彗星と遭う

皆川大輔

1-18「神様のいたずら(4)」

 今日は、一人。たった二日間とはいえ、やはり一人は若干さみしいなと嘆きつつ、彗は短距離のダッシュを何度も繰り返していた。

 音葉と真奈美の前では精一杯強がってみたものの、悔しさがいなくなってくれるわけじゃない。始動した箇所、体重移動、腕の角度、リリースポイント――何が悪かったのか考えてみても、答えはやはり出て来てくれない。

 答えの出ないランニングを取りやめて、ピッチング練習に移る。

「だー……くそっ!」と、投げやりな投球を試みた。

 練習というのは、ただ言われたものをこなすだけでは効果がない。練習をする意図を把握し、練習の効果を汲み取ってはじめて意味がある。
 だから、こんな破れかぶれな投球が何か意味をなすわけない。
 がむしゃらな投げ込まれたボールは、ストライクゾーンを捉えることなく左に逸れた。さらに追い打ちで、何かの突起に当たったのかあられもない方向へ飛んで行く。
 泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。そんな、八つ当たりに近い情けない第一投だった。

 ――はー、だっさ。

 自分自身に呆れながら、ボールを拾いに行く。ボール自信も余程暴れたのだろう。橋の影から大きく外れたところまで行っており、久方ぶりに太陽の下へ出た。

 家を出たときはまだ夜を引きずっていた空も、もう水色になって太陽が凛々と輝いている。もうそんな時間経ったのか、とボールを拾ってから携帯の電源を開く。
 時間は、午前七時二十分。そろそろ散歩に勤しむご老人が出てくるころだ。

「ん?」

 時間を確認するだけのはずだったが、携帯に何かの通知が来ていた。
 着信履歴だ。

 ――……誰だ?

 休憩も兼ねて、滴る汗を拭きながらその犯人を見てみる。

「……あ?」

 犯人は、武山一星だった。
 世界大会の時に交換した電話番号。登録こそしてあるものの、大会中は直接話すし、大会後は絡むことはなかったから、初めての着信だ。

「着信は……三十分前に一回か。ちょうど練習始めたくらいだな」

 早起きしていたからよかったものの、普通の学生ならまだ寝ていてもおかしくない時間だ。

「何を考えてんだアイツ」

 愚痴りながら電話してみた。
 ピリリ、と呼び出すが応答は無い。
 代わりに、着信音だろうか。
 少しくぐもったメロディが、鳴っている。
 背後から、秦基博の名曲〝Halation〟が彗の耳に届いた。
 反射的に振り返ると、そこには、息を切らした武山一星がいた。

「や、昨日ぶり」

「何の用だよ」

 そう問うと、一星は「相手がいたほうがいいでしょ?」とキャッチャーミットを取り出した。

「もう辞めたんだろ?」

「またやりたくなってさ」

「まーた随分と自分勝手だな」

「昨日の君の強引さには負けるけどね」

「誰かさんにどうしても野球やってほしかったんでね」

 彗は、ボールをすっと一星に投げた。ぱしっ、とちゃんと手入れの行き届いた音を奏でてミットに収まる。

「申し訳ないんだけどさ、一つ相談事があるんだ」

「なんだよ急に」

「僕とさ、甲子園に行ってくれない?」

「はー……ついこの間までうじうじしてたやつとはまるで別人だな」と言いながら、一星が投げ返してきたボールを彗は受け取った。

「ちょうど昨日、目が覚めたんだよ。お陰様で」

 そう言うと、一星は目算で彗と18.44メートル離れて、その場にしゃがみ、ミットを構える。

「そりゃー光栄だ」

 そう言い切ると彗は、息を目一杯に吸い込んでから大きく振りかぶった。
 やっぱりいつも通り、両腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。
 あの瞬間をなぞるように左足を上げて動作に入ると、一星へ倒れ込むように腰から動かす。
 一連の流れのようにグラブから右手を出して、左ひじは大きく上げる。

 ここまでは昨日の勝負と同じ。

 ただ、あの瞬間と違うのは、武山一星がバッターとしてではなくキャッチャーとして相対しているという点だった。

 あの世界大会で感じた自信を思い出しながら、右腕を全力で振る。

 唸りを上げて右手から放たれたボールは、瞬く間に〝ドンッ〟と大砲のような音を伴って一星のミットに収まった。

「ナイスボール」

 世界一のバッテリーが、名もなき県立高校にて復活した瞬間だった。

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