【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

81話:兄の心中

 だから俺は反対だったんだ、という言葉を飲み込んで、呆然と立ち尽くすアマリリスの背中を見て深く息を吐いた。

 俺達がブレデル元伯爵の屋敷に調査に来ることを敵側は予測していた。
 さすがにこの短時間で、部屋ごとの大規模な魔法具や、屋敷中に仕込まれた魔法石を用意するのは難しいから、おそらく以前からあったんだろう。
 自分達の追手に打撃を与えられる時期を見計らっていて、俺達がまんまとそれを踏んだわけだ。

「……くそ」

 状況はあんまりまだよく飲み込めていないが、どうやらアマリリスが関わった敵が一人死んだらしい。

 俺自身魔法師団にいる中で、悪質な魔法使いの討伐の後に体調を崩したり、同じような任務を二度と志願しなくなった仲間に何人も会ったことがある。
 きっと、その方が人として正しいんだろう。相手の命を、自分や自分の大切な人のそれと同列に思いやれるその優しさを、美しいと心から思う。

 ただ俺は、自分の気持ちと任務を切り離す術を手に入れてしまったから。

「ふぅ……リリィ」

 一度息を吸って気持ちを落ち着かせてから、妹に歩み寄って肩に手を置く。
 普段ならくるっと振り返って俺に笑いかけてくれるが、それでもアマリリスは動かないままだった。

「一回目を閉じろ」

「……嫌」

「いいから、一回考えるのやめろ」

「嫌よ」

「子供じゃねぇんだから」

「そうよ、私は子供じゃないの」

 ぽそりと溢れたその声からは、自責の念が痛いほど伝わってきた。

「わかってたと、思ってただけだった……戦いの場に立つことも、誰かを傷つけることも、全然覚悟ができてなかった」

「そりゃそうだ。俺やユークライ、イレーヴとかは、訓練を積んで戦うための心構えをしてる。お前はそれをしてないから当然だ」

「私、ここに来るべきじゃなかったんだわ……」

「違う。お前に剣を振わせるべきじゃなかった。これは俺達の責任だ」

「ちがっ……」

「ライ、眠らせてくれ」

 そこでやっと振り返った妹の黒い瞳に、ぐちゃぐちゃに混じり合った感情が浮かんでいるのを見て、俺は即座にそう口にした。

 俺と同じような懸念を感じていたんだろう。ラインハルトは即座に頷くと、「すまない」と言いながらアマリリスの目を手で覆う。
 次の瞬間、糸が切れたように崩れ落ちる体を俺が受け止めた。

「一旦ここを離れよう。……人がこねぇのが不気味だな。野次馬はおろか、衛兵も駆けつけてこねぇなんて」

「ずっと昔から、この屋敷には近付いてはならないっていう意識が国民の間にはあったらしい。衛兵も、ここに立ち入ることはほとんどなかったらしいよ。……レーミル、この近くの丘までの道を先導できるか?」

「えぇ、もちろんでございます」

 こんな状況においても、レーミルはにこりと余裕ありげに笑う。
 底の見えないやつだと横目で見て思いながら、俺はアマリリスを横抱きにした。

 相変わらず細くて軽い妹に、こんなところに来させてしまったことへの後悔が、再び募る。
 いくら彼女自身の選択だったとはいえ、こんなところに連れてくるべきではなかったんじゃないかと、そう思ってしまうのと同時に、遅かれ早かれこうなっていたのではないかとも思う。

 武家に連なる者として、北方の防衛の要の家の者として、たとえ自分の手で剣を握らなくとも、人に剣を握らせることにはなっていただろう。
 できることなら、綺麗な世界であって欲しい。心優しい妹が、誰かに誰かを傷つけさせることがないような、平和な世界。

 しかし、現実は決してそうではない。
 そしてアマリリスは、そんな現実を無視することができないと、俺はよく知っている。

「……エミー、ヘレナ」

 俺が名前を呼ぶと、側に控えていた二人が無言で頭を下げる。

「責任の所在は、後で明らかにする。ひとまず帰還だ。……リリィは俺が連れて行く。ヘレナ、荷物だけ頼んだ」

「かしこまりました」

 それだけ伝えて、俺はこちらを気遣わしげに見やるユークライの方に視線を返す。
 俺のことをよく知ってるからか、どこか気遣うようなあいつに対して、俺は屋敷の塀を顎でしゃくって示した。

「すまん。俺はいつでも行けるぞ」

「あぁ。レーミル、一人で上がれるか?」

「えぇ、お気遣い痛み入ります」

 身長こそ高いが、あまり体の厚くないレーミルに、二メートルはありそうな塀を超えられるのかと心配が過ぎる。
 が、地面を蹴って軽々と塀の上に膝をついた彼は、俺達の方を振り返った。

「周囲に人はいません。出ましょう」

「あぁ、ありがとう」

 続いてユークライとヘンリックさんが登り、「先に行くぞ」と俺達に声をかけて向こう側に姿を消す。
 ダランを担いだイレーヴとアレックスを担いだエストレイが、それぞれ同じように壁を越えた。イレーヴはまだわかるが、エストレイが自分より上背も体重もあるアレックスを背負ったまま跳び上がっていくのに、思わず「おぉ」と声が漏れる。
 魔法師団や騎士団にも、見た目から想像できない膂力を持つやつは時々いるが、その乖離のデカさで言うとエストレイはなかなかだ。

 そんなことを考えている間に、敷地内に残っているのは、俺とラインハルト、そしてエミーとヘレナだけになっていた。

「……」

 最後に一度、燃えている屋敷の方を振り返る。

『━━━』

「っ……」

 頭の裏側に直接語りかけられるような、囁き声が頭蓋骨を撫ででいくような、背筋を何かがゾワッと通っていく感覚に、俺は眉を顰めた。

 この感覚には、覚えがある。
 魔法師団に所属する別の精霊術師と手合わせをした時、あるいは共同で任務に当たった時、この"声"が聞こえていた。

「ヴィンセント、行こう」

「あーすまん。行くか」

 未だに聞こえ続ける"声"を振り払うように前を向いた俺は、そのまま塀に飛び乗り、俺達を待っていたユークライ達の横に並ぶ。



 元々目星をつけていた近くの小高い丘まで走りながらも、俺は屋敷の中で感じた違和感のことを考えていた。
 それはひょっとしたら、後でアマリリスにどんな言葉をかけるかや、エミーやヘレナにどんな処分を言い渡すべきなのかを考えあぐねて、逃避していたからかもしれない。

 ただなんとなく、この違和感を言語化しなくてはいけない気が、どうしてもした。

「……ヴィンセント?」

「ん、あ、どうした?」

 転移するための場所につき、ラインハルトが魔法を用意している間も思考に沈んでいた俺は、ユークライから声をかけられたことに少し遅れて気付いて顔を上げた。

「さっきからずっと黙って考え込んで、らしくないぞ」

「すまんすまん、俺は全然平気」

「本当か?」

「なんでお前に嘘つく必要があんだよ。……ちょっと、自分の中で考えときたいことがあってな」

「そうか」

 物心つく前から互いを知っている親友は、俺がそう返すとあっさりと引き下がった。

 そういえばと、若干疲れこそあるようだが平然と振る舞っているユークライが、セルカのことを何も聞いて来ないことに気付く。
 出発前は何度も彼女の名前を口にしていたのに、一体なぜなんだろうかと思いながらも、結局屋敷での違和感ばかりが気になってしまい、その疑問は口からは出ない。

「準備が整った。転移する」

 ラインハルトのその言葉に、それぞれ身なりを整えたり周囲を警戒していたりした全員が姿勢を正す。

「座標は、叔母上の屋敷の近くに設定してある。念の為少し高めに設定しているから、各々受け身をとってくれ」

 転移魔法は、その名の通り対象を別の場所に移す魔法であり、もし出る位置を間違えて地中にしてしまうと、そのまま生き埋めになってしまう。
 それもあって非常な高難易度の魔法といわれており、その難しさは転移させる対象が増えれば増えるほど跳ね上がる。

 さすがのラインハルトも、この人数を転移させるとなると、若干の保険は必要らしい。
 そのことに、少しだけ安堵してしまうのは、魔法というお株をこの王子に全部かっさらわれる危惧があるからだ。

 常に優秀な人材を欲している魔法師団が、ずっと前から勧誘している研究者兼魔法具製作者が、まさか第二王子だったなんて。
 王族が魔法師団に入団した例は、今までに聞いたことがない。これは上層部にいずれかの時点で、正体は伏せつつも諦めるようにそれとなく伝えないといけないなと思いながら、俺は魔法陣が正常に発動し光を帯びていくのを眺めた。

 場の魔力が高まり、キーンと耳鳴りがする。
 光が視界を埋め尽くし、鈴のような音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には俺達は空中に放り出されていた。

「よっ、と」

 事前に聞いていたから、魔法で落下速度を緩めながら、地面に足をつく。
 俺一人だったら適当に衝撃を流せば良かったが、アマリリスを抱いたままだったから、普段の何倍も丁寧に着地した。

「……ん」

 アマリリスがわずかに身じろぐが、目を閉じたまま浅く息を続ける。
 髪が顔にかかっていて、それをどかしてやると、どこかうなされているような妹の表情が露わになった。

「……リリィ」

「アマリリスは大丈夫か?」

 起こさないようにだろう。潜めた声で俺にそう尋ねたのは、ラインハルトだった。

 相変わらずの仏頂面だが、真っ先に俺に声をかけてくることに、何の意味も見出さないほど俺は鈍感ではない。
 いや、もしかしたらこの人だったら自分が魔法をかけた相手を気にしている可能性もあるかもしれないなんて思いながら、俺は「おう!」と小声でも明るく返事をする。

「ちょっと夢見は悪いみたいだけどな。ベッド借りれるか?」

「あぁ。ダランやアレックスも休ませたいし、どこかの部屋を借りてこよう」

 そう言って、ユークライに一言かけたラインハルトが一足先に屋敷に入って行く。

 俺達もその後に続こうとするが、屋敷に入る直前で「あ」とユークライが声を上げた。

「さすがに、こんな煤だらけで入るのは気が引けるね」

「あー確かに……」

 全員同じように汚れていたから気付かなかったが、確かに今の俺達は煤まみれだ。
 どうしようかと立ち止まっていると、屋敷から一人の女性が姿を現す。

「体が弱い子もいるから、申し訳ないけれど一旦外で汚れを落としてくれるかしら?すぐに布を持ってこさせるから」

「叔母上、ご迷惑おかけします」

「気にすることはないわ。……何人か意識がないみたいだけれど、全員無事で良かったわね」

 そう言って慈愛に持ちた微笑みを浮かべたのは、この屋敷の主人であるドロッセル殿下だった。
 彼女が現れたのを見て、アマリリスを抱きかかえたまま膝をつこうとすると、手で制される。

「楽にして頂戴。何か食べ物や飲み物はいるかしら?」

「でしたら水と……軽く摘めるのがあれば」

「わかったわ」

 ユークライの回答に頷いたドロッセル殿下は、一度俺達全体を見渡すと、屋敷の中に戻っていく。その視線が、優しさと、そしてどこか悲しさを帯びていたことが、やけに印象に残った。

 しばらくして、飲むための水と体を綺麗にするための布が持ってこられ、さっぱりした俺達は屋敷の中の大きな部屋に通される。
 がらんとした部屋には、急いで持ってきてくれたのか、長椅子や椅子、机が整理されないままに置かれており、机の上には大皿に盛られたパンも用意されていた。

 俺は長椅子の前まで行くと、アマリリスをゆっくり下ろす。

「ん……」

「よく頑張ったな」

 あそこに行ったことが正しかったのかどうかはまだわからない。
 それでも、アマリリスが頑張っていたことは、否定しようのない事実だ。

「……おそらく、あと一時間もしない内に起きるだろう」

 いつの間にか俺の後ろに立っていたラインハルトにそう声をかけられて振り向く。
 彼はブランケットを持っていて、俺が場所を譲ると、アマリリスに触れないようにしながら、ゆっくりとそれをかけた。

「人を害する経験は、容易に乗り越えられるものではない。それをわかっていながら、アマリリスに剣を握らせてしまった。すま……」

「あんたが謝ることは何もない。それを覚悟の上で、妹はあの場に行ったんだ」

 謝罪の言葉を口にしようとするラインハルトを遮る。

「しかし、僕がもっと早くに合流できていたら」

「もし俺があの地下室に閉じ込められていなかったら、そもそもアマリリス含めユークライ達を屋敷に呼ぶこともなかった。違うか?」

「それはそうだが……」

「反省は大切だけど、無意味な仮定をして実現しない今を考えるのは時間の無駄だ。……でも、ありがとな。俺の妹を守ろうとしてくれて」

 俺がそう告げると、ラインハルトは虚をつかれたように、珍しく固まった。

 そして、一見すると相変わらずの無表情だが、ほんの少しだけ口角が上がっていて、俺はエミーとヘレナに、そしてアマリリスにまず何を伝えるかが、わかったような気がした。

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