彗星と遭う

皆川大輔

1-11「たったひとつの冴えた決め方(1)」

 確かに、申し訳ないとは思っている。すぐに謝らなければ、そう思っていることに嘘はない。

 ――でもさ、限度ってものがあるじゃん?

 そう呟きながら、音葉は彗の投げる剛速球をキャッチした。
 時間は朝の五時半ちょうど。太陽がようやく顔を出し始めたぐらいの時間だ。よく朝にご老人が体を動かすという話を聞いたことはあるが、流石にこの時間は誰もいない。せいぜい、雀がか細く鳴いているくらいだ。

 だから、二人が初めて出会った高架下でキャッチボールをしていると、パーンとミットにボールが収まる音が良く響く。その心地よい音が、眠気を吹き飛ばしつつあることが、唯一の幸いだった。

 ようやく頭が冴えてきたところで「ね、一つ質問いい?」とボールを返しながら言う。

「あ? なに?」と、ぶっきらぼうな彗だが、了解を得ずに「なんでこんな時間からやるの?」と続けた。

「なんつーのかな……ま、見てもらったらわかるか」と、彗はグラブを三度外へ向ける動作をした。

「え、なに?」

 きょとんとする音葉を尻目に、彗は「どけって。今から全力で投げるから」と、大きく振りかぶっていた。

「わわっ、ちょっと!」

 急いで避けると、彗が放ったボールはお手製のガムテープストライクゾーンへ。
 ボールはどんっ、と鈍い音を立てたかと思うと、地面に転々と転がった。
 百聞は一見に如かず、ということわざがある。何回も聞くよりも一回でも目にする方がいいという趣旨のことわざだが、正に今音葉が目にしたのは、ネット記事や動画などの画面越しではわからない凄味があった。

 ――これが怪物……。

 呆気にとられながらボールを回収し、彗に投げ返すと「な?」と不満げな顔を浮かべていた。

「え?」

「ご覧の通り、キレもスピードもなーんかイマイチなんだよ」

 ――どこが?

 速球派とはこうだ、と言わんばかりのストレートだったはずなのに、それでも納得いっていないらしい。どんな感覚しているんだ、と怪物の方を見ると、誰かが責めているわけでもないのに「ま、受験でほとんど練習してなかったからな。そのツケってこった」と言い訳をしていた。

「ま、まあわかったけどさ。それなら野球部入っちゃって、朝練参加すればいいんじゃない? ネットスローとかもできるし、ブルペンとか、傾斜から投げられるかもしれないし」

「いやーそこはさ、完璧な状態で入りたいんよ。一応、怪物って呼ばれてるしな」

「えーと、つまりさ……見栄ってこと?」

「簡単に言うとそーいうこと」

「そんな見栄のために付き合わされてるんだ……」

「それで迷惑かけたーとかはチャラだから。安いもんだろ」

 確かに昨日、寝る前に〝迷惑かけたお詫びに何かさせて〟とメッセージを送っていたのは紛れもない事実。ただ、出会ってまだ数日しか経っていないただのクラスメイトにお願いすることだろうか。

 ――感情に任せて行動しちゃいけないな。

 今日でこれ系統の贖罪は最後にしよう、と心に誓った音葉は「ははは……」と力弱い笑みを作りながら彗の見栄張りに協力した。
 キャッチボールや軽いノック、筋トレや体幹など、二人でもできる簡単なトレーニングを一通り終えると、時間はもう七時半を回っていた。

 土手にも人がまばらに見え始め、朝練に向かう同じ学校の生徒が見え始めたころ、ようやく早朝トレーニングは終了。締めのストレッチに入ると彗は「な、アンタさ、彩星野球部って詳しい?」と問いかけた。

 彗と一星がいるってことが分かってから調べた、ということはもちろん伏せたまま「まあ、一応マネージャー予定ですから」と胸を張る。

「ちょっと教えてくんね? 監督くらいしか分かんねーんだ」

「あ、監督のことは知ってるんだ」

「ほら、俺の家の事情だとさ、いつ部活出れなくなるかわからないじゃん? 受験前はまだ手術前だったし」

「あ、そっか……」

「地元近くの高校ったって四、五校くらいあるし、どこに行くかなって迷っててさ。シニアの監督に相談したら〝後輩が高校野球やってるからここどうだ〟って彩星を紹介してくれたんだよ。名前は……なんか武将っぽい名前のやつ」

「何も知らないじゃん……監督は真田和幸《さなだかずゆき》って人。まだ二十代で、去年の夏から監督になってるみたい」

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