないことから、身柄を拘束されていると考えるのが自然だろう」

 私の問いかけに頷いたラインハルト様は、どこか気遣わしげな視線を扉の方に向ける。

「そこまで話したところで、兄さんが少し取り乱してしまい、君が目を覚ましたというわけだ」

「そうだったのですね……」

 一瞬、本当にセルカが捕まってしまったのかと、そう聞きたくなる衝動を堪える。

 だってセルカは、様々な意味で最も有名で、最も恐れられている天災の精霊の愛し子だ。並大抵の相手では、到底太刀打ちできるはずがない。
 だから私は、てっきり彼女があそこの屋敷に潜伏でもしているのかと思っていたが、確かに私自身、彼女の痕跡を全く見つけることができなかった。

「……一体、どこに」

「考えても仕方ない。セルカが無事だと信じて、僕達ができることから取り組んでいくしかない」

「そうですわね……」

 自分の無力さを嘆いてただ祈るだけではなく、ララティーナやスニクス・ゼンリルを追えば、いずれセルカに再び会えるはずだ。
 そのためにも、足を止めているわけにはいかない。

 だから、剣を持つことを怖がるわけには、いかないのだ。

「……アマリリス。会議が終わったら、僕に時間をくれないか?」

 唐突に投げかけられた言葉に、私はいつの間にか下がっていた視線をパッと上げて、知らず知らずの内に握り締めていた拳を解く。

「えぇ、もちろんですわ」

「ありがとう。……僕の過去の話を、したいんだ」

「っ…!」

 私を真っ直ぐに見つめながらも、不安定に揺らぐ瞳や、下がった眉尻、強張った肩を見れば、彼がどのような話をしようとしてくれているのか、そしてどれほどの勇気と決意を持ってこの申し出をしてくれているのかがわかった。

 私は長椅子に腰掛けたまま、少し後ろに下がるとゆっくり頭を下げる。

「ありがとうございます、ラインハルト様」

「……あぁ」

 安堵したように返されたその声に、私は顔を上げてにこりと笑いかけた。

「もしよろしければ、以前振舞ってくださった蜂蜜漬けのレモンの飲み物をいただきながらでも」

「あぁ、そうだな」

「承知しました。ご用意しておきますね」

 突如横からかけられたその声に、ラインハルト様と二人揃って驚きながら振り向くと、いつの間にか目を覚ましていたダラン様が微笑みながら一礼した。

「ラインハルト、すみません。僕の不手際でした」

「いや、仕方ない。あの部屋のことは、後でヴィンセントが戻ってきてからもう一度聞くが、かなりお前とは相性が悪そうだった」

「やはりそうだったんですね。実はあそこに入ってから、かなり早い段階で気を失ってしまっていて……」

「かなり強力な魔法具だったようだな……ひとまず、無事で何よりだ」

「ラインハルトも」

 ダラン様は自分の主人に微笑みを返すと、そのまま私の方に視線を滑らせた。

「アマリリス嬢も、お怪我がないようで何よりです」

「ありがとうございます。ダラン様も、大きな怪我はないようで良かったですわ」

「ありがとうございます。治癒魔法が効きにくい体質なので、怪我はあまりしたくないんですよ」

 突然告げられた事実に、それは一体どういうことなのかと、そう聞く前に、ダラン様はそのまま机の方に歩いて行ってしまう。

「リズヴェルト殿も、ご無事で何よりです」

「お気遣い痛み入ります、ダラン殿」

 普段と変わらない、どこか慇懃無礼にも思えるような大仰な仕草で胸に手を当てたリズヴェルトは、私からの視線を受けると、にこりと笑みを浮かべる。

「クリスト嬢があそこまで寛大で慈悲深いとは思っておりませんでしたよ」

「民を守るのが貴族として当然の務めではなくて?」

 相変わらずの嫌味な言い方に、私は口角を上げながらそう返す。

 彼が、私のどの言動に対して言っているかはすぐにわかった。
 敵の一味、しかもおそらく重要な情報は伝えられていない構成員も救うように求めたことを話題にしているのだろう。

 ここが人が少ない部屋の中で、しかも彼が陛下や宰相閣下の名代でなければ、話をはぐらかすか立ち去るかしていただろう。
 しかし、今の私は彼の言葉を正面から受け止めるしかない。

 幸いなことに私の隣には、信頼して、心から敬愛している友人がいる。

「たとえそれが自らや主君に刃を向ける者であっても、ですか」

「彼らの本当の意志かはわかりませんわ。それに……」

 私が言葉を続けようとしたところで、扉がガチャリと開いた。
 兄上に肩を掴まれているユークライ殿下が、さっき見た時よりもだいぶ落ち着いた表情で入って来て、二人の護衛騎士が続いて来る。

 私は長椅子から立ち上がり、優雅に見えるように意識しながら、リズヴェルトに対して微笑んだ。

「わたくしは欲張りですから、出来るだけ多くの民に幸せに生きて欲しいと思うのですわ」

「どんな民であっても、ですか」

 私への問いかけというよりも、どこか自分自身に向けるようにそう言ったリズヴェルトは、愉しそうに笑った。

「なるほど。そういうことですね」

「二人ともどうかしたのか?」

 少し離れて、お互い微笑みながら向き合う私達を見比べた兄上が、そう聞いてくる。

「なんでもないわ、兄上。少しお喋りしてただけ」

「そうか。……って、ダランも起きたのか。気分どうだ?」

「お陰様で。庇っていただきありがとうございました」

「いやいや、大したことはしてねぇよ。……ちょうど全員目を覚ましたとこだし、もっかいしっかり始めるか」

 兄上がそう言って、どかりと椅子に座った。

「あそこで何が起きていたのか、それで俺達が今からどうするか。その話し合いを」

 兄上のその言葉に、全員が力強く頷き、一気に空気が引き締まった。

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