【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

76話:急行

「……空いてるかい?」

 カランカラン、と扉のところに付けられたベルが音を立てる。
 ユークライ殿下が入って行った扉を、ヘンリック殿が押さえてくれているのに軽く会釈をして、薄暗く狭い店内に入っていった。

 私の後ろに付いて来ているエミーがローブを深く被り直しているのを見て、私もローブのフードを少し引っ張る。
 あまり広くない店内に、所狭しと棚が迫り出すように置かれているからと、今回店内に入っているのは、ユークライ殿下とイレーヴ殿、私、そしてエミーの四人だけだ。

 店内を埋め尽くすほど大量に棚が置いてあるのに、基本的には全て空のようだった。
 しばらく商品を補充していないのか、何も置いていない棚板には埃が軽く積もっている。

「すみません、ナイフを買いたいんですが」

「……なんだぁお前」

 そう言って店の奥から出て来たのは、頭を剃り上げた大柄な男性だった。
 顔のところに大きな傷を負った彼は、ギョロリとした目で私達を一瞥する。

「見ない顔だな。何もんだ」

「俺達、北の方から来たんです。普段は織物とか刺繍を扱ってるんだけど、貿易品とかを手に入れてみたくて、南の方にちょっと」

 和やかに返事をするユークライ殿下に対し、店主は愛想笑いの一つもなく憮然とした様子のまま会話を続ける。

「武器屋に何の用だ」

「ナイフが欲しくて。動物を解体したり、ロープを切れたりするようなやつがいくつか欲しいんだけど、置いてないですかね?」

「見りゃわかんだろ。ここには置いてねぇよ」

「そうですか」

 明らかに私達を追い出そうとしてくるような声色の店主が、私達を一人一人品定めするように睨みつけてくる。

 私は彼と視線が合うと、表情を緩めてにこりと笑いかけた。よく見ると、傷を負ったせいなのか片目の色が薄い。
 彼は私をギロリと睨みつけると、ガンッと机を叩きながら立ち上がる。店の中に響いたその硬い音に、エミーが無言で私を庇うように出てきてくれた。

「女連れて商いなんて、随分と偉いご身分じゃねぇか」

「妹は良い審美眼を持っていて、よく助けられてます」

「はっ、兄妹仲麗しくってことかよ」

 取り付く島もない店主の男は、立ち上がったまま私達の後ろの扉を顎でしゃくって示した。

「てめぇらに売るもんはねぇよ。出てってくれ」

「……行こうか」

 武器屋から話を聞ければ、色々街の中の不審な動きがわかると思っていたが、仕方がない。
 ユークライ殿下が私達に声をかけたのに頷いて、店の外に出る。

 カラン、と扉のところのベルが鳴ったと同時に、ユークライ殿下が乾いた笑みを漏らした。

「だいぶ追い出しにかかってきてたね」

「ああいう手合いは殴りかかってくることもありますから……何もなくて良かったですよ」

 イレーヴ殿がそう漏らしたのに、ヘンリック殿とエミーが頷く。
 それに対して、ユークライ殿下が「へぇ」と感心したように返事をした。

「そんなことがあるのか」

「王都でも、治安の悪い地域に行くと時々……」

 話の途中で言葉を切ったイレーヴ殿は、私達の方へ向かってくるどこかふらついた足取りの男をひょいと避ける。
 その男は、私達の方を振り返って思い切り舌打ちすると、そのまま武器屋に入って行った。

「……今の人」

 私が声を漏らすと、エミーも頷く。

「マントで隠していましたが、腰に剣を。歩き方を見るに、足首の辺りにも短剣か何かを隠し持っているようでした」

「お酒の臭いがして酔っていたみたいだけれど、歩き方は訓練を受けた人間のそれだったわ。……それに、何か隠しているわね、あの店主」

「探りましょうか?」

「そうね」

 手で口元を隠しながら小声で会話をしていた私達が顔を上げると、ユークライ殿下と目が合う。

「どうかしたかい?」

「エミーが、さっきの武器屋でどうしても買わなくてはいけない急ぎの物・・・・があるらしくて」

 急ぎの物、と私が口にすると、ユークライ殿下がわずかに目を見開く。

 事前に打ち合わせていたいくつかの符牒の中の一つ。「急ぎの物」は、調査対象を示す。
 お店から出て少し歩いていた私達は、そこで歩みを止めると振り返った。

「わかった。一人で大丈夫そう?」

 ユークライ殿下の問いかけに、エミーはすぐに頷く。

「ご心配いただきありがとうございます。問題ありません」

「そうか。じゃあ気を付けて行ってきて。この通りにしばらくはいるつもりだから」

「気を付けてね」

 エミーは、長いローブの裾を摘んで一礼した。
 そして振り返ると、ゆったりとした足取りで歩いて行き、まばらな人通りに紛れて行く。

 彼女が強いということはわかっているが、敵地で一人にすることに少し不安を感じてしまう。
 そんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか。横のヘレナが、「エミーなら大丈夫ですよ」と声をかけてくれる。

「奥様のご実家で、厳しい訓練をくぐり抜けたと聞いています。それに、あくまで買い物・・・ですから」

「そうね」

 確かに、調査だけなら荒事に必ずしもなるわけではない。
 エミーが無事に戻って来てくれることを願いながら、小さくなった背中が横の脇道に消えるのを見守る。

「……よし。じゃあ行こうか」

 全員で一息ついて、次の店に向かおうとした時だった。

「っ!?」

 ドオオン、とどこか遠くで爆発したような音が響き、街の人が一斉にその方向を振り返る。
 入り組んだ街並みの奥に、かすかに煙のようなものが立ち昇っていた。

「あれは屋敷の方か!?」

「どうします?」

 屋敷と言われて真っ先に頭に浮かんできたのは、ラインハルト様や兄上の姿だった。

 既に王国法務院から依頼を受けた騎士団が調査に入ってはいるものの、私達が欲しい情報は見当たらなかった。
 ララティーナ・ゼンリル、あるいは呪術に繋がるような何かを探すために領主館に忍び込むという話で、出来るだけ戦闘になるような状況は避けるはずだったのだが。

「……どう思う?」

「何かしらの不測の事態があったと考えるべきかと。連絡の方は?」

 私がそう声をかけると、ユークライ殿下が袖を捲って手首にはめていた腕輪を確認する。
 ラインハルト様が対となっているもう片方を持っていて、一方の石の色を変えると、それに連動してもう片方も変化する魔法具だ。

 緊急時の情報共有のためのそれは、私達が見守る中、チカチカと光り始めた。

「赤の石と白の石……緊急事態と応援要請か!」

「急いで向かいましょう。エミーは……」

「きっと彼女ほどの武人であれば、この騒ぎにも気付いているはず。我々がいないとわかれば、合流できるでしょう」

 イレーヴ殿がそう言ったのに、ヘンリック殿やヘレナがすぐに頷く。
 確かに、街の人通りが増えてきて、口々に言葉を交わしながら領主の屋敷の方を指差しているし、きっとどこで騒ぎが起きているかはわかるはずだ。

「よし、急いで向かおう。少し走るけど大丈夫?」

「もちろん大丈夫ですわ」

「よし。具体的な動きは移動しながら考えよう」

 ユークライ殿下の言葉に全員が頷き、屋敷に向かって駆け出した。

 今回の遠征では、普段のハイヒールとは違い、平たくて走りやすい編み上げの靴を履いている。

 貴族令嬢は、蝶よ花よと大切に育てられていると考えられがちだが、実際はかなり鍛えている場合が多い。
 普段令嬢が夜会などで着用するドレスは、一般的には数キロほど。それを身に纏いながら、さらにはヒールを履き、常に優雅に見えるように、ダンスなどをしても息を切らすことは許されない。意外と、貴族令嬢というのは体力勝負なところもあるのだ。

 私の場合は、ある程度の距離ならドレスを着ながら走っても大丈夫なくらいには体力がある。しかも、万が一何かあった時に頼れるのは自分の足だからと、長距離を走るための訓練も受けたことがあるくらいだ。
 今日は質素なワンピースに走りやすい靴だから、むしろいつもより何倍も走りやすい。

「っ……」

 ドォン、と再び爆発音が響いた。

 私は頭の中に浮かべた地図と、視界に入ってくる店の看板を照らし合わせながら、残りの道筋とかかる時間を計算する。

 このペースのまま走ることができれば大体五分で着くだろうか。
 あの面々なら大丈夫だと頭でわかっていても、心がどうにもざわついてしまう。

 何度か角を曲がり、大通りに再び出ようとした時だった。

「……ユーリ様!!」

 ヘンリック殿がそう叫んだ瞬間、前から屈強な男達が飛び出してきた。
 手にめいめいの武器を持った彼らに狭い道を塞がれてしまい、私達は足を止めざるを得ない。

「……お前さんら、そんな急いでどこへ行くんだ?」

 先頭に立った、メイスのような武器を手にした男が、そう私達に声をかけてくる。
 どこかピリついた空気を出す彼らに対し、ユークライ殿下が大きく手を広げて肩をすくめた。

「大きな音がしたからね。つい気になって」

「余所者は近寄んじゃねぇ」

 そう、地を這うような低い声で男が告げると、周りの男達も威嚇するようにそれぞれの武器を掲げてくる。

「大変な時にすみません。ただ、自分の目で確かめたい性分なんですよ」

「ほぉ……」

 きっとメイスの男がリーダー格なのだろう。よく見ると、他の人よりも上質そうな革の鎧を身に付けているし、全員が彼の動きを注視しているようだ。
 衛兵の制服を着ていない集団が武装して、しかも大きい顔をして街を歩いていると考えると、やはりこの領都の治安はそこまで良くないらしい。

 ヘレナが私を庇いながら、腰に隠している鞭に手を伸ばす。
 イレーヴ殿も剣の柄を握り、既に抜剣しているヘンリック殿も油断ない視線で周囲を警戒していた。

「……リズヴェルト」

 小さく名前を呼ぶと、無言で付いて来ていた彼が頷いて私の近くに寄ってくる。
 魔法学校出身者ということもあり、ある程度の魔法の腕前こそあるが、リズヴェルトはきちんとした戦闘の訓練を受けたことがあるわけではない。
 非戦闘員である私達は、まとまっていた方が護衛がしやすいと言われている。エミーがまだ戻って来ていないこともあり、彼も護身用に持った剣に手をかけながら、二人で肩が触れるくらいまで密着した。

「……変だなぁ」

 しばらく黙り込んで私達に値踏みするような視線を向けてきていたリーダー格の男が、唐突にそう口にする。

「お前みたいに若い商人が、こんな状況で落ち着いているなんてなぁ」

「だって、あなた達は俺達の敵ではないでしょう?」

「見慣れない土地で変な騒ぎが起きて、しかも武器持った荒くれ者に囲まれて平然としてるなんて……ちょっと話聞きてぇなぁ」

 ニヤリと笑いながらメイスを掲げる男が、一歩私達の方に踏み出す。
 それに呼応するように、ユークライ殿下の横に立っているイレーヴ殿が、上体を傾けていつでも斬りかかれる姿勢になった。

「全員武器を捨てて膝をつけ。ゆっくりお喋りしようじゃねぇか」

 空気がピンと張り詰め、緊張が走った。
 男達の息遣いに意識を集中させると、爆発音とざわめきが遠ざかる。それと同時に、私の心臓がバクバクと脈打つ音が、やけにはっきり耳を打つ。

「……仕方ない。やろうか」

 静けさの中、ユークライ殿下がそう口にした瞬間、ぶわりと私達の足元から黒い霧が溢れ出した。

 事前に聞いていた、イレーヴ殿の闇魔法。
 この霧を被ると、自分の動きが相手から認識しにくくなるらしい。

 それと同時に、ヘレナが魔法障壁を生み出し、リズヴェルトもそれに重ねるように障壁を張った。

「一分で片付けるぞ!」

「「はっ!!」」

 ユークライ殿下が剣を抜き、自ら斬りかかりに行く。
 地面を蹴った彼の刃を受け止めようと、リーダー格の男がメイスを構えた瞬間。

「なっ!?」

 彼の左右で肉が裂かれる音と共に鮮血が舞う。
 一気に前の方に立っていた男達が崩れ落ち、唯一残っていたリーダーにユークライ殿下が剣を振り下ろした。

 ガキンと甲高い金属音が鳴り、どうにか反射で殿下の剣を受け止めた男が、驚愕を隠し切れない様子で叫ぶ。

「なんなんだお前ら!?」

 彼がそう叫んでいる間も、どんどん後ろが倒れて行く。
 相手に斬り込んで行ったイレーヴ殿の姿が見えない。長身なはずだが、闇魔法の影響と、体を低く屈めているからだろうか。

 見れば、倒れている人達は皆、足首から血を流している。
 事前に言っていた通り、痺れ薬を刃に仕込んでいるからだろう。出血量はあまりないが、全員身動きが取れなくなっているようだ。

「……遅参お許しください」

 唐突に後ろからそう声をかけられて振り返ると、そこにはフードを深く被ったエミーが立っていた。
 さっき私達と別れた時と変わらない見た目の彼女は、息を切らした様子もなく小声で私に尋ねてくる。

「どう致しましょう?」

「背後の警戒をしておいて。あちらはそろそろ終わりそうだから」

「かしこまりました」

 ちょうど私達が会話を終えた頃には、この場に立っていたのは私達と、ユークライ殿下と斬り結んでいるメイスの男だけだった。
 必死の形相で、体重をかけてメイスを押し込もうとしている男に対し、周囲を確認する余裕があるユークライ殿下が、魔法を解いて姿を現したイレーヴ殿と視線を交わす。

「……降参したらどうだ?」

「……っ、ぐっ、ぐぉおお!!!」

 叫んで力を込める男に対し、ユークライ殿下がニヤリと口角を上げた。

「時間切れだ」

 ユークライ殿下の剣が赤く光り、振りかぶられると、鉄のメイスが斬られてゴトリと落ちる。
 それと同時にバランスを崩した男がユークライ殿下に倒れ込みそうになるが、横から現れたヘンリック殿が膝を蹴り肩を掴んで、殿下の前に跪かせた。

「なっ……なんなんだ、お前ら!?」

「時間がないから手短に聞くよ」

 赤いままの鋼が、炎を纏い始める。
 ちょうど雲が出始めて暗がりとなった狭い道の中で、燃える剣に照らされ、ユークライ殿下の青い瞳が煌めいた。

「まずは、君の雇い主からだ。……嘘も誤魔化しも許さない。俺はあまり心が広くないんんだ」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品