【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

77話:突入

 聞き込み調査中、突如屋敷の方角から聞こえてきた爆発音。そして、送られてきた救援要請。

 街の中心部に位置するその屋敷へ向かおうとする私達の前に現れたのは、武装した男達だった。
 しかし、近衛騎士であるイレーヴ殿の前に彼らは赤子に等しく、さらにはユークライ殿下の尋問によって、リーダー格の男は全てを話してくれていた。

「……時間がない。行こうか」

 ほんの数分で、必要な情報を全て聞き出したユークライ殿下がそう告げると、イレーヴ殿が男の頭に手を当てる。
 魔法が発動したような気配と共に、男がばたりと倒れた。

「十分ほど前からの記憶を混濁させましたが、よろしかったでしょうか?」

「あぁ。念の為に、消せる痕跡は消しておこう」

 剣を鞘に戻したユークライ殿下が、私達の方を振り返る。

「少し休めただろうし急ぐけど、体力は大丈夫?」

「問題ありませんわ」

「同じく」

 私とリズヴェルトが返事をする後ろで、エミーとヘレナも一礼する。
 それを確認して頷いたユークライ殿下が、倒れている男達を避けるように走り出したのに、私達も続いた。



 街の地図、そして屋敷の図面を頭に浮かべながら、さっきまでユークライ殿下が聞き出していた情報を思い出す。
 彼の手際はあまりにも華麗で、一瞬王子ではなく本業なのではないかと思うくらいだった。母親であるイリスティア様の出身が、諜報に強いメルビューワ伯爵家だからかもしれない。

 それにしても、あの短時間でよくあそこまでと思わず感嘆してしまうほど、たくさんの重要な情報を聞き出してくれていた。

「近頃、かつて使われていたのと同じ方法で連絡が来るようになったなんて……やっぱり、スニクス・ブレデルが動いているとしか……」

「最後の悪足掻きでしょうかね」

 私の呟きに返事をしたのは、リズヴェルトだった。

「スニクスが連れていると噂の若い女性は、きっとララティーナ・ゼンリル。怪しげな材料を買い求めるよう命令がなされているのは、呪術のためでしょう」

「呪術を以てすれば、王家と我が家への復讐が為せると思っているのかしら。加えて気になるのが、私兵を集めているということ……抗戦するためなのか、それとも」

「移動に適している食糧と馬も集めていることを鑑みると、少々嫌な予感がしてなりませんね」

 私と同じ懸念を共有しているのだろう。
 眼鏡の奥の瞳を険しく細めるリズヴェルトは、走りながらも時折左右の薄暗い小道を見つめると、さらにその表情を険しくした。

「聞き込みで得た情報から考えても、衛兵がろくに機能していないようですし……取り潰しが決まってから、王都から派遣された者達が統治を行っているはずですが」

「報告書も定期的に上がっていて、そこに記載されている内容に違和感はありませんでした。……治安が悪化し始めたのがここ数年ということを鑑みると、スニクスからの接触があったか、あるいはララティーナに何らかの精神操作を受けた可能性が高いですわね」

「本当なら、彼らに直接接触できれば良かったのですが、そうすると騎士団や法務院から反発を受けかねない、と……何とももどかしい状況です」

 それを招こうとしたのはあなた方ではなくて、と言いそうになるのを飲み込む。

 私達に同行しているリズヴェルトは、陛下や宰相閣下の目であり耳であり手足。
 このような、国内の重大事案をほぼ独力で解決するよう無茶振りをしてきたのは陛下で、その制限を設けている陛下には、思うことがないわけではない。
 ただ、父上も言っていたように、陛下は決して嫌がらせでこんなことをしているわけではなく、本気で見極めようとしているのだ。次期国王となる王太子に相応しいのが、どの王子なのかということを。

「……そろそろだね」

 先頭をイレーヴ殿と並んで走っていたユークライ殿下が、走る速度は緩めないまま、私達に声を掛ける。

「アマリアとリズヴェルト、エミーとヘレナは基本離れないように行動してくれ。イレーヴは自由に動いてくれて構わない。ヘンリックは俺と一緒だ」

「一旦、あちらと合流するという認識で構いませんか?」

「あぁ。ただ、場合によっては混戦状態に陥る可能性がある。臨機応変に対応してくれ。離脱時は、事前の打ち合わせ通りに」

 とそこまで会話を交わしたところで角を曲がると、大きな屋敷が目の前に現れる。

 一面を分厚く高い壁に囲まれたその屋敷は、むしろ砦のような印象さえ受けた。
 本来なら白いはずの壁は薄汚れていて、ところどころ剥がれたり蔦が絡まっていたりし、近寄りがたい雰囲気だ。

 正門のところには、大きく『立ち入り禁止』と書かれた看板が掲げられている。
 しかし、中から聞こえる剣戟らしき音や物が爆ぜるような音からすると、かなりの数の人が中にいるのだろう。

 私達は正門から入らず、横の通用口の方へ向かう。
 鍵がかかっているようで扉は閉じていたが、ユークライ殿下が懐から半透明な鍵を取り出した。
 どうやら魔法具らしいそれが鍵穴に入ると、ガチャリと音が鳴った。そして、ユークライ殿下が扉を開き、イレーヴ殿がゆっくりと中に入る。

「……敵影なし。入ってきていただいて大丈夫です」

「よし、それじゃあ入ろうか。全員無理はしないようにね」

 ユークライ殿下が私達に笑みを向ける。
 その表情が、なんだか少し強張っているようにも思えて声をかけようとしたが、突然屋敷の二階に位置する部屋が爆発し、ガラスや建材が飛び散った。

「っ、あれは!」

 そこから飛び出してきたのは、薄紫色の髪の少女。
 爆風に煽られて体勢が崩れているようだったが、空中で立て直すと、猫のようにしなやかに着地する。が、どうにも様子がおかしい。

 すると、彼女を追撃するために何名かの武装した男達が現れ、既に部屋の形を成していない残骸から飛び出して行く。

「エミー、ヘレナ、ついて来て!」

 エストレイが庇うようにしている右足が、真っ黒に染まっているのが見えた瞬間、私はそう叫んで走り出していた。

「後で合流しよう!」

「えぇ!」

 ユークライ殿下に返事をし、必死に自分が地面を蹴る。しかし、どうにも前に進まないことがもどかしい。
 通用口から屋敷までは十数メートルはあるというのに、敵はエストレイのすぐそこに迫っている。

「エミー、行ける!?」

 どうしようもない焦りの中、私は自然とそう口にしていた。
 尋ねてから並走しているエミーの方を向くと、彼女はもう既にそこにはいなくて。

「お嬢様のお望みのままに」

 低く感情が押し込められたその声だけが耳に届いたかと思って、前を向いた時。

 エストレイを囲むように立っていた男達が、一斉に吹き飛ばされた。

「なっ……」

 私の横にいたヘレナも、あまりにも規格外なエミーの動きに驚きの声を漏らす。
 私も驚きが隠せなかったが、それ以上に、エミーが駆け寄るとそのまま崩れ落ちそうになったエストレイが心配だった。

 私達が少し遅れて駆け寄った時、エストレイは青白い顔で、荒い呼吸をしていた。

「……お嬢様」

 ヘレナが膝をついてエストレイを抱き止めたのと入れ替わるように、エミーが立ち上がる。
 その立ち姿や振る舞いは普段と変わらないはずなのに、どこか凄みがあって。

「えっ…!?」

 彼女の薄桃色なはずの瞳が、炎のように真っ赤に燃えていた。

「エストレイをお願いいたします」

 私が言葉を返すよりも早く、エミーが姿を消す。
 すると、ちょうど立ち上がろうとしていた男達の側に、彼女がすぐに姿を表した。

 エミーはそのまま蹴りを入れるが、さすが本拠地にいるだけあり、その攻撃は捌かれてしまう。
 五人の男に一気に囲まれて姿が見えにくくなり、不安と心配で目が離せなくなるが、エストレイの呻き声で我に返る。

「エストレイ、何があったか説明できる?」

 ヘレナがそう声をかけると、エストレイが「はい」と足を押さえながら顔を上げた。

「我々が乗り込むのを、相手は予想していたようでした。地下室に誘い出され、ヴィンセント術師とダラン伯、アレックスが地下に閉じ込められ、私とラインハルト殿下が分断されました。その後さらに追撃を受け、ラインハルト殿下とも……」

「状況は分かった。それは……まさか」

「小さな切り傷だから大丈夫だと思っていたら、どんどん広がっていきました」

 彼女がそう話す間にも、足を覆う黒い蔦はドクリと脈打つ。
 普通の人生であれば一度も目にすることがないであろう呪いを、こんな短期間で間近に何度も見ることになるとは。

「……呪術師がいたの?」

 嫌な予想が当たっていたこと対する複雑な気持ちを押し殺しながら、確認しなければならないことを尋ねる。
 私の問いかけに、エストレイは首を横に振った。

「現時点ではわかりません。数十人ほどと接敵しましたが、その場で呪術らしきものを発動している者はいませんでした。おそらく、武器に付与されているのかと」

「わかったわ。武器を特に警戒しましょう。……それより」

 私は懐から痛み止めを取り出す。

「エストレイ、ごめんなさい。私では呪いをどうすることもできないの。せめてこれを」

「申し訳ございません……ありがたく頂きます」

 かなり苦い薬なはずなのに、エストレイは表情を変えずにそれを飲み込んだ。
 その間に、ヘレナが彼女の足の様子を、直接触らないようにしながら確認する。

「……エストレイ。足の感覚は?」

「黒くなっている部分はほとんどありません。動かすこともできなくなっています」

「それなら私が肩を貸すわ。お嬢様、いかがなさいます?」

「先に離脱するか、ラインハルト様と合流する方が良さそうね」

 ラインハルト様と合流するには、一度屋敷の中に入らないといけないだろう。
 しかし、と私はエミーの方を確認する。

 さすがの彼女でも、手練れの五人を同時に相手するのは骨が折れるらしい。
 いや、五人相手に互角に渡り合っているというのは、十分すぎるほどだろう。

「……仕方ないわ。ヘレナ、ここでエストレイと待っていて。私はラインハルト様と合流するわ」

「お嬢様!?」

「これが最善よ。……大丈夫、ラインハルト様やセルカの魔法具を持っているし、それにきっとすぐ合流できるわ」

「しかし……」

「見つからないよう気を付けるから大丈夫よ」

「私はお嬢様をお守りするよう仰せつかっております。お嬢様をお一人にするわけには……」

「助けられる者を助けるために動けない自分を、私は許せないわ」

 私は、髪を隠すために深く被っていたスカーフとフードを外す。
 視界が広くなり、音がより鮮明に聞こえてくる。

 一瞬、目を閉じて耳を澄ませると、屋敷の中の剣戟がはっきりと鼓膜を叩いた。

「……きっとあそこだわ」

 建物の見取り図、そして出入りしていた商人から聞いていた屋敷内の部屋の使われ方や装飾を、記憶から引っ張り出す。

「……エミーには、彼らを片付け次第、お嬢様のところへ向かうよう伝えます」

「ありがとう、ヘレナ。エストレイを頼むわね」

 二人に笑いかけて、私が屋敷の方へと走り出そうとした時だった。

「……っ!?」

 木陰からゆらりと現れた人影が、短剣をエストレイ目掛けて振りかぶっていた。

 私は反射的に、腰に下ろしていた剣を抜き、その人物に向けて横なぎにする。
 大きく飛び退いたその怪しい人影は、くつくつと笑いを漏らした。

「よくお気付きで、クリスト家の月の姫」

 妖艶な女性の声で告げられたその言葉に、私は不安と恐怖を押し殺し、余裕のある淑女の笑みを浮かべた。

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