【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

75話:聞き込み

「……そろそろ街の周辺部に到着いたします」

 ユークライ殿下の護衛騎士の一人、ヘンリック殿の言葉を受けて、ラインハルト様が幌馬車にかけていた魔法を解除する。
 途端に、ガラガラと車輪が道とぶつかる音や、馬の蹄の音、木々の葉擦れが聞こえてきた。

「よし。一旦この辺で止まってくれ」

 ユークライ殿下がそう言うと、ゆっくりと馬車の速度を落とされ、完全に停止する。
 と同時に、兄上が勢い良く立ち上がった。

「よっしゃ、やっと着いたか!……つっても、たった一日馬車に揺られてただけなんだけどな」

「普段は何日くらいの移動なんだ?」

「現場によるけど……まぁ大体、魔法使って二日以上かかるとこが多いな。移動中も気張るから、結構ピリピリするんだが」

 そこで言葉を切った兄上は、馬車の中を見渡して笑いを漏らす。

「カップ片手にクッキーつまみながら会議する遠征とか聞いたことねぇよ」

 兄上が笑われてしまい、私とラインハルト様は反射的に手に持っていたカップを目の前の小さな机に置く。
 すると兄上は、慌てて「いやいや」と手を振る。

「非難してるわけじゃないんだ。やんなきゃいけない時と気抜いていい時の切り替えができて、俺はすげぇいいと思ってる。あと、机のありがたさを改めて感じさせられたな」

 座席の後ろ側についている折りたたみ式の机は、昨日の昼休憩の時間に私が発案したらその場で採用されてしまったものだ。
 近くの木を切ってすぐに加工して取り付けてしまったラインハルト様とダラン様の手際の良さには、本当に驚いた。

 場所を取らないし使いやすいと褒めてもらえたが、前世の記憶から引っ張り出したものということもあり、なんとも言えない気まずさを飲み込んでいた。
 セルカがいたらきっと私と目を合わせて一緒に気まずそうに笑ってくれただろうに。

「……」

 セルカは果たしてどこにいるのか。
 昨晩、ひょっとしたら叡智の森にいるのではないかと魔法での探索を行おうとしたが、魔力が満ちている森ではなかなか上手くいかなかったらしく、彼女の手がかりは未だに掴めていない。

 早くセルカに会って無事を確かめたいのに、まだ何の痕跡も得られていないことに、どうしようもない歯痒さを感じる。

 そんな気持ちが顔に出てきてしまっていたのだろうか。私の席までつかつかと歩いてきた兄上が、隣に腰掛ける。

「……不安か?」

「いいえ。……ただ、セルカのことが気がかりだ」

「あいつなら大丈夫だ」

 そう言い切った兄上は、私が座席のところにかけている清青石の剣をチラリと見やる。

「仲間を思いやる気持ちは、もちろん大切だ。だが、過度な心配はお前自身の足枷になっちまう可能性がある。……セルカなら、絶対上手くやってる。今は自分のやるべきことに集中しろよ」

「えぇ。わかったわ」

 私の返事を聞いた兄上は、じっと私の目を見つめてくる。
 母上譲りの灰色の瞳には、まるで父上のような鋭い光が宿っていた。

「……自分が背負ってるものを、決して忘れるな」

「……兄上?」

 いつも妹の私に甘い兄上からは想像できない厳しい声に、思わず怪訝な顔をして聞き返してしまう。
 しかし、兄上は真剣な表情を崩さないまま、私の後ろに立っていたエミーとヘレナに視線を合わせた。

「レルエミア・ミカ・ガイラル、ヘレナ・コパルト。改めて、クリスト家嫡男の名において命ずる。アマリリスの命を最優先に行動しろ」

「「かしこまりました」」

 声が重ねた二人は、そのまま綺麗に深く一礼する。
 それに頷き返した兄上は、そこでやっと表情を崩してニカっと笑った。

「二人とも頼んだぞ。んでリリィ、お前自身気を付けろよ。違和感を覚えたら、すぐに誰かに相談だ。いいな?」

「えぇ。兄上も気を付けて」

「おう!」

 私の肩をポンと叩いた兄上は、そのまま立ち上がって馬車の後方まで歩いて行くと、最後にもう一度手を振って軽やかに荷台から飛び降りる。
 それにアレックスが続いて降りて行き、彼と一緒に座っていたエストレイが私達の方を……姉であるエミーの方を向いた。

 エミーは言葉を発さないまま、拳を胸に当てる。
 エストレイも同じように、ぎゅっと握り締めた拳を胸に当てると、フードを被って出て行った。

「……兄さん」

 準備を終えたらしいラインハルト様が、ユークライ殿下に声を掛ける。
 地味な濃い緑色のローブを纏った彼は、肩から同じ色の鞄をかけていた。その中には、様々な魔法具や調査用の道具が入っているらしい。

「兄さん達に危険がないことを祈る。風のご加護が在らんことを」

「あぁ。風のご加護が在らんことを、ラインハルト。できるなら……セルカを」

「彼女の痕跡があれば見逃さない。任せてくれ」

 セルカのことに関して歯切れの悪いユークライ殿下に、ラインハルト様が気負いなく返事をする。
 今から潜入捜査のはずなのに、普段と全く変わった様子のない彼は、今度は私の方を向いた。

「アマリリス、君にも風のご加護が在らんことを」

「風のご加護が在らんことを、ラインハルト様。また後ほど」

 彼の橙色の瞳が、私を見ると優しくわずかに細められた。

「あぁ。また後で」

 そう言ってフードを被ったラインハルト様に続いて、主と同じ濃緑色のローブに身を包んだダラン様がにこりと会釈をして通り過ぎて行った。

 二人が降りると、一気に馬車の中が広くなったように感じる。
 残った面々を見渡して、ユークライ殿下が「よし」と声をかけた。

「俺達も行く前に……馬車の偽装をしないとだね」

 彼の言葉に、ヘレナとエミー、そして御者席から荷台の方に移っていたヘンリック殿が、座席の下に座っていた木箱を取り出す。
 一応行商人を装っている私達は、空っぽの箱を大量に用意していた。

「少し緊張するね」

 上質な座席を隠すように木箱を積み上げて紐で固定すると、至って普通の商人の幌馬車の完成だ。
 一つの箱の上に腰掛けたユークライ殿下が、馬車に残った面々をぐるりと見渡す。

「最後にもう一度だけ確認しよう。……俺ユーリと、君、アマリアは、クリスト領出身の商人の兄妹。アマリアは俺が独り立ちする時に付いて来た」

 念の為、市井にも名前を知られているかもしれない私達は、偽名を使うことにしていた。
 とは言っても、本名と違いすぎると反応できないかもしれないからと、ほぼそのままの名前だが。

「普段は織物や刺繍を扱っているけれど、全て売り払ったから、新しい商品を求めてブリャートにやって来ました」

「ブリャートに来た理由は、最近羽振りが良い商人が多いと聞いたから」

「リズヴェルトは、私達の商売仲間で魔法具を扱っています。イレーヴは、ユーリ兄さんに付いてきた年下の幼馴染。ヘレナは私の幼馴染で、ヘンリック殿とエミーは道中雇った護衛」

「よし、大丈夫そうだね。……もし自分で対処しきれない事態が起きたら、『今夜は雨が降りそう』で」

 全員が頷くと、ユークライ殿下がにこりと笑う。

「じゃあ行こうか。イレーヴ、馬を頼んだ」

「はい」

 私は、頭に被ったスカーフを今一度確認する。
 この手入れのされた銀髪は、普通の街で出歩くには向かないし、黒い瞳も南部では目立ちかねない。スカーフの上からフードを被り、手も隠すために手袋をはめた。

 ユークライ殿下の金髪も少々目立ちすぎるから、変装のために帽子を被り、顔にそばかすのような日焼け跡を出すためのクリームを塗っている。
 護衛役であるエミーの薄紫色の髪も目立つから、深くフードを被っていた。

「……おーいそこの馬車、止まれ」

 領都ブリャートは、五角形の壁にぐるりと囲まれており、それぞれの辺の中心に門がある。
 その内の一つ、叡智の森から一番近い門に向かっていた私達の馬車に、そう声がかけられた。

「行ってくる」

 ユークライ殿下が御者席からひらりと降り、ヘンリック殿と一緒に衛兵に話しかけに行く。
 少し問答があったようだが、やがて帰ってきた彼は、にこりと笑ってみせた。

「入れるよ。行こう」

 カタカタと馬車が揺れ、街の中に入る。
 ヘレナと並んで馬車の後ろに腰掛けながら、ゆっくりと進む景色を眺めた。



 私達が通ってきた入り口の付近は、町民が多く暮らしているエリアで、馬車が二台余裕を持ってすれ違えるほどの大通りの中を通っていく。
 ちょうど朝市の時間のはずだが、人通りはどうにもまばらだ。

「……気になりますか?」

「えぇ、ちょっと」

 この時間帯であれば、もっと買い物に出ている人が多いはず。
 それなのに、出歩いている人はかなり少なく、私達の馬車を避けるように道の端を足速に進んでいた。

「……変ね」

「確かに、若い女性が不自然に少ないですね」

 同じ違和感に気付いていたのであろう。
 ヘレナは潜めた声でそう言うと、街の中を見渡す。

「若い男性もいませんね。買い物をしているのは、年配の女性がほとんどみたいですが……」

 ウィンドール南部の情報を頭から引っ張り出す。

 南部はいわゆる家父長制的な側面が強く、かつ年功序列に厳しい。
 買い出しを含んだ家事全般は、家族の中で最も若い女性が担うことが多いとよく聞く。事前に調べた資料では、特に人口構成に偏りがあるように見受けられなかったから、きっと街の中のどこかにはいるはずだが。

「……そろそろ止まるよ」

 商会の建物の裏にある馬車置き場の近くまで行ったところで、ユークライ殿下がそう声をかけてくれる。
 私が返事をしたところで、馬車が止まり「よし」と殿下が立ち上がった。

「馬車はここに置いておこう。行くよ」

 全員で馬車を降りる。
 大通りを通って朝市のところへ向かうと、さっきよりは人は多いものの、領都とは思えない落ち着き具合だった。
 やっぱり比較的年齢は高く、若者だらけの私達は少し浮いてしまっている。

 周りが、こちらを見ながらヒソヒソと遠巻きに囁いている。
 私は人懐っこい笑顔になるよう意識をしながら、その中の一人に駆け寄った。

「おはようございます、お姉さん!」

「お、お姉さんてあんた……なんだい、余所者だろ?」

 恰幅の良い女性が、驚いたようにしながらも、少し表情を和らげて反応してくれる。
 兄上が街に下りた時によくしている話し方を思い出しながら、私は目の前の織物を指差した。

「これすっごく素敵ですね!売り物ですか?」

「あぁいや……野菜を広げるのに使ってたものだよ」

「そうなんですね。野菜って、何を売ってるんです?」

「色々だよ。旦那が近くの村から買ってきたやつを売ってるのさ」

「なるほど……織物を売ってる人っていますかね?」

「街にはいるけど、朝市には来ちゃいないよ。……あいや、街から出たんだったっけね」

 彼女がそう言って隣の露店の店主に声をかけると、店主の男性が「あぁ」と頷いた。

「ブリャート出身じゃない連中は、最近めっきり見なくなったなぁ。あんたらみたいに新しく入ってくるのは珍しいよ。何を買いに来たんだい?」

「織物とか刺繍とかを。南部だと、国外から入ってきたものが時々取引されるって聞いて」

「だとしたら、もっと南の方だなぁ。十年前とかだったら、色々ここまで来てたんだが」

「そうねぇ。随分と変わっちまったもんだよ」

「変わったって、何かあったんですか?」

 私がそう尋ねた時、一瞬空気がピリつく。
 私達の会話に聞き耳を立てていたのだろう周囲の人々が、私が振り向くと慌てて視線を逸らした。

 ひょっとして、と思うと、ぐいっと女性の店主に腕を引かれる。
 その瞬間、すぐ近くに控えていてくれていたエミーが間に入ろうとするが、私がこっそり手で合図をするとその場で止まってくれた。

「あんた、商人だろ?街の情報くらい、事前に集めてるんじゃないのかい?」

「そういうのは兄がやってて……私、織物と刺繍の目利きしかできないんです」

「あぁもう……いいかい嬢ちゃん、一回しか言わないよ」

 彼女の潜められた声は、正直勢い込みすぎて普通の声量と変わらない気もするが、むしろヘレナやエミーにも聞こえると考えると好都合かもしれない。

「ここの領主様が、国からの金を横領したとかで捕まってしまってね……領主様が密かに抱え込んでいた荒くれ者共が、最近幅を利かせてるんだよ」

「荒くれ者……」

「若い女を見つけると、昼でも夜でもお構いなしに連れ帰って、衛兵は見てみぬふり……結果、あたしらみたいなババアしか外を歩かなくなったのさ」

「そんなことがあったんですね」

 領都の状況について予想はしていたが、まさかここまでだとは。
 私はヘレナとエミーが一緒に来てくれているから安心だが、そうでない若い女性にとっては随分と生活しにくくなってしまっているだろう。

 私は情報に丁寧に感謝を伝えて、ついでに少し多めの金額を払って売れ残っていた野菜を買い取り、少し移動する。
 同じように何人かから話を聞いた後、別行動で情報を集めていたユークライ殿下と合流した。

「どうでした、ユーリ兄様?」

 偽名でそう呼びかけると、ユークライ殿下は自然に頷く。

「とりあえず、近寄らない方がいい場所については聞けたよ。アマリアは?」

「街のことについて色々聞けました。危険な人達がいるらしいのですが……ひとまず、次はナイフの補充ですか?」

「そうだね」

 今回は正式な捜査というよりは、書類上で調べた色々なことが実際に起きているのかを確かめるのが私達の役割だ。具体的な証拠は、屋敷や他の拠点に忍び込むラインハルト様や兄上達が見つけてくることになっている。

 今のところ、一部の品目が買い占められていることや、治安が少し悪化していることなどは事前の調べ通りらしく、次は武器屋へ向かう。
 行商人が自衛のために剣や防具の手入れをするのは自然だから、ナイフ等を買う交渉の中で、最近兵站を買い込んでいる集団について聞いてみる手筈だ。

 直接どのような相手と取引しているかまで聞き出せる確証はないが、反応を見ればなんとなくわかるはず。

「……今のところ問題は?」

「大丈夫ですわ」

 どこか街の人から遠巻きにされている感じは依然としてあるが、このような状況で外からやってきた私達を警戒する理由は十分納得できるし、直接言葉を交わせば大抵は快く対応してくれた。口が重い人も、少し多めに代金を払えば色々教えてくれるのも、やりやすくて助かる。

 若い女性だから侮られないかと心配だったが、兄上っぽく喋っていたらすぐに懐に入れてもらえていた。
 私は街の中心部の方を向きながら、きっと今頃屋敷に忍び込んでいるのであろう兄上に、心の中で感謝の気持ちを伝えた。

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