【コミカライズ】献身遊戯 ~エリートな彼とTLちっくな恋人ごっこ~

西雲ササメ

「俺、日野さん狙いだから」1






いつの日だったか。

私は氷の入った麦茶のコップを手に持っていて、その冷たさが、寒気となって背中に広がっていた。

セミの声がしていた記憶がある。

父、母、そして祖母の顔が、真っ黒な影のように迫り、私を覗き込んでいる。

小学生だった当時の私の背丈は百三十センチほどで、大人三人の体は大きな怪物のように見えた。

それでも、一緒に暮らす三人に笑ってほしかった。
とくに、祖母に文句を言われながらがんばっていた母の味方をしたかった。
父には母を慰めてほしかったし、祖母には母をいじめないでとお願いしたかった。

『ねえ、愛莉あいりは誰が悪いと思う?』

三人は、詰めよって私にそう尋ねた。
誰が悪いかなんてわからない。

祖父が亡くなり、父の希望で祖母と一緒に暮らすようになってからというもの、生活が変わってしまった。
母に不満ばかり言う祖母、そんな祖母の敵になれない父、ストレスから私とまともに話してくれなくなった母。

『みんな悪くないよ。わたし、みんな好きだよ』

精一杯の笑顔でそう答えた途端、三人は顔を歪める。

誰かの味方をすれば誰かを裏切ることになる。
『お母さんが一番』だと本当の気持ちを吐露すれば、なにかが崩れてしまう気がした。

『ふうん。愛莉は泣いてるママをほうっておくパパが好きなんだね』

母にそう言われ、笑顔が凍りついた。
急いで『ちがうよ』と否定すると、今度は『じゃあパパが悪いのか?』と父がしかめ面をする。

『愛莉ちゃんは、おばあちゃんのことが一番好きでしょう?いつも一番楽しそうにお話してくれるもんね』

祖母が言った。それも違う。
本当は、祖母に出ていってほしい。
それで元の父と母に戻ってほしい。

でもそれを口にしたらどんなに祖母を傷つけるか、そしてその矛先はどこへ向くことになるのか、わかっていた。

だからなにも言えなかった。
ただ泣きそうになるのを笑顔でごまかして、『みんな好きだよ……』と言い続けた。

自分の本当の気持ちは隠しておかなきゃならない。
悪い気持ちを持っているなら、頭の中から消さなければいけない。
皆悪くない、こんなことを考えてしまう私が悪い。

中学二年生の頃、祖母が入院し息を引き取ったとき、ホッとした自分に絶望した。

これからは、心から人を思いやれる、いい人にならなきゃ……。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品