忘却不能な恋煩い

白山小梅

バチェロレッテの夜

 美琴がバー・オードリーに着くと、紗世と千鶴は既に奥の半個室にいた。

 美琴はカウンターの中にいた藤盛に挨拶をすると、二人の元に急ぐ。

「ごめんね〜。遅くなっちゃった!」
「大丈夫。美琴ちゃんの分も注文しちゃったよ。いつものでいいでしょ?」
「うん、ありがとう」

 二人の会話を聞いて、千鶴は口を尖らせる。

「二人とも、知らないうちに常連さんになってるの〜?」
「千鶴ちゃんは結構式の準備が忙しかったでしょう? その間にいろいろあったのよ〜」
「いろいろって何?」

 美琴が紗世の隣にすわると、そこへカクテルが届く。

 紗世は咳払いをすると、笑顔を浮かべる。

「では明後日が結婚式の千鶴ちゃんのために、今日は千鶴ちゃんバチェロレッテ・飲み会を開きたいと思います! では、かんぱーい!」

 紗世の声に合わせて三人はグラスを合わせる。

「ねぇねぇ、バチェラー・パーティーじゃないの?」

 千鶴が不思議そうに聞く。

「バチェラーは男の人。女の人はバチェロレッテっていうんだって」
「海外ドラマだと、大体殺人事件が起こるのはこの日なのよね。で、結婚式は中止」
「美琴ちゃん! さらっと縁起でもないこと言わないでよ〜!」
「いやいや、海外ドラマの話だってば」

 こうして三人で会うのを提案したのは紗世だった。紗世も美琴も千鶴にきちんと話が出来ていなかったこともあり、みんなの報告会を兼ねて、千鶴のバチェロレッテ飲み会を開くことになったのだ。

「結婚式の準備は大変だった?」

 美琴が聞くと、千鶴にしては珍しく苦笑いをする。

「いろいろ決めなきゃいけないことがあるんだけど、悩み出すと決められなくて。早い人はパッと決められるんだろうけどねぇ。楽しいこともあるけど、なかなか意見が合わない時もあって、大変だったかな。でもその大変さも良い思い出だしね」
「意見が合わないことってあるんだね。二人ならピッタリ合いそうな気がしてた」
「そんなことないよ〜。招待状の柄とか、式を通しての選曲とか、引き出物とかプチギフトとか……。思い出しただけでもげんなりする……」

 結婚式って思っているより大変なんだ。ちょうど式場を見に行こうと話していた矢先だったため、美琴は少し不安になる。

「ところで! 二人は何か進展はあったりするの?」

 自分のことを話し終えた千鶴が、興味津々とばかりに二人の顔を見る。

 すると紗世がニヤニヤしながら美琴のことを小突いた。

「千鶴ちゃんが忙しくしている間にいろいろあったのよ」
「えっ、なになに?」

 紗世が思わせぶりな話し方をしたものだから、千鶴は目が輝く。

「私から言っていいの?」
「……どうぞ」
「千鶴ちゃん、三年前のこと覚えてる? 美琴ちゃんをナンパしたチャラ男」
「もちろん覚えてるよ。名刺までくれた人でしょ? 美琴ちゃん、人生初のワンナイトラブの相手じゃない」
「そうそう。なんとその人と再会してね」
「えっ、何そのキュンキュンな展開は! ま、まさか今付き合ってるとか⁈」

 千鶴に聞かれ、美琴はずっと話せなかったことに後ろめたさを感じてしまう。

「……実は結婚することになったんだ」

 美琴が言うと、千鶴は興奮して思わず立ち上がる。

「えーっ! すごいね! もう運命じゃな〜い! おめでとう!」
「うん、ありがとう」
「そっか……ワンナイトで終わらなかったんだぁ。なんか本当に映画みたいな展開。三年も恋煩いしちゃったけど、二人の赤い糸はしっかり繋がっていたのね!」

 ロマンチックなことが大好きな千鶴は、うっとりと宙を見上げる。

「ところで紗世ちゃんは? いつもはぐらかすから、今日こそは話してもらうわよ! 実は何か隠してるでしょ?」

 今まで自分のことで忙しかっただけで、余裕の出てきた千鶴はかなり感が鋭く働くようだ。

 紗世は観念したかのように両手を上げる。

「まぁそろそろ言わなきゃなぁとは思っていたんだけどね……」

 そうか。波斗先輩とのこと、千鶴にはまだ話してないんだ。

「実は……」
「実は?」
「赤ちゃん、出来ちゃった」

 言葉を失ったのは千鶴だけではなかった。美琴も開いた口が塞がらなくなる。

「あ、相手は⁈」
「うふふ。波斗先輩」
「い、いつの間にそんな関係になってたの⁈ そんな素振り今までなかったよね⁈」
「まぁ……全部見せたら面白くないでしょ? 彼にしか見せない自分だってあるし」

 美琴は紗世のカクテルを見てはっとする。

「今何ヶ月? お酒は大丈夫なの?」
「今は四ヶ月に入ったところ。これは藤盛さんにノンアルコールで作ってもらったカクテルだから大丈夫」

 紗世がカウンターにいる藤盛に手を振ると、藤盛は小さく一礼した。

 いつの間にか仲良くなってる……?

「そういえば美琴ちゃん、結婚式は?」
「まだこれから。紗世はどうするの?」

 すると紗世はカバンの中から淡いブルーの封筒を二通取り出すと、二人に差し出す。

「安定期に入ったら、こじんまりとした式をしようって。なのでもし良かったら参列してくれる? もちろん二人とも、夫婦で参加ね」
「もちろん! でもまさか紗世ちゃんと波斗先輩が結婚するとは……仲のいい先輩と後輩だっただけにびっくり」
「仲がいいからこそ、いつ関係性が変わってもおかしくないんじゃない?」
「紗世と波斗先輩の子供かぁ……。相当顔面偏差値の高い子が生まれてくるんだろうなぁ」
「美琴ちゃん、さらっとハードル上げるのやめてくれる?」

 紗世のツッコミに三人は揃って吹き出した。

「実は妊娠してるのがわかった時、波くんに言うのがちょっ怖かったんだよね。結婚もまだだし、これがきっかけで悪い方向に行ったらどうしようってすごく不安になったんだ」
「……どうやって伝えたの?」
「っていうか、バレちゃった。なかなかトイレから出てこないのを心配した波くんが検査薬を見つけちゃって」
「……波斗先輩、なんて言ってた?」

 不安そうに聞いた美琴に対して、紗世はにっこり笑う。

「急に泣き出しちゃったの。ありがとう、絶対幸せにする、みんなで楽しい家族になろうって」
「波斗先輩らしい」
「でしょう? 思わず惚れ直しちゃったわ」

 そう話す紗世は本当に幸せそうだった。

「えっ、ってことはつわりとかは大丈夫なの?」
「うん、つわりは比較的軽いみたいでなんとか大丈夫」

 その時、何故か千鶴が泣き出したので、美琴と紗世は驚く。

「千鶴ちゃん、どうしたの?」
「なんか知らないうちにいろいろみんなも進んでるんだなって思って……。私、大和君とのデートばっかり優先してたし、最近も結婚式のことばかりでなかなか会えなくて……。いろいろごめんなさい。なんか嫌な女代表みたいじゃない? 自分勝手なのはわかってるんだけど、二人さえよければ、これからもずっと仲良しでいてくれたら嬉しいな」

 千鶴なりにいろいろ考えていたのだろうか。その言葉を聞いて、二人とも微笑む。

「当たり前でしょ?」
「そうそう。でもまさか結婚のタイミングが一緒になるなんてね〜」
「学生の頃は想像もしなかったよね」
「これからは家族ぐるみで仲良く出来たらいいね」

 前に進むことは、良いことも悪いことも経験して、変化をしていくこと。でも変わらないものもあって欲しい。

 この友情がいつまでも変わらないものでありますように……。

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