【コミカライズ】献身遊戯 ~エリートな彼とTLちっくな恋人ごっこ~

西雲ササメ

「好きって言われると、我慢できない」 4


「……あのさ。姉たちが言ってたことだけど……」

どうしようかと思っていたことを、清澄くんが切り出した。

言ってたこととは、やはり〝童貞〟のことだろうか。
私はゴクリと喉を鳴らす。

「引いた?」

彼は伏し目がちな視線を向ける。
切ない表情に胸がチクンと傷み、じんと涙腺に響いた。

姉たちの言っていたことは嘘なんだ、と弁解をされるのではないかと思っていた。
半信半疑だったが、本心ではほとんど疑に傾いていたところだったのだ。
それを事実だと彼が認めたことで、言い様のない感情が湧いてくる。

初めて本当の清澄くんに触れたような。

私は首を横に振った。

「まさか!  ……でも、びっくりはしたかな。だって、清澄くんならそういうチャンスはたくさんあったはずだと思うから、どうしてなんだろうって」

考えば考えるほどおかしい。

ジグソーパズルもワイングラスも片付けられたなにもないソファテーブルに、私たちは再度並んで座り、話し始める。

「あの通り、うちの姉たちは昔から外面と中身にギャップがあるんだ。外では清純派を気取ってるが、家じゃ男の悪口ばっかり言ってる」

「……うん」

「こういうエッチは嫌だ、ああいうエッチは嫌だ、本当はひとつも気持ちよくないのに演技してやってるんだ、って。そういうのを昔から聞いてるうちに、するのが怖くなった」

「清澄くん……」

「俺もきっとそう思われるんだって」

清澄くんから怖いという言葉が出るとは思っていなかった。
お姉さんたちに聞かされ続けていた言葉が、彼のトラウマになっていたなんて。

「じゃあ、今までお付き合いした人は……?」

「もちろんいたよ。でも、期待されればされるほど気が進まなくなる。こっちが尽くせば喜んでくれるけど、その先の、自分が気持ちよくなる行為には踏み込めない。だんだん向こうも尽くされること慣れて一方的な関係になると、俺は虚しくなって冷めていく。相手のことが信じられなくなって、余計に怖くなって……」

「それで最後までしなかったんだ……」

「……全部俺が悪いんだ。付き合った女の子たちは悪くない。年齢を重ねるほど、取り返しがつかなくて恐怖が増していく。どうにかしなきゃって思うのに、いざそのときが来るとダメで……」

膝に置いている彼の手は震えていた。
背を丸めて切ない声でつぶやく清澄くんは、今まで見てきた彼とは全然違っている。

私とのことは、彼にとってもリハビリだったのかもしれない。

「……私と、こうなったのは」

「いろいろ理由はあるよ。ごめん、愛莉を裏切っているものもあったと思う。……でも、愛莉ことを喜ばせてあげたかったのは本心だよ。笑ってくれるとうれしくて……そこは無理してない。愛莉のことは、特別に思ってる」

「……うん」

「でも……だからこそ、失敗できなくて怖かった。俺は、全然、上手とかじゃないから。結局、元カレのときと同じ思いをさせることになる」

清澄くんが私をどう思っているのか、それをずっと濁したままの彼の訴えは、切なくて歯痒かった。
言えないんだろうな。
それとも、自分の中で答えが出てないのかな。
私と同じだ。
臆病だから、相手の決めたことを優先してしまう。
自分の気持ちはどこかへ置いてしまうんだ。

「好きだよ。清澄くん」

「……えっ」

瞳が潤むせいで視界がボヤけた。
まばたきをして涙をひと粒落とすと、彼の戸惑っている表情がしっかりと見える。

私の気持ちを伝えることが、少しでも清澄くんの力になればいいと思った。
彼が私を好きでも、好きじゃなくても、私に素敵な経験をくれた彼への感謝は変わらない。

「清澄くんはエッチすごく上手だよ」

「……い、いや、それは」

「上手だよ。すごく。気持ちいいよ。その先が痛かったとしても、清澄くんの言うように上手じゃなかったとしても、私はこんなに安心して、幸せな気持ちになるエッチは初めてだったよ」

彼の手を両手で握り、膝を寄せて距離を詰める。
伝わってほしい。
清澄くんは世界一エッチが上手だ。

彼の頬は徐々に赤く染まっていく。

「清澄くん……好き」

「……俺も、好き」

「うん」

どちらからともなく唇を重ね、数十分前に巻き戻ったように続きが始まる。

「ん……清澄くん……好き……」

「……好きって言われると、我慢できない……」

紅潮して熱い息をする清澄くんの体が反応しているのが初めて見えた。
今までは目につかなかったのに、キスをしながら抱き締められるとすぐにその存在に気づく。

清澄くんに求められることを初めて感じ、うれしさで体に熱が昇っていく。

「清澄くん……」

「ごめんね。痛いかもしれない」

「痛くてもいい……好き……」

彼に一度慣らされている私は、もうすっかり受け入れる準備ができていた。

「……愛莉っ……」

彼に余裕のない顔をされると、たまらなくなる。
こんな気持ちになるエッチは初めてだ。

その夜、私は初めて清澄くんと繋がった。
優しくて、甘くて、幸せで。

じゃあここだけの話、そういうの抜きで、どうだったのかと言うと……。

──やっぱり清澄くんは、エッチが上手だ。



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