仇討浪人と座頭梅一

克全

第69話:決意

 幕閣はぎりぎりの状況に追い込まれていた。
 御三卿の家老が処分されたのを始めに、寺社での許し難い堕落と、それをわずかな金で見逃していた寺社奉行の不正が明らかになり、幕府の威信をかけて徹底的に綱紀粛正を行っている最中に、幕府の御典医が密かに賭場を開帳していたのだ。
 しかもそれを盗賊団に襲われ、大名家の陪臣だけにとどまらず小身とはいえ旗本の当主や隠居が、盗賊程度に斬り殺されてしまう事態となっていた。

 それでも幕閣は、最初御典医の池原雲伯を処分するだけで済ませようとしていた。
 大名家や旗本を厳しく処分すれば、多くの浪士浪人が生まれて治安が悪化する。
 だから町人がどのような悪口陰口を広めようと、温情的な処分をする気だった。
 だが、目付けが池原雲伯を処分するための証拠を屋敷で探していると、時間が限られた薩摩忍者が見つけられなかった告発状が出てきた。
 さらに池原雲伯が盗賊団に殺されたという噂を信じて、雲伯が告白状を預けていた御典医仲間が預かった物を確かめ、内容に驚き慌てて幕府に訴え出てきた。

 当初は全ての訴人を殺すつもりだった薩摩藩だが、面目を丸潰れにされた町奉行所を火付け改方が本気になった事で、計画通りにはいかなくなっていた。
 特に山くぐり衆を追放処分にしてしまった事で、見張る能力激減していた。
 いや、そもそも御典医が告発文を直接江戸城内の持ち込んでしまっては、町奉行所や目安箱を見張らしていても無意味だった。

 これにより徳川家基毒殺事件が公になってしまった。
 幕閣はどう処分するべきか頭を痛めていた。
 もはや御典医の池原雲伯を内々で処分すれば済む状況ではなくなっていた。
 幕閣は松平周防守が預かっていた池原雲伯を厳しく取り調べることにした。
 その証言次第では、将軍家の浮沈を左右する決定を下さなければいけないのだ。

 場合によっては、池原雲伯に嘘の証言をさせなければいけない場合もあった。
 徳川家基暗殺の黒幕が一橋治済であった場合、一橋治済を処分するだけではすまず、その子供も弟も厳しく処分しなければいけなくなる。
 その処分が切腹になった場合は、八代将軍徳川吉宗の血筋が田安家の流れだけになってしまうのだが、もし、万が一、暗殺計画に松平定国か松平定信が加わっていたとしたら、彼らまで厳しい処分をしなければいけなくなるのだ。

 まずは事実を確かめるべく、田沼意次は一対一で池原雲伯と面談する予定だった。
 全てを知った上で、必要ならば一橋治済や松平定信が黒幕だったとしても見逃す。
 大恩ある徳川吉宗公の御血筋を守るためならば、自分を忌み嫌う松平定信を次期将軍に擁立する覚悟すら固めていた。
 例えその為に自分が切腹を命じられ、田沼家が取り潰されることになってもだ。

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